Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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後編もとい謎解き編です。
『ロード・エルメロイ二世の事件簿』風になってますかね……


永久

 フラットを出る頃、弱々しい冬の英国の日差しはすっかり翳っていた。

 「一勝負」と彼は言ったが案の定一勝負では終わらなかった。

 今日はいつもの戦略ゲームではなく格闘ゲームだったが五回の対戦が行われ結果は私の全敗だった。

 

 それでもまだ足りないのかウェイバーは「もう一勝負だ」と宣ったが「師匠、日が暮れます」という弟子のありがたい進言により勝負は打ち切りとなった。

 

 ロンドンブリッジ駅から地下鉄に乗りワンズワース・タウン駅に向かう。

 帰宅時間帯を過ぎた地下鉄は空いていた。

 

 ワンズワース・タウン駅で下車する。

 ワンズワースはロンドン南西部に位置する主に住宅街で構成されたエリアだ。

 

 ロンドンは古都であると同時に現在進行形で再開発の進む街であり、古きと新しきが同居している。

 

 老朽化したものはさっさと壊すのが生まれ故郷の香港の流儀だったため移り住んだ当初はこの街並みに不思議な感覚を覚えたものだった。

 

 ワンズワースの目抜き通り(ハイ・ストリート)はその「新しき」の方だ。

 洒落たレストランやバーが軒を連ね中々雰囲気は悪くない。

 

 だが残念ながら銀色の人形が目撃されたのはそう言った場所ではない。

 我々は目抜き通り(ハイ・ストリート)を突っ切り目撃証言のあったハリス・ストリートを目指した。

 

「何か感じるか?」

 

 目抜き通りを突っ切り住宅地に差し掛かるころ、偉大なる時計塔の講師が疑問を発した。

 

「今のはどっちに言ったんだ?」

「君たち両方にだ」

 

 グレイは「……すいません。拙には何とも」とぼそぼそと答えた。

 彼女からはかなり強力な魔力を感じるが魔力の扱い事態は未熟らしい。

 かく言う私も特に何かを感じはしなかったがとりあえずの見解を述べた。

 

「今のところは何も感じないな。ロンドンという土地自体のマナと術者の魔力が混ざっているせいかもしれないが

……」

 

 そう冴えない一次回答を述べた瞬間、体を違和感が走った。

 同じ場所にいるはずなのに何かがズレているこの感覚。

 これは……

 

「結界だな。どうやら三流タブロイド紙の粗探しで終わりではなさそうだ」

 

 おめでとう、エミリー。君の相談はとりあえず無駄骨ではなかったようだ。

 

 さらに通りを進む。

 見た目には何もないただの住宅地だ。

 ロンドンにおける平均的な密度で建物がならび平均的なデザインの家が建っている。

 

 道すがら所々にアルファベットが書き連ねられていた。

 私はウェイバーを呼びその言語らしきものの検分を頼んだ。

 

 ウェイバーは文字を一瞥すると自分が答える前にまず私に見解を問うた。

 グレイにも見解を問うたが彼女はただ「……すいません」とぼそぼそ謝罪するだけだった。

 よろしい。無知もまた若者に許された特権だ。

 

「ドイツ語に見えるが僕の知っているどのドイツ語とも違うな」

「それで?」

 

 うむ。さすがは時計塔の講師だ。

 私のようなヤクザな魔術使い相手でも教師の役目を忘れられないようだ。

 

「ドイツ語という言語は話されている地域の狭さに反して地域差の激しい言語だ。

これは標準ドイツ語(ホッホドイチュ)ではないしスイスドイツ語でもオーストリアドイツ語でもない。

オランダ語でもない……」

 

 さらに書かれた文字を検分し読み進める。

 その未知の言語には所々、ゲルマン系言語ではない別系統の言語と思われる言葉からの借用語が混ざっていた。

 私はロシア語とウクライナ語ならば齧ったことがあるしラテン系言語もなんとなくわかる。

 このドイツ語のようでドイツ語でない言語にはそう言った言葉からの借用語が混ざっているようだった。

 うむ。これであれば見当がつく。 

 

「……イディッシュ語か」

「ご名答。さすがだ」

 

 時計塔の名物講師は口の端を持ち上げて微かに笑った。

 

 呪文(スペル)はその術者がどの文化圏に根差した者であるかの大いなるヒントとなる。

 イディッシュ語はアシュケナージ系・ユダヤ人の文化に由来するものだ。

 するとこの騒動を引き起こした術者はユダヤ文化に根差したバックグラウンドの持ち主か。

 

「さて、マクナイト。次の課題だ」

 

 彼は完全に教師モードに入っているようだ。

 よろしい。ここまで来たらとことん付き合おう。

 

「結界の解析をしてくれ」

「良いだろう」

 

 私は屈みこみいつもの詠唱を口にした。

 

tharraingt sa téad(糸を手繰れ)

 

 細く穿った魔力を周囲に流す。

 解析は器用貧乏な私が唯一得意と言える魔術だ。

 かなり広範な結界だがある程度の精度で解析できそうだ。

 

「アンドリューさんにお任せするんですか?」

 

 グレイは我々の話についてこられないらしくポカンとしていたが天下の時計塔の講師が

ヤクザな魔術使いに何かを頼んだことに軽い驚きを覚えたらしい。

 

「いいんだ。これで。こと魔術の能力に限って言えばこの皮肉屋のお喋り男は私より数段上だ」

 

 ほんの少し彼の瞳が細められた。

 才能という言葉を口にするとき。いつも彼は同じ反応をする。

 そこには夜空に輝く星――手を伸ばしても決して届かないものだ――についてでも語るような熱っぽい心のひだが見え隠れしている。

 

 解析は得意だがこの結界の範囲は中々のモノらしい。

 感覚値だが一マイル以上はあるものと思われた。

 

 さすがにこれは骨が折れる。

 しかし私は秀才で、そして十分な経験値がある。

 段々とその全体像が見えてきた。

 

 そして私の魔術的勘に違和感が走った。

 

 表情から私の奇妙な感覚を悟ったらしい。

 ウェイバーが「どこが奇妙だ?」と問うた。

 

 さすがの観察眼だ。

 

「……恐らくこの結界、相当な広範囲にわたるものだ。

高度な魔術師でなければ構築はおろか設計することすらできないだろう」

「だが?」

「だが、その割にはずいぶん綻びが多いな。

より正確に言えば結界の構成自体は見事なものだが無数の虫食いのような穴がある、

車検を怠ったスクラップ寸前のメルセデスベンツのような……」

 

 そこまで言ったところで気づいた。

 周囲が闇に包まれている。

 

 英国の冬の夜は暗くて冷たいが夜の闇ですら輝いてしまうような漆黒の闇に。

 グレイは戸惑っていたが偉大なる時計塔の講師は落ち着き払っていた。

 

 「結界のへそに入ったようだな。私たちは今、ロンドンのハリスストリートに居ながらそうではない微かにずれた位相のハリスストリートにいる。結界の外からここを認識することはできないだろう」

 

 それはまずい。

 これでは格好の的だ。

 

「なぜかは分からないが妙に綻びの多い結界だ。綻びをついてみる。

恐らく脱出できるだろう」

 

 私は早速、結界の穴を探した。

 やはり綻びが多い。

 楔を打ち込めば簡単に突き崩せそうだ。

 

 私は結界の粗さがしに集中した。

 一方、ウェイバーは別のモノに集中していたらしい。

 

「いや。それは後でいい。それより。グレイ」

「え?はい」

 

 完全に不意打ちだったらしい。

 少女はフードの下で大きな眼を見開いた。

 

「来るぞ」

「え?来るぞって何がですか?」

 

 闇の向こうから何かが近づいてくる。

 音でもない。気配でもない。

 だが確かに何かいる。

 それは闇をすり抜け文字通りその銀色の手を伸ばしてきた。

 

 その手はまずウェイバーに向かって伸びた。

 私はとっさにファイティングナイフを取り出すと魔術で強化しその手を打ち払った。

 この感触、水銀性の自動人形(オートマタ)らしい。

 

 思った以上に弱い力だった。

 自動人形(オートマタ)の遠隔操作などそう簡単にできる代物ではない。

 この術者は相当な術者だ。

 それゆえにこの弱さはどうにも腑に落ちない。

 二度、三度とその手を打ち払う。

 やはり弱々しい。

 

 人形自体は極めて頑丈で何度ナイフで打ち払ってもかすり傷すらつかない。

 しかし人形の力は妙に弱い。

 結界と言い何かがアンバランスだ。

 一体、この術者の意図は何なのだ?

 

 そう私が思考を巡らせていると隣にいたグレイが動いた。

 

「……アッド」

「おうさ!」

 

 彼女の右袖に収まった箱から魔力が迸った。

 朧な燐光に包まれたちまちその形状は大鎌のそれへと変化していた。

 

 私はこの少女の事を知っているようで全く知らなかったことを思い知った。

 

 目くらましなどではない純粋な瞬発力。

 明らかに異常な出来事、魔術という異常な世界にあっても異常な代物だった。

 

 私の強化した視覚ですら捉えられない文字通り人間離れした一閃は人形の片腕を切り落としていた。

 人形はどこかへと去っていった。

 

「ご無事ですか?師匠、アンドリューさん」

 

 少女は大鎌を基の礼装に戻すと言った。

 私は驚きのあまり言葉を失いながらまずは言うべき言葉を述べた。

 

「ああ。ありがとう。

……しかし、驚きだな。」

 

 少女はフードに下で伏し目がちになっていた。

 

「すいません。あまり見せるなと師匠に言われているもので……」

「ああ。見せない方が良い。

その魔力、どう見てもただの魔術礼装の範囲に収まるものじゃない。

見る人間が見れば伝承保菌者(ゴッズホルダー)だと一発で解る。

師匠の判断は正しいな」

「よし。もういいぞ。ここから出よう」

 

 沈黙を守っていた当の師匠がそれを破った。

 理由は分からないが彼なりに考えがあるのだろう。

 それに私とて人の結界に閉じ込められているのは趣味ではない。

 その言葉に従うこととした。

 

 綻びに魔力を込めたナイフを楔として打ち込む。

 結界は思いのほか簡単に崩壊した。

 

 深い闇は晴れ、冬のロンドンの薄暗がりが戻って来た。

 

「では。行こう」

 

 そう言うと彼は颯爽と歩き出した。

 私と彼の内弟子は彼の思考に置いてけぼりだ。

 

「ウェイバー、待ってくれ。少しは説明してくれないか?」

 

 彼は「やれやれ」と言いながら――しかし歩みは止めず――渋々といった様子で語りだした。

 

「君たちの攻防の隙をついてあの人形に魔力でマーキングをした。

具体的に言うと私の魔力を込めた金剛石(ダイヤモンド)をシャープナーのような形状に加工したものに強化をかけて

人形に傷をつけた。

お前なら当然知っているものと思うがダイヤモンドはこの世で最も堅い物質だ。

私の稚拙な強化魔術でも十分あの人形に傷をつけるのに事足りた」

 

 ふむ。さっぱりわからない。

 それなりの経験がある私が分からないのだ。

 未熟な少女はもっと分かっていないようだった。

 

「……あの、すいません。師匠。拙には何のことかさっぱり」

「あの人形はおそらく術者の工房に戻る。追跡すれば首謀者のことがわかる。簡単な理屈だ」

 

 なるほど。シンプルだが悪くない作戦だ。

 だが妥当と思えない。

 

「ウェイバー。君が何をしようとしているのかは分かった」

「だが…と続くんだろ?」

 

 そう言って彼は目を細めた。

 仕方あるまい。あまりあまり言いたくはないが肝要なところだ。

 

「だが、その方法で追跡可能なのか?君のことを悪しく言うつもりはないが

術者としては君はいいところ二流だ。

僕はいいところ一流半の半端ものだが、単純に魔術の能力だけであれば君に劣るものは一つもない。

これほどの結界を使った術者ならば間違いなく僕よりも各上の存在だろう。

君のマーキングなど容易く探知して無効化されるのではないか?」

 

 私の些か不躾な疑問い対し、彼はこともなげに言った

 

「その心配はいらない。私の推測が確かならこの術者にそんな芸当はできない」

 

 ハリス・ストリートをウェイバーに導かれるままにひたすら歩く。

 ほどなくして一軒の家の前にたどり着いた。

 それなりに大きな家だった。

 2階建てで趣味も悪くない。

 なかなか良い家と言えなくもない代物だった。

 

 ただそれだけだ。

 古くも新しくもない家。

 英国人は家を大事にする人種だが「湿っ地屋敷」や「ウナギ沼の館」といった

名称がつくことは決してないであろう没個性的な一軒家だ。

 

 尋常ならざる魔力が漏れ出ていることを除けば、だが。

 間違いない。ここは首謀者の工房だ。

 

「入るぞ」

 

 そう言って先頭を行くウェイバーがドアを開けた。

 仮にも敵の工房だ。無防備に過ぎると思ったが彼には些かの躊躇いもなかった。

 

 私とグレイは示し合わせ臨戦体勢を保って後に続いた。

 

 中に入る。

 まず最初に目についたのは、横たわる幾人もの人々だった。

 何人かは見覚えがある。

 エミリーから見せてもらった資料にあった失踪者だ。

 

 さらに部屋を見渡す。

 部屋の片隅には夥しい量の水銀がちょっとした水たまりを作っていた。

 数分前に我々を襲撃した人形のなれの果てだろうか。

 

「ここではないな」

 

 上の階に向かう。

 先導するウェイバーが先に到着し。

 そして足を止めた。

 その視線が何かカギとなるものを捉えたようだ。

 視線をそのままに彼は我々に語り掛けた。

 

「魔術は本来秘匿されるべきもの。これほどの結界を創れる術者ならば心得ているはず。

にもかかわらず目撃者が発生した。結界に綻びがあったせいだ。

歪な結界、不完全な秘匿。そこから導き出される答えは一つだ」

 

 ウェイバーは視線で「上がってこい」と促した。

 

 グレイと共に階段を上がりその視線の先を見る。

 そこには白骨化した死体が横たわっていた。

 

 死体の周りには今日、散々目にしてきたイディッシュ語の文字が書き連ねられている。

 ――ということは

 

「この哀れなヨリックが首謀者か」

「ああ。これで綻びだらけの結界に説明がつく。

丁寧に構築された結界は魔力さえ充足されれば起動には問題ない。

だが高度な結界は繊細な代物だ。メンテナンスを怠ると徐々に綻びはじめる。

おそらく、この術者はロンドンにたどり着いた時点でもう余命いくばくもない状態だったんだろう。

それで、自分が動かずとも自動的に起動してくれるような結界を考えた」

 

「そのカギが失踪者ということですか?」

 

 グレイはようやく思考が追い付いたらしい。

 素朴な疑問を発した。

 

「ああ。結界を維持するには魔力を流し続ける必要がある。

だが、余命いくばくもないこの術者にはそれが難しい。

無いものは他所から持ってくるのが魔術の基本だ。

まず、体が動くうちに周囲に結界を張り、人気の少ない場所。

例えばこの住宅街に結界のへその部分を置く。

結界のへそに入った人間は異相空間に魔術的に隔離されそれを引き金に自動人形(オートマタ)が起動する。

人間を誘拐させて連れ帰り、魔力を奪う。

術者が魔力を生成できなくなっても自動人形の人さらいは続くから、魔力は補充され続ける。

実に純粋で魔術師らしい発想だ」

 

  〇

 

 私の連絡で駆け付けたエミリーに現場を引き渡し、以降は警察の預かりとなった。

 我々は聴取を受けると解放され帰路に就いた。

 冬のロンドンには夜の闇が到来していた。

 

「あの白骨化した術者だが見当はついているのか?」

「あくまで噂レベルの話だが……」

 

 葉巻の煙を弄び吐き出すと彼はつづけた。

 

「アトラス院でとある研究をしていた魔術師が発狂し失踪したらしい。

その人物の研究内容は魔術による自動防御システムの構築だったそうだ。

その魔術師は元々ユダヤ教のラビの家系だったそうだ。

なんとなく見当はついていたがイディッシュ語で表記された呪文(スペル)を見た時に確信に至った」

 

「あの術者そこまでして何をしたかったのでしょうか?」

 

 今度はグレイが疑問を挟んだ。素直な生徒だ。

 

「恐らく気づいてしまったのだろうな。

人の一生は儚すぎると。

自らが研究してきた自動防御システムに人の身にはありえない永遠性を見出し

それを形にした。失われゆく自らの生の代わりにな」

「延命するという選択肢はなかったのでしょうか?」

 

 その先を私が引き取った。

 

「肉体の唯一性にこだわったのだろう。

その術者の噂は僕も知っているが、彼の家系の魔術師は生まれながら肉体に黄金比を宿していたらしい。

君の言う通り例えばホムンクルスの肉体を作って蝶魔術(パピリオ・マギア)で人格と記憶を移し替えれば

延命は可能だが延命できるのは人格だけだ。

あの術者にとって自身という存在は肉体を含めてのものしかありえなかった。そういう事だろう」

「師匠も興味あるのでしょうか?不老不死、とか……」

 

 うむ。またしても素朴な疑問だ。

 名物講師は何と答えるのだろう。

 

「私が魔術の世界に身を置いている理由は魔術の探究だ」

 

 そう彼は言った。そして言葉が続いた。

 

「仮に私が外法な術を使って千年ほど生きたとしよう。

千年後の私はどうなっていると思う?」

「すみません。拙には見当もつきません……」

「お前はどうだ?マクナイト」

「肉体を若く保つ術はあるが魂の老化を防ぐ術はない。

千年も生きたら目の前の皿に乗っているものがポリッジなのか三歳児のゲロなのかの見分けもつかないだろうな」

 

 英国人にとっての最高の快楽はとっておきのブラックジョークが決まった時だ。

 グレイはポカンとしている。

 ウェイバーはその例えに心底感動したらしく「ハア……」と今世紀最大の溜息をついた。

 

「相変わらずお前は上品だな」

「それはどうも」

 

 ありがたい。時計塔の名物講師お褒めの言葉を頂くとは私も捨てたものではないらしい。

 

「……まあとにかくだ。そんな自分が何者なのかもわからないような状態で魔術の探究など出来るはずもない。

だったら大人しく天寿を全うしたほうがマシだ。

この皮肉屋のお喋り男風の例えを使うなら……そうだな」

 

 そこで一度、ウェイバー・ベルベット流の沈思黙考に入った。

 慣れないアンドリュー・マクナイト式の例えを考えているらしい。

 

「そうだな、ロンドン・プライドとサルの小便の違いも判らなくなったような状態を生きてるとは言えない。

少なくとも私はそう思う」

 

 いい答えだ。

 内弟子の少女はフードの下で小さくクスリと笑い声を立てた。

 

 よろしい。気に入った。返礼をしなければ。

 

「一杯やるか?

ロンドンプライドとサルの小便の違いが分かるうちに」

 

 彼は私をしっかりと見据えて言った。

 

「お前の奢りだな?」

 

  〇

 

 現場からハイ・ストリートまで戻り中々気の利いたパブでアルコールを摂取した。

 私とウェイバーはサンドイッチとパイを注文し二パイント半ずつのロンドン・プライドを飲み干した。

 未成年の上に慣れない酒のせいでグレイは瓶一本のサイダー(リンゴ酒)で酔いつぶれた。

 酒を勧めるには時期尚早過ぎたか。

 

 協力を仰いだ以上それがスジであるため私が全額払った。

 よし。これは後日エミリー経由で首都警察に請求しよう。

 

 店を出るとすでに地下鉄は終わっていた。

 大通りに向かいタクシーを探すことにした。

 よし。これも後日エミリー経由で首都警察に請求しよう。

 

 虚弱体質のウェイバーに変わり、私が酔いつぶれたグレイをおぶった。

 彼女の右袖で毒舌な彼女の礼装は奇怪な笑い声を立てていた。

 「紳士として告げる。アッド、黙れ」というと声はやんだ。

 

 ブラックキャブを呼び、三人で並んで後部座席に体を押し込む。

 まずはグレイの寮に向かってもらった。

 席次はグレイ、私、ウェイバーの順だ。

 

 夜の街灯が窓からチラチラと我々を照らす。

 つくまでひと眠りしようかと思ったが思いのほか明るくて眠れなかった。

 

 何気なく街灯に照らされた少女の顔を見る。

 何の下心もないただの気まぐれだ。

 

 フードをかぶってはいるが昼間にウェイバーのフラットで見た時よりもはっきりと顔の造形が分かる。

 ほのかに酔いが回った頭はふわふわと宙を漂い――私は突如それに気がついた。

 昼間にウェイバーのフラットで彼女の顔を見た時の“何か”の正体だ。

 

 私はこの顔を以前、別の場所で見ている。

 ――セント・マイケルズ・マウント(アーサー王所縁の地)で垣間見たあの少女だ。

 あの少女の顔だ。

 

「どうした?」

 

 若き友人、遠坂凛も中々に敏いが年の功かウェイバーはそれ以上だ。

 特に隠し立てするようなことでもない。

 私はセント・マイケルズ・マウントで垣間見た幻の事を語った。

 

 彼はいつもの仏頂面を驚愕に変えていた。

 

「間違いない。お前が見たのはお前の予想通りの人物だ」

 

 グレイの出身地はこのブリテンにも冠たる最も伝統ある霊園の一つだった。

 アーサー王の墓所の一つと言われている田舎町にある。

 彼は対霊体のプロフェッショナルを求めて彼の霊園を訪れ彼女と対面した。

 そして驚愕した。

 

「私も控えめに言って驚いた。あいつの顔は私が見た剣の英霊(アーサー王)――

に生き写しだったんだからな」

 

 今日は驚きの連続だったが、今この瞬間が最大の驚きだった。

 私はただ一言感想を述べた。

 

「この世は神秘に満ちているな」

 

 ブリテン最高の英雄と瓜二つの少女は静かに寝息を立てていた




というわけでコメントいただきましたがグレイの顔の正体はあの英霊でした。
原作通りの設定です。
ちなみに実はわたくし、『ロード・エルメロイ二世の事件簿』はまだ一巻しか読んでおりません。
すいません。
このシリーズは極力原作設定を変えないをモットーにしておりますので間違いあったらごめんなさい。
次回、おまけ
次の次は幕間の物語です。

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