Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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ようやく仕事が落ち着きました。
ほぼ1か月ぶりの投稿です。
これでとりあえず本エピソード完結です。


夜叉

 まず日御碕に報告に向かった。

 彼女の方は彼女の方で独自に調べを進めていたらしい。

 あの怪物の正体が夜叉であることの見当をすでにつけていた。

 

「他に何か気付いたことはない?」

 

 彼女の言に対し私は頼りない推測を一言だけ述べた。

 

「一言二言しか言葉を交わしていないので確信はないが。

あの術者の男、恐らく広東語のネイティヴではない。北京語か福建語か別の言語圏の出身者だ」

 日御碕はただ「ふうん」と気のない返事を返しただけだった。

 恐らく彼女なりの考えがあるのだろうが全く感じの良い人物だ。

 

 私の側も準備を進めた。

 こちらには遠坂凛という破格の性能を持った仲間がいる。

 彼女は前回遭遇した際に相手に悟られないよう自分の魔力でマーキングをしていた。

 彼女曰く私が気絶した後に宝石の破片を媒介に使ったそうだ。

 流石だ。これで奴らを見つけるのが容易になった。

 

 

 ショーンには大人しく家で待ってもらうことにした。

 最初のうちは同行を主張していたが術者を追う方法をすでに見つけていることと

同行することの危険性を説明すると納得してくれた。

 聡い子だ。

 

 我々は観塘区の工場地帯にあたりをつけここを決戦の場所とすることにした。

 人口過密な香港だが低所得者層と高齢者が多いこのエリアにはこの街に珍しい閑散とした一画がある。

 

 これから最高度の魔術師の宝石魔術とヤクザな魔術使いの重火器をフルオーケストラの規模でブッ放そうと目論んでいるところだ。

 人通りは少ない方が良い。

 

 凛と私は手分けして防音、人除け、認識阻害の結界を張るとうだつのあがらない2流魔術師とそのペットのビッグフットをおびき寄せるべく

使い魔を放った。

 

 待つこと数日。

 凛が放った使い魔が戻って来た。

 

 我々は相手は戦闘に関しては素人と踏んでいた。

 まだ邪魔する意思を持つものがいると知れば間違いなく潰しにかかってくるだろう。

 更に奴は前回の戦いをへて我々を過小評価してくれている。

 こちらは準備万端ですでに簡易的な工房まで誂えてあるが

 その目論見どおり奴らはおびき出されてきた。 

 

「懲りない奴らだな」

 

 漢服の男は奇妙な訛りの広東語でそう言った。

 初めてのまともな会話だ。

 相手はこれまでの行動から判断するに典型的な魔術師で利己的ゲス野郎だがひょっとしたら話しあいの余地があるかもしれない。

 とりあえず気になることを聞くことにした。

 

「なぜ子供ばかりを狙う」

 

 男は口の端を少し歪めこう言った。

 

「別に誰でも良かったのだがな。私のこの蒼月(ツァンユエ)はグルメでな。子供の霊体しか喰おうとせんのだよ」

 

 広東語を解さない凛に私は男の言葉を出来るだけ忠実に訳して伝えた。

 凛はうんうんと頷いて凡そ私の頭に浮かんだものと同じ感想を述べた。

 

「ありがとう。これではっきりしたわ。

 あの可愛げの欠片も無いデカブツのペットの名前はツァンユエで飼い主は最低のゲス野郎だっていうことがね」

 

 日本語を解さない漢服の男は我々のやり取りをただ静観していた。

 異文化コミュニケーションは難しい。

 ――が、もはや対話の必要な局面は去った。

 この先に言葉は必要ない。

 我々は魔術回路を開くと戦闘態勢に移った。

 

 相手は各上。まずは先制攻撃だ。9mm弾丸もガンドも効かない事が分かっている。

ならば次に試すのは更なる火力だ。

 

 私は取って置きの装備、FN P90と最強のゲテモノ兵器S&W M500ハンターモデル。

 そしてわが友、アンナ・ロセッティからの借り物のいくつかのルーン。

 

 有能なる相棒、遠坂凛は半べそをかきながらなけなしの貯金を崩して宝石を揃えていた。

 

「さて、とりあえずぶちかましましょうか!」

 

 彼女の手から赤いルビーが放たれ一筋の閃光となった。

 

××××

 

 不味い状況だった。

 こちらの攻撃は足止め程度にはなるがそれ以上にならない。

 向こうに致命的なチャンスを与えずに済んでいるが致命的な手傷を負わせる見込みがない。

 

 元より相手は格の高い妖魔でありご主人様が2流でも本来魔術師程度が相手になるようなモノではない。

 腕利きの封印指定執行者や代行者でも手古摺るような相手だ。

 

 魔力の高さから漢服の男は凛を特に警戒し、怪物にはおもに凛を狙わせていた。

 ならばと私は私でご主人の2流魔術師を何度か狙ってみたが怪物の文字通り人間離れした敏捷性に阻まれ隙をつけずにいた。

 

 もう何度目になるか、私が重火器とルーンで可能な限り気をそらし凛の宝石で攻撃する。

 そろそろ弾丸も宝石も残弾が心許無い――そう懸念し始めたころ、その懸念は懸念から対処しなければならない重要な問題へと格上げになっていた。

 

 凛の宝石が切れたらしい。

 漢服の魔術師もその事態に気付いたようだ。

 可愛いデカブツペットを突進させる。

 

 凛は後退しつつガンドで応戦する。

 私も半ばヤケクソになって手持ちのマグナム弾を連射する。

 それらの攻撃は怪物の視線を逸らすことすらできず――

凛の肢体は化け物の巨大な手の中に納まっていた。

 

 とっさに身体強化をかけて押し花になるのは回避したらしい。

 しかし相手は人ならざる化け物だ。

 凛の顔が苦悶に歪む。

 とっさに至近距離からガンドを連射するがやはり効き目は見られず。

 私も引き続き重火器で援護するがこちらも効き目は見られない。

 

 化け物が凛を捕まえた腕を更に強く締め上げたようだ。

 彼女は悲痛なうめき声をあげ、そして力なくうつむいた。

 

「くっ……ここまでか」

 

 漢服姿の男は日本語は分からずとも凛が何を言ったか察したらしい。

 その顔には可逆の喜びが浮かんでいた。

 

「蒼月(ツァンユエ)、ソイツを喰らえ。どうやら格の高い魔術師らしい。よき糧となるだろう」

 

 怪物は小さくうなり声をあげると大きく口を開けた。

 どう見ても絶体絶命だ。

 怪物は凛の肢体に喰らいつこうとする。

 その時彼女の顔に浮かんでいたのは――微かな笑みだった。

 

「なんてね」

 

 すべては計算済み。宝石切れは演技だ。

 そう発するや否や彼女の手から複数の宝石が放たれる。

 宝石は喰らいつこうとした化け物の口に収まり――強烈な閃光を発した。

 

 9番 8番   7番

「Neun,Acht八番,Sieben――――!

 全財投入、敵影、 一片、塵も残さず……!

 Stil,sciest,BeschiesenErscieSsung――一――!」

 

 夜叉に致命的打撃を与える方法。それは体内への攻撃だ。 

 夜叉は己の魔力で全身をコーティングしている。

 しかしその効果は内側までは及ばない。

 体内にある魔力炉心に一撃を打ち込むと魔力のメルトダウンをおこし一気に崩壊する。

 それがフェルナンドから教わった狙うのは容易くはない決定的弱点だ。

 

 漢服の男の「いかん!離れろ!」という声が聞こえたがもう遅い。

 凛の魔力が込められたルビーが強く光り、怪物は爆散した。

 

 怪物の腕から力が抜け、凛の肢体が重力に従って落下する。

 

「リン!」

 

 紳士らしく落ちる寸前に助けたかったが、そのような余力は私にはなく崩れ落ちてうめき声をあげる彼女に歩み寄るのが精いっぱいだった。

 凛がうめき声をあげて上半身を持ち上げる。

 

「痛たた……。内臓がはみ出すかと思ったわ」

「待っていろ。残りカスのような魔力だがありったけの治癒魔術を試す」

「いいえ、それよりアレが先よ」

 

  凛の視線の先を見ると我に返った漢服の術者が逃げていく後ろ姿が

視界の端に写った。

 

 逃がすか。

 私は痛む体を起こし、愛用のH&K USPを取り出すと男の膝に照準を定めた。

 

 ――その瞬間。

「捕まえた」という声と共に鮮血が迸った。

 

 鮮血と共に男の膝から下は元々そうであったかのように綺麗に胴体と泣き別れをしていた。

 男は逃げようと尚ももがいたが、文字通りの無駄な努力だった

 尚ももがく男の元に両足切断という残虐行為を行った下手人が歩み寄って来た。

 

「ほらほら泣かないの。男でしょ?足ならあとでくっつけてあげるからさ」

 

 その下手人、日御碕御影は公園で転んだ5歳児でもあやすかのように言うとさらに何かに気付いたらしい。

 今度は目を輝かせた。

 

「うわ!なにこれ!すごい偏平足!

……ん?これ、偏平足じゃないね。

土踏まずが発達した筋肉でおおわれてるんだ!へえ面白い!

ねえ、陸上でもやってたの?」

 

 この変態め。

 

「何なんだこれは?」

「それはこれから説明するよ」

 

××××××

 

「よくある家督争いだよ」

 

 冷房のよく効いた日御碕の事務所で治療を受けなら我々は事情を聞いた。

 煎じ詰めるとたった一言で終わる。そんな理由だった。

 

「あの大物が夜叉だって推測が出来たあたりであたりをつけてね。

該当する家系を調べたんだ。そしたらビンゴ。

台湾のとある家系でちょっとした小競り合いが起きてね。

あのすごい土踏まずのお兄さんはパッとしない自分の使い魔を魂喰いで成長させて

他の継承者を殺そうとしてたんだ。上の3人の兄弟をね!

ヒドいねー。私も褒められた性格じゃないけど兄弟は殺してないよ?

今のところはね!」

 

 隣で凛が引き攣った笑い声をあげた。

 彼女も日御碕の性格がつかめてきたらしい。

 

 日御碕のほうは自分でも仕事をすすめその台湾の家系に不届き者を引き渡す話までつけていた。

 本来の依頼主であるウォン家だけでなくその家系からも安くない礼が出るとのことだった。

 

 なるほどそれは結構なことだ。

 だが我々にとっての本題はそこではない。

 我々は本来の目的について切り出そうとした。

 

「それで、協力なんだけど。うん、いいよ。約束だからね」

 

 あまりに意外な反応だった。

 彼女と付き合いが浅い凛は勿論、私も驚いた。

 

「あと、これあげる」

 

 日御碕は凛に歩み寄り何かを手に握らせた。

 気になった私もその物を検める。

 

 その手中に会ったのは大ぶりの立派なルビーだった。 

 「君が人にものを恵むなんて正気か?」私が言うと彼女は言った。

 

「手持ちの現金がないっていうお客がおいて行ったんだけど、どうせまともルートの品じゃないから

換金できる見込みがなくてね。それにね、凛ちゃんキミに似合うだろうと思ったから」

 

 凛は当然嬉しいものと思ったが嬉しい以上に驚いたようだ。

 礼より先に口に出たのは疑問だった。

 

「あの、日御碕さん。手元に置いておかない理由は分かりましたがどうしてそれを私にくださるんですか?」

 

 凛の疑問は妥当だ。私も同意見だ。

 

「キミとアンドリューが私に稼がせてくれたからだよ。

ウォン家の依頼だけでも私一人じゃ難しかったのに別の報酬まで引き寄せてくれたんだからね。

商売人としてはこれ以上のことはないよ。

――だからそれは親切じゃなくて手付金ってとこかな?

――これからもどうぞ儀贔屓にってね」

 

 日御碕はにっこり笑うと紫煙を燻らせた。




次回、後日談+後書きをかきます。
3日ほど遠出するので少々お待ちください。

ところで、FGOの6章ピックアップを引いたのですが
50回ひいてニトクリスが4回出ました。
しかもそのうち2回は2連続でした。
FGOのガチャは渋いことで悪名高いですがこんなこともあるんですね。
ガチャ怖い・・・

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