Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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お待たせしました。
これでエピソード完結です。


結末

 重たい体を引きずり、ソフィーから借りたルノーを走らせ我々はまず士郎と凛のフラットに向かった。

 この傷だらけの体だ。潔く凛に事情を説明したほうがいいと判断したからだ。

 

 凛はボロボロの私と士郎の姿を見ると、何があったか察したらしく日本式の正座をさせた。

「それで?あなたたち、私に隠れてどんなおバカなことをしたのかしら?」

 

 私と士郎は主人に怒られる小型犬のように体を小さくし、詳細に事情を説明した。

 凛はそれをじっと黙って聞いていた。話し終えると私は楽しいお説教の始まりを覚悟した。

 しかし実際にはじまったのは激怒のお説教ではなく、魔術による治癒だった。

 

 魔術師として桁の違う彼女の治癒魔術は効果覿面で、コールタールのように重たくなっていた私の体は

羽毛のように軽くなっていた。

 

「行きなさい」

 

 意外な展開に目を丸くする私と士郎に彼女は言った。

 

「あなたたちのバカを見逃してあげるって言ってるの!私の気が変わる前に行きなさい!」

「ありがとう。リン。君は本当に素敵な女性だ。シロウは幸せ者だな」

 

 フラットを後にし、ギュンターとディアーヌをピックアップした私と士郎はドーバー海峡を渡り、

休憩をはさみながらたっぷり8時間をかけてパリに向かった。

 11月も下旬に入ったパリは絢爛なクリスマスのイルミネーションに彩られていた。

 パリの大渋滞に辟易としながら、目的地を目指す。

 初めて来るパリの街に生まれてまだ2年にもならないディアーヌは眼を輝かせ、ありとあらゆる初めて見るものに対し、

ギュンターに質問をしていた。ギュンターは世界中の不機嫌の7割ほどを背負ったような仏頂面で答えていた。

 心温まる光景だ。彼らを助けてよかったと思った。助手席の士郎も2人の姿を微笑みを浮かべて見ていた。 

 

 大渋滞のパリの街を30分かけてゆっくり走行し、パリ15区にある小奇麗なアパルトマンに我々はたどり着いた。

 そのアパルトマンを拠点にする魔術使い、ジェラール・アントルモンはいかにもラテン系らしい明るい笑顔で我々を迎えてくれた。

 

 ロマンチストのジェラールは2人の愛の逃避行の詳細をやたらと聞きたがり、

ギュンターは渋い顔で渋々答えていた。

 ジェラールは思いのほか嬉しそうだった。彼は嬉々として言った。

「ボクは荒事は得意だけど他の魔術は苦手でね。キミたちのことはこれからボクが保護するけど、仕事を手伝ってほしい。

キミたちは2人とも素晴らしい腕を持った魔術師だ。色々サポートしてくれよ」

 

 ギュンターはいかにも不機嫌そうに「ああ、分かった」と短く答えた。ディアーヌはギュンターの感じの良い態度を窘めていた。

 私は2人のその仲睦まじい姿を見て言った。

 

「君たちはお似合いだな」

 

 ギュンターはやはり不機嫌そうに言った。

 

「余計なお世話だ」

 

 我々は今後の話を終えると、なけなしのギュンターとディアーヌの荷物をジェラールのアパルトマンに運び込み、再び車に戻った。

 ギュンターとディアーヌはそろって私と士郎を見送りに出てきてくれた。

 

「パリの生活にはなじめそうか?ギュンター」

「軽薄なフランス男の世話にならなければならないんだ。

考えただけでも気が重い」

「では、ホーエンハイムの邸宅に帰るか?」

「絶対に御免だ」

 

 私とギュンターのとても感じの良いやり取りを見ていたディアーヌが言った。

 

「アンドリュー、シロウ。本当にありがとうございます。

私はホムンクルスです。後、何年生きられるか分かりませんが、あなたたちのことは決して忘れません。

必ず彼と幸せになってみせます」

 

 そう言って彼女は古風なお辞儀をした。

 ギュンターは相変わらずの不機嫌な表情だったが、「ほら、あなたも御礼を言ってください」とディアーヌにうながされ、

渋々手を差し出して言った。

 

「アンドリュー、シロウ、世話になった。

あまり人に言ったことのない言葉だが。

ありがとう」

 

 パリの街はすでにクリスマスムード一色だった。

 私はあたりの光景を見渡し、彼の手を握って言った。

 

「いけないな、ギュンター。こういう時はこう言うのさ。

メリークリスマス」

 

 ギュンターは不機嫌そうな表情を少しだけ緩ませて言った。

 

「メリークリスマス」

 

 再び車を駆り、アパルトマンを後にする。

 バックミラーごしに振り返ると、ギュンターとディアーヌはまだ我々の姿を見送っていた。

 そして、その手はしっかりと繋がれていた。

 彼らはきっと大丈夫だ。私はそう思った。

 

××××××

 

 パリを離れ、1時間。

 私と士郎を乗せた車はパリの洒脱な街並みを抜け、北フランスの長閑な田園光景に差し掛かっていた。

 良く晴れた気持ちのいい日だった。最高の気分だった。

 

 ずっと黙っていた士郎が口を開いた。

 

「なあ、あの2人。大丈夫だよな?」

「勿論さ。前途は多難だろうが、切り抜けるだろう」

「そうだよな」

 

 彼の顔には笑みが浮かんでいた。

 再び車内に沈黙が訪れた。

 私はふとあること思い出した。

 言おうかどうか少し迷ったが、言った方がいい。私はそんな気分だった。

 

「シロウ。君の父上、エミヤキリツグはよく家を留守にしていたと聞いたが……」

 

 彼が不思議そうな顔で尋ねる。

 

「ああ、そうだけど。それが?」

「ニューヨークの一件の時、話したと思うが、キリツグの妻はアイツベルンのホムンクルス、アイリスフィール・フォン・アインツベルンだ。

そして、君が救えなかったイリヤスフィール・フォン・アインツベルンはキリツグとアイリスフィールの間に生まれた子供だ」

「ああ、それで?」

「僕の推測だが、エミヤキリツグは家を留守にしていた時、イリヤスフィールを連れ戻しに行っていたのではないかな。

だが、聖杯を持ち帰らなかったキリツグに対し、アインツベルンは森の結界を開かず、また衰えたキリツグは結界を突破できなかった」

 

 士郎は私が何を言わんとしているかまだよくわからないらしい。不思議そうな表情で黙って私を見た。

 私はさらに続けた。

 

「それでも諦めず、彼はイリヤスフィールを連れ戻そうと試みた。何度もな。

――それだけ娘のことを強く想っていたんだ。

案外、アイリスフィールのことも聖杯戦争のための道具ではなく本当に妻として想っていたのかもしれない。

そう。人間のキリツグとホムンクルスのアイリスフィールの間に本物の愛情が芽生えたんだ。

ならば、ギュンターとディアーヌも大丈夫だ。僕はそう思う」

 

 士郎は私の発言が意外だったらしい。ポカンとしていたが、やがて微笑みを浮かべて言った。

 

「皮肉屋のあんたがそんなこと言うなんて意外だな」

「皮肉屋だってたまにはロマンチストになりたくなることもある。

ロンドンだって時には気持ちよく晴れる日がある。

それと同じさ」

 

 士郎は満足そうに見えた。

 車はまだ北フランスの田園地帯を走り続けている。先は長い。

 

「シロウ。先はまだ長い。君は寝ていても構わないぞ」

「いや、いいんだ、アンドリュー。

それより、もっと話を聞かせてくれないか?

その、親父とアイリスフィールさんの話。

それだけ色々知ってるんだから、まだほかにも調べたことがあるんだろ?」

「わかった。推測を交えた話にはなるが――

――長旅のパートナーからのリクエストだ。可能な限り答えるとするよ」

 

 私はエミヤキリツグとアイリスフィールについて調べたことを頭の中でまとめ上げ、語り始めた。

 ロンドンまではあと7時間というところだろう。

 旅はまだ続く。

 私の話もまた、まだまだ続く。




最後までお読みいただきありがとうございます。
次回はいつもの通り後書きです。
よろしければお付き合いください。

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