ネタとモチベーションがつきて更新サボってしまいました。
エタる気はありませんので、今月中には完結に持っていきたいと思います。
クロウリーが固定電話の通話ボタンを押すと、5コールで相手が受話器を取る音がした。
クロウリーは相手の返事を待たずにいつもの私には理解不能なセンスのユーモアを披露した。
「やあ、新大陸の友人。
こちらは万能の造物主が創りたもうたこの世で最も美しい生命体だ」
スピーカーに設定された電話機の向こうから、私の聞き慣れた声が明らかな怒りを纏って応答した。
「……何の用だ。この変態野郎」
「君たち親子は本当に上品だな。アンナ」
アンナ・ロセッティ。彼女はニューヨークを拠点に荒事を主に扱う魔術使いで、私とは友人だ。
クロウリーと私とアンナは同時期に時計塔に在籍していた。その頃からの知己だ。
彼女は長年に渡りまともでは無い側の魔術の世界に深く関わっている。彼女と私は同年代だが、その経歴は私よりも長い。
確かに彼女ならば何か知っているかもしれない。
私は早朝に(こちらは昼間だが、時差マイナスのニューヨークは早朝だ)突然連絡した非礼を詫びると、今回の事件のあらましと
特徴を伝えた。
「その話、聞き覚えがある。少し待っててくれ」
彼女の声が電話から遠ざかると、別の声が電話に出た。
その声はルシフェルが地獄の底から神々に罵詈雑言を投げかけるようなドスの効いた響きだった。
アンナの父でビジネスパートナーのマシュー・ロセッティ。こちらも私の知己だ。
私は再度、事件のあらましと犯行の特徴を説明した。
「アンディ。確認するが、ガイシャは微弱だが魔力を帯びていて、遺体は教会前に遺棄されてた。
間違いないな?」
私が「間違いない」と答えると、マシューは史上最悪の二日酔いに苦しむ200歳のドワーフのような唸り声を上げて言った。
「――箱舟の船団だ」
マシューの話が始まった。
事件が起きたのは20年以上前。
イングランドの名門メイザース家の嫡男だったジョナサン・メイザースは一家の中でも特に優秀だった。
やがて彼は、魔術の世界でも能力的に劣った人間が存在することが許せないと感じる歪んだ価値観に支配され始めた。
メイザースは自分の意見に同意する者(マシュー曰く『テメエのクソが人のより良い匂いがすると思ってるような連中』)
を集めて「箱舟の船団」を名乗り自らの選民思想を歪んだ形で実現させ始めた。
その手口はいつも同じで、最後は必ず被害者の遺体を教会前に遺棄していた。
突然変異や歴史の浅い家系とはいえ、同胞の魔術師を片っ端から亡き者にしていく思想をさすがの魔術協会も危険視して、
箱舟の船団はお尋ね者になった。
協会は封印指定執行者にも命を下したが、フリーランスの魔術使いのところにもお尋ね者の情報は届いていた。
「それなりにデカい組織だったんでな。
お互いのダチ同士を頼って、手を組むことにした。
ナタリアとキリツグ、それにユアンと俺だ」
ユアンこと、ユアン・マクナイトは私の伯父で魔術の師匠だ。
この事件、私にも因縁があったらしい。
「奴らはスコットランドのド田舎にあるそびえたつクソみてえな古城に拠点を構えてた。
土地勘のあるユアンが先導し、俺たちは奴らを一掃した。
そのとき奴らの親玉にとどめを刺したのがキリツグだ」
「マシュー、被害者にはエミヤキリツグの礼装が使われた痕跡があった。
亡き人物の礼装を使うことが出来た理由は何だ?」
「犯人がキリツグの礼装を使えた理由だが、それは奴らが使う特異な魔術の力だろう。
あの家系は特殊でな。刻印ではなく、当主から当主へとその持てる力のすべてをコピーさせて
伝えるんだ。特殊な起源の宿るキリツグの弾丸でも時間をかければ解析して再現できる。
完璧に起源をコピーするなんてことはさすがに不可能だろうが、同様の効果をある程度の精密さで再現することは出来るはずだ」
「ということは犯人はメイザース家の血を引くものか?」
「ああ、おそらくな。
キリツグがジョナサン・メイザースにとどめを刺した後、
メイザース家のことを更に調べて分かったんだが、ジョナサン・メイザースには幼い娘がいたらしい。
正妻の娘じゃなく、妾の子供だったらしくてな。
奴らの拠点にはいなかった。だが、メイザースは存在を認知していたらしい。
奴の妾も魔術師で、メイザースの思想にはある程度共感していた。
となれば、娘に歪んだ価値観の教育を吹き込んでてもおかしくねえ。
娘の方は、20代の半ばぐらいになってるはずだ。術者としてはもう成熟している見ていいだろうな。
亡き親父の思想を引き継いで実行に移せるぐらいにはな」
「ありがとう、マシュー」
「気をつけろよ、アンディ」
サマセット・クロウリーはすでに策を考えていたらしい。
そして、その策は非人道的なものだった。
「地脈と霊脈から、新たな魔術回路の発現はある程度予測できる。
僕ならば、翌日の天気予報程度の確率で予測できるが、
もっと確実な方法があるならばそれを選択するべきだ」
「どんな手を考えているんだ?」
「囮を使う」
そう、物騒なことをセイズベリーのカウンターでタバコでも注文するみたいにあっさりと言った。
「召使いの一人にわざと粗雑に作った魔術回路を埋め込み、
人目に付く場所で魔術を使わせる。
神秘の漏えいの防止をあえて行わず、
魔力の扱いが下手過ぎて暴走したように見せかける。
目撃情報に、タブロイド紙の記事も乗れば完璧だ。
向こうから勝手に殺しにやってくるだろう」
サマセット・クロウリーの倫理観は理解不能だ。
あるいは、そもそも倫理観などと言う概念に興味すらないのかもしれな。
私は人道的観点からその召使いの護衛につくことを申し出た。
「良いだろう。僕が同行する以上、不要だと思うがね」
「君のことだ、積極的に害する気はなくとも積極的に助ける気もないんだろう?」
「良く分かっているじゃないか。君はグルミットよりはお利口なようだな」
クロウリーはいつものように人を見下したニヤケ面を張り付けて言った。
人の知性をお利口な犬と比較するとはまったく感じの良い奴だ。
その不快感ともに話が進む中、私は湧き上がって来た主に感情的な面での疑問を口にした。
「しかし、君がこの事件に協力を申し出るとは意外だ」
クロウリーはニヤケ面を消して真剣な表情に戻り言った。
「エミヤキリツグは僕の美しい思い出だ。
奴らは下らん選民思想で僕の思い出を汚した。
罰を受けさせる」
そう言うクロウリーの表情からは、真剣さと共に何か諧謔とでも言えそうなものが感じ取れた。
この男は何をやらかすか全く想像のつかない人物だ。
碌なことを考えていないのは間違いないだろう、と私は踏んだ。
そしてその予想は大正解だった。
次回でエピソード完結予定です。