今回もいささか下品です。
苦手な方はそっとブラウザバックしてください。
我慢できる方は最後までお付き合い頂けると大変幸いです。
「見つけたぜ!ファック野郎!」
そうホイルが絶叫すると、ディスプレイに金髪碧眼で精悍な顔立ちの30代半ばほどの男の写真が映し出された。
人事ファイルらしきそのデータには経歴が記されており、ホイルがそれを読み上げた。
「ケネス・モーティマー。1971年4月15日生まれ。
ケント州カンタベリー出身。パッとしない魔術家系の3男で、元SAS。
除隊後にMI6に雇われて非合法な任務に携わってたが、
1か月前に重度の統合失調症と診断されてロンドンの病院に入院。
そこで記録が途絶えてる」
「体格は?」
「身長5フィート11インチ、体重180ポンドだ」
「監視カメラに映っていた帽子を目深にかぶった男と一致するな」
私はディスプレイに表示されたモーティマーの経歴を見た。
モーティマーの任地は、パキスタン、シリア、イラク、アフガニスタン。
標的はテロ組織の資金源と目されていたパワーエリートだった。
「なるほど。恐らくヘイト・クライムではないだろうと思っていたが、
これで有色人種ばかりを狙った理由が分かった」
「どういうこと?」
隣の凛が疑問を投げかけた。
「いかにも金を持っていそうな有色人種が立て続けに殺された理由だ。
このモーティマーという男は、今も愚直に指定された標的を狙い続けている。
お払い箱になっても奴の中で任務は続いているんだ」
今度はディスプレイに夥しい数の血を流して倒れている男たちの写真が映し出された。
モーティマーが担った任務の証拠写真らしい。
男たちは全員が有色人種で、全員がいかにも高級な身なりをしていた。
「……酷い。
どうしてこんなことを?」
聖杯戦争というこの上なく物騒な代物を経験した彼女でもこの凄惨さは堪えるらしい。
私は自らの私見を述べた。
「愛国心だよ。リン。
日本人の君にはピンと来ないだろうが、僕ら英国人の愛国心はそれなりに強い」
ホイルも同意見らしく言った。
「ああ、そうだな。
中には『愛国心』って言葉を出されたら、興奮でアレがおっ勃って、
つい『ご命令は?』と言っちまう奴だっているだろうな」
「思うに、このモーティマーという男はあまりに真面目で忠実に過ぎたんだ。
愛国心に突き動かされて取った行動の重さに耐えきれなくなり、そして壊れてしまったんだな。
ホイル、モーティマ―が入院していた病院の記録は?」
「ちょっと待ってろ」
ホイルがそう言うと今度は別の記録がディスプレイに映し出された。
「謎の失踪を遂げてるな。ちょうど1週間前だ」
「最初の事件が4日前。モーティマーの失踪時期とほぼ一致するな」
「暗示を使って抜け出したのね」
「だろうな! お利口だな!
パイオツ小せえが、いい脚した嬢ちゃんよ!」
凛が顔を真っ赤にし、震えながら拳を振り上げようとしたのを見て私は言った。
「リン、止めておけ。触ったさきから腐るぞ。
――ホイル。これだけわかれば十分だ。ありがとう」
私がそう言うとホイルはエサをねだるブタのように下品な笑顔を張り付けてサムズアップをした。
「さて、ところでだが。
録画データを消してもらおうか?」
ホイルは下品な――この男は不思議とどんな表情をしても下品だ――おどけた顔で言った。
「何の話か分からねえな?」
私はまたしても毅然として言った。
「とぼけるなよ。君のことだ。
リアルタイムピーピングだけでは飽き足らず、どうせ録画もしてたんだろ?
データはどこだ?」
ホイルはまたしてもおどけた表情で言った。
「仮にだな、仮に俺が録画してたとしたらデータはここには置かねえ。
今頃シンガポールあたりに転送されてるんじゃねえか?」
「そうか。じゃあ仕方ないな」
私はそう言うとホイルのサーバーマシンから適当なハードディスクを引き抜いて、
電子レンジに放り込み、加熱ボタンを押した。
ハードディスクは火花を散らしてクラッシュした。
ホイルは残骸になったハードディスクに縋り付きながら言った。
「ああ! シャーリーン! シャーリーン」
彼はハードディスク1枚1枚に名前を付けていたらしい。
私は残ったハードディスクを指さして言った。
「こっちはデボラで、こっちはキャサリンか?
もう2,3枚やっておこうか?」
「キャロラインとエリザベスに触るんじゃねえ!」
×××××
私はどうにかホイルが録画した凛のピーピング動画を消去させることに成功した。
ホイルはこの世の終わりが来たような悲愴な表情で消去を実行した。
辞する私と凛を、ホイルは入り口の前まで見送って言った。
「ところで、アンディよ。
お前、ケイティ・プライスが豊胸してたこと、どう思う?」
「実に残念だ。心底遺憾に思うよ。……君は?」
ホイルは人が一生のうちで数え切れるほどしかしないであろうこの上なくシリアスな表情で言った。
「シリコンが入ってようがいまいが、デケえパイオツはデケえパイオツだ」
私は9割の心底呆れた感情と1割の心底の敬意を持って言った。
「流石だな」
そう言われたホイルはなぜか頬を赤らめ、照れくさそうにした。
ホイルを見る凛の表情は、金曜日の夜にオックスフォードストリートに吐き出された吐しゃ物を見るそれと全く同じだった。
「では、またいつか」
集合住宅を背にし、立ち去る我々にホイルは下卑た声で言った。
「嬢ちゃん、ブラは自分に合ったヤツをしろよ!
歳喰うとパイオツが垂れてくるぞ!」
凛は怒りと羞恥に顔を真っ赤にしながら言った。
「……アンドリュー、やっぱりあいつ殴っていいかしら?」
「止めておけ。ホイルは治癒不可能な変態病に罹患している。
感染すると厄介だ」
×××××
「すごい魔術ね。
……えっと、魔術?でいいのよね、あれ」
「ああ。信じがたいことに奴は魔術師だ」
ロンドンに戻る車内、凛はそう感想を述べた後も主に「納得いかない」と「信じられない」という
趣旨の独り言をつぶやき続けていた。
しかし、やがて何かに気づいたらしく、こちらに向き直って言った。
「ねえ、ところでアンドリュー」
「何だ、リン?」
「あの人、封印指定を受けてるのよね?
あなたに会うのってすごく危険なことじゃない?
どうして協力してくれるの?」
「良いところに気付いたな。リン。
――ホイルの得意分野は科学と魔術の融合だが、彼には余技があってね。
認識阻害と人除けの結界が異常なほど得意なんだ。
その第2の特技を主に悪用して、時計塔の女子学生たちを君たちの国でいう『デバガメ』していた。
ある日、僕はホイル秘蔵のお宝写真を偶然見つけてしまってね。
それで弱みを握ったというわけだ。
――ああ、ちなみに写真はすべて破棄させた」
凛は心底呆れた表情で大きく溜息をつくと、あまりに妥当と思われる感想を述べた。
「……男って馬鹿なのね」
「それが分かる君は聡明だな」
電車は集合住宅の集まるエリアを抜け、長閑なイングランドの田園光景に差し掛かっていた。
次回でエピソード完結です。
次回はシリアス一辺倒です。