Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

15 / 144
第2部です。
どんどん同人誌的な展開になっていきます。


探索

「とりあえず、着いてきてくれ」

 

 先導役を務めるパトリックによるなんとも大ざっぱな指示に従い

19分署を出た我々は連れだって目的地不明のまま、

徒歩移動でレキシントン・アベニューを南下していた。

 

 時刻は21時を回っている。

 

 夜にも関わらず、外はこの街の夏特有の蒸し暑い熱気が充満していた。

 だが、この不快としか例えようのない空気が私は嫌いではない。

 なぜならこの蒸し暑さは私に故郷を思い出させるからだ。

 私が生まれ育った香港の夏の蒸し暑さはニューヨークの比ではないが

 冷涼な気候のロンドンにいると時にこの熱気が懐かしくなることがある。

 

 住んでいるときは不快以外の何の感情も湧かなかったが…

 人生とは不思議なものだ。

 

 道中、アンナとパトリックが交互に今回のあらましに

 ついて説明してくれた。

 

 事件の概要はこうだ。

 Fifth Avenue<五番街>とLexington Avenue<レキシントン街>

に挟まれたエリア周辺で、ここ数週間「亡霊を見た」

という目撃談が多く寄せられていた。

 

 道すがらパトリックが私に資料として提示してくれた新聞

――我が国でいえば「ザ・サン」のような高級紙と同じくらい格調高いであろう――

には「ヤンキー・スタジアム上空に複数のUFOが出現」や

「今日テレビで見ることができるヌード」といった重要で貴重な情報とともに

アッパー・イースト・サイドで白く光る亡霊を見たという目撃談が載っていた。

 

 私は一通り、記事を流し読みすると、1面をかざっている自称ロシアの女スパイの

ヌード写真を見返して感想を述べた。

 

「素晴らしい体だ。中年男なら尻の毛まで引き抜かれるな」

 

 士郎が呆れた様子で抗議の言葉を口にする。

 

「アンドリュー!」

「シロウ、ジョークは英国紳士の嗜みだ。これぐらい許してくれ

それとも彼女の扇情的な体を自分ももっと見たいという欲求の現れか?」

 

 私の言葉に士郎は赤面した。

 彼は年齢よりも幼い印象を持たせる顔立ちだが、こういった話題も苦手なようだ。

 

 話題を戻すため私は続けて話した。

 

「ここまでの話は電話でも聞いたよ。確かに何らかの神秘が

関わっているとは思うが、君たちが動くほどのケースとは思えない。

それに、僕に解析を依頼したいと聞いているが何を解析すればいいんだ?」

 

 私の質問には答えず、先導しているパトリックが歩みを止めた。

 

「このあたりだな」

 

 そう呟くとパトリックは1節の詠唱を口にした。

 

Éist(静寂あれ)

 

 呪文詠唱は魔術を起動させる動作であると同時に、自身を作り替える自己暗示としての効果もある。

 パトリックの詠唱は後者だ。

 

 彼がまともに使える魔術は感覚強化に限られているがその一芸に関してはなかなかに優秀であり、今回のような探し物の水先案内人としてその能力は重宝されている。

 

 自己暗示により集中力を高めた彼は言った。

 

「さあ、行こうか」

 

 パトリックが尚も探知を続ける。

 そして、彼は目的の場所を探し当てた。

 

 数分後、我々はレキシントン・アヴェニュー59丁目駅に

ほど近い路上のマンホールを開き地下へと下り立っていた。

 

×××××××××××××××××××××

 

「話には続きがあるんだ」

 

 アンナが薄暗い地下へと歩みを進めながら言った。

 

「その亡霊が目撃されるようになってから、丁度目撃情報があった

エリアの周辺で時折、爆発的な魔力が検知されるようになった。

それこそ、ここ一帯を吹っ飛ばせるくらいの魔力量だ」

 

 全くの初耳だ、私は抗議のため口を開いた。

 

「……その話、呆れるくらいに聞いていないぞ」

「言ったら来たくなくなるだろ?知らない方が良いことも世の中には

あるって、キャンプでマシュマロ焼きながらパパに教わらなかったかい?」

 

 今回の依頼主はニューヨーク市警と聞いていたが

事態の大きさを考えると、市からも予算が出ているのだろう。

 どうにも金額が良すぎると思った

 私は抗議を諦め答えた。

 

「生憎、僕は父とキャンプに行ったことはないよ。」

 

 気を取り直して続ける。

 

「しかしそれほど巨大な魔力を何故、僕やアンナが探知できない。

3流以下のシロウが探知できないのは分かるが…」

「俺、酷い言われようだな…」

 

 後ろからそんな士郎のつぶやきが聞こえてきた。

 

「日にちや時間帯によって、パトリックが強化を全開にしないと

探知できないほど微弱な時があるんだ。丁度凪の状態に入ったみたいにね」

「それで、その得体の知れない魔力の時限爆弾みたいな物を僕に解析しろと?」

「そうだ」

「君がやるという選択肢は?」

「私は魔力の扱いなら得意だが解析は得意じゃない。

大きな事態なんだ、できるだけ精度の高い方法を選びたくなるのが人情ってものだろ?

もし、解析中に爆発でもしたら一緒にくたばってやるよ」

 

 後ろで士郎が引き攣った力ない笑い声をあげた。

 私は深くため息をつき言った。

 

「これが君なりの友情の示し方か。嬉しくて涙がでるよ」

 

 トーチを掲げて、先頭を行くパトリックが口を開く。

 

「近いぞ」

 

 後ろで士郎が息を飲む音がした。

 全員が魔術回路を開き、不測の事態に備える。

 淡い光が前方に見える、きっと目的の物だ。

 徐々にその全貌が明らかになる。

 

 全員が認識した「それ」は

 雪を思わせる真っ白な肌に服とも言えないような

布生地を纏い膝を抱えて眠るホムンクルスの少女だった。

 

「……イリヤ」

 

 人の名前なのか、私の知らない何かの単語なのか。

士郎がそんなように聞こえる短い言葉をつぶやいたのが聞こえた。

 

 士郎の発言は気になったが、まずは目的を果たさなくてはならない。

 

 対象に近づき観察を始める。

 見た目の年の頃は10歳ほど、もっともホムンクルスに年齢は関係ない。

 彼女たちは精製された時点で完成されており成長することはない。

 眼は閉じられているがきっとそこには彼女たちの特徴である血のように

赤い瞳があるはずだ。

 

 私はそっと彼女の前に腰を下し頭に手を置くと、

集中力を高めるために1節の詠唱を口にした。

 

tharraingt sa téad(糸を手繰れ)

 

 魔力を細く穿ち、ほんの微量づつ全身に行き渡るよう対象の内部に流し込む。

 

 額に脂汗が滲んでくる。

 解析の内容は実施した私自身を驚かすような物だった。

 

 手を下し、一息つく。

 

 パトリックとアンナは私の発言を待っている。

 士郎の視線は私ではなくホムンクルスの少女に向いている。

 何かホムンクルスとの間に因縁があるのか……

だが今はそれよりも解析した驚きの事実を彼らに伝えなくてはいけない。

 

 私は立ちあがり、できるだけ簡潔に事実を口にした。

 

「彼女は聖杯だ、極小のな」

 




注釈すると、アンドリューとパトリックの詠唱はゲール語です。
アンドリューはスコットランド・ゲール語にしたかったのですが、いいウェブ辞書がなかったので、アイルランド・ゲール語にしました。
次回はfate/zeroのあの人が出てきます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。