事態を察したブルース達は万雷の拍手で我々を迎えた。
王たる存在と認められたのか、ブルースの魔力はさらに増大し、その存在感はまるで本物のロバート一世が現界したかのようだった。
青白い顔をした依頼人のブルースが私と士郎の元に駆け寄り言った。
「ミスター・マクナイト、それにミスター・エミヤ。本当に何とお礼を言ったら良いか。偶然のもたらした物とはいえ我々は最高の結果を得ました。あなた達に感謝を。是非戴冠式にもお立ち会いください」
断るという選択肢はないのだろう。私と士郎はただ頷き、そして戴冠式が始まった。
数十人のブルース達と我々二人の部外者の元、儀式は進行した。
ロバートは絹の法衣をまとい、宝剣と王杖を持って玉座に着いていた。
私には何故か彼の姿が
青白い顔のブルースが次期王の頭と胸、両手のてのひらに聖油を注ぎ純金製と思われる重量感ある王冠を被せた。
冠をいただいたロバートの雰囲気が変わり、その双眸は真っ赤に輝いて強烈な魔力を全身から放った。
「余を讃えよ。そしてひれ伏せ」
ロバートの放つ言葉が強い強制力を持って襲いかかる。
東洋の言霊をはじめ、言葉が魔力を持つ例は少なくない。
現代にもそういった魔術の伝承者はいるが、今、目の前で相対しているのはその程度のレベルの代物ではない。
ロバートの言葉は王権の象徴であり、王の持つ力そのものだ。
王が人に触れることで傷や病を癒す「ロイヤルタッチ」と呼ばれる迷信が中世に存在したが、これはそのようなレベルの代物でもない。
五百年の妄執が積み上げた呪詛の塊のような代物だ。
私も士郎も抗えず、その場に跪いた。
ロバート達は皆王と同じ赤い双眸を我々二人に向けていた。
これは伝統の継承などという生易しいものではない。
これは呪詛だ――。
私は気づいた。
五百年にもわたって続いた継承――それは相応しい器が現れた時、ロバート一世を蘇らせスコットランドの独立を取り戻すという狂信者の発想だったということに。
Walk on, through the wind
風に向かって進もう
Walk on, through the rain
雨にうたれても歩みを止めず
Though your dreams be tossed and blown
たとえ夢破れようと
Walk on, walk on, with hope in your heart
行こう、進むんだ。希望を胸に抱いて行こう
And you’ll never walk alone
君は独りぼっちじゃない
You’ll never walk alone
君は独りぼっちじゃない
歌声が聞こえた。ロバートの表情が一瞬変わり、肉体どころか精神まで乗っ取られるような強烈な強制力が微かに和らぐ。
そして歌声の持ち主、衛宮士郎は立ち上がった。
「ロバート!まだそこにいるんだろ!?俺がお前をそこから出してやる。きついのいくから、歯を食いしばれ」
「シロウ!」
私の呼びかけに士郎が応える。
「わかってる。でもこれしか無いんだ。あんたには悪いけどな」
「いや、この状況ではやむを得ん。思い切りやってやれ!例え拷問されても僕はここで見たことにしか答えないし、君が勝手にやったことだと主張する。だから安心しろ!」
「少しも安心できないぞ!その発言!」
帰ったら、また凛のお説教だろう。
つまらない考えが私の脳裏をよぎり、士郎がいつもの詠唱を唱えた。
「――――
詠唱と共に士郎の異能が発動する。世界の修正力を受けない異様な投影魔術、しかも宝具の投影をも可能とする異能中の異能。
彼の手には黒い柄と鉄拵えの鍔の日本刀が握られていた。
「余に抗うか」
王の号令でブルース達が一斉に士郎に魔力弾を放つ。
そしてその無数の魔力弾は、彼の振るう一太刀で雲散霧消していた。
振るう太刀を解析する。
あれは王殺しの逸話を持つ刀に違いない。
振るわれるのは
しかし、士郎の異能はその打ち手である刀工の思考まで再現しているかのようだった。
「まさか日の本離れてエゲレスで刀振るうことになるたあな。刀を作るってだけじゃなくオツムの中身まで
作り手と魔術の使い手に親和性が高すぎたのか、士郎の口調までもが変化して行く。
思わぬ反撃にたじろぐブルース達を前に、彼らの王はタメを作りさらに大規模な砲撃を企てようとしているのが見えた。
「――――
士郎の詠唱と共に握る刀剣の形状が変化して行く。
黒い柄と鍔は消え失せ抜き身の刀がその手に現れる。
「縁を切り、定めを切り、業を切り、我をも断たん
タメが終わりその場に居合わせたブルース達、全員の魔力を収束させた魔力弾が士郎へと放たれる。
「この一振りで仕事納めだ!刮目しやがれーー!!これが
士郎が振るった一振りは巨大な魔力弾を両断し――そして王の呪い、その宿業までも両断した。
ロバートとブルース達の赤く輝いていた双眸は元の物に戻り、そして全員がまるで憑き物が落ちたかのような晴れやかな表情を浮かべていた。
〇
一か月後の年の瀬。私は士郎と凛、そして新しい友人となったショーンとロバートと共にセルティックパークでのオールドファームダービーの観戦に訪れていた。
ロバート一世事件――と私は呼称しているが、一か月前の事件の後、士郎によって一族の呪いを両断されたブルース一族は結果として魔術を捨てなかった。
〇
「我々は狂信者だったかもしれません。ですが500年の間に培ってきた我らが魔術体系は決して無駄ではなかった。ロバート様を見て私は確信しました」
青白い顔でブルース氏はその言葉の先を続けた。
「ミスター・エミヤに切られて気が付きました。しかし伝統で我らが王を縛ってはならないと。イチからやり直します。今度は普通の魔術師として」
ブルースは初めて笑顔を浮かべ、私にウィンクした。
そして、憑き物の落ちたような表情で彼らの王ロバートは私と士郎に言った。
「アンドリュー、シロウ。ゴメン本当に。こんなことになると思ってなかったんだ……。だけど僕はもう王じゃない。だから友達として一つお願いしてもいいかな?」
〇
かくして私はロバートの望みにより恩人ショーンと共にここにいる。
前半先にチャンスを作ったのはホームのセルティックだった。
シュンスケ・ナカムラが放った強烈なミドルシュートをレンジャーズのGKアラン・マクレガーが弾き返す。
セルティックパークがため息に包まれた。
「案外もっと多くの日本人フットボールプレーヤーがセルティックでプレイする日も来るかもな」
私の感想に対してショーンはドスのきいたしわがれ越えで答えた。
「あり得ねえよアンディ!ナカムラみてえな異能の持ち主が早々現れるはずねえ!レンジャーズが
さらにマクレガーはヤン・フェネホール・オフ・ヘッセリンクが放った二十ヤードのボレーシュートを弾き返す。
対するレンジャーズはボイドが十ヤードからバーを越えるヘディングシュートを放ったが、ゲームは徐々にセルティックが優勢になり始めた。
セルティックはボールを支配し始め、ニール・レノンのクロスがゴール前八ヤードでノーマークのマクギーディの頭に当たり、先制する。
『Yes!Yes!Yes!!』
満員のセルティックパークに緊張の面持ちだったロバートが絶叫する。
さらにミラーがセルティック移籍後初ゴールを決め、ゲームはセルティックが2-0で勝利した。
セルティックパークに我らのアンセム「You'll Never Walk Alone」が轟く。
When you walk through a storm(嵐のなかを進むなら)
Hold your head up high(顔を上げて前を向こう)
And don’t be afraid of the dark(暗闇を恐れるな)
At the end of the storm.There’s a golden sky(嵐の向こうには青空が広がっている)
And the sweet silver song of a lark(小鳥の優しい歌声が待っている)
士郎が凛に歌詞を教えながら歌っている姿が視界の端に入った。
Walk on, through the wind(風に向かって進もう)
Walk on, through the rain(雨にうたれても歩みを止めず)
Though your dreams be tossed and blown(たとえ夢破れようと)
Walk on, walk on, with hope in your heart(行こう、進むんだ。希望を胸に抱いて行こう)
And you’ll never walk alone(君は独りぼっちじゃない)
You’ll never walk alone(君は独りぼっちじゃない)