Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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お久しぶりです。
久しく書いてなかったバトルものです。
共同執筆者が久しぶりにネタを提供してくれました。
長めなので三回に分ける予定です。


The last king of Scotland
蹴球


 十一月のロンドンは木枯らしが吹き、いつものようにどんよりとした空に覆われていた。

 惰眠を貪り、十時過ぎに起きると、エミールが遅い朝食を振舞ってくれた。

 ロシア人のエミールが作るイングリッシブレックファストはいつものように塩分過多だが、美味く。美味いが色合いに乏しかった。

 茶色を基調とする皿を平らげると、一息つき、外に出る。

 これから依頼人と面会だ。

 秋の曇り空は灰色にロンドンを染めていた。

 

  〇

 

 私は定宿にしているエミールのホテルからほど近い、プラードストリート沿いの小ぎれいなカフェで依頼人と顔を合わせていた。

 その青白い顔の依頼人は、きついスコットランド訛りで挨拶し「ブルース」とだけ名乗った。

 

「護衛の依頼ですか?」

 

 今回のように、面会する段になって仕事の内容を知ることは少なくない。

 魔術師は人間を信用していないが、テクノロジーのことはもっと信用していない。

 純度の高い魔術師ほど面会する段階になって依頼内容を明かす傾向にある。

 

「はい、我々はロバート一世の血を引く一族です。今も我が一族はターンベリーに根を張り、王の血脈を守り続けています」

 

 なるほど。だから『ブルース(※)』とだけ名乗ったわけか。 ※ロバート一世のフルネームはロバート・(ドゥ・)ブルース

 

「その話を聞いてもあまり今回の依頼との関連性が見えてこないのですが」

 

 私の疑問にブルース氏はいかにも旧家の魔術師らしい答えを返した。

 

「我々は代替わりをします。一族の長が亡くなると次代の長を選定するための儀式が行われます。そこからが本題なのですが――」

 

 彼は安物のティーバックの味がするに違いない、ブラックティーを一口すすると話題の核心に入った。

 

「ロバート一世の後継を名乗る一族は我々だけではありません。およそ五百年にわたって彼らは儀式の度に妨害を企ててきました。近年は近代兵器まで用いるようになり……」

 

 それで私のような下賎な魔術使いに依頼が来たわけか。

 彼らのような伝統と格式を重んじる一族は、近代兵器に明るくない。

 話からして少なくとも"魔術の"戦いでこの『ブルース』たちが遅れを取ることは恐らくなかったのだろう。

 そこに近代兵器と言う新しいファクターが加わり、事態が混迷することになったと推測される。

 私は氏の話ぶりから焦りを感じ取っていた。

 

「近代兵器の扱いならニューヨークのロセッティ親子はどうですか?」

 

 私はこの件で最もふさわしいと思われる友人の名を出した。

 

「お願いする手前明かすのは心苦しいのですが、ロセッティさんにはご依頼しました。しかし彼女たちには先約があり、代わりにと言ってあなたの名前を挙げられたのです」

 

 OH Dear(やれやれだ)

 話の流れ上断ることはできないだろう。

 

「それでは私が受けるとして二つほど伺ってもよろしいですか?日程とあと助手をつけても構わないかということなのですが」

 

  〇

 

 二週間後、私は今回の相棒である衛宮士郎と共にグラスゴー・アンダーストン駅にほど近い中級ホテルに宿泊していた。

 ホテルはグラスゴーの金融街に位置し、窓からはM8高速道路を存分に眺められる最高の立地だった。

 時刻は午後7:30、私は荷物に忍ばせて来たセルティックのスカーフを首に巻き据え付けられたテレビを点けた。

 チャンネルをBBCスコットランドに合わせる。

 

 私は午後7:45にキックオフになるチャンピオンズリーグ第五節、セルティック対マンチェスターUのゲームに向けて精神統一する作業を開始した。

 

「なあ、アンドリュー。明日からの打ち合わせとかしなくていいのか?」

 

 私は画面に映し出された超満員のセルティックパークから目を離さず答えた。

 

「シロウ、これからスコットランドの国民的イベントが始まる。僕にとっては何よりも優先されるべきことだ」

 

 ブルース氏の依頼を受けることにした私だが、一点だけ問題があった。

 それは依頼の開始日がこのビッグマッチの翌日だったということだ。

 そこで私はターンベリーに近い、グラスゴーに経費で前泊させてもらうことを条件に出し、それは了承された。

 

 私の育ての親でもある叔父のユアン・マクナイトは、熱狂的なセルティックのサポーターだった。

 私も叔父もロンドンを拠点に活動していたが、マクナイト家のルーツはスコットランドにある。

 またマクナイト家は純然たるスコットランド系ではなく、アイルランドやフランスの血も混ざっていることもあり、その結果レンジャーズではなくセルティックのサポーターとなった。

 そして当然の帰結として私もそこそこ熱心なセルティックサポーターとなった。

 

 相棒探しはあっさりとうまく言った。

 今回の件の報酬としてブルース氏は中々の額を提示してきた。

 問題は士郎のパートナー、凛だ。

 凛は士郎を数日貸してくれという私の申し出に対して当然渋ったが、私が報酬額を提示すると、指を折って計算を始め数秒後には満面の笑顔を浮かべていた。

 

「士郎、行きなさい」

 

 セルティックのキックオフでゲームは始まった。

 前半、我らがセルティックは圧倒的にマンUに押し込まれていた。

 マンUの放り込んでくる前線へのロングフィードで、セルティックのディフェンス陣は走り回され、クリアしたセカンドボールを回収されて矢継ぎ早にアタッキングサードへの侵入を許していた。

 守護神ボルツの神がかったセーブで凌いでいたが、時にはC・ロナウドの人間離れしたドリブルでサイドを抉られチャンスらしいチャンスを得ることさえできないでいた。

 前半の試合展開でわかったことがある。

 それは我々の右隣の部屋に泊まっている人物がセルティックのサポーターで、左隣に泊まっている人物がマンUのサポーターということだ。

 度重なるセルティックのピンチに右隣の部屋の人物はFワードを連発し、左隣の部屋の人物はサハとルーニーが枠外シュートを打つたびにFワードを連発していた。

 シャーロック・ホームズなら欠伸のでる推理だろう。

 

 後半になってセルティックはヤロシークとマローニーを投入、シュンスケ・ナカムラを左サイドハーフにレノンをディフェンシブハーフに移した中盤ダイヤモンド型の4-4-2にシステムを変更する。

 すると普段の形に戻したセルティックの攻撃が徐々に活性化され始める。

 そして、後半三十六分。右サイドでテルファーからボールを受けたナカムラが代名詞とも言える柔らかいグラウンダーのパスを通す。

 それを受けたヤロシークがボックス手前で倒されてセルティックがフリーキックを獲得した。

 ゴールまではおよそ三十ヤード。かなり距離はあるが彼なら何かをしてくれるだろう。

 セルティックのキング、シュンスケ・ナカムラがボールをセットする。

 私と両隣の名も知らぬ隣人たちが、同時に固唾を吞む音が聞こえた気がした。

 次の瞬間、天才レフティーがその左足からはなったキックは、名手ファン・デル・サールの伸ばした手をかいくぐり……ゴール右隅に吸い込まれた。

 

「Nakamuraaaaaaaa!!! Fantastic goal!!A moment of magic!!What a wonderful free kick by Shunsuke Nakamura!He is unstoppable!!(ナカムラーーーーーー!!!素晴らしいゴール!!魔法の時間だ!!シュンスケナカムラの素晴らしいフリーキック!誰も彼を止められない!!)」

 

 私は無意識の内に立ち上がり絶叫していた。

 

「Yes!Yes!!Yes!!!」

 

 左隣の部屋からFワードの絶叫が聞こえてくる。

 右隣の部屋の人物は絶叫と共にナカムラに最大級の賛辞を贈っていた。

 

「ナカムラー!!お前八十分間どこ行ってやがった!?ベンチで昼寝でもしてたのか!?愛してるぜ!!!」

 

 シュンスケ・ナカムラは前半慣れない左サイドで守備に奔走していた。仕方のないことだろう。

 

「シロウ、僕は今最高の気分だ。試合が終わったら祝杯をあげよう。僕の奢りでな」

 

 立ち上がって両腕を振り上げた私を士郎が呆然と見つめていた。

 

「……俺、サッカー詳しくないからピンとこないけど、あんたが嬉しそうで良かったよ」

「フットボールだ。間違えるなよ、シロウ」

 

 残り時間はあとおよそ十分、ストラガン監督は今日のヒーロー・ナカムラをベンチに下げ試合を締めくくりに入った。

 シュンスケ・ナカムラをセルティックサポーターがスタンディングオベーションで迎える。

 感動的な光景だ。

 

 しかし、試合はまだ終わっていなかった。

 終了間際、C・ロナウドのフリーキックが壁を作り飛び上がったマロニーの手にあたり、PKを与えてしまう。

 

 両隣の部屋から絶叫が木霊する。

 

「マロニー!!お前ルール知らねえのか!?フットボールは足でするからフットボールって言うんだろうが!!」

 

 自覚は無かった、私は尋常ならざる様子だったのだろう。

 

「アンドリュー、あんた顔が真っ青だぞ……」

 

 私はその言葉に対してやっとの思いで一言だけ、言葉を絞り出すことに成功した。

 

「シロウ、祝杯は無しになるかもしれないな」

 

 PKのキッカーはサハ、あまりの緊張に呼吸をすることさえ忘れそうだ。

 サハがボールをセットし、助走をとる。

 サハの左足から放たれたシュートはゴール左に向かって飛んでいき……山を張って飛びついた守護神ボルツによって防がれた。

 

「Yes!Yes!!Yes!!!」

 

 同時に左隣の部屋からFワードの絶叫が、右隣の部屋からは言葉にならない絶叫が聞こえてきた。

 

「ボルツー!!愛してるぜ!!お前のケツに百万回キスしてやる!!」

 

 試合終了のホイッスルと共に、私は勢いよく立ち上がると一インチも事態を理解できてない士郎を伴い部屋を飛び出した。

 右隣の部屋からはセルティックのユニフォームを着た、毛むくじゃらの大男が飛び出してきた。

 毛むくじゃら大男は私が首に巻いているセルティックのスカーフを見て全てを察したらしい。

 

 我々二人は固い握手を交わし自己紹介した。

 

「By the way. I'm Andrew(僕はアンドリューだ)」

「I'm Sean(俺はショーン)」

 

 私とショーンはそのまま「You'll Never Walk Alone」を絶唱しつつ夜の街に繰り出した。

 やはり事態を一ミリも理解できていない士郎を強引に引き連れて。

 

 ショーンは士郎にウィンクし、こう告げた。

 

「Hey boy.Welcome to Scotland!(坊主、よく来たな!)」

 

  〇

 

 地獄の門が開くような走行音で目が覚めた。

 目を覚まして初めて見たものはハンドルを握る毛むくじゃらの大男だった。

 事態の理解できない私に背中越しに知った声がかかる。

 

「アンドリュー、あんたやっと起きたか。大変だったんだぞ」

 

 声の主、士郎は心底困ったが三十パーセント、安心したが七十パーセントの表情を私に向けていた。

 

「……ここはどこだ?隣の巨大なドワーフから見て僕は中つ国にでも迷い込んだのか?」

「そんなわけないだろ!あんたが起きないからショーンさんが連れて行ってやるって」

 

 そこでやっと私は事態を理解した。昨夜私はこのショーンと共に士郎を強引に引き連れて夜の街に繰り出したのだった。

 そしてセルティック大金星の興奮で飲みすぎた私は撃沈し、約束の時間に間に合わなくなった私をショーンが助けてくれたのだと。

 事態を理解した私が氏に謝辞を述べると、地獄の業火で焼かれたようなしゃがれ声で彼は答えた。

 

「ハハッ!運が良かったな!アンドリュー、それに坊主!俺はサウス・エアシャーのガーバンってとこに住んでる、ターンベリーに行くんだろ!目と鼻の先だ!」

「すまない。僕としたことが。フリーランスは信用第一だ、時間には正確を心がけていたんだがね」

「フリーランス?あんた何の仕事してるんだ?」

「探偵みたいなものだよ」

「じゃあ、そっちの坊主は助手か?」

「そんなところだ」

 

 A77道路を南下すること1時間半、サウス・エアシャーで唯一街と言えるエアを通り過ぎ、メイボールの小さな市街を抜けると牧草地帯にまばらに民家が建っているだけののどかな風景が続いた。

 目的地は近いだろう。

 メイボールを通り過ぎておよそ15分、我々は指定されたステーション・ロードの巨大な駐車場に到着した。

 私はまた改めて礼をしたいとショーンに告げ、連絡先を交換した。

 

 配管工だというショーン氏は愛車のトヨタダイナを「シュンスケ・ナカムラみてえな優秀なメイドインジャパンだ」と自慢し、去り際に私に言った。

 

「トイレにクソが詰まったら俺を呼びな!」

 

 我々が見送る中、ショーンを乗せたトヨタダイナは田舎の悪路をガタガタという音をさせながら去っていった。

 

「すまなかったな、シロウ」

「珍しいな、あんたが寝坊なんて」

 

 私が言い訳がわりに昨夜のゲームについて再び士郎への解説をしようと試みたところで、我々に背後に音もなく依頼人ブルースが現れた。

 

「ミスター・マクナイト、それにミスター・エミヤですね。お待ちしていました」

 




サッカー描写ばっかり……
一体これ、何の話なんでしょうね?

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