Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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お待たせしました。
新エピソードです。
全7回の予定です。


マンハッタンの小聖杯
依頼


「ニューヨーク?」

「そうだ、中々割のいい案件があってね。だがそれなりに難儀な可能性があるので

君たちのどちらか1人、僕の助手ということで同行してもらえないか?」

 

 洒落たダイニングテーブルで向かい合い話している私と凛に

士郎が熱いブラックティーを供してくれた。

 彼の仕草はまるで『日の名残り』のスティーブンス執事がそのまま

抜け出して来たように完璧だった。

 きっとカズオ・イシグロもこの光景を見たら喜ぶ事だろう。

 逆にアンソニー・ホプキンスは嫉妬に駆られるかもしれない。

 

 おおよそ魔術師らしくない。

 その所作は私が彼と初めて邂逅した時から抱く率直な感想をより強くさせた。

 そして私は供されたブラックティーを1口、口にした。

 

 やや濃いめのオレンジ色、それに渋みとコク

 マスカットのような爽やかな香り。

 

「ダージリンのセカンドフラッシュか」

 

 士郎が凛の隣に腰を下ろし私のつぶやきに答える。

 

「ああ、貰い物だけどな。良いのが手に入ったから」

「そうか。良い中抽出具合だ。とても美味しいよ、ありがとう」

 

 士郎が爽やかな笑みで応える。

 ティーンエイジャーらしい嫌みのない笑顔だ。

 私はとても好感を持った。

 

 凛は尚も難しい顔をして考え込んでいた。

 割のいい案件とは言ったが、こんな物件に住んでいること、

それに彼女が使う宝石魔術は金銭的にとても燃費が悪い。

 それらを勘案すれば金は欲しいはずだ。

 

 そうすると渋っている理由は長期間ロンドンを離れることか。

 

 私はコロコロ変化する凛の表情ととても自然な仕草で寄り添う士郎の仲睦まじい姿を

観察しながら現実的な…主に金銭面に関する思索にふけった。

 

 彼らの住居はシティ・オブ・ウェストミンスターのセント・ジョンズ・ウッド地区にある。

 セント・ジョンズ・ウッド地区はウェストミンスターの中でもExtremely

Expensive<都心超高級住宅地>であるメイフェアに次ぐVery Expensive<高級住宅地>だ。

 

 3ベッドルームの2部屋を凛が寝室と工房に、

残りの1部屋を士郎が使用している。

 

 やはり、女は強い。

 

 私は部屋の調度品を1つ1つ、つぶさに観察し

この物件の賃貸価格に思いを巡らせていた。

 

「最低でも月額2000ポンドというところか」

「何か言った?」

 

 凛が不思議そうな表情で尋ねる。

 

「いや、ただの独り言だ。中年に片足を突っ込みかけた男の悲しいサガとして聞き逃してくれ。

それでどうだ?受けるか受けないか?できれば受けて貰えると嬉しい。

僕は基本的に一匹狼でな、相棒というものを持たない。必要な時は知己を頼るが生憎と

めぼしいアテは先約ありでな」

 

 凛は申し訳なさそうに返答した。

 

「私は時計塔の研究があるし、士郎も助手としてそう簡単に、しかも国外に送るわけには…」

「そうか、残念だよ。本当に良い案件だったんだがな。」

 

 凛は本当に申し訳なさそうな表情で答えた。

 

「…参考までに補足しておくが、今回の報酬は1人あたり6000だ。

米国ドルで。もちろん経費別でな」

 

 凛が目を大きく見開いて私の言葉を小さく反芻した。

 そして指を折って暗算を始めた。

 心配そうな表情で士郎が凛を覗き込む。

 やがてその儀式が終わるとリンははっきりと明瞭な声でこう言った。

 

「士郎、行きなさい」

 

××××××××××××××××××××××××××××××××××

 

 その後、凛と士郎の小競り合いがあった。

 結果はもちろん凛の圧勝だった。

 口喧嘩で男は女に絶対に勝てない、この世の真理だ。

 

「いいから、行きなさい。士郎。

アンドリューはあなたが思ってるよりもずっと優秀よ。

勉強してきなさい」

 

 私は士郎に行程についてや案件内容についての事務連絡をし

彼らの愛の巣を後にすることにした。

 

 去り際、大人として彼らに1つ忠告することにした。

 

「ところで君たち」

 

 凛と士郎は何か実務的なことだと思ったのだろう。

 真剣な面持ちで私の言葉の続きを待った。

 

 私は躊躇いがちにこう告げた。

 

「欲望にはある程度忠実であるべきだが、避妊はちゃんとした方がいい。

特に女性は妊娠によって行動が大きく制限されることになる。

この間の僕の『オミヤゲ』はちゃんと活用してくれているものと信じているよ」

 

 言葉の意味がすぐには飲み込めず、しばし固まっていた二人だが

やがて凛が顔を真っ赤にして反論してきた。

 

「ちょっと、何勘違いしてるの!だから、私と士郎はそんなんじゃないわよ!

前も言ったでしょ!」

「そうだったか?生憎と僕の記憶容量は限られていてね。必要のない情報はメモリから揮発してしまうんだ。

しかし年頃の男女が1つ屋根の下となれば、僕でなくても全うな大人なら余計な勘ぐりをしたくなる物だ。

次からは気をつけるから今回は聞き流してくれ」

 

 尚も続く抗議の声を背にしながら私は去った。

 

 さらに彼らに伝えなかった事実の一部に軽い罪悪感を感じながら

セント・ジョンズ・ウッド駅へと向かう。

 実は報酬の6000というのは私の仲介手数料を引いた金額だ。

 本来の金額はもう少し、ほんの少しだけ高いものだ。

 

「ま、これぐらいは構うまい。真っ黒ではないグレーゾーンを選んで歩める。大人の特権だな」

 

 私はリッチモンドのロングにオイルライターで火を点け、

今日8本目の紫煙を味わった。

 

×××××

 

 依頼から3日後、私と士郎はヒースロー空港発JFK空港行きの

ヴァージン・アトランティック航空16:00出立便のアッパークラス(ビジネスクラス)シートに身を横たえていた。

 

 やはりいつものエコノミーとは快適さがまるで違う。

 足を伸ばして眠れる事を旅の守護聖人セント・クリストファーに感謝しながら

およそ8時間弱の旅路の間、私は士郎と実務的な会話をした。

 

「君が使える魔術について知っておきたい。

前に話した時は、君のパーソナルな事しか聞けなかったからね」

 

 その会話で私が知った士郎に関しての情報は

 使える魔術は強化と投影だけということだった。

 

 その情報について私は簡潔に感想を述べた。

 

「なんとも地味な特技だな」

「ああ、よく言われるよ」

「しかし、強化はともかく投影などおよそ実戦の役にはたつまい。

とはいえ、今回は君の戦闘能力を披露することにはならないと踏んでいる。

概要だけ聞いただけだが穏やかなものさ」

「ああ、そう願ってるよ」

 

 士郎は何か難しい表情をしながらそう答えた。

 

 それから、私は彼の緊張をほぐすため、スモールトークに興じることにした。

しかし、その結果判明したのは驚きの事実だった。

 

「何、君の養父はエミヤキリツグなのか?」

「俺、前に話さなかったか?」

「養父に育てられたことは聞いたが、名前までは聞いていない」

「アンドリュー、あんた親父のことを知ってるのか?」

 

 その質問にどうこたえるか私は迷った。

 士郎の父、衛宮切嗣は荒くれ者揃いの魔術師狩りの中でも

特に悪名高い存在で、「魔術師殺し」の異名をとった真正の殺し屋だった。

 

 しかし、私は本人を直接知っているわけではないし、

何より眼の前にいるのは血縁がないとは言ってもその息子だ。

 

 私は思案の末、こう答えた。

 

「いや。知っているのは名前だけだ。

それなりに優秀な魔術師だったからね」

「そうか」

 

 士郎は少し残念そうだった。

 どうやら私が意図的に情報を隠したことに気づいていないらしい。

 

 

 気まずい空気を打破するために私は年の半分を国外で過ごす旅人として、

彼にアドバイスをした。

 

「シロウ、センパイとして時差ボケへの対処法を教えよう。まずは今すぐに時計を現地時間に合わせろ。

2つ目に水分はたっぷり取り、機内食は完食しろ。

そして3つ目に…これが最も重要なことだが…とにかくたっぷり寝ておく事だ」

 

 その言葉を口にすると私は早速それを実践した。

 

 夢1つ見ない深い眠りだった。

 

×××××××××××××××××××××××××××××××××××××××

 

 翌日、現地時間18:45分、我々2人はニューヨークシティの玄関口

JFK空港に降り立った。

 

 ニューヨークは寒暖の差が大きい街だ。

 真冬のニューヨークは凍えるように寒いが、真夏のニューヨークは溶けるように

熱い。

 なぜこのような過ごしづらい土地が世界有数のビッグシティになったのか

現代史における大きな謎の1つだ。

 

 私はGood Beer Monthだかメイシーズファイアーワークス(独立記念日花火大会)

のためにでも訪れたのであろう観光客を横目に、「Ground Transportation」のデスクへ向かう。

 途中、illegal taxi<白タクシー>の客引きが声をかけてきたが、

私は脇目もふらず一直線にデスクに向かい、チケットを購入して乗り合いシャトルバスへと乗り込んだ。

 

 道すがら車窓から見えるミッドタウン5番街やロックフェラー・センター、タイムズ・スクエアといった観光名所をとても興味深そうに士郎は眺めていた。

 

「シロウ、君は日本のどこの出身だ?トウキョウのシンジュクあたりならこんな光景は見飽きているだろう」

「俺は…言って分かるか知らないけど、冬木っていう地方都市の出身だ」

 

『フユキ』魔術に関わる人間でその名を知らない者はいない。

かの大儀式によって魔術の結晶、聖杯が降りる地。

聖杯戦争の場。

 これは偶然なのか、それとも士郎は聖杯戦争に関わったのか。

 士郎は続けて言った。

 

「冬木でも新都は高層ビルもあるけどこんなに密集はしてなかったからな」

 

 彼はティーンらしい無邪気は表情を浮かべると車窓からの光景に没頭した。

 とても心温まる光景だ。

 なので私もそれ以上追求する事をやめた。

 

 およそ1時間後、我々は目的地であるアッパー・イースト・サイドの

ニューヨーク市警察19分署にいた。

 

 レセプションは我々2人を見ると怪訝な表情を浮かべたが

アポイントメントを取った人物の名前を挙げるとすぐに待合室に通してくれた。

 ここアッパー・イースト・サイドは富裕層の住宅街として知られ、

『セックス・アンド・ザ・シティ』あたりを観てシティライフに憧れたカンザス出身のそばかす面の少女なら気絶するぐらい憧れる地域だ。

 

 供されたインクを溶かしたような味のコーヒーを啜って待つ事10分。

 目的の人物2人が現れた。

 

 1人はがっしりした体格のクセ毛で眠たそうな眼をした30過ぎの男。

 もう1人は燃えるような赤毛の長身の女性。

 このような状況でなければvogueの専属モデルだと紹介されても信じるに違いない。

 

 男の名はパトリック・ケーヒル。

 ニューヨーク市警の刑事で元海兵隊員。

 アフガニスタン紛争の際の負傷が原因で眠っていた魔術回路が開いた

魔術使いの刑事。

 

 女の名はアンナ・ロセッティ。

 マンスターのジェラルド伯の血筋を引き、かつて短い時計塔在籍期間に

5大元素使いの『天才』の名を冠されながら典型的な魔術師の世界からは距離を置き

父、マシューと同じハンターとしての道を選んだ戦闘のプロフェッショナルだ。

 

「ハイ、アンドリュー」

 

 アンナが私に手を差し出し言った。

 私は彼女の、麗しい…訂正。戦闘と訓練でゴツゴツした逞しい手を握り返し答えた。

 

「やあ、元気そうでなによりだアンナ。ところで今日はマシューの旦那はどうした?

君たちはいつもツーマンセルじゃなかったのか?」

「親父なら今、ルーマニアで人外の何かを狩っているよ」

 

 彼女は控えめに言って物騒なことをいかにもつまらなそうに口にした。

 いつものことだ、なので私もそれについて特に感想を口にはしなかった。

 

 続いてパトリックが手を差し出し口を開いた。

 

「相変わらずシケた面してるな。アンディ。いつもウナギのゼリー寄せとか食ってるからじゃないのか?」

 

 彼なりのユーモアだ。

 私は彼の鍛え上げられた手を握り返して答える。

 

「チップスとピザソースを『野菜だ』と称して口にしている人種には言われたくないね」

 

 パトリックは笑って答えた。

 

「確かにその通りだ」

 

 通り一遍のsmall talk<時候の挨拶>が終わり、2人が士郎の存在を気にかける。

私は言った。

 

「こっちはエミヤシロウ。電話でも話したが僕の助手として来てもらった。

未熟だが今回は荒事にならないと聞いているし、マンパワーにはなるだろう。

仮に足を引っ張ることになっても、彼の面倒は僕が見ると約束しよう。

……ちなみにだが、血の繋がりこそないが、あのエミヤキリツグの忘れ形見だ」

 

 その瞬間、アンナの表情には様々な感情が浮かんでは消えた。

 生前のエミヤキリツグと彼女の間には交流があったと聞いている。

 彼女はきっと今、過去の残滓に思いを馳せているに違いない。

 

 やがて、大きく息を吐くと彼女は言った。

 

「そうか、ところで私は日本語は『アリガトウ』と『カローシ』ぐらいしかわからないよ。その坊や。英語は分かるのかい?」

 

 注釈するとアンナ・ロセッティは英語にしか興味を持たない典型的な米国人

とは違う。

 

 私が知る限り彼女は少なくとも6カ国以上を操る。

 ただ、その中に日本語が含まれないだけだ。

 

 横でパトリックが疑問を投げかける。

 

「『アリガトウ』はわかるが『カローシ』ってのはなんだ?」

「働きすぎが原因で死ぬことさ」

「なんだそりゃ?東洋の神秘か?」

 

 彼には仕事を神聖な物として崇める日本の文化が理解できないようだった。

 当然だ。4分の1が日本人の私にだって理解できないのだから。

 

 我々の会話に士郎が入り込む。

 

「それなりにロンドンでの生活にも慣れて来た。今ぐらいの会話なら問題ないぞ、俺」

 

 少々、拙い発音ではあったが明瞭な響きでシロウは答えた。

 これなら問題なさそうだ。

 

 アンナが士郎に手を差し伸べる。

 

「よろしくな。坊や」

 

 士郎は彼女を真っすぐ見据えて、その手を握り返した。




実はこのエピソード、私ではなく、私の共同執筆者が書いたものに私が手を加えたものです。そのため文体が微妙に違います。
それと、悪ふざけしました。
このニューヨーク編に出てくる2人は前作及び、それを改題、改訂した自作(同じHNで別のサイトに投稿してます)の主人公です。
完全なる悪ふざけです。本当にすいません。
(わざわざこんなことを注釈しているのは自作のキャラだと明言しておけば、
三次創作に当たらないはず……と思ったからです)
実は、今後も同じ悪ふざけをやるつもりでいます……
寛大な心でお読みいただけるととても嬉しいです。

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