Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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お久しぶり投稿です。
舞台はまた日本。
前・後編の二回の予定です。


神の子供たちはみな踊らされる
生神


 私には自覚している限り四つのルーツがある。

 一つは父方の家系、イングランドとスコットランドだ。

 マクナイトのファミリーネームは父方の祖父、スコットランド人のロバート・マクナイトに由来し、私の魔術師としてのルーツは父方の祖父の家系にある。

 それなりに古い家系であり、元々はそれなりの存在の魔術家系だったらしい。

 時代を経るごとに衰退し、私が少年のころにはまともに魔術を使えるのは叔父のユアン・マクナイトだけになっていた。

 私が魔術の世界で生きていけているのは叔父と共に経験した仕事による経験と、何よりも魔術回路が先祖がえりをおこすという奇蹟が起きたからだ。

 父方の祖母はイングランド人で彼女は完全に一般人。

 母方の家系は香港と日本で、こちらも完全に一般人だ。

 私は国籍上はブリティッシュだが、それと同時にイングリッシュでスコティッシュで、香港人で日本人でもある。

 スコットランド系のファミリーネームを名乗り、イングランドに拠点を置き、少年時代を香港で過ごした私にとって、もう一つのルーツである日本は最も縁が薄い――筈なのだが、これが運命という厄介な代物なのか、私はよくよく日本と日本人に縁がある。

 

 事の発端は日本の友人からの電話だった。

 長年の友人である両儀式は、私がこの世で最も殴り合いの喧嘩をしたくない人物であり、彼女からの電話は一応依頼の体裁をとっていたが、私はそれを半分以上脅迫として受け取った。

 そして、仕事の都合をつけると日本航空ヒースロー発成田行きの便に乗り、一路日本を目指した。

 

 なお、付け加えておくが、私は式の事を恐れているが決して嫌いな訳ではない。

 彼女が危機に陥り、助けを求めているのならば無条件で手を貸すつもりだ。

 もっとも、彼女が乗り越えられないレベルの危機などおそらく私の力が及ぶようなものではないだろうし、そんなことを素直に言ったら彼女は私がおかしくなったと思うだろう。

 以上の明白過ぎる理由から、その気持ちを彼女に告白する日は来ないだろうと私は考えている。

 

  〇

 

 目的地は西日本だ。

 成田空港から東京に向かい、新幹線に乗ってまずは大阪を目指す。

 この国の交通インフラは本当によく整備されている。

 おまけに清潔だ、

 こんなに公共交通機関が清潔な国は日本とスイスぐらいだと私は思う。

 大阪からローカル線に乗り継ぎ、まずは友人である衛宮士郎の頼み事兼今夜の宿のために冬木に向かった。

 士郎からは日本での仕事の度に彼の実家の様子を見に行くことを頼まれている。

 普段は遠坂凛の妹の桜と、士郎の保護者のような存在の藤村大河が様子を見ている。

 彼女たちとも既に馴染みになっていた私は、向こうからの申し出で衛宮家に一泊させてもらうことになった。

 頼んでもいないのに大量の料理と酒が振舞われ、ちょっとした宴会になった。

 明日は確実に二日酔いだろう。

 

 翌日。予想よりいくらかマシな二日酔いで目が覚めた私は大阪に向かった。

 非効率な旅路だが友人からの頼みもあった。

 豪勢な食事にもありつけたことだし、プラスかマイナスかで言えばトータルではプラスと考えるべきだろう。

 最終目的地は三重県だが、もう一人の調査員と大阪で落ち合うことになっている。

 両儀家の身内らしいが、それが近縁の人物なのか遠縁の人物なのかは不明だ。

 式が言うには、「誰があてがわれるのかはオレも知らない」とのことだった。

 

 大阪、梅田駅。

 冬木から在来線を使って一時間弱で到着した。

 その間、電車はすべてダイヤ通りに運行していた。

 やはりこの国の交通インフラは素晴らしい。

 

 昼過ぎの大阪は多くの人が行き交い、活気があった。

 冬の都会の空は澄み切って乾燥しており、行き交う人々は身をすくめて歩いていた。

 

 待ち合わせの刻限まであと十分。

 誰が来るのかは知らないが、日本人は時間に厳格だ。

 すでに来ていてもおかしくない。

 そう思った私は、すぐにもう一人の調査員が誰なのか悟った。

 

「やあ、アンドリュー」

 

 思いがけない人物が迎えに来ていた。 

 

  〇

 

「久しぶりだね、アンドリュー。また会えてうれしいよ」

「ああ、僕もだよ。ミキヤ」

 

 もう一人の調査員は式が決して許可を出すはずが無いと踏んでいた人物で、私もよく知る旧友だった。

 黒桐幹也――婿養子に入って今は両儀幹也になっている――はいつもの温顔で私の隣で日産スカイラインのハンドルを握っていた。

 彼は魔術に全く縁の無い家系の出身だが、温厚で人当たりが良く、調べものが異常に得意という調査に打ってつけの人物だ。

 加えて、どうやら今回は身内だけで片づけたい問題らしい。彼は両儀家の近縁――というかそのものの人物だ。

 

「先方が僕を指名したからだよ」

 

 「君が来るとは思わなかった。絶対に無いと思っていた」と私が言うと彼はそう答えた。

 しかし解せない。幹也は式がこの世で最も危険から遠ざけておきたいはずの人物だ。

 

「式も鮮花も心配してくれたけどね、でも式も困ってるみたいだったから。何とか説き伏せたよ」

 

  〇

 

 私の知己に風宮和人(かぜのみやかずと)という人物がいる。

 彼は古代まで遡る名家の出身で、かつては協会のもと封印指定執行者の任についていた。

 化け物じみた魔力と人間離れした身体能力に加え、微かに神性まで持ち、史上最強の執行者と評価されるほどの凄腕だった。

 風宮は家督を継ぐ席次ではもともと一番手ではなかったが、上の継承順位だった人物が急死し、本家の都合で執行者の職を辞した。

 以降は先祖代々の霊地を守る管理者(セカンドオーナー)の任についている。

 

 まだ詳細は聞いていないが、今回は風宮の分家の一つで起きた問題の調査が目的だ。

 極力身内だけで問題を解決したかったため、すでに一族の仕事を何度も請け負っている私に白羽の矢が立った。

 そして身内の中から、もう一人、調査に適切な人員が選出された。

 風宮家と両儀家は遠い親戚関係にある。

 それで今回は幹也が選ばれたようだ。

 

 式は相当に抵抗したはずだ。

 だが、式の能力は荒事では最強でも調査には向かない。

 鮮花も相当抵抗したはずだが、鮮花に荒事以外は無理だ。

 どうやら風宮家と両儀家の力関係はわずかに前者の方が上らしい。

 

「巻き込まれたことを心底不憫に思う。君のことは僕が全力で守るよ」

「ありがとう。アンドリュー」

 

 ハンドルを握っている幹也に私は努めて真摯にそう言った。

 そしてバランスを取るために軽口を叩いた。

 

「君に何かあったら僕はシキに殺されるからね。良くて瞬殺、運が悪ければ嬲り殺しだろう」

「冗談きついな。式はそんな乱暴なことはしないよ」

 

 私の発言は軽口ではあっても冗談のつもりは無かった。 

 

「物事は視点によって見え方が変わるものだな。一般論だが」

 

  〇

 

 大阪から車で二時間。

 一度途中で運転を交代し、最後は私がハンドルを握っていた。

 

 我々は日本最大の神霊地である巨大な神宮の敷地内へと足を踏み入れた。

 まだ日は明るいが、夜の空気のようなひんやりとした質感を肌に感じる。

 今では観光地になっているが、一線級の霊地だ。

 幹也は特に感じていないようだが、魔術師である私がそれを感じるのは当然の事だろう。

 

 広大な敷地内を迷いながら、そして親切な神宮の関係者に助けられながら――毎度思うが、日本人の職業意識は大したものだ――受付(レセプション)へ辿り着き風宮の名前を告げると私と幹也は赤を基調にした待合室へと通された。

 

 供されたグリーンティーをすすりながら待つ。

 初めて風宮に会う幹也は当然ながら緊張していた。

 私は風宮とは何度も会っているが、何度会っても緊張する。

 彼はその気になれば我々二人を切り刻んで肉片にするなど造作もない。

 

「……アンドリュー、風宮さんはどんな人なんだい?」

 

 幹也はいつもの軽口が出ない私の事が心配になったようだ。

 言いたいことは色々あったが、「紳士的で風格のある人物だ」と答えるに留めた。

 素直な幹也はとりあえず信じたようだ。

 

 待つ事十分。

 身長おおよそ五フィート五インチ、小柄で痩せぎすの神職者とは思えないような凶悪な目つきの男が現れた。

 男はきびきびとした足取りでこちらに近づくと、向かいの椅子に何も言わずに腰を下ろした。

 

「呼び立ててすまない。安心して話を出来る場所が他に無いものでな。知っての通り私は敵が多い」

「いいえ。貴方に呼び立てされて断る術はありませんので。凡俗なりに賢く振舞って参集に応じたまでです。ミスター・カゼノミヤ」

 

 風宮和人はその回答に満足したようだ。

 口の端を微かに持ち上げて、笑顔と言えなくもない表情を浮かべた。

 

「御足労に感謝する、マクナイト君。そして、はじめまして。君が両儀式の婿か」

 

 風宮は手を差し出し、我々と交互に握手を交わした。

 

  〇

 

「マクナイト君、幹也君。『七つまでは神のうち』という言葉を知っているか?」

 

 軽い挨拶と雑談とも言えない短い雑談の後、風宮は出し抜けにそう言った。

 

「かつて乳幼児死亡率が極めて高かった時代、七歳までの子供はいつ天に召されてもおかしくない存在だったことに由来する……そう聞いたことがあります」

 

 唐突な問いかけに戸惑いながら幹也は答えた。

 

「君はそれについてどう思う、幹也君?」

「乳幼児死亡率と医学の発展は相関関係にあります。世界的に見られる一般論だと思います」

 

 風宮はその答えに首を振った。 

 

「君の答えは一般論の世界においては模範的な回答だ。だが、魔術師の世界においては意味合いが異なる。君ならばよくわかっているだろう、マクナイト君」

 

 私は小さく頷いて同意した。

 

 そして風宮はようやく事のあらましを語り始めた。

 我々も今まで聞かされていなかった、事のあらました。

 

「成程、これでシキを出張らせなかった理由がよくわかりました」

「その通り。これは因習の問題だ。両儀式は荒事においては最強だが、今回はアベンジャーズが出動してどうなる問題では無い。それが両儀式をここに呼ばなかった理由だ」

 

 意外な発言だった。私と幹也は顔を見合わせた。

 私は恐る恐る口を開いた。

 

「貴方の口からそのような俗っぽいものが出てくるとは思いませんでした。――興味本位で聞きますが、貴方がアベンジャーズだったら誰になるのですか?ミスター・カゼノミヤ」

「もちろんドクター・ストレンジ一択だ。私は魔術師だぞ」

 

  〇

 

 キリスト教徒にとって神は絶対的な存在だ。

 ユダヤ教徒にとっても、イスラム教徒にとっても神とは仰ぎ見るものであり、気楽に触れられるような存在ではない。

 神とは絶対的な存在であり、決して可視化出来るような代物ではない。

 イスラム教、ユダヤ教では偶像崇拝が禁じられているし、キリスト教も本来は禁じていた。

 

 必ずしもひとくくりには出来ないが、アジア人にとって神はもっと身近で気軽な存在だ。

 清代中国で書かれた怪異譚集、『聊齋志異(りょうさいしい)』にはある凡庸な役人志望の男が頼まれて神になる物語が収録されている。

 現代ではしばしば人権侵害として論争の的になるが、ネパールでは特定の身体的特徴を持つ初潮前の少女が生き神「クマリ」として祀られる。

 

 この国でも神は身近な存在だ。

 日本には神道というアニミズム信仰を起源とする土着の多神教が存在するが、彼らと神の距離が近いことは神道が神道として成立する以前から変わらない。

 

 英語において"god"は不可算であり、数えることは出来ない。

 日本語には多くの助数詞が存在するが、人を一人二人と数えるように、家を一軒二軒と数えるように、神を一柱、二柱と数える。

 

 『日本書紀』推古二十八年十月条に、推古天皇の父欽明天皇と母堅塩媛(きたしひめ)を埋葬した古墳を修復し、その後で氏族ごとに柱を建てさせた、と記録がある。

 こここから「神道」というものが成立する以前の古墳時代、亡き天皇の霊を前に各氏族が柱を建ててそれぞれの神を降ろす儀礼があったと想定されている。

 その時、柱の数を数えて、その場に降臨した神様の数を確認していたのでは無いかというのが考古学者たちの推測だ。

 

 日本は中国から多大な文化的影響を受けているが、同じく多神教である道教に神を数える助数詞は存在しない。

 インドを起源とし、今では東アジア、東南アジア一帯にも定着している仏教にも仏を数える助数詞は存在しない。

 

 神社には御神体と呼ばれる、神が宿るとされるものが存在する。

 それは鏡のような人工物の場合もあるが、森や山など自然そのものである場合もある。

 共通するのはそれらが見ることも触れることも出来る存在であることだ。

 そもそも神社とは神にその場に居てもらうための場所であり、お願いすればその場に居てくれるものと思うほど、日本人にとって神と人の距離は近い。

 

「生き神が迷子になったそうだ。探して連れ戻してくれ」

 

 具体的な名は伏せるが、皇室の祖神であり日本人の総氏神ともいわれる天照大神を祀る風宮の神宮には日本全国に多くの系列が存在する。

 我々が向かっている東海地方のS村はその一つだ。

 

「秘匿されているため、私も断片的にしか知らないが、ある地域には神稚児(かみちご)と呼ばれる存在がいるそうだ。神稚児は幼少時に願望機としての力を持つ特殊な性質を持った子供だ。言うなれば一定期間だけ効果を発揮する生きた聖杯のようなものだ。君たちに行ってもらう村で信仰されている生き神は神稚児のダウンサイジング版だと思ってくれ」

 

 林業以外これといった産業の無いS村が存続できているのは代々伝わる生き神の力と言われているが、数日前に生き神として祀られている子供が突如姿を消した。

 村人総出で捜索したが、未だに見つかっていない。

 

 S村の生き神はその秘匿性から神秘を保っている。

 村の派出所ですら生き神の存在は知らない。

 そのため、警察のような公権力には頼れないし、何よりもこれは公権力で解決できるような問題でもない。

 秘匿性と調査を両立させるため、"身内"である風宮に報告がなされ、風宮は"身内"である両儀に相談――もとい命令し、実績のある私が呼ばれ、さらに"身内"である幹也が招集された。

 探し物となると、確かにこれは式の魔眼で解決できる問題ではない。

 

「難儀しそうだな」

 

 そうつぶやくと、助手席に座る幹也は「そうだね」と相槌を返した。

 風宮の神宮を辞去した我々は近隣の地方都市で一泊し、S村を目指した。




末尾にそそくさとお知らせです。
筆者が制作・脚本にかかわった映画が9/11から東京の映画館で単館上映されます。
上映期間は三週間あります。
映画ナタリーで冒頭部分を公開してますので、興味があればぜひ。
https://natalie.mu/eiga/news/443348

くそ忙しいですが後編も頑張って書きます。
では、また。
最後までお読みいただきありがとうございます。

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