Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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意外なことに続きました。
章タイトル通り、セイバーが残った世界線の話です。
全二回の予定。


鬼火の館 ――After Sunny Day
前編


 ロンドンいちハンサムな万屋の魔術使い、こと私アンドリュー・マクナイトの仕事は多岐に渡る。

 最もよくある簡単なお使い――資材の手配や、やや危険な仕事である呪いの解呪、由緒不明な魔道具の解析、あるいは場所その物の調査などだ。

 話によれば今回の依頼は場所その物の調査のようだ。

 

 いつものようにエミールの猫の小便のような匂いの立ち込める由緒正しいホテルで惰眠を貪り、昼前に起床した私は依頼人に面会するため安物の吊るしのスーツとボタンダウンシャツを身につけ外出した。

 

 パディントン駅から徒歩十分程度の距離、スプリング・ストリート沿いにあるパブ、Princess of Wales(ウェールズ大侯妃)の路面に面したテーブル席に二十分後、

 私は依頼人と向かい合って着席していた。

 

 今回の依頼主はウェールズ人でジョセフ・ジョーンズと名乗った。

 私がウェールズについて知っていることは少ない。

 私がウェールズについて知っていることと言えば、ケチで大半が田舎で、そしてジョーンズというファミリーネームの持ち主が溢れているということぐらいだ。

 目の前のジョセフ・ジョーンズ氏は私の人生において知り合った三十八番目か三十九番目くらいのジョーンズ氏であった。

 

「本来ならこちらから赴くところを、わざわざご足労いただき恐れ入ります。ミスター・ジョーンズ」

「構いませんよ。ロンドンにたまたま用事があったのでそのついでです」

 

 ジョーンズ氏は五十前後の身なりのいい紳士で、そのように簡単な挨拶を済ませると続けてこう言った。

 

「ウェールズ大侯妃という名前の店を待ち合わせ場所に選ぶとは洒落が効いていますね。マクナイトさん」

「はい。子供の頃から周りの人をハッピーにするよう心がけている憎らしいハンサムなんです。僕は」

 

 スモールトークが終わると氏は今回の依頼内容を語り出した。

 

 ジョーンズ家は古くからの名家で、ビジネスマンとしての才覚があったジョセフ氏は、父から引き継いだホテル経営を拡大させ南部スウォンジを中心に小規模ながらホテルチェーンを展開していた。

 父ジェイミー氏は既に引退し、カーマーゼンにある十九世紀に建造された由緒正しい一族の屋敷で悠々自適の生活を送っていた。

 そんなジェイミー氏が数ヶ月前に死去、遺産として隠居生活を送っていたその屋敷をジョセフ氏が受け継ぐこととなった。

 カーマ―ゼンの古い屋敷は老後を優雅に過ごすにはいい場所かもしれない。だが、ジョセフ氏は違う観点から見ていた。

 屋敷を改装して宿泊施設とし、リッチな顧客向けのプライベート空間を提供する。それがビジネスマンである彼の観点だ。

 

 しかし、問題が起こった。業者の選定が終わり工事に入ったものの、工事が途中で頓挫してしまったのだ。

 曰く『庭に大量の鬼火が浮かんだ』『白い幽霊が目の前に行列を作って横切っていった』と立ち入った業者の人間が口々に証言し、また精神に変調をきたした者まで現れたのがその理由だ。

 当然現実主義者である氏は別の業者を手配したが、その業者も同じような証言をし手を引いてしまった。

 現実主義者の氏もここまでくると考えざるを得ない。

 そこで表向き「調査業」を名乗り、実際に怪しげな事件を手がけることも多かった私に白羽の矢が立ったわけだ。

 仲介したのはタブロイド紙記者のファルコだ。ジョーンズ氏とファルコは以前から知己だったらしい。

 ジョーンズ氏のような世間的に「真っ当」と見做されるタイプの人種がファルコと知り合った理由は謎だが、高級な人種には高級な人種なりの基準で人脈が存在するのだろう。

 

 魔術世界の人間である私の人生訓として、この世に本当に不思議なことなどそうはない。調査業としての私にこういった依頼が来ることはこれまでも稀にあったが、その大半はただの思い込み――神秘のカスも感じないような事件ばかりだった。

 あまりに典型的な幽霊屋敷事象のため、今回もその可能性は高いと私は予測した。

 なので私は「古い建物です。床の微妙な傾きや低周波などが出入りした人間に影響を与えた可能性もありますね。本当にそこがヴォルデモートの巣食う幽霊屋敷かも含めて調査してみましょう」と提案し話は終わった。

 氏は私の、怪しげな万屋兼探偵という肩書とは裏腹な発言を意外に感じたようだったが、その事で却って私を信用のおける人物と認識したようだった。

 

  〇

 

 翌日。心地の良い初夏の日差しの下、私はウェストミンスターのレストランで昼食を摂っていた。

 貧乏暇なしな私は定期的にビッグベン(時計塔)を訪れては偉大な講師、ロード・エルメロイII世に小粋なジョークを提供し、見返りに仕事の依頼をもらうことを自身に義務付けている。

 己の勤勉ぶりを自画自賛しつつ、件の人物の元を訪れた私だが今日は内弟子のグレイ共々不在で肩透かしを食らってしまった。

 仕方なく私は予定を変更し、ビッグベン(時計塔)の近隣にあるこのレストランの路面沿いのテラス席で昼食を摂ることとしたのだった。

 災厄としか言いようのない悪魔パズズが吐き出したゲロのようなアスパラのポタージュと、死後数日経過した水生生物の死骸の味がするサーモンサンドウィッチをエールで流し込んだ私は、我が国が誇る高級紙「ザ・サン」を熟読しながら

 食後のブラックティーを啜っていた。

 紙面の中ほど『パリス・ヒルトン、ノーパン生活に終止符』まで読み進めた時、肩越しに知った声が聞こえた。

 

「あれ、ひょっとしてアンドリュー?」

 

 声の主、遠坂凛は店に面した路上に立ち止まり私の顔を覗き込んでいた。

 それから数分後、私が独占していたテラス席のテーブルは遠坂凛と彼女のダーリン衛宮士郎そして、凛を主とする英霊セイバー(アーサー王)の四人で共有することとなった。

 

「今日は食事しないわ」

 

 凛は来英してからこの数ヶ月で1つの教訓を得ていた。それは『迂闊によく知らないレストランで食事を摂るな』ということだ。

 大正解だ。美食の都として知られているこのロンドンで、中華とインド以外の店は大抵が当たりか大当たりだ。

 なので後から着席した彼女たちはフードの注文を選択せず、ブラックティーのみを注文していた。

 

 話が定番の天気の話から共通の知人、ウェイバー・ベルベット改めロード・エルメロイII世の話に展開し、先週凛たちがアーサー王所縁の地であるティンタジェルを本人のガイド付きで訪問したという興味深い話を経ると我々の間には暫しの沈黙が訪れた。

 

 最初に沈黙を破り、遠慮がちに口を開いたのはセイバーだった。

 

「凛、アンドリューに相談してみてはどうですか?」

 

 SVOのOが抜けた日本語でセイバーが凛に問いかけた。

 それでもセイバーの言わんとする事が彼女にはすぐ思い当たったようだ。

 対して凛はモゴモゴと何か口ごもっていた。

 快活な彼女らしくない。よほど言いづらい話なのだろうか?

 

「遠坂。俺も正直なんとかしないといけないと思ってる。このままだと蓄えは減る一方だ、俺もルヴィアさんのところのバイトを増やさないと……。それにセイバーの食費は安くない。安くないんだ……」

「な!シロウ!それは聞き捨てなりません。確かに魔力が充足しているとは言えませんが、昨日もお代わりは三杯で我慢しました!」

 

 そのまま二人は『でも今もアンドリューの食べ残したサンドウィッチを物欲しそうに見てるだろ?』『わ、私はそこまで食い意地が張ってはいません!』と明後日の方向の言い合いを始めた。

 一方、その会話を横目に私はその「O」の答えに辿り着いていた。シャーロック・ホームズなら欠伸の出るような簡単な推理だ。

 遠坂家の使用する宝石魔術は非常にコストのかかる魔術ーつまり遠坂一家の家計は非常に苦しい。何かしらの方法で金策をする必要に迫られているというわけか。

 そこで魔術という共通の知識と技術を持つ彼女たちに私は一つの提案をする事とした。

 

「君たちパートタイムジョブをする気はないか?」

 

 その場で私はジョーンズ氏に電話を入れ、助手を同行させる許可を得る事とした。

 

  〇

 

 依頼を受けた翌々日。

 私はレンタルした黒のランドローバーディスカバリーの助手席に士郎を、後部座席に我が王と凛を乗せてハンドルを握っていた。

 

 ロンドンを出発しおよそ二時間半、我々はM4モーターウェイのカーディフ西サービスステーションで昼食を摂る事とした。

 セイバーの食事事情を考慮してバーガーキングを選択したのは正解だった。

 セイバーはダブルワッパーとベーコンダブルXLのハイカロリータッグをハリケーンが木々をなぎ倒すような勢いで平らげると食後にオニオンリングとチキンフライをデザートにブラックティーを啜りながら言った。

 

「まさか、ウェールズが独立国ではなくなっていたとは……」

 

 ここまでの道中、セイバーは車窓から見えるモーターウェイのロンドンからウェールズまでの風景を非常に興味深そうに眺めていたが、セバーン川を越えニューポートに差し掛かったあたりで徐ろにこう発言した。

 

「アンドリュー、ウェールズとの国境まではあとどのぐらいでしょうか?」

「恐れながら我が王よ、今我々がいるのがウェールズです」

 

 アーサー王のルーツはウェールズにある。

 イングランドから度重なる侵略を受けてきたウェールズはウェールズ公国の時代を経てイングランド王国に併合され、その後も数々の変遷を経て今はUKを構成するカントリーの一つとなっている。

 早々に併合されたためウェールズの国旗はユニオンジャックにも含まれていない。

 セイバー(アーサー王)はブリトン人の王としてアングロ・サクソン民族の侵略と戦った英雄だ。複雑な心境である事は想像に難くない。

 落ち込んだ様子のセイバーを見て、向かいに座っていた凛と士郎は顔を見合わせると彼女に向かって交互に口を開いた。

 

「セイバー!私もうお腹いっぱい!ポテト残りあなたに上げるわ!」

「セイバー、俺の胃袋にイギリスサイズは荷が重かったみたいだ。食べかけで悪いけどこのベーコンダブルチーズ残り食べるか?……そうだ!ポテトも残りどうだ?」

「な……だから私はそこまで食い意地が張ってはいません!」

 

 一度は受け取りを拒否したセイバーだが、自身の底の知れない食欲には勝てなかったらしく、二人に差し出された供物をこれもまた凄まじい勢いで飲み込んでいった。

 その様子を見て改めて、国も人種も生きてきた時代さえ異なるにも関わらずこの三人の間には確かな絆があるように私は感じた。

 ――およそ魔術師らしくないな。以前にも抱いた感想だが、私にそれは好ましいものと映った。

 

 セイバーの満腹中枢が満たされ、店を出ると朝に比べて雲が増えてきているように見えた。

 何の変哲も無いいつものこの国のいつものどんよりとした風景だが、視界から見えるこれからの進路に向かって雲が流れているのが今は何か不吉に思えた。

 今回は厄介な案件である可能性は低いが、面倒な事にならなければいいが。

 そのように思考しながら私は凛たちを先導し、駐車場に停めた1999年モデルのランドローバーディスカバリーへと歩みを進めた。


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