異常事態の最中、いかがお過ごしでしょうか?
久しぶり更新。前・後編の予定です。
切欠
頭上から白い光が降り注いでいる。
眼下には光に照らされた緑の芝生が輝き、精悍な男たちが白球を追いかけている。
スタンドには旗を振り大声で叫び、ブラスバンドの演奏に合わせて熱のこもった応援をする集団と、ほろ酔いして船を漕ぐ客とが対比をなしている。
私は目の前起きている事態に困惑し、隣に座った眼鏡をかけた温顔の青年――旧友である両儀幹也は事態を解説するという忙しない作業に追われていた。
私は日本の首都東京のスタジアム、明治神宮球場を訪れていた。
神宮球場は東京の神宮外苑ほど近くという、一等地にある1926年に開場した由緒正しいスタジアムだ。
私はその由緒正しいスタジアムで旧友と久しぶりに再会し、彼に誘われてヤクルト・スワローズと読売ジャイアンツのプレシーズンマッチを観戦していた。
春一歩手前の比較的穏やかな気候で、気持ちの良い冬晴れだった。
一杯だけひっかけたビールが心地よい気分をもたらしている。
旧友は出会ったころと変わらぬ穏やかさで私を迎えてくれている。
とてもいい気持だった。
問題は眼前で行われているベースボールという競技が私にはまるで意味不明だったことだ。
私はベースボールもクリケットもさして変わらぬだろうと高をくくっていた。そのため、事前にルールを調べる努力を怠っていた。
その甘すぎる見通しはスタジアムのスコアボードを見た瞬間に砕かれた。「9」という嘘のような数字が並んでいる。
「九イニングもやるのか?」
私の疑問に幹也は「何を言っているのか?」と思っているとしか取れない困惑を浮かべて答えた。
「延長戦になる場合もあるけど、一般的にはそうだね。少年野球の場合だと七イニングの場合もあるらしいよ」
その回答は私の困惑を増幅させた。
「七イニングだと!?いったい何日かけて試合をするんだ?ティータイムは何回とるんだ?」
私の困惑もまた彼の困惑を増幅させた。
「……何の話をしてるんだい?」
幹也の辛抱強い解説を聞きながら、私は少しずつベースボールという競技のルールを理解し始めた。
バッツマンは一人しか立てず、ボウラーは肘を曲げて投げても良く、インド人の選手もパキスタン人の選手もバングラデシュ人の選手もいない。
ベースボールの試合は三時間程度で終わることが多いらしいが、トゥエンティ20のような特殊ルールで運営されているわけではなく、特に球数に決まりはないらしい。
ルールは恐ろしく複雑で、理解は困難を極めた。私はスポーツ観戦ではなく日本の伝統遊戯である詰将棋をしているような気分だった。
「なぜ、こんな奇怪なものを好んで観るんだ?」
彼はいつもの温顔で答えた。
「そうかな?僕からしたらクリケットも同じぐらい奇怪に見えるけど?」
私は「クリケットはここまで奇怪な競技ではない」と反論した。
彼は締めくくりにお馴染みのフレーズを口にした。
「馴染みの無いものは変に見えるって言うことじゃない?一般論だけど」
〇
日本は私にとってルーツの一つであり幾度となく訪れている。
今回、訪日した理由は個人的なものではなく仕事だ。
そして、今回は一人ではない。
台湾で別件のあった私は台湾経由で入国したため、共同作業者である――というより向こうがメインで私は仲介役に過ぎないのだが――彼とは現地で合流することになっている。
幹也と別れた私は、公共交通機関を乗り継ぎ目的地を目指していた。
帰宅ラッシュ時間に差し掛かる前の時間帯であり、石抱きの拷問を受けているような気分になる満員電車を避けられた。
目的駅に到着したことを告げるアナウンスに耳をそばだて、滑らかに開いた自動ドアから降車する。
ゴミゴミした駅の出口。
待ち合わせの場所に長身で長髪の目だって仕方のない人物は確かにいた。
「遅刻しないのはお前の数少ない美点だな」
私の「やあ」というカジュアルな挨拶にロード・エルメロイ二世ことウェイバー・ベルベットは乱雑な無愛想で返答した。
時計塔の講師というやんごとなく立場である彼が、遠く離れた極東に島国にまで来ているのには相応の理由がある。
話は一月ほど前にさかのぼる。
〇
私と彼は元々机を並べて学んだ(私はサボっていた時間の方が長いが)同窓生だった。
それが長いの間に互いに数奇な運命をたどり、今は九割強仕事上の関係で一割弱は個人的な付き合いの仲になっている。
やんごとなき立場である彼が私に仕事を依頼することが多いが、時には逆の場合もある。
今回はその逆のパターンだった。
「中々興味深い案件だが、残念だ。立場上、そうそうロンドンを離れられん。ヨーロッパならまだしも、極東アジアとなると事情が許さん」
私がもたらした極東アジアの地での依頼に、彼は西欧の中心都市ロンドンの時計塔講師室で難色を示した。
「そうか。だが、断るという決断を下す前に一つ言っておかなければならないことがある」
「どうせ禄でもないことだろう。一応、聞いておくが……」
私は彼が最後の言葉の息を吐き切るの待たずに言った。
「ファイナルファンタジー」
彼の動きが止まった。
「依頼人は某ゲーム会社に特別なコネがあってね。相場の報酬に加えてファイナルファンタジー最新作の体験版が進呈される」
〇
彼のファイナルファンタジーへの愛を知ったのは偶然だ。
お使いのため、時計塔を訪問していたある日。
私は歳の離れた友人である衛宮士郎と遠坂凜に遭遇し、立ち話をしていた。
日本のゲーム文化は素晴らしい。
危機からの脱出方法は『メタルギア』から学んだ。
ゾンビの対処法は『バイオハザード』から学んだ。
人生に大事なことの何割かは『ファイナルファンタジーVII』と『ファイナルファンタジーX』から学んだ。
日本語しか解さない頑固ジジイだった祖父が亡くなって以降、私にとって日本語を話す実際的な意義はその多くを失っていたが、私は根気によって漢字仮名交じり文字を読解できる程度の日本語力を保っている。
おかげで村上春樹を原文で読めるし、クロサワ映画を辛うじて字幕なしで鑑賞できる。ファイナルファンタジーを日本版でプレイできる。
私にとってファイナルファンタジーはムラカミ文学やクロサワ映画と同じぐらい重要な意味がある。
よもや日本人の、それもゲーム文化によく馴染んだ若者世代がプレーしていなどという不遜な事態あるとは思わなかった。
私が不意に出したファイナルファンタジーの話題に彼らは全く付いてきていなかった。
「アバランチ」や「魔晄」、「ブリッツボール」と言った日本人が知っていてしかるべき単語の意味が解っていなかった。
そのことからファイナルファンタジーを知らない日本人がいるという受け入れがたい事実を知ることになった。
だが、私も大人だ。
こんな時、若者を「けしからん」の一言で片づけるような輩はろくな人間ではない。
私は精一杯の冷静さを保ちながら彼らを窘めた。
「ファック!!!!!」
訂正。私は少しも冷静ではなかった。
「一体君たちは勇気や希望を何から学んだんだ!?悲劇と対峙した時の対処法は!?自分より強い相手と戦わなければならない時の心構えは何から学んだんだ!?」
私のただならぬ様子に彼らはたじろいだ。
「……お、おい……少し落ち着けよ!」
「ちょ……ちょっと、一体どうしちゃったの?アンドリュー」
そこに第三者が現れた。
「一体何の騒ぎだ?」
低く落ち着いた口調で、長身の人物。
我々三人に共通する馴染みの存在だった。
「ここは学び舎だ。下品な言葉遣いは慎んでもらえるか?」
彼の至極当然な大人の態度に私は返した。
「聞いてれ、ウェイバー。いや、ロード・エルメロイ二世。彼らは……君の教え子は日本人なのにファイナルファンタジーのナンバリングタイトルを一本たりともプレーしていないというんだぞ!?これが落ち着いていられるか!」
ロード・エルメロイ二世は流石だった。
彼は精一杯の冷静さを保ちながら言った。
「ファック!!!!!」
訂正。彼も少しも冷静ではなった。
「……お、おい。少し落ち着けよ、ウェイバー。君の前言通り、ここは学び舎だぞ?講師自らFワードを口にしてどうする?」
彼は言った。
「これが落ち着いていられるか!!!!」
〇
私がファイナルファンタジー最新作を餌にしたことに対し、彼の怒りは頂点に達していた。
「お前……ファイナルファンタジーを人質に取ったな!!!」
その怒りは頂点に達した末に明後日の方向を向いていた。
理知的な彼がこのように取り乱すとは珍しい。
だが、取り乱させた時点で私は交渉に優位に立ったことを理解した。
優位に立った私は押すのではなく引く選択をした。
「しかし、君の立場はもっともだ。ここはやはり別のアテを探すのが……」
彼は私が最後の言葉の息を吐き切るのを待たずに言った。
「待て」
彼の中で様々な葛藤が渦巻いているのだろう。
葛藤の渦から重々しい言葉が出てきた。
「……やらないとは言っていないだろう」
その態度に、私の中で悪戯心が湧き上がった。
「しかし、先方もいつまでも待ってはくれない。返事は早めにしなければな。即断が難しいということであれば、やはり人選をやり直すのが……」
彼はその先を遮った。
「一日待ってくれ。講義の調整をつける」
こうして彼は、講義を休んで極東アジアに行く選択をした。
実は私もFFをやったことがありません・・・
でもBSでやってた全FF総選挙に見入ってしまいました。
ⅩのPC版を買ったのでやってみようと思います。
最近、こんな記事を書いたのでよろしければどうぞ。
"『Fate』シリーズの元ネタ:アーサー王伝説と中世イギリス史まとめ"
https://mirtomo.com/fate-king-arthur/