Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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回答編です。


事実

 それから四日間が経った。

 残念ながら進展はほぼなかった。

 

 私とカウレスは聞き込みをし、何か新たな発見があることを期待して現場検証をし、また聞き込みをした。

 定期的に時計塔に連絡をいれ、ウェイバーとライネス、ルヴィアやスヴィンにも相談したが新たな道は拓けなかった。

 法政科ならば何かわかるかと思い、化野菱理にも連絡したが彼女からも知見は得られなかった。

 ジョーカーであるサマセット・クロウリーとアラン・ホイルにも連絡してみたが、クロウリーの返答は「つまらん。考えるまでもない」だった。

 ホイルの回答は「野郎の園で起きた事件なんぞクソのついたオムツほどの興味もねえ」だった。

 質の悪いことに二人とも話を聞いただけでおおよその回答が得られているようだった。

  

 聞き込みで得られた事件に関する情報は一致している。

 不幸な最期を遂げたアンソニー少年は事件以前から様子がおかしかった。

 「妖精を見た」とアンソニー少年本人を含むミカエル寮の生徒たちが証言している。

 妖精の姿は「羽の生えた少女」で一致している。

 事件はミカエル寮に限定されている。

 ミカエル寮の学生に妖精を作り使役するような能力の持ち主はいない。

 

 また我々が得られた洞察として三つが挙げられる。

 

 妖精は姿からして自然発生した幻想種ではなく、誰かの作った使い魔である。

 寮監のミスター・チップスは常に鋭い視線で我々を見ている。

 学長のミスター・スコットは妙にミスター・チップスを信用している。

 

 調査に与えられた時間はわずかに七日間。

 我々には時間が無い。

 「妖精による事故」で一次回答する結末が見えてきていた。

 

 しかし、突破口は思わぬところから開ける。

 人はそれを運命と呼ぶこともある。

 運命がいいものとは限らないが。

 

 四日目の深夜。

 私とカウレスは残り三日の方針を決めるため、話し合いをしていた。

 考察は腰を落ち着けるより歩きながらの方がいい場合もある。

 逍遥学派と同じ考えだ。

 

 学内は多くの場所が禁煙だ。

 ニコチンを摂取したかった私は、大人の職員が隠れて喫煙する「治外法権」の焼却炉に向かっていた。

 

 そしてそこには先客がいた。

 

 ティーンエイジャーとは愚かな行いをするものだ。

 たとえば法的に禁じられた未成年の喫煙だ。

 

 先客は三人組の学生だった。

 身を縮めながら口にくわえたものから煙を吐き出している。

 私は不良学生だった時計塔時代を思い出しながら、彼らに語り掛けた。

 

「こんばんは。諸君」

 

 三人は慌てて火のついたものを焼却炉に投げ捨てた。

 残り香からも彼らの反応からも、彼らが嗜んでいたものがただのタバコではないことがすぐにわかった。 

 

「咎める気は無い。それよりその不思議な匂いのタバコ、少し分けてもらえないか」

 

 三人は互いに見合わせながら小言で話し合い、一番背の高いニキビ面の少年がそっと紙巻のタバコに似たブツを差し出した。

 私がそれを咥えると一番小柄な少年が魔術で火をつけた。

 

 やはりマリファナだった。

 粗悪な安物だろう。

 

 煙を吐き出し、彼らを不安にさせないために一言付け加えた。

 

「誰にも言わんさ。マリファナは国や地域によっては合法だ。タバコやアルコールと大差ない。程度さえ弁えればな」

 

 私はカウレスにもマリファナ入りジョイントを勧めたがカウレスはやんわり断った。

 彼のそういうところを気に入っている。

 

 それから流れで他愛もない雑談になった。

 三人の少年はウリエル寮――通称スリザリン寮の学生だった。

 「あまり大きな声では言えないですが」と前置きし、ウリエル寮は才能はあるが少々素行に問題のある生徒が集まる寮だった。

 

 もっともその「素行」は魔術師基準のものに過ぎない。

 多少のバカをやらかす方がティーンらしくて良い。

 

 常に襟を正し、やや上から目線な態度で接してくるミカエル寮の学生たちと比べると魔術師基準で問題児の彼らのほうがよほど話しやすかった。

 時計塔の現役学生で年齢も近いカウレスがいることが彼らの態度をさらに軟化させていた。

 

 そして彼らは思いがけない重要な情報をもたらした。

 マリファナの入手経路についてほんの興味本位で聞いたことがそのきっかけだった。

 

「俺たちから聞いたと絶対に言わないで欲しいんですが……」

 

 ウリエル寮に最近、素行不良で放校になった生徒がいたらしい。

 その生徒は許容しがたいほどの素行の悪さ――具体的に言うと違法薬物の生成――を行っていたらしい。

 錬金術が得意で面白半分にクスリを作り、その中にはハードドラッグも含まれていた。

 その度を越えた不良生徒はクスリで小遣い稼ぎをし、それが発覚して放校になった。

 その時期はアンソニー少年が亡くなる直前の事だった。

 

 ――アンソニー少年の奇行。

 

 ――放校になった不良学生。

 

 ――そんな重要な事実を今まで提供しなかった学長と寮監。

 

 ――妙に一致しているミカエル寮の学生たちの証言。

 

 ――タダモノとは思えないただの寮監。

 

 すべてが瞬時につながり、形を成した。

 

  〇

 

「見えてきましたね」

「ああ」

 

 五日目の夜。

 我々は「酒が飲みたいので外に行く」と断りを入れ、パブでエールを飲みながら互いの分析を交換していた。

 

 カンタベリーの街は賑やかで人間らしかった。

 学内は禁酒で我々は久しぶりに黄金のアルコール入り液体を流し込んでいた。

 パブの窓からは堂々たる威容のカンタベリー大聖堂が見える。

 とても人間らしい気分だった。

 

「カウレス。恐らく君と僕は同じ結論に至ったものと思うが、念のために確認だ。今、思い返すと最初に見たあの現場、妙だと思わなかったか?」

 

 カウレスは膝を打った。やはり同じ推理をしたようだ。

 

「ええ。あの現場はあまりにも“綺麗すぎる”最初は犯人が証拠隠滅を図ったものと思いましたが、魔術師がウヨウヨしている場所が犯人単独であんなにクリーンになるはずがない。となると証拠隠滅を図ったのは未熟な生徒の単独犯ではなく……」

 

 私とカウレスはパイントグラスをぶつけ合った、

 

「ああ。この事件はハリー・ポッターみたいにストレートなファンタジーじゃない。アガサ・クリスティー流のリアルな事件だ」

 

 そうなるともう一つ材料がいる。

 「あの寮監が何者か」だ。

 

 証拠隠滅には恐らく寮監のミスター・チップスが関わっているが、今の時点では状況証拠すら揃ったと言い切れない。

 寮監に我々が想定してる能力があるかどうか不明だからだ。

 

 しかし、ミスター・チップスの能力は全くの不明。経歴も全くの不明だった。

 ミスター・チップスという通称が本名に由来するかどうかも怪しい。

 

 何か知っているとすれば学長だろうが、学長が素直に話すはずもない。

 すると残る手は一つ。

 違法な手段だ。

 具体的には学長室に忍び込む。

 

 我々は学長の注意を引き付ける役割と学長室に忍び込む役割に役割分担をすることにした。

 

「では僕は注意を引き付ける方に回ろう。調べものなら僕のような生臭魔術師より君の方がいい」

 

 カウレスは困り顔で言った。

 

「そんなに自分を卑下しないでくださいよ」

 

 我々は役割分担を決めると手はずを話し合った。

 私のアイディアにカウレスは難色を示した。

 

「先生が何というか……」

「そうだな。確実にエルメロイ教室に苦情が行くだろうし、後で僕はお叱りを受けるだろう。

まあ、苦情処理なら腹芸の得意なライネスが何とかするだろう。彼女なら話を聞いてもゲラゲラ笑い転げるだけだ。多分な」

 

  〇

 

 翌日、計算通り私は学長と対面していた。

 学長の関心を引くのは簡単だ。

 問題を起こせばいい。

 そこで私は最高にクールなアイディアを思いついていた。

 

 私とカウレスは二手に分かれて聞き込みをしていた。

 この聞き込み自体にはあまり意味は無い。

 私は聞き込みをする際、最後に徹底的に余計な一言を付け加えた。

 

「ところで君は童貞か?もしよければ、コールガールを呼ばないか?」

 

 私には監視役としてミスター・チップスがついていた。

 いい判断だ。問題行動を起こすならカウレスではなく私だろう。

 やはり学長殿は見る目がある。

 

 お目付け役の彼がそれを報告しないわけがない。

 

 その日の夕刻、私は校内を散歩中のミスター・スコットに自ら声をかけた。

 彼の習慣は把握済みだ。憎らしいほど上手くいっている。

 

 ミスター・スコットは私が自ら接触してきたことに驚いたが、それと同時に怒りで顔を真っ赤にしていた。

 怒りの矛先は監視役としてついていたミスター・チップスにも向いた。

 私は往来の真ん中でミスター・スコットのお説教に気のない返事を繰り返し、さらに彼の関心を私に向けさせた。

 

 今、この瞬間、彼らの頭からカウレスの存在は消えている様子だ。

 加えて、学長室には堅牢な魔術防壁が張り巡らされているという事実が慢心を生んだに違いない。

 

 しかし我々には秘密の手札があった。

 両儀式の魔眼による斬撃を固定したものを封印し、それをカウレスに持たせたのだ。

 式の「直死の魔眼」は非常識にとっての死神だ。

 どんなに堅牢な結界であろうと防壁であろうと一撃で敗れる。

 

 やはり持つべきものは友だ。

 式の斬撃を面白半分で空間固定し私に持たせたのは蒼崎橙子だが、今は誰の功績であるかはどうでもいい。

 

 散々お叱りを受け、「ロード・エルメロイに苦情を申し立てる」という想像通りの捨て台詞を吐かれ、ようやくミスター・スコットの怒りはひと段落した。

 怒りのあまり「明日には出ていくように」と通告されたがここまでくれば時間は必要ない。

 後はカウレスの成果次第だ。 

 

  〇

 

「これはあくまでも我々が至った結論です。

魔術師の事件である以上、物的証拠などありません。すべては状況証拠に基づく推測に過ぎません」

 

 翌日、私とカウレスは「強制退去前に調査の結論を話したい」と学長に申し入れた。

 学長は我々の図々しさ――加えて学長室の防壁を破られたことに怒り心頭だったが調査結果には興味を持った。

 

 我々はミスター・スコット、ミスター・チップスに現場となったミカエル寮に参集してもらった。

 授業時間中であり、一階のフリースペースは我々以外誰もいなかった。

 最初の日と同じように。

 

「その前提での推理にすぎませんが、妖精は亡きアンソニーの死因ではありません」

 

 そして、我々は調査によって得た推理を交互に披露した。

 

 結局、魔術協会が注目すべきような魔術による犯罪は起きていなかった。

 エリート魔術家系の子息は魔術で殺されたのではなく事故死。

 それも魔術とは関係のない、薬物のオーバードーズが原因だ。

 

 名家の子息に度々みられることだが、おそらくアンソニー少年は名家を背負うという将来にプレッシャーを感じていた。

 その時、運悪く悪友と知己を得てしまった。

 放校になった不良学生だ。

 そしてプレッシャーを和らげる方法としてハードドラッグを利用してしまった。

 金持ちのアンソニーはいい客で、不良学生は惜しみなくクスリを売った。

 

 死の直前の奇行はそれですべて説明がつく。

 顔面が蒼白で呼吸が荒く、足取りがおぼつかないのはクスリを摂取したことによる症状。

 「妖精が見えた」というのも本当に妖精を見たのではなく幻覚だったのだろう。

 

 ミカエル寮の学生たち、寮監のミスター・チップスはアンソニーの悪癖を知っていた。

 学長も後に知ることになった。

 

 アンソニーの遺族から説明を求められた学長は考えた。

 名家の魔術師は気位が恐ろしく高い。

 「プレッシャーでクスリに逃げた」などという事実を受け入れる筈もない。

 誇り高い名門魔術学校としてもそのような事実は好ましくない。

 

 そこで事実の辻褄合わせをする方法を考えた。

 「妖精の仕業」にすることだ。

 

 そこでフィクサーに指名されたのがミスター・チップスだった。

 カウレスが学長室に忍び込み入手したのはミスター・チップスのファイルだ。

 

 ミスター・チップスはかつて「天才」と称され将来はロードになるのではないかと目されていた人物だ。

 しかし、致命的な過ちを犯して出世の可能性を失った。

 

 それでも魔術師としての有能さには変わりない。

 

 ミスター・チップスと旧友だったミスター・スコットは彼を拾い上げ、「ミスター・チップス」という偽名を与え寮監としての仕事を与えた。

 

 ミスター・チップスにとっていまやこの学園はすべてだ。

 学園の評価を貶めるようなものは可能な限り排除したい。

 

 彼は現場の痕跡を徹底的に消去し、使い捨ての妖精契約を結んだ。

 ミカエル寮の生徒たちに不自然にならない程度の暗示で事件前から妖精を見ていたという記憶を植え付け、事件後は実際に度々妖精を闊歩させた。

 我々に妖精を見せたのは印象操作だ。

 

 ミスター・スコットはロードの座に肉薄したほどの存在だ。

 さして難しいことではなかった。

 

 作られた事実に真実味を与えるための仕上げが我々だ。

 本当に妖精が殺人を犯したのであれば捨て置くことは出来ない。

 ミスター・スコットは時計塔に報告し、時計塔でも最も若輩者であるロード・エルメロイ二世が調査に指名された。

 そして彼は私に仕事を依頼し、私は助手としてカウレスを借り受けた。

 

「以上が我々の推理です」

 

 私は話を締めくくった。

 

 彼らは我々の話を否定しなかった。

 概ね正解と取っていいのだろう。

 

「……時計塔にはどう報告されるつもりですか?」

 

 ミスター・チップスが重々しくつぶやいた。

 

「ありのままを伝えます。それをどう取るかはお偉方の仕事で僕らの問題ではありません。

だいたい、この調査は状況証拠に基づく推論に過ぎない。どう処理するかなど僕らには判断のしようがありません」

 

 学長と寮監は暫し俯き沈黙した。

 そして学長が口を開いた。

 

「チップスに君たちを送らせよう。御足労いただき感謝する」

 

  〇

 

 バスの便には間に合う時間だったが、我々はカンタベリーで一泊することにした。

 どうせ経費なのだから使っておくべきだろう。

 

 ライトアップされた大聖堂は美しかった。

 入場料が高いという問題で中に入ったことは一度しかないが「大聖堂」と名の付く建築物でもカンタベリー大聖堂は飛び切りの一級品に間違いない。

 寮の新聞紙のような食事から解放された私とカウレスは中々イケる中華を食べていた。

 

 店は香港からの移住者がやっているらしく、私が広東語で話しかけるとチャイニーズティーをサービスしてくれた。

 仕事の締めくくりとしては悪くない。

 

 カウレスは箸づかいに少々苦戦しながら何か考え事をしていた。

 こういう時に先に口を開くべきは年長者だ。

 

「当てて見せよう。君は今、姉君のことを考えていた。違うか?」

 

 彼はわかりやすく驚き、私の顔色を伺いながら白状した。

 

「……姉ちゃんは俺と違って天才でした。でも家を継がずに出奔した」

 

 カウレスの姉であるフィオレは天才との評判だった。

 にも関わらずあっさり魔術を捨てた。

 稀有な才能を捨てるだけの理由があったのだろう。

 

 魔術師は真相よりも面子を重んじるような連中だ。

 きっとそのあたりに理由があったのだろう。

 フィオレに会ったこともない私には推測すら十分にできないが、仮に対面することがあれば彼女とは有効な関係を築けるだろうと思った。

 

「当時は大騒ぎになったけど、きっと姉ちゃんは才能はあっても性格的に向いてなかった。

だからこれで良かったんです」

 

 小籠包が空になった。

 アイコンタクトで店員を呼び、追加を注文した。

 

 カウレスは私が何か言うのを待っているようだ。

 なので僭越ながら私見を述べることにした。

 

「君を助手に指名して正解だったよ」




分かる人にはわかったと思いますが、今回の元ネタは「忘却録音」です。
二次創作は二次創作らしく、同人誌ネタに走ろうと思ってこうなりました。


というわけで2019年の投稿はこれでおしまいです。
気付けばこのシリーズも4年。
いったい何を糧にこんなに長く続いているのか自分でもわかりませんが、今後もよろしくお願いします。

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