多分に想像、独自設定を含んでいますがどうかご容赦ください。
深夜一時、私とウェイバー、それに凛と――訂正。凛は今夜はセイバーを伴って目的の場所に集合した。
何か因縁があるのかウェイバーはセイバーの姿をみるとギョッとした表情を浮かべ、その額には脂汗が光っていた。
「ウェイバーくん、具合でも悪いのか。ひょっとして生理痛?クランベリージュースが良いらしいぞ」
「そんな訳があるか!……彼女とは少し縁があってな。トオサカリンが来るなら付いてくるとは思っていたが……」
セイバーが凛とした声で答えた。
「当然です。私はリンの従者ですから。荒事になる可能性があるなら尚更です。どうぞ私のことはリンの付属物と考えて気にしないように」
ウェイバーは返事を返す代わりに、我々を先導してビルへと入っていった。
ビルに入ったところで全身に悪寒を感じた。
間違いない。結界だ。
ウェイバーが私に尋ねた。
「当たりのようだな。ところで場所の目星はついているのか?」
私は答えた。
「屋上だろう。まず間違いなく。人間用に作られているフロア内で竜種を召喚しようなどとは思わないだろうし、屋上への扉は普段施錠されているから人も入ってこない。
それよりも急がないと拙いぞ。昼に来た時より遥かに貯蔵魔力が跳ね上がっている。昼間にこのビル中の人間の魔力を吸い取ったな」
エレベーターに乗り最上階を目指す。さらに魔力の濃度が増してくる。間違いない。目的地は近い。
最上階から階段を使い屋上へと向かう。
屋上のカギは防犯上の理由から大抵の場合施錠されている。
だが、鍵そのものはチープなものである場合が多い。
扉の前にたどり着いた私は扉の構造解析を行い、ピッキングを試みた。
「ええい、まどろっこしい!」
後ろから飛び出して来た凛が強化した腕力でドアをブチ破った。
ドアはジ・エッジのギタープレイのような轟音をたてて吹き飛んだ。
見事な掌底だ。今後彼女をからかうのは控えよう。
テムズ川の湿気を含んだ夜風が空洞になった入口から吹き込んでくる。
我々は風を感じながら踏み込んだ。
ロンドンは眠らない街だ。
カナリーワーフの高層ビル群の明かりが篝火のように夜闇を照らしている。
拓けた屋上で件の人物が高層ビル群の篝火に照らされている。
写真で顔を確認したばかりの人物、ロビー・イェイツは巨大な召喚陣を前にしてまさに術式の仕上げに入っているところだった。
「ロビー・バトラー・イェイツだな?」
「光栄だな。ロード自らお出向きとは」
ウェイバーの質問に対してイェイツは威厳を含んだアイルランド訛りでゆっくりと答えた。
「今直ぐ術式を止めろ。お前の行いは神秘の秘匿に反している」
「それは出来ない。竜種の召喚は我々一族長年の悲願だ。術式成立の目処が経ったからこそこうしてわざわざ時計塔の御歴々に見せるためにロンドンまで出向いたのだからな」
そう言うとイェイツは懐から華美な装飾が施された短刀を取り出した。
傍のリンとセイバーが身構えるのが見えた。
「仕上げだ」
イェイツはそう言うと、短刀を振り上げ自らの胸に突き立てた。
「これで儀式は完成する。さあ、ロードよ!ご照覧あれ!」
膨大な魔力が翻り、召喚陣から炎が吹き出す。
炎はイェイツの体を飲み込むと、その直後消え去った。
そして炎が存在したその場所には目を疑うような光景が広がっていた。
……それは紛れもなく本物の竜だった。
神話に綴られる邪竜ファブニール、あるいはビデオゲームのワイバーン。
古の幻想種がそこにはいた。
「……
そう呟いた私を含め、誰もが呆気にとられていた。
存在するだけで気圧され、眉一つ動かすことができない。
まるでライオンを前にした子羊だ。
足がすくむどころか、ピクリとも動かず体は空しく小刻みに痙攣するだけだった。
――ただ1人を除いては。
「リン、下がって!」
その一言で我に返った凛がその場から飛びのく。
直後、竜の尾がその場所に大穴を穿っていた。
「リン、戦闘許可を。この相手は私が」
「セイバー!お願い!」
セイバーの体から魔力の奔流が迸る。
ブルーのスカートに白のブルゾンジャケットというシンプルな身のこなしをしていた彼女の姿は、時代がかったブルーのドレスに銀の甲冑と籠手を纏ったものに変わっていた。
『
「彼女はセイバーのサーヴァントか!?」
「そうだ。私は第四次聖杯戦争でも彼女と相対した。まさか十年後の聖杯戦争でも同じサーヴァントが召喚されるとは思わなかったがな」
ウェイバーは私の疑問にやはり脂汗を浮かべながら答えた。
その間、セイバーは一足飛びで目の前の幻想種に飛びかかっていった。
何らかの方法で武器を不可視にしているのだろう。
手に持った何らかの獲物で彼女は竜種に斬りかかる。
それはまさに神話の戦いだった。
一振り一振りが小規模なハリケーンを巻き起こし、コンクリートの屋上で砂塵をまき散らす。
莫大な神秘を含んだ不可視の獲物が莫大な神秘を含んだ竜種とぶつかり合う。
ギリシャ神話にしかり北欧神話にしかり、イングランドの守護聖人である聖
セイバーは竜の鋭い爪や尾の攻撃を掻い潜りながら、目にも留まらぬ斬撃を放っていた。
しかし、硬い鱗で覆われた相手には表面の傷を付けるにとどまり決定打を打てずにいた。
相手を手強いと感じたのか、竜は一旦動きを止め何かの溜めを始めた。
セイバーがその動きに気付いてとったのは攻撃ではなく離脱だった。
「リン、危ない!」
セイバーは凛の元へ駆けつけると、彼女を抱えすぐさまそこから飛びのいた。
その直後、竜が放った超高温の炎がその場を焼き尽くした。
サーヴァントはマスターを失うと現界できない。
竜種は直感的にそれを悟り、マスターでありより与しやすい凛を狙ったのだろう。
力だけでなく知性も持っているようだ。
ますます状況が不味くなった。
「あいつ飛び道具なんて反則でしょ!」
凛はセイバーに助けられた礼と共にそう叫んだ。
セイバーは抱えた凛をそっと下ろすと静かに言った。
「リン、宝具を解放します。許可を」
竜は再び動きを止め、何かの溜めに入った。
先ほどとは比べ物にならない魔力が充填されていくのを感じる。
敵は一撃で決めようとしている。
おそらくセイバーの戦闘的な勘は正しいのだろう。
もはや、英霊最強の一撃、宝具の解放しかない。
「宝具は駄目!言ったでしょ!こうして通常の戦闘をするだけで精一杯なんだから!宝具を使ったらあなたが消えちゃう!」
しかし、凛はそれをきっぱり否定した。
ただ使い魔を失うというだけでは無い。
二人の間には確かな絆があるようだ。
「魔術師らしくないな」と私は再び思った。
「この相手を打倒するには他に方法がありません。決断を」
英霊は毅然としていた。
彼女がどこの英霊かわからないが、生前は決断をする側の立場にいたのだろう。
もはや木偶の坊のままではいられない。
私は私にできる最大限の提案をした。
「魔力さえあればいいんだな?ならば僕の魔力をありったけ持っていけ。どうだ?」
凛は私を見た。
発言を咀嚼するように私をじっと見て言った。
「あなたの保有魔力と手持ちの石を全部使えばなんとかなるかも……」
私はサムズアップすると、その場にいた木偶の坊二号に声をかけた。
「契約成立だな。ウェイバー。君の力も借りるぞ。君のカスみたいな魔力でも無いよりはマシだろう。You've got a little prick don't you ?(君にもミニチンポが付いているだろう?)」
彼はもはや安心すら覚える渋面を浮かべた。
「いちいち一言余計だ。お前は」
「すまない。君に付いてるのは
「そこじゃない」
私とウェイバーの不毛なやりとりを呆れ顔で聞いていた凛は私に二つの小ぶりな宝石を渡して言った。
「先生とアンドリューでそれを飲んで。私とパスを繋げるから。セイバー、もう少し粘って。解放のタイミングはこっちから」
「心得ました。リン」
主から命を受けたセイバーは再び竜へと飛びかかる。
少しでも魔力の溜めから意識を反らせようというのだろう。
凛は私とウェイバーくんの胸に手を当てると詠唱を開始した。
「―――――
自身の回路と彼女の回路が同調していくのを感じる。
やはり彼女の保有魔力は相当なものだ、そもそもそうでなければ聖杯の助けもなしにサーヴァントを現界させることなど不可能だろう。
「……繋がった!先生、アンドリュー、二人の魔力お借りします」
「ああ、構わん。ケツの毛一本残さず持っていけ!」
彼女は私の上品なユーモアに苦笑した。
「セイバー!」
セイバーは背中越しの凛の声を受けとる。
「私たちの魔力、思う存分持っていって!あんな怪物吹っ飛ばしちゃえ!!」
「想像を絶するものが出る」と感じた。
竜だけでも満腹だというのにそれ以上の神秘がこれから眼前で繰り広げられるという確信がある。
あまりの現実味の薄さに私は眩暈すら感じていた。
「ありがとう!リン!宝具を解放します」
光の粒子が煌めき、不可視の刀身が顕となる。
そこから現れたのは、神々しい輝きを放つ黄金の剣だった。
「ここが屋上で良かった。ここならば……地上を焼き払う憂いもない!」
セイバーはそう言うと露わになった刀身を振り上げる。
「……
それは魔力を吸い取られていく激しい疲労と倦怠感さえ吹き飛ぶような光景だった。
あれは、あの剣は……数ある伝説の聖剣の中でも頂点に位置する
星に精製された神造兵装。
それを振るった人物は一人しかいない、ということは彼女はまさかブリテンの……。
そしてその人物が振るう聖剣の名は……。
「『
騎士王の聖剣から放たれた一閃は光の束となり竜種を飲み込み……後には煤けた屋上と曇天のロンドンの燻んだ夜景だけが広がっていた。
私は虚脱感のため立ち上がることすらできなかった。
私だけでなくウェイバーも凛もその様子だった。
ビルを降りてタクシーを捕まえることを考えることすら億劫だった。
にも関わらず私の口は軽やかだった。
「ところで、リン。一つ質問してもいいかな?」
彼女は小首を傾げて「なに?」と呟いた。
「我らが騎士王は相当な健啖家のようだが――どのような食事をご所望かな?」
〇
その翌日。
あまりに激しい消耗のため、夕方まで惰眠をむさぼった私はロード・エルメロイⅡ世の自宅に召喚されていた。
消耗が激しかったのは彼も同じであり、今日は業務を休み自宅で静養していたようだ。
どうやら凛も今日は休みらしい。
おそらくセイバーと士郎が甲斐甲斐しく看病をしているのだろう。
その光景を想像すると自然と笑みが浮かんだ。
ロード・エルメロイⅡ世の看病をしていたのはグレイだった。
人づきあいがいいとは言えない彼に看病をしてくれる相手がいるのは、旧友として(彼は私のことを友人とは認めていないが)喜ぶべきことだろう。
「これを見ろ」
部屋に招き入れられた私に彼は新聞記事を差し出した。
あれほどの激しい戦闘が深夜とは言え市街地で行われたのだ。
隠匿を完璧に行うのは不可能だった。
今日付けのタブロイド紙には「カナリーワーフの高層ビルで激しい光。UFO着陸か?」という見出しが躍っていた。
その記事には専門家の「恐らくアダムスキー型UFOだろう」という貴重なコメントが寄せられていた。
彼はその後の魔術協会の対応を話すと、「この新聞の社会的信用度を考えると隠ぺいは成功と言っていいだろう」と締めくくった。
そして私への報酬額を提示した。
予想以上の額だった。
私は二つ返事で書類にサインし、彼の古めかしいフラットを後にした。
〇
「あの」
グレイが私を追いかけて来ていた。
私が振り返ると彼女は暫し逡巡し、やがて切り出した。
「……師匠は拙の顔を嫌ってくれました」
もともと口数の少ない彼女だ。
この先に何を言ったらいいかわからないのだろう。
私が間抜けなあまり今まで気づかなかったが、よく見ると彼女のフードの下の銀髪にはブロンドに変色した部分がある。
詳しい事情は知らないが、相当な事情があったのだろう。
なので、私は彼女の言葉の先を勝手に引き取った。
「君はウェールズ出身のグレイであってアーサー王じゃない。君と彼女はまったくの別人だ。少なくとも僕はそう思う」
これが適切な回答かわからない。
なので私はただ思うままを言った。
「……ありがとうございます」
そう言って彼女は珍しく微笑んだ。
私は別れの挨拶代わりに手を挙げて歩き去った。
〇
それから一か月後。
私はベルリンでの仕事を終えてロンドンに戻り、保留にしていた約束を実行に移していた。
春が終わりブリテン島には初夏が訪れていた。
まだ長袖は必要だが、これからは短くも気持ちのいい季節が訪れる。
約束を果たすまで時間がかかったのは結果的に良かった。
珍しく晴れた気持ちのいい初夏の昼下がり。
私はセイバーを連れてロンドンを闊歩していた。
これは私からの提案だ。
凛と士郎も誘ったのだが、二人はそれを断り「今のイギリスのこと、知りたいでしょ?」と私を専属ガイドに任命した。
私としても願ってもない機会だった。
この国が生んだ最高の英雄をガイドできるのだ。
断る英国人などいるはずもない。
私は珍しく早起きすると思いつく限りの場所へと彼女を連れて行った。
ウエストミンスターのテムズ沿いを歩き、シティの高層ビル群を見上げ、オックスフォードストリートのショッピング街をウィンドーショッピングし、閑静なハムステッドで一息つく。
彼女はいちいち感嘆し、「……これがあのロンディニウム※とは」とため息を漏らした。
セイバーがアーサー王後の歴史を知りたがったため、二十一世紀にいたるまでの歴史の概要を話した。
彼女は興味深そうに頷きながら聞いていたが、とりわけアルフレッド大王とエリザベス一世、ヴィクトリア女王の事を詳しく知りたがった。
私としてはホレーショ・ネルソンとウィンストン・チャーチルのことを話したかったが、彼女の望み通り三人の王について私が知りうる限りのことを話した。
セイバーは私の話を聞きながら神妙になって考え込んでいた。
彼女が何を考えていたのか、卑賤な私では想像もつかない。
私は場を和ませるため、ロード・エルメロイⅡ世が第四次聖杯戦争のマスターだったことを話した。
彼女は「まったく見覚えがありません」と答えた。
これは取って置きのネタだ。
私はニヤリと笑うと、「彼は征服王イスカンダルのマスターだ」と告げた。
彼女はわかりやすく驚愕して叫んだ。
「征服王の隣に居たあのちんまいのですか!?どうやったらあんなに風貌が変わるのですか!」
私は笑いをこらえながら答えた。
「全くの謎だ。二十一世紀の医学でも解き明かせない第三次成長期が彼に訪れたとしか言いようがない」
夕刻まで歩き、我々はチャイナタウンに向かった。
ここには行きつけの店がある。
時刻は午後三時。
飲茶の時間にはまだ間に合うはずだ。
チャイナタウンで広東料理店を経営するヴィンセント・ラウは香港の出身だ。
ヴィンセントはもともと警察官だったが、香港の中国返還時に英国政府が香港人に大量の英国パスポートを発行したため、返還と同時にロンドンに移住した。
彼の料理はレベルの高い中華料理店が鎬を削りあうロンドンでもかなりの評判になっており特に飲茶は絶品と言われている、
香港生まれで広東語を解する私は自然と仲良くなり、今では常連としてサービスしてもらえるようになった。
予約しておいたテーブルに通される。
いい匂いを振りまく鮮やかな点心が次から次へと運び込まれてくる。
蝦餃(エビ入り蒸し餃子)、叉焼包(チャーシューパン)、腸粉(米粉クレープ)、咸水角(中華風ピロシキ)、鮮竹巻(湯葉で包まれた野菜のスープ)。
それに添えられるのは蠱惑の芳香を放つチャイニーズティーだ。
セイバーはそれを見て、目を輝かせた。
「予算の範囲内でいくらでもどうぞ」
私が告げると、彼女は嵐が木々を凪倒すような勢いで次から次へと点心を平らげていった。
矢継ぎ早に繰り出される「アンドリュー、これは何という料理ですか!?」という質問に答えながら、私も控えめに点心に口をつけ、チャイニーズティーを啜った。
店主のヴィンセントが青ざめる程の食欲を見せた彼女は「予算オーバー」の一言でようやく落ち着き、「……お見苦しいところをお見せしました」と俯いた。
食欲という名の嵐が過ぎ去った後。
「お嬢さんの食べっぷりにサービスだ」と我々の前に香港式エッグタルトが差し出された。
焼き目の無い鮮やかな黄色のカスタードクリームが甘い匂いを放つ、目と鼻と口で楽しめる蠱惑の逸品だ。
あれほど食べたにも関わらずセイバーの食欲は留まるところを知らず、あっという間にエッグタルトを平らげると、私の皿を物欲しげに見た。
私は彼女の眼前で静かに跪き、一口だけ口をつけたエッグタルトを献上した。
ふさわしい一言を添えて。
「貴女に敬意を。マイ・ロード」
彼女は恭しく皿を手に取った。
「感謝します。我が民よ」
※ロンディニウム=ロンドンの旧名
※Saberの英国式スペル。誤植ではありません。
というわけでセイバー残留ルートの番外編でした。
構想段階で思ってたんですが、やっぱり士郎が空気になっちゃいました。
うかつに宝具は解放できないとは言ってもセイバーなら普通に戦ってるだけで大抵の敵は相手にならないはずなので、士郎を戦闘に参加させる余地がないんですよね。
そういう理由でFate/in UKの本編はグッドエンドではなくトゥルーエンドを採用してます。
また、今回ですがセイバーさんの宝具は本来より威力が減衰しているという脳内設定です。召喚された竜もそんなに格の高い竜では無かったのでしょう。
そういうわけで今のところこのルートの続きを書く予定・構想は無いです。
一ファンの二次創作として楽しんでいただけたなら幸いです。