Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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最近興味があって調べたことの集積物みたいな内容。
思い切りファンタジーなtype-moonの世界にこんなのがあってもいいかと思って書いてみました。


ロード・エルメロイⅡ世との事件簿 「case.特別講義」
講義


 私は意外な場所に立っていた。

 魔術師の総本山、時計塔。

 十三ある学科の中でも最も新しく、残念ながら最も軽んじられている現代魔術科。

 通称エルメロイ教室。

 その教壇の上だ。

 

 私はゲストスピーカーとして呼ばれていた。

 教壇に立つ私の傍らにはこの教室の主であるロード・エルメロイ二世。

 生徒たちの席には私にとっても馴染みのあるエルメロイ教室の面々が座っていた。

 

 傍らのロード・エルメロイ二世は立ち上がり、おずおずと私を紹介する口上を述べた。

 

「諸君。告知した通り今日はゲストスピーカーを呼んだ。魔術使いのミスター・アンドリュー・ウォレス・マクナイトだ。馴染みの業者として時計塔に出入りしているので個人的に交流のある者もいるだろうが、改めて紹介しよう。氏は時計塔で学んだこともある万屋の魔術使いで、多岐分野にわたる長年の経験がある。正統派の魔術師からでは聞くことの出来ない類の話も聞けるだろう」

 

 端的に述べると彼は再び私の傍らの席に着いた。

 

 席に着いた生徒たちの顔色を伺う。

 全体的に反応は良くない。

 理由は分かっている。

 私が正統派の魔術師たちから忌み嫌われるヤクザな魔術使いだからだ。

 

 旗色は良くない。

 なので本題に入る前にとっておきのネタを披露することにした。

 私は立ち上がり勢いよく口を開いた。

 

「ゲストとしてお招きいただき感謝する。アンドリュー・マクナイトだ。

まず、本題に入る前に諸君が知りたがっているであろう長年の疑問に答えよう」

 

 教室の空気が変わった。

 計算通りだ。

 

「これは旧友である僕だからこそ知っていることだが、ウェイバーくん――ロード・エルメロイ二世は童貞だが処女ではない。聖杯戦争でかの征服王にケツの穴まで征服されているからね」

 

 静寂が教室を包んだ。

 

「――おかしいな。ここで大爆笑の計算だったんだが」

 

 その静寂を一人の人物の大爆笑が空しく突き破った。

 銀髪で色素異常(アルビノ)による一段と白い肌をした男。

 彼は教室の生徒ではなく、聴講にきたゲストだ。

 そして私をゲストとして教壇に立たせることをロード・エルメロイ二世に唆した発起人でもある。

 ロード・エルメロイ二世もその提案に乗り、彼に多くの借りがある私は断れなかった。

 

 彼はメルヴィン・ウェインズ。

 ロード・エルメロイ二世の「親友」でライネスですら「このクズ」と眼前で罵倒するほどの素晴らしい人格の持ち主だ。

 私も彼とは古い仲だが時々真剣に縁を切ることを検討したくなる。

 しかし質の悪いことに彼は金払いは良く、そして調律師としては優れた腕を持っている。

 彼と私のような関係を世間では腐れ縁という。

 

 メルヴィンの空虚な爆笑が止んだ。

 虚弱体質の彼は頻繁に吐血するからだ。

 無理な爆笑を吐血が止めた訳だ。

 

 ロード・エルメロイ二世がゆっくりと口を開いた。

 

「ミスター・マクナイト。御足労いただき感謝する。出口まで案内しよう」

「待て待て。挽回のチャンスをくれ。では、僕と君がコールガールを呼んだら、そのコールガールが実は男だったエピソードはどうだ?」

「それは一体どの並行世界の出来事だ」

「では、コールガールを呼んだら八十過ぎの老婆が来て君のナニを……」

「自主的に退出するか力ずくで退出させられるか好きな方を選べ」

 

 教室は白け切っていた。

 凛と士郎はいつものように呆れ顔を私に向けている。

 ルヴィアは汚物を見るような視線を私に向けている。

 グレイはポカンとしている。

 ライネスだけはクスクスと笑っていた。

 自信満々のユーモアが不発だった時のダメージは計り知れない。

 

 私のユーモアはこの教室には早すぎたようだ。

 なので思い切ってハーフタイムでシステムを入れ替えるフットボールの監督のように、私も真面目路線へのシステム変更を図ることにした。

 

「まず最初に言っておくが、僕はここで敢えて魔術の話を殆どしない。物理学の教室で敢えて数式の話をしないのと同じようにね」

 

 どよめきが起きた。

 悪くない反応だ。

 

「もちろん、真面目に検討したうえで決めたことだ。ここは現代魔術科の教室で、ロード・エルメロイ二世は現代魔術に関して教えを乞うにはこれ以上ない理想の存在だ。僕のチンケな魔術知識など披露したらブーイングだろう。認めるのは些か情けないが、純粋に魔術師としての力量を問うならば僕より上の存在が諸君の中にも少なからずいるしね」

 

 私は心当たりの顔なじみの面々に目配せをした。

 隣にいつものように衛宮士郎を従えた遠坂凛は照れくさそうに微笑み、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトは「当然」といった顔をしていた。

 やはり聴講に来ていたライネス・エルメロイ・アーチゾルテはニヤリと笑い、フラット・エスカルドスはポカンとして、スヴィン・グラシュエートはいつも通りの真顔を崩さなかった。

 褒められたときの反応には性格がよく出る。

 

「さて、馴染みの面々ならば承知のことと思うが僕は無駄話をしなければ本題に入れない質だ。

今日の抗議でも何度か脱線があるのは間違いない。よって、何の話であるか方向付けをはっきりするためにまず最初にテーマを提示しよう」

 

 私は後ろを向き、黒板に向かった。

 数える程しか持ったことの無いチョークを手に渾身のテーマを書き上げた。

 

 書き終えると教室からどよめきが起きた。

 一度目よりも大きなどよめきだった。

 

「神秘と科学の間」

 

 書き上げた文字を検めて我ながら冒険をしたものだと思った。

 こんな内容の講義を出入り業者に過ぎない私がしたら他の学科ならば確実に強制退場だろう。

 ここが現代魔術科であり、ロード・エルメロイ二世と私の間の信用があるからこそ出来ることだ。

 

 これはロード・エルメロイ二世と教室の既知の面々への私なりのお礼返しのつもりだ。

 

「では、講義を始めよう」

 

  〇 

 

「まず最初に質問だ。君たちはSPRを知っているか?」

 

 私の質問に教室がどよめいた。

 その中、一人だけ冷静に手を挙げた生徒がいた。

 眼鏡をかけたダークブロンドの髪の青年。

 馴染みの人物の一人だ。 

 

「カウレス・フォルヴェッジくん」

 

 私が名を呼ぶと静々と彼は答えた。

 

「哲学・倫理学者でもあったヘンリー・シジウィックにより産業革命期に創設された団体です。正式名称はThe Society for Psychical Research(心霊現象研究協会)。心霊主義を初めとするする超自然現象を科学的に研究しています」

 

 カウレスは先進的な現代魔術科でも特にコンピューターをはじめとする文明の利器を積極的に使っている人物だ。

 食いついてくると思った。

 

「その通り。SPRは会員数一万人、四十二か国に及ぶネットワークを築いている巨大組織だ。エレナ・ブラヴァツキーをはじめとする近代以降のオカルティストと度々衝突してきた、伝統的な魔術師であれば決して相容れることの無いであろう組織だ。

――さて、ここでもう一問。これは君たちのとっては釈迦に説法、孔子に悟道、あるいはデヴィッド・ベッカムにフリーキックのコーチングというところかもしれないが、大事なことなので再確認だ。幽霊とは何だ?」

 

 またも馴染みの人物が手を挙げた。

 

「スヴィン・グラシュエートくん」

 

 私が指さすと彼は淀みなく答えた。

 

「死後もこの世に姿を残す卓越した能力者の残留思念あるいはその空間の記憶のことです」

 

 教室を軽く見渡す。

 少々反応が悪くなった。

 魔術師としては基本的に過ぎる話だからだろう。

 構わない。本題はこれからだ。

 

「そう。その通り。我々、魔術師にとって降霊術とはその残留思念を呼び起こす術式のことだ。普通に考えて幽霊を見るのは魔術師だけのはず。にも関わらず、世界には幽霊の目撃報告がごまんとある。なぜだ?ああ、ちなみに僕の死んだ叔父は魔術使いだったがなぜか泥酔した時に限って『幽霊を見た』と宣っていた。幽霊は女装したエルトン・ジョンのような風貌だったらしい」

 

 またしても教室が静まり返った。

 エルヴィンがただ一人吐血しながら死に絶えそうな笑い声を挙げていた。

 白けムードを破って白く小さな手が挙がった。

 

「ライネス・エルメロイ・アーチゾルテくん……失礼、レディ・ライネス」

 

 またも馴染みの人物だ。

 私は思いのほか彼らから好かれているのかもしれない。

 

「実際には幽霊を見ていない。幽霊を見たと勘違いしているだけ、という回答でいいかな?特別講師殿」

「とてもいい。百点の回答だ。相手が高貴な身分であらせられるレディ・ライネスだから持ち上げた訳ではないぞ、諸君」

 

 ここでようやく笑いが起きた。

 これで話に熱が入るというものだ。

 

「心霊現象と科学について、実例をもって説明しよう。これはウェールズのとある古城で起きた幽霊譚だ」

 

 その城でかつて忌まわしい殺人事件が起きた。

 時は1890年代。

 城の猟場を守る職務に就いていたある人物が見回りをしていて密猟者と遭遇した。

 密猟者は銃で何度も職務に忠実な男を撃ち、無残に殺害した。

 

 以降、この城では幽霊の目撃談が後を絶たない。

 目撃者は語る。

 

「男が立っていた。なぜかヴィクトリア朝風の格好をしていてハンチング帽をかぶっていた」

「誰だ?と思うともういない。男がいたところに行くと真冬のような寒気を感じる」

「首に息を吹きかけられて振り返ると誰もいない」

 

 魔術師にとって幽霊との遭遇は別段珍しくもない事だ。

 ネクロマンサーや墓守であれば親しい友人か腐れ縁のような存在だろう。

 教室を見ると、グレイがフードの下で小さく俯いた。

 墓守という出自を持つ彼女にとって霊とは腐れ縁であり、幽霊が嫌いだ。

 

 しかし、事が一般人となると違ってくる。

 一般人が幽霊を見るとは考えられない出来事だ。

 

 そんなときに効くのは魔術ではなく科学だ。

 

「ある好事家からの依頼で実際に僕はその城に行って現地を調べた。歴史のある古城なので、それなりのマナは感じたが幽霊の存在はほとんど全く感じなかった。この件に関してはSPR流のやり方が効く。まず第一の証言『ヴィクトリア朝風の男が立っていた』という現象についてだ。これは実際に現地で撮ってきたものだ」

 

 私は用意してきた大判の写真を黒板に張り付けた。

 その写真には古ぼけた壁が移っており、その壁には人の目線程の高さに三つのシミがついていた。

 

「さて、君たちにはこれが何に見える?」

 

 勢いよく手が挙がった。

 

「フラット・エスカルドスくん」

 

 彼は元気よく答えた。

 

「人の顔です!」

「狙い通りの回答をありがとう」

 

 教室から苦笑が起きた。

 苦笑を破って傍らから声が上がった。

 

「パレイドリア効果だな」

 

 いつもの渋面でロード・エルメロイ二世が呟いた。

 

「君には敵わないな。その通りだ。人は一定のパターンで並んだ点や模様に意味を見出してしまう。

車のホイールキャップが写った写真を『心霊写真』などと騒ぎ立てるのは人間のピュアな部分の最たる例だろうな。このシミは床からおよそ五フィートから六フィートほどの高さ、人の目線の高さにあった。いやでも目に入ってくる。密猟者に殺された男の話は地元では有名な逸話らしいので、おそらくその目撃者も知っていたことだろう。さらに城には電気が通っておらず昼間でも薄暗い。一瞬であれば三点のシミを人物と見間違えてもおかしくない。これで幽霊の実体化が完了するというわけだ」

 

 私は息を吸い、先を続けた。

 

「さて、それでは二つ目と三つ目の証言についてだ。『真冬のような寒気を感じる』『首に息を吹きかけられて』これなどいかにも神秘の匂いがするが、実のところ科学で説明がついてしまう。マウスを使ったある実験についてだ」

 

 これは実際に行われた実験だ。

 マウスにある匂いをかがせる。

 マウスは背中の部分の毛を剃ってあり、体温を計りやすくしている。

 その匂いを嗅いだ瞬間、マウスの背中の温度が一気に三度下がる。

 

「ある匂いの正体。それはマウスの天敵であるヘビに由来する匂い成分だ」

 

 私は説明を続けた。

 

「ヘビは相手の熱に反応して捕食対象を追う性質がある。つまりマウスが体表温度が下げたのは天敵に対する防衛反応だ。マウスに限らず生物は恐怖を感じると本能的に体表温度を下げることがある。

『背筋が凍る』という表現は誰が考えたかわからないが実によくできた表現だ。

実際に背筋が凍っているのだからね。寒気も首筋に感じるの吐息の冷たさも心霊スポットという先入観からくる防衛反応、という説明がつくわけだ」

 

  〇

 

 いくつかの実体験を交え、私は用意していた話の九割がたを終えた。

 

 一息つき教室を見渡す。

 概ね、生徒たちは真剣な反応を返してくれていた。

 そういえば、凛は科学にひどく疎いのを思い出した。

 彼女の方を見ると、凛は困惑を浮かべ隣の士郎が何やら心配そうに耳打ちしていた。

 彼女たちには後で個人的に補講をしよう。

 

 私は締めくくりに入ることにした。

 

「他にも超常現象としてもはや都市伝説化している話は多いがそういったものは多くが方がついている。たとえばUFOは魔術的には御使い――天使と同一視されることがあるが、UFOの多くは恒星や飛行機の見間違いで決着がついてしまう。同列に語られるミステリーサークルは1980年代以降に急増しているが、これはダグとデイブという二人の老紳士がイタズラで始めたものがフォロワーによって増加した結果だ。ツタンカーメンの王墓発掘にかかわった人間は多くが呪いで早死にしたという伝説があるが実際に早死にした関係者はごく少数だし、ポルターガイスト現象の多くは低周波で説明がついてしまう。魔の海域と呼ばれているバミューダトライアングルでは事故が多発しているという噂があるが、実際のところバミューダトライアングルで事故が多いなどという事実はない。

――つまり、僕は何が言いたいのかというと」

 

 この先が最も重要なところだ。

 

「現象の本質を見誤ってはいけないということだ」

 

 私は一呼吸置き、水を一服含んだ。

 

「人が死んだとする。その場に強い思念を持った幽霊がいたとする。我々魔術師は呪い殺されたと考えてしまいがちだ。しかし、幽霊と死体の関係は相関関係であって因果関係ではない。フーダニットでもホワイダニットでもない。もっと具体的に言うならば、死因が幽霊と関係しているとは限らないということだ。

誰かがごく原始的な手段で衝動的に殺したのかもしれないし、自然死かもしれない。あるいは事故死かもしれない。現代魔術科の名物講師が散々言っていることなので君たちにとっては耳にタコ、というところだろうけどね」

 

 私自身、幽霊の見間違いを経験している。

 これは身につまされる体験でもある。※

 だからこそ私はこういった事態を検討できるよう知恵を蓄えてきた。

 

「二十一世紀の現代において殆どの超常現象は科学で説明がついてしまう。

神秘の世界に身を置いている我々としてはピンとこないだろうが、我々が直面している神秘の世界はその超常現象の中でもほんの一匙以下の稀有な現象だ。なので決して決めつけてはいけない。

――僕の話は以上だ」

 

 話を終えると拍手が起きた。

 報酬額について後で相談しよう、と私は思った。

 

※エピソード「Oxford Ghost Story」をご覧ください。

 




最近、こういう分野に興味があって。調べたことをいったん形にしてみました。
特に影響を受けたのはNHK BSで不定期放送されている「幻解!超常ファイル ダークサイド・ミステリー」、新潮文庫から出ている『超常現象 科学者たちの挑戦』、
ASIOS著『謎解き 超常現象』、ライターの本城達也さんのサイト「超常現象の謎解き」http://www.nazotoki.com/ あたりです。
この系統の話は拙作『奇談 -東京祓い屋探偵事件簿ー』でも時々取り上げてます。
https://ncode.syosetu.com/n9384es/

お目汚し失礼しました。

ところでこのシリーズは旅先の経験が色々織り込まれてるんですが、行ったことがある場所でまだ舞台にしてないところがいくつかあります。
舞台にしてみたいのは特にベルリン、イスタンブール、ストックホルム。
はっきり構想があるわけじゃないですがこのうちのどれかを舞台にしてみたいです。
では、またお会いしましょう。

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