Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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すいません。二回のつもりだったんですが思ったより長くなったので3回にします。



妖精

 中は外観以上に広かった。

 どうやら魔術で空間を歪ませているらしい。

 煙突から煙が出ていたことで推測はついていたがやはりリビングには暖炉があった。

 

 素朴な内観だった。

 壁面と天井はは白漆喰(スタッコ)で統一され、床は木目をあるがままに活かしたフローリング。

 明かりとりの窓があり、質素なカーテンがかかっている。

 中央にはシンプルなデザインのダイニングテーブルが置かれている。

 

 私と凛は椅子を勧められた。

 我々は顔を見合わせ多少の逡巡をしたが、青年から全く悪意が感じられなかったため大人しく勧めに従った。

 

 最初に我々を迎えた少女はキッチンへと消えて行った。

 それと入れ違うように別の人物が入ってきた。

 

「どうしたの?トム。あら!お客様なの!」

 

 トムというのが青年の名前らしい。

 

「ああ、そう。お客さんだ。ブリギット」

 

 その人物は若い女に見えた。

 彼女はブルネットの豊かな髪を持ち、シルクのローブに包まれた白い肌は反対側まで透けて見えそうな透き通っていた。

 琥珀色の瞳は神秘的で、ストラディヴァリウスを喉に埋め込んだような魅惑的な声をしている。

 彼女はその魅惑的な声で「どうぞ。ごゆっくり」というとどこかに去って行った。

 

 ダイニングルームが私と凛と青年だけになった。

 

 最初に口を開いたのは凛だった。

 

「色々気になることがあるんですが……」

 

 彼女は遠慮がちの挙手をすると言った。

 

「あの二人は人間じゃありませんね?」

 

 青年の顔に緊張が走った。

 

「ああ、そうだ。君たちは魔術師だろう?どうやって……」

 

 私は青年が何か言う前に先んじた。

 

「『どうやってここを知った?』という疑問が浮かんだと思うが、この家に来たのは全くの偶然だ。

僕らは二軒先のコリンズ氏の依頼で彼のガラクタを鑑定に来た。帰り道に偶々ただ事ではないレベルの魔力を感知して確認に来た」

 

 彼は納得した様子だった。

 

「そうか。魔力隠蔽の工夫ぐらいはしておくべきだったな……

ああ、そう。僕はトマス・ニコラ・ブラヴァツキー。トムで構わない」

 

 彼が名乗ったので我々も名乗った。

 「アンドリューとリンか。覚えた」と彼は反芻した。

 

 そして「それで、そっちの彼女の疑問だけどその通り。あの二人は妖精だ」と驚くほどあっさりと認めた。

 我々は面食らいながらそれぞれに感想を述べた。

 

「いかにマン島が僻地とはいえこんな存在が隠れているとはな」

「ええ。使い魔を作るんじゃなくて、その地の妖精を使い魔にするなんて……」

 

 我々の発言に対し、トムは手を挙げた。

 

「それは違う」

 

 彼は言った。

 

「ブリギットもマーサも使い魔なんかじゃない。家族だ」

 

 全くわけがわからなかった。

 彼はニコリと笑って続けた。

 

「何を言ってるかわからないって顔だね、

これからお茶の時間なんだ。ちょっと遅めだからハイ・ティー……夕食兼になるけど一緒にどうだい?」

 

  〇

 

 並んだ料理は素朴なものだった。

 ハイ・ティーはアフタヌーンティーの労働者階級版だ。

 事実上の夕食であり、嗜好品というより食事に近い。

 

 素朴な料理だった。

 サンドイッチはライ麦パンで耳が付いたままのもの。

 中身はスモーサーモンとクリームチーズ、「余り物で悪いんだけど」というコロネーションチキンとローストビーフだった。

 それに地元でとれた野菜を使ったバーニャカウダとジャガイモのビシソワーズだった。

 

 我々は見知らぬ他人でしかも魔術師が出したものを食べるべきか迷ったが、彼からまったく悪意が感じられなかったので大人しく口をつけた。

 

 私と凛は言葉を失った。

 陳腐な表現だがまるで魔法のように美味だった。

 

 士郎がこの場に居なくて良かった。

 こんな料理を出されたら、彼は悔しさのあまり過呼吸に陥ってしまいかねない。

 

 「量産品の安い茶葉で淹れた」というブラックティーも信じがたいほど旨かった。

 

 トムは自分もサンドイッチを口に運びながら満足げに笑みを浮かべて我々の様子を見ていた。

 

「旨いだろう?マーサの料理は毎日食べても飽きない。ダグザの大釜から湧きだしているんじゃないかと思えてくるような魅惑の味だ」

 

 先ほどの少女がダイニングルームのキッチンのカウンターから顔を覗かせてこちらを窺っている。

 「とても美味しいよ」とはっきり告げると彼女は照れくさそうに笑顔を浮かべた。

 

 マン島に由来し、家事を得意とする妖精。

 マーサと呼ばれる少女の正体に行き当たった。

 

「ではあの少女はフェノゼリーか」

 

 トムは頷いて肯定した。

 

 フェノゼリーはマン島の伝承に登場する島民の暮らしを手助けしてくれるありがたい妖精だ。

 スコットランドの伝承に登場するブラウニーとは近似の存在にあたる。

 

 マーサはマルタの英語読みだ。

 聖マルタは主婦の守護聖人。

 なるほど良いネーミングセンスだ。

 

「何?何の話してるの?」

 

 先ほどの魅惑的な女がダイニングルームにやってきて、トムの隣に座った。

 

「マーサの魅惑的な料理についてだよ。ブリギット。君もマーサの料理は完璧だと思うだろう?」

「ええ、そうね。妖精(わたしたち)の味覚は人間(あなたたち)とは違うけど、私もマーサの料理は好きよ」

 

 彼女は魅惑的な声でそう言うと、魅惑的な動作でトムの手からサンドイッチを掠め取り一口齧った。

 

「ブリギット。ちょっとお客様たちと話があるんだ。少し外してもらえるかな?」

「ええ、仰せのままに」

「ありがとう。それと後で君の美声を披露してもらえるかな?」

「勿論」

 

「ではごゆっくりどうぞ」と言うと魅惑的な女はどこか別の部屋に去って行った。

 

 マン島に由来する魅惑的な女性の容姿を持った妖精。

 こちらもすぐに答えに行き当たった。

 

「今の彼女はラナンシーか?」

 

 私の問いにトムはあっさりと答えた。

 

「『ラナンシー』じゃあんまりにもあんまりだからね。『ブリギット』って呼んでるよ」

 

 ラナンシーは芸術家を魅入る妖精だ、

 アイルランドのリャナンシーと近似の存在で、男に憑りついて生命力を吸い取るが代わりに芸術の才能を与える。

 アイルランドの詩人が短命なのはリャナンシーに憑りつかれているからだと言われている。

 

 ブリギットはケルト神話に登場する女神の名前に由来する。

 アイルランド語で「崇拝される者」あるいは「高貴な者」という称号から来ている。

 

 そんな名前を付けていることからもトムが妖精たちを尊重していることがうかがえる。

 どうも「家族だ」という彼の発言は嘘では無いらしい。

 

 凛も私と同じ思考に至ったようだった。

 些かの困惑を交えながら彼女は言った。

 

「それで、一体何があって妖精と同居生活することになったんですか?

あなた達の間には契約が結ばれた形跡も主従関係も無いようです。

一体、何があなたたちを結び付けているんですか?」

 

 凛は落ち着かない様子で一息に言った。

 トムは落ち着き払った様子でそれに答えた。

 

「それを今から話そう。ブラックティーのおかわりはいるかい?」




明日、完結編です。
少々お待ちを。

よろしければ下記もどうぞ。

寄稿してる映画情報サイト
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一時創作
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