Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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今回から『空の境界』とのクロスオーバーエピソードです。
2,3回で完結予定です。
『空の境界』のあの人たちが出てきます。


Tokyo revisited
旧友


 早朝、ロンドン。

 いつものように空はどんよりと曇り、視界には霧がかかっていた。

 

 時刻は午前7時。

 人の家を訪ねていくには非常識な時間だが、

私がこれから訪ねようとしている人物は早起きだ。

 問題はあるまい。

 

 私は身支度を整えると、古くて小汚いエミールのホテルを後にした。

 

×××××

 

「やあ、シロウ。

ソーホーにとても素晴らしいストリップパブを見つけたんだ。

今から一緒に行かないか?」

 

 ドアを開けた目的の人物2人の内の1人、衛宮士郎に招き入れられると、私はとびきりのウィットで言った。

 

 士郎は困り顔で顔を赤くし、奥の机で何か考え事に興じていた凛に思い切りにらまれた。

 

「その顔は『ノー』だな。

とても残念だ。本当にいい店なのに」

「……で、そのズレたセンスのジョークで士郎をからかいに来たのが目的?」

 

 彼女、目的の人物のもう1人、遠坂凛は士郎の用意してくれた朝のブラックティーを口に運びながら言った。

 

 凛の表情は今、怒った顔から、何か哀れなものを見るような表情に変わっていた。

 彼女にそんな顔で見られるのはこれで3度目だった。

 クセになってしまいそうだ。

 

「いや、違う。どちらかというとからかうと面白いのは君の方だ、リン。

僕は喜怒哀楽に対して1つずつしか表情を持ち合わせていないが、君は実に表情豊かだ。

僕にもいくらか分けてもらいたいね」

 

 凛は、今度は、しかめつらに僅かに怒りの籠った表情に変わって言った。

 

「……で、何の用なの?」

「実は小用があって、日本に行くことになった。

僕は寛容だからね。

何か買ってきて欲しいものがあるのではないかとご用聞きに参じたわけだ」

 

 そう、私が本題を切り出すと、凛の表情が突如緩んだ。

女は現実的だ。

 

「え?いいの?

それじゃあ……」

 

 私はさえぎって言った。

 

「そうだ、主にドラッグストアで売っているCの文字から始まるゴム製品などどうだ?

日本製はとてもすばらしい品質だと聞いている。

若い君たちなら消費量も相当なものだろう。

1ダースほど買ってこようか?」

 

 凛の隣に座る士郎はまたしても顔を赤くした。

 凛はにっこりと笑うと、宝石を頭の上まで掲げて投擲体勢に入り言った。

 

「……面白いこと言うのね?アンドリュー」

 

×××××

 

 30分後、2人からご用聞きを終えた私は、2人の住むタウンハウスを出ることにした。

 士郎と凛もこれから時計塔に向かうとのことで、我々3人は連れだって早朝の

ウエストミンスターの路上を歩いていた。

 

「ねえ、ところで、アンドリュー」

「どうした、リン」

「この前、気づいたんだけど。

あなたって、銃を持つときは右手なのね」

「ああ。銃というやつは基本的に右利き用にしか作られていない。

僕のようにフルオートを多用する人間が、左手で銃を持つと

空薬莢が顔の前を通過して邪魔で仕方がないからね。

それが、どうした?」

「そう、それで、あなたの腕なんだけど……」

「見てみるか?」

 

私は、上着とシャツをまくり上げると凛に差し出した。

 

「ウソ!これ、本当に義手なの?」

「ああ。魔力を通すと継ぎ目がなくなり、霊体をつかむこともできる特別性だ。

予備のマガジンを収納することもできる」

 

凛は私の右腕をまじまじと見て言った。

 

「これ、相当なものよね?

ねえ、アンドリュー。この義手を作ったのってどんな人なの?

1度会ってみたいわ」

「実は、これから日本に行くのもそれが目的だ。

ここ数年、連絡が取れていなくてね」

「そうなの?」

「ああ。気づけば、最後に会ったのはもう7年前だ。

気まぐれな人物だから、最初は特に気にしていなかったが、

さすがに不安になってね。

探しに行ってみようと思い立ったわけだ」

 

 凛は残念そうだった。

 魔術師らしいのからしくないのかよくわからない人物だ。

 

 残念そうに黙り込んでしまった凛に代わって士郎が口を開いた。

 

「あんたが行くのって日本のどこなんだ?」

「ミフネシティ、トーキョーだ」

 

×××××

 

 3時間後。

 成田国際空港行きのブリティッシュ・エアウェイズの狭いエコノミーシートの中で、

私の頭は過去へと旅立っていた。

 

 ――蒼崎橙子。

 魔術協会から封印指定を受けた最高位の人形遣い。

 そして、私がかつて微妙な距離を保ちながら交友を持った友人。

 

 彼女と出会ったのはもう10年以上も前のことになる。

 当時、ユアン伯父さんはまだ存命中で、私はまだ血気盛んな10代の少年だった。

 

 その当時、夜な夜なユアン伯父さんとヤクザな稼業に精を出し、昼間は講義で惰眠を貪る生活をしていた私はアントニー・ホープやライダー・ハガードの小説のような冒険を求めていた。

 

 その時に、耳にしたのが魔術協会がその身柄を欲しながら逃亡を許している彼女のことだった。

 

 魔術協会の追跡を巧みかわす、ミステリアスな美女。

 若く愚かだった私の冒険心は嫌というほどにくすぐられていた。

 

 私は、数日に渡り、時計塔の講義をエスケープすると調査を開始した。

 

 すると、当時、ユアン伯父さんと首都警察との窓口になっていたベテラン刑事から

天啓としか言いようのない事実を入手することが出来た。

 

 彼が人材交流で知り合った秋巳という東京の観布子市を管轄とする刑事が、

蒼崎橙子の風貌と一致した容貌の持ち主とたびたび不思議な情報を交換しているという話だった。

 

 ――なんという幸運だろうか。

 

 ユアン伯父さんの助手稼業にもだいぶ慣れ、力試しがしたい気持ちもあった私は、

碌に下調べもせず、不確かな情報を手に東京、観布子市へと向かっていた。

 

 観布子市に降り立った私は探索を始めた。

 逃亡中の魔術師ならば、少なくとも人目の多い場所を根城にしないはず。

 そう踏んだ私は、父から教わった唯一の魔術、フーチを片手に町はずれを中心に

彼女の姿を探った。

 

 探索を始めて3日目。

 ついにフーチに反応があった。

 街はずれの廃ビルだった。

 

「Yes!<やった!>」

 

 私はそう一言つぶやくと、即座に突入の準備を開始した。

 

 結論から言うと私は浅はかだった。

 当時の私に出会うことが出来たら、お叱りの言葉と共に2、3発殴ってやりたいところだ。

 

 その日の深夜。

 私は、武器と爆薬を手に件の廃ビルに向かっていた。

 

 いつも通り、速攻でカタをつける。

 私は完全に虚をついたつもりでいた。

 

 私は通りから視覚になるビル側面に回り込み廃墟の壁をコンポジションC4でぶち破って突入した。

 

 そこに待っていたのは彼女の使い魔による暴力的な歓迎だった。

 橙子はすでに準備万端で私を待ち構えていたわけだ。

 

 とっさにその巨大な体躯の真っ黒で厚さのない影絵のような魔物をかわしたが、

かつて私の右腕があった場所はむなしい空白が広がっていた。

 

 かつて右腕のあった場所にロベルト・カルロスのフリーキックを至近距離で喰らったような激痛を感じながら、とっさに無い頭で絞ったプランBを思い出す。

 

 私は残った左手でガンドに術式を載せて撃ち出す。

はたしてその一撃は――不意打ちを食らわせてわずかに油断した橙子に命中していた。

 

 橙子は右腕を抑えながら言った。

 

「何をした?」

「痛覚共有の呪い」

 

 私はありったけの魔力で治癒魔術をかけ、右腕の付け根を止血しながら言った。

 

「それも一方的な隷属の呪いだ。仮に僕がこのまま出血多量で失血死すれば君も死ぬ。

試してみるか?」

 

 もちろんハッタリだ。

 痛覚共有で伝えられる痛みには閾値がある。

 死まで伝えることはできない。

 

 そして、向こうは封印指定を受けるほどの超一級品の魔術師、

こちらはせいぜいが秀才だ。

 

 時間をおけば私の術式などすぐに解析されてしまうだろう。

 

 思考を巡らせる彼女に対し、私はさらに続けた。

 

「このまま放っておくと、敗血症になり

ショック状態に陥る可能性がある。

さあ、どうする?

僕と一緒に苦しみながら地獄にランデヴーするか?」

 

 思考を巡らせていた彼女は、やがて使い魔を引っこめると

私に歩み寄り、静かに微笑みを浮かべた。

 

 あんな邪悪な微笑みは後にも先にも見たことがない。

 

 ――その後、橙子は私に義手を、私は呪いの解呪をした。

 そして、なぜか私たちは友人になり、再会の約束を交わした。

 なぜそんな関係になったのかは今もわからない。

 

 付け加えると、帰国後、ユアン伯父さんにきつく叱られたのは言うまでもない。

 

×××××

 

 過去に思考を巡らせる私を間もない着陸を知らせる英語と日本語のアナウンスが

現在に引き戻した。

 

 エコノミーシートに体を押し込んだ周りの乗客たちは、

やっとこの窮屈さから解放される安堵の空気を漂わせていた。

 

 私は、窓の外を見やる。

 眼下には日本列島の端がその姿を現し始めていた。

 目的地は近い。




最後までお読みいただきありがとうございます。
次回更新は少々お待ち下さい。

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