ベッドに入る兄妹におじいさんが昔話をしてあげます。
「わーい! じいちゃん早くー!」
「ねぇねぇ今日はどんなお話?」
「ほっほっほ、そう焦るでない。そうじゃのう、今日は勇者様の伝説を聞かせてあげよう」
「あ! わたしその話知ってるよ!」
「なんだよまたそれかよー、他のがいいー!」
「ぶー垂れるでない。そんな事言うと今日のお話は無しじゃぞ」
「えぇー!? やだやだぁー! お話ききたいー! おにいちゃんのばかぁー!」
「だって何回も聞いてるんだもん。あきたもんはあきたの!」
「ほう、ならば勇者様が勇者たる所以は知っているかの?」
「知ってるよ、勇者さまは悪いことしてた魔王をバーン! とぶっ飛ばしたから勇者さまって呼ばれるようになったんだ!」
「おにいちゃんテキトーすぎ。もう、本当におばかさんなんだから」
「なにぃ! ばかとはなんだ! そばかす女!」
「なんですって!? 自分はモジャモジャあたまのくせに!」
「モジャモジャだと!? このねくら!」
「たんさいぼう!」
「やくそうオタク!」
「これこれ、喧嘩するでない」
「だってこいつがぁー」
「おにいちゃんがいけないんだもん」
「やめなさい。お話を聞かせてあげないぞ」
「うー」
「わかったーしずかにするぅ」
「よしよし。2人とも、勇者様のことをよく知っているみたいじゃな。けれど勇者様の伝説は魔王を打ち倒す前から始まっていたのじゃ。話してあげよう。
光と共に生きた、勇者様の物語を」
むかしむかし。もう何百年も前の話。
野うさぎの月に小さな村で一人の赤子が産まれた。村の皆は大層喜び口々に赤子へ祝福の言葉をかけていたた。その時、
「そのとき?」
その時、恐ろしい轟音とともに黒い稲妻が空を切り裂き、小高い山に落ちた。稲妻は山を覆う草木を一瞬にして焼き尽くし、その山に棲むありとあらゆる命を奪った。
「うわぁ……」
「おにいちゃん、わたしこわい……」
皆一瞬の出来事に言葉を失くし、ただただ呆然とその山を見ていることしか出来なかった。
ふと、男が山に小さなゆらめく影を見つけた。燃え尽きた草木の灰が風に散っている様に見える。しかし、それは段々と大きく、段々と暗く、段々と悪意に満ち、空を覆いながら近付いてきていた。
理解した時、男の顔は血の気がさっ、と引いて青ざめた。その尋常でない様子にまわりの皆も山から迫る影の存在に気付き、同じように顔を青くしていった。
「そ、それから……?」
その大きく、暗く、悪意に満ちた影は一度ぐにゃりと蠢くと突如、野を駆る獣のような速度で一直線に村めがけてその体を伸ばした。その恐ろしさに皆は声にならない悲鳴をあげ、めでたいはずの場に恐怖と混乱が広がった。
「それから、それから……!?」
あわや、村が飲み込まれようとした瞬間、まばゆい程の光が村を、皆を、包み込んだ。光とぶつかった影は一片も残さず霧散し、どこかへと消えていった。
影を退けた清らかな光が一体どこから来ているのか、それはその場の全員が知っていた。それが、今さっき産まれてきた赤子から発せられているものだと。
「それが、もしかして」
「そうじゃ、その赤子が後に勇者様と呼ばれるその人じゃ」
「すげー! 産まれてすぐでも勇者さまは強かったんだな!」
「赤ちゃんなのに、すごい……」
「ホッホッホッ、本当にあった事かどうかは分からんが、まぁ勇者様はそれ程強く、神聖なものだという事じゃ」
「じいちゃん! つづきは!? つづき! 早く!!」
「赤ちゃん勇者さまはこのあとどうなるの?」
「ホホゥ、少し声が大きいぞい。もう少し落ち着いて、静かになったら続きを話そう」
「しずかに! する!!」
「おにいちゃんうるさい。もぅ、すぐあつくなるんだから」
「ホッホゥ、じゃあ続けるぞい」
村に平和が戻った。
影は消え去り、邪悪な気配はどこにもない。皆は神聖なる光で村を守ったその赤子を大事に大事に育てた。その甲斐あって赤子はすくすくと育ち、やがて赤子から少年、少年から青年へと成長していった。
ある日、青年が住む村に王都から兵士が遣わされた。
村に着くなり兵士は
『魔を祓う光を持つ者がいる村はここか』
と、村中に聞こえる大きな声で叫んだ。
皆は次々と青年の名を口にする。名を呼ばれ、青年は兵士の前に出た。
青年を見た瞬間、兵士は跪き悲しげな声で語った。魔王という存在が魔物を率いり人々を苦しめていることを。王も尽力しているものの、敵の力は圧倒的で、ただ悪戯に兵を死なせてしまっている事を。
青年はその言葉を静かに聞いていた。
「まものってやっぱり昔からわるいやつなんだな! あぁー! はら立ってきた!」
「へいしさんかわいそう……」
兵士の言葉が終わるのを待ち、青年は言った。
『自分に出来る事ならば何でもしよう。悪を滅ぼし、皆を救わせて欲しい』
勇気ある青年の言葉に兵士は涙を流した。青年は王と話をするべく大陸の中心、王都へと向かった。
「ここから場面が変わって勇者様は王の前にいる訳じゃな」
王は疑り深い性格で、目の前の青年が本当に光の力を持っているのか、信じることが出来なかった。
『汝、光持つ者、勇なる者か。証を見せよ』
青年はゆっくりと目を閉じ手を差し出した。王が訝しむようにその手を覗き込んだ時、溢れんばかりの光と共に、輝く剣が現れた。
「【ゆうしゃのつるぎ】だ!」
王は驚き、この青年が噂通りの『魔を祓う光を持つ者』だと確信した。
王はすぐに青年を旅に出した。邪悪な魔王を倒すべく、光の勇者として。
「『光持つ者』として産まれ、【勇者の剣】を操り、魔王を倒す使命を負った勇者様はその後どうなったかは、お前達の知っている通りじゃ」
「勇者さまはすごーくつよいけんしさまといっしょに世界中をたびしたんだよね!」
「んでもってたいようの国のまじゅつしさまと月の国のひめみこさまをなかまにしたんだ!」
「そうじゃそうじゃ、よく勉強しておるな」
「へっへーん! どんなもんだい!」
「勇者さまはなかまといっしょにまおうをたおして世界は平和になったんだよね!」
「うーむ、大事な所が抜けておるぞ」
「え? なにが?」
「魔王城での戦いじゃ」
「そういえば聞いたことないね?」
「聞かなくてもわかる! 勇者さまのどくだんじょうで、魔王は手も足も出せずにボコボコにされたんだ!」
「そうなれば、良かったんじゃがのぅ……」
遂に魔王城へと乗り込んだ勇者は仲間達と共に魔王の居る場所へと進んで行った。しかしそこは魔物の巣窟、今までとは比べ物にならない程の力を持つ敵に仲間はどんどん傷付いていき、魔王の元へと辿り着いたのは勇者と剣士のみだった。
「ええ!? まじゅつしさまとひめみこさまは!?」
「勇者様を守る為、自らを犠牲にして敵を倒し力尽きてしまったそうじゃ」
「そんな……ひどいよ」
「まものは本当にひどいやつらばっかりだ……」
魔王は大きく、暗く、悪意に満ちた影そのものだった。
勇者は思い出した。自分が産まれた時現れた、あの黒い影。それこそが魔王。勇者が産まれたあの時、同時に魔王も誕生したのだ。
「あの黒いいなずまか!」
魔王との戦いは熾烈を極めた。剣が舞い、稲妻が走り、大地が裂けた。しかし、さすがの勇者もこれまでの戦いの傷もあり、膝を付いて倒れてしまった。
「ゆうしゃさまぁ……」
息も絶え絶えの勇者に止めを刺そうと魔王が手を上げた瞬間、一瞬の隙を突き最後の力を振り絞って勇者は魔王の魂をを八つの欠片に分けた。
「やった! まおうをたおしたんだ!」
魔王を切り裂いた勇者も既に力尽き、立つことすらままならない。勇者は最後に剣士へ向けてこう言った。
『このままでは魔王はすぐにでも復活してしまうだろう。私ももう死を待つのみだ。私の魂を八つに分け、魔王と共に世界の各地へ封印しろ。もう邪悪な力が現れないように』
剣士はその言葉の通り魔王を世界の各地に封印した。邪悪なる者を打ち砕いた、勇気ある者と共に。
「……けっきょく、生きのこったのってけんしさまだけ?」
「そうじゃ、じゃがその剣士様も封印を施した後どこかへと消えてしまった。それに、魂が封印されていると言われている遺跡も、七つのみであと一つの欠片がその後どうなったかは誰も知らないのじゃ。どこにも話が残されていない」
「勇者さま、まじゅつしさま、ひめみこさま、それにけんしさまもみんなまおうのせいできずついて、死んじゃったんだ……」
「その犠牲あってこそ今の平和がある。分かるかの? 二人とも。この平和を守るため儂らは強く、正しく生きねばならんのじゃ、決して魔王のような邪悪な存在に負けない為に」
「うん! わかったよじいちゃん! おれつよくなって勇者さまみたいにまものをばんばんたおすんだ!!」
「わたしまものにきずつけられた人たちをいやしてあげたい!」
「ホッホッホゥ、2人とも良い意気じゃ。強く生きるのじゃぞ」
「もちろん! あ、そうだ!」
「どうした?」
「勇者さまのうまれたばしょってけっきょくどこなの?」
「何を言っておる、儂らの住むこの村じゃろう?」
「えぇぇえーー!? そうなの!? 知らなかった!」
「おにいちゃんなんにもわかってなかったのね。ほんとにおばかさん」
「まったく明日は勉強の日じゃな」
「やだぁー! べんきょうやだー!」
「わがまま言わないの!」
「ホッホー、おや、もうこんな時間か、ほら毛布を掛けてあげよう」
「えー、もっとお話聞きたい」
「だめじゃ、また明日、面白い話を聞かせてあげよう」
「うーん、わかった、おやすみなさーい」
「おやすみなさい、おじいちゃん」
「お休み、可愛い孫達よ」
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「もう少しだよ。それまで待ってて」
少女の細い肩を押す。
少女は驚いた顔をして暗闇の中に落ちていった。
「悪いことしたかな? でも必要なことだからね」
暗闇の中、真っ白な青年はポツリと呟いた。
「待ってろよ。お前達の自由にはさせない、悪は必ず倒す。必ず、な……」
少女の落ちた方に背を向け闇の中を歩き出す。青年の後ろ姿を見送る者は誰も居なかった。