旧校舎にある麻雀部の部屋からは異様な雰囲気が漏れ出ていた。
「ツモ。……俺の勝ちです」
その発生源は一人の少年。目深にかぶったパーカーからは口しか見えず、その表情をうかがうことは出来ない。だが、そのオーラはおよそ人が持つようなものでは無かった。例えそういう霊的なものに疎い人物でも感じられるほどの寒気、どす黒い瘴気のようなものが少年に纏わりついているのが分かるだろう。
それは麻雀をしているものなら尚更。ましてや元々敏感なものには堪ったものではない。対面に座る宮永咲の顔色は今にも倒れそうなほど白く、両隣の原村和、部長の竹井久の顔色も悪い。いや、それだけが原因ではないだろう。三人の点数は少年のものとは桁が違った。飛ばされた原村和に至っては先頭にマイナスがくっついている。
後ろで少年の牌を見ていた須賀京太郎は何も言えなかった。麻雀素人でも分かる。この友人は――普通じゃない。咲だって、部長だって和だって、麻雀が強い。それがほぼ何も出来ずに倒された?理解が追いつかない。
切っ掛けはそう、染谷先輩の家が経営する喫茶店に最近麻雀の強い奴が来るという話を先輩自身がもらしたことだったはず。そいつはフードを深くかぶっているらしく顔は分からないが、制服から見るにどうやら同じ高校、そして一年らしい。
そこまで聞いた時、俺の脳裏には一人の人物が思い浮かんでいた。同じクラス、同じ学年という条件に当てはまって、麻雀をやってそうな奴。その瞬間、俺は「分かったー!俺ちょっと行ってきますね!」と部室から駆けだしてた。
黒羽悠斗、静かな印象の小柄な同級生だった。その印象にもれず、いつも携帯で麻雀をしているか、読書していた。話したきっかけは勿論、携帯でやっていた麻雀繋がり。咲を誘う前に誘ったものの、やんわりと断られてしまっていた。
「ユウ!いるか!」
「ん?須賀か……どうした?」
「ちょっと来てくれ!」
ばんと勢いよく開いた扉の先には今にも帰ろうするユウの姿。引き留めるかのように、その手を掴んで走り出した。そのままの勢いで旧校舎まで走る。着いた時には息切れが酷かったが、横の友人は汗一つかいてない。
「麻雀部、か……」
俺が開く前にその手を伸ばしてユウは扉を開いていた。
◇◇◇
静まり返った麻雀部部室。周りにはどこか引いたような表情の部員たち。そして今にも泣きだしそうな表情の美少女二人に、何とも言えない表情の学生議会長。
誰だよ、こんな雰囲気にしたやつ!
……俺だよ!
もうちょっと自重しよう、黒羽君!と突っ込むものの反応は勿論ない。思わず頭を抱えそうになるのを必死で我慢する。憑依してから数年、相も変わらず麻雀に関しては彼任せだ。少し役とルールを覚えたもの、基本的に俺はノータッチを貫いている。そりゃあ、オートの方が強いですし。
彼、黒羽悠斗くんはめっちゃ麻雀が強いみたいである。元々強かったみたいだが、俺が憑依してからその強さは段違いになった。そして手加減というものを一切しない。その御蔭で気まずい雰囲気になったのは数知れず。
取り敢えず、この状況をどうにかしないと。
「……俺、帰りますね」
「待って!ねえ黒羽君、私の事覚えてない?」
椅子から立ち上がろうとした時、右隣の竹井先輩が俺の腕を掴むとぐいっと顔を近づけてきた。台詞だけ見れば逆ナン決定だが、その真剣な表情が否定する。整った顔が眼前に迫り驚くものの、その言葉に昔の記憶を漁った。
えーと、こんな美人ならきっちり覚えててもおかしくないはず。頭脳に保管している「俺的美少女・美女アルバム」を急いでめくった。長野で会った美少女雀士と言えば、最近通っているメイド喫茶で中一の時打ったあの先輩……あー!よく見れば本人じゃないか!
くっ、俺としたことが!こんな美少女を見落とすなんて!何たる不覚!
「ええ、お久しぶりです竹井先輩。……約束通り、清澄高校に来ました」
「覚えててくれたんだ……うん、よし!黒羽君も今日から麻雀部ね!」
おい、そんな約束はしていないぞ。
しかし、これはこれでいいか。喜びを露わに勢いよく抱き着いてきた先輩のおもちを顔に確かに感じながら、にやけを必死に抑えていた。だが、そんな俺を(無情にも)引き離す力強い手によって再び椅子が左の方に回転する。
そこにいたのはこちらをじっと見つめるこれまた美少女。上気した頬に上目使い、そして高一とは思えない程の大きいもの。うおー!やっぱりこの世界の雀士は美人が多いな!何処か既視感を覚えながらも心の中のアルバムに保存。
「あ、あの、ユウくんですよね。私阿知賀の麻雀倶楽部にいた原村和です!」
「え……あの時の和ちゃん?」
「はい、お久しぶりです」
ぺこりとわざわざ立って挨拶してくれる原村和さん、もとい和ちゃん。何とあの日本全国武者修行の一環で訪れた麻雀倶楽部にいたちびっこ(同い年だが)の一人だった。嘘だろ……何をどうしたらその大きさになるんだ……
だが、よく見ればおぼろげな記憶と一致してくる。育ちの良さそうな雰囲気とか、オカルト信じ無さそうなところとか。
「うん、久しぶり和ちゃん」
そう何とか言葉をひねり出せば、目の前の彼女は嬉しそうに微笑んだ。ぐおっ……美少女スマイルは正面からだと眩しすぎる!フード深くかぶっていて良かった、本当に。
何か微妙に湿っぽい雰囲気になったところ、竹井先輩が俺の自己紹介を促すという形で収めてくれた。流石は学生のトップに立っているお人!マジリスペクトっす!と心の中で精一杯の拍手と称賛を送った。
「改めまして、一年の黒羽悠斗です。竹井先輩と前々から麻雀部に入る約束をしていて、このたび入部させていただく形となりました。至らぬ身ではありますが、全力を尽くす所存です。宜しくお願いします」
前ではキョドっていただろう状況だが、それは気合いでカバー。何とか形だけでも整って良かった。
「久しぶり、という程ではないかのう。知ってるかとは思うが、二年の染谷まこじゃ。改めてよろしゅう」
くいっと眼鏡を押し上げながら、自己紹介してくれる染谷先輩。だが、彼女とはもう知り合いである。俺が竹井先輩とあったのも、最近足しげく通っているのも彼女の家が経営する喫茶店だ。お目当て?そりゃあ、美人雀士一択でしょ!加えてメイド服で接待する日もあるから、一日過ごすこともあるぐらいだ。
「一年の片岡優希だじぇ!宜しくな、クロ!」
朗らかな笑顔で犬の名前みたいなあだ名を一瞬でつけられた。見事までのロリ体型……これは一部の大きなお兄さんに大受けだろう。残念ながら、俺は美幼女に興味ないので。
「原村和です。改めて宜しくお願いしますね、ユウくん」
でかい、以上。……ではなく、柔らかい笑みを向けるのは昔なじみの和ちゃん。おおきくなったなあと父親のような感想が思い浮かんだ。それでも優しそうな雰囲気とか、育ちの良さを匂わせる言葉づかいとかは変わってなくて、何だか懐かしい。
「い、一年の宮永咲です。……よろしくお願いします!」
「宮永?」
「えっ、どうかしましたか?」
先ほど泣かしそうになった美少女の苗字は何処か聞き覚えがあった。記憶の糸を辿るように美少女アルバムをめくる。そう、あれは東京の秋葉原に遊びに行ったとき……メイド雀荘に美少女雀士を探しに行き、その途中でぼこぼこにした雀士の中に似たような名前があったような。
ゆうこちゃん?違う。あきちゃん、も違うし……そうだ、照、宮永照さんだ!
その名を思い出した途端、目の前の彼女と照さんがかぶる。雰囲気もどことなく似ているし、案外姉妹とかだったりして。まあ、今度機会があったら聞いてみよう。
「同じく一年の須賀京太郎って、もう知ってるよな。これからよろしくな、ユウ!」
そう言って肩を組んできたのはクラスメイトの須賀京太郎だ。クラスで一人ぽちぽち麻雀していた俺に話しかけてくれた、気さくで明るい良い奴だ。麻雀は素人らしいが、その悩み俺も分かる!と何となく意気投合して、今に至る。そりゃそうだ、麻雀が強いのは黒羽君(体)であって俺ではない。
「さて、私が最後ね。竹井久、三年で麻雀部部長と学生議会長をやっています。これからよろしくね、悠斗君」
すっと手を差し出してくれる竹井先輩。にっこりと笑う顔がこれまた可愛い美少女雀士。染谷先輩の喫茶店では何度か打っているが、学校で会うのは始めてだった。だが、この人の打ち方はえげつないって常連のおっちゃんが嘆いているを俺は知っている。
まあ、何がえげつないのかも分からないけど!
それに俺とはもう打ちたくないってその後おっちゃんに言われたし。仕方ないよ、この体めっちゃ麻雀強いからね。もう何人も(麻雀で)泣かせてきた罪な少年だしね。
「宜しくお願いします」
「さて、それじゃあ清澄高校麻雀部全国に向けて始動よ!」
おー!と威勢のいい掛け声が部室の中に響く。一応心の中では叫んでいたが、恥ずかしくて口には出せなかった。いや、だって俺もう中はおっさんだし。今更学生のノリに付き合うなんて、恥ずかしすぎる。でも、まあこんな雰囲気も――
「悪くないかな」
自然と笑みがもれた。それに、全国に行けばさらに美少女に会えるかもしれない。そう考えると燃えてきた。うおお!全国大会にいくぞぉ!そして、この心のアルバムに美少女たちを記録するんだ!
そう、美少女ウォッチングは最早俺の生き甲斐。息を吸うのと同じように美少女を探し、記憶するのだ。この熱い思いを止めることは何人も出来ない!
……ん?メールがいっぱい来てる。誰からだろう。
◇◇◇
その頃、とある女子高麻雀部では黒い帽子の少女が嬉しそうに携帯とにらめっこしていた。
「えへへー」
「トヨネ、キゲンイイ!」
「何か良い事あったの?」
傍にいた留学生がさらさらとボードにご機嫌な絵を描く。ダルそうにソファーに座っていた少女も顔だけ向け、麻雀卓に座り眼鏡を拭いていた女子生徒がずばっと話を切り出した。あまりの幸せっぷりに何となく話を切り出しづらかったのが、流石部長である。
「うん。あのねーユウ君にね、この前皆で遊んだ写真送ったら私服かわいいねーって褒めてくれたのー」
えへへと笑う姿は恋する乙女そのもの。だが、彼女から出た名前が問題だった。ユウ、豊音からそうやって呼ばれている異性を彼女たちは一人しか思い浮かぶことが出来ない。
「……ユウって相変わらずだよね……ダルい……」
「だね。それにそうやってまた向こうでも無自覚にフラグ乱立してるのかしら……」
はあと思わず二人の口からため息がもれる。この麻雀部に何度も足を運んでくれた少年は、麻雀の腕も性格も良かったが、ただ一つ向けられる好意には鈍かった。それでいて女心を分かったかのように、褒めるから心臓に悪い。きっと今いる場所でも無自覚で女子にフラグを建てているに違いなかった。
「何だか、腹立ってきた。シロ、豊音、エイスリン麻雀しよ。胡桃は牌譜とってくれる?」
「賛成」
「えへへー頑張るよ!」
「ハイ!ワタシモ!」
「りょーかい!」
岩手県宮守女子麻雀部は今日も平常運転であった。
調子に乗って二話目。でも短編連作という形で逃げ道を作るスタイル。
これはもう美味しいところだけ書くかもしれません。