22層。アインクラッドの中で唯一のエネミーのいない層。緑豊かで草原から森林、湖がいくつかあり、NPCが静かに暮らす村が数か所存在する。
この層の一番奥にある湖のほとり。そのほとりに建つ一軒の家をオキとシリカは目指していた。
「相変わらず静かな場所だな。」
「そうですねー。」
「きゅる。」
ピナもいつもより高く広く飛び回っている。誰が見てもうれしそうだ。
「はは。嬉しそうだ。…ん。湖が見えてきたな。」
少し小高い丘の林を抜け、目的地となる湖が坂の下に見える。
「うっし。あそこまで競争だ! よーいドン!」
「あ! ずるいです! まってくださーい!」
オキの声で始まった唐突な競争。卑怯にも自分のタイミングで言ったオキは大きくリードした。遅れて反応したシリカはそれを追う。とはいえ、本気で走っているわけではない。半ば追いかけっこのように笑いながら走っている。
「まーてー!」
「だははは。まてるかー!」
下り坂を駆け、道が草原になった。オキはシリカに追いつかれ、坂を下った勢いでそのまま併走する形で走っている。
「このままゴールです!」
「させねーよ! こんにゃろ!」
「っきゃぁ!?」
シリカの肩を勢いよく引き、自分の身体の上に乗るように横へと倒れた。ごろごろとお互いに転がり、最後にはオキが下になり、シリカはオキの身体の上に抱き着く形で止まった。
「はあ…はぁ…もー。オキさん! びっくりするじゃないですか!」
「はっはっは。これでシリカはゴールできまい! おそれいったかー!」
「もう…ふふふ。」
はぁと息を整え、そのままオキの胸の上に顔を下すシリカ。オキはそのシリカの頭を撫でながら空を眺めた。
風の音だけが聞こえる静かな湖のほとり。お互いにお互いの感触を感じながらゆっくりと顔を近づけようとした。その瞬間だった。
「パパー! ママー! こっちですよー!」
あと少しのところで聞いたことのある少女の声と走ってくる音。そしてその後に続く声がオキ達の邪魔をした。
「ユイーそんなに走ると転ぶぞー!」
「おねーちゃんまってー! って…あれ? オキとシリカの反応?」
「え? 二人がいるの?」
バタバタ起き上がり、草を体から払う二人の目の前にキリトファミリーが現れた。
「オキさん…それにシリカちゃんも?」
大きなバケットをもったアスナが最後に現れた。見た感じピクニックのようだ。
「みんな…なんだ? 家族でピクニックか?」
「ああ。オキさんは何でここに?」
「ふふふ。お父さん。二人の邪魔、しちゃったみたい。」
シリカは顔が赤い上に体のあちこちに草がついている。オキは平常を保っているように見えるが、草が払いきれていない。
「…察しろ。」
そしてこの一言だ。『同じ事』をやったことのあるキリトとアスナはそれを理解し苦笑するしかなかった。
「あ、あはは…。」
「あ、えっと…。」
「?」
分かっていないのは純粋な少女ユイだけであった。
「家族でピクニックか。いいねぇ。家族サービス。この場所が死のゲームじゃなく、現実世界だったら完璧だったんだがな。」
トレジャーシートを敷いて、キリト達のピクニックにお邪魔したオキとシリカ。
最後の日というのもあり、キリトは家族全員でピクニックをすることにしたようだ。
「まぁ…な。ユイやストレアのデータは現実の方にあるとはいえ、こうして家族そろって手をつないで出かけることはもうないだろうと思ってね。」
キリトの言葉にさみしそうな顔をするアスナ。
「そうだな。そういうのは大事だな。」
少しだけ離れてオキはタバコに火を付けた。ちゃんと風下にいるのもエチケットだ。
「ところで、二人は今日、なぜここに?」
ストレアが首をかしげて質問してきた。そうだとオキは手をたたいて本題に入った。
「キリト。アスナ、ユイちゃん。ストレア。今までありがとう。こうして100層を目前にまで来れたのもみんなが協力してくれたからだ。他にも日常が楽しくて仕方ないくらい、退屈の無い日々だったのもみんなのおかげだ。ありがとう。」
オキとシリカは同時に頭を下げた。
「いいって…そんな。」
「そうよ。二人とも頭をあげて。」
少しだけ恥ずかしがりながらキリトとアスナは二人の頭を上げさせた。
「思えば…最初に会ったのはキリトとクラインだったんだよな。」
「そうだね。初めはただのVR初心者だと思っていたのが、まさか戦闘に特化した人だったなんてね。思いもよらなかったよ。」
思い返すキリトとクラインとの初遭遇。
「そういえば、オキさんって私たちから見れば宇宙人…なのよね? キリト君、歴史的瞬間の未知との遭遇ってやつじゃない?」
「あー。確かに。」
姿かたちは人間と全く一緒だ。構造やその他もろもろも一緒であり、違いはフォトンを扱う能力があるという一点のみ。
「アークスは人間と違いはないからな。人がフォトンを扱う能力を持った。それがアークスだから、わからないのも仕方ないだろう。俺がデューマンやニューマン、キャストだったら別だったがな。」
アークスには4種類の人種がいる。人のヒューマン。耳の長い、こちらの世界で言うエルフと同じような容姿を持つ特にフォトンの扱いに長けたニューマン。機械の身体を持ったキャスト。そして最近になって出てきた新たな人種、デューマン。彼らには角のようなものが額から出ているのが特徴だ。
「以前説明してくれたアークスの人たちだったよね。」
「まぁな。俺は人ベースだから特にお前らとなんら変わりもない。一般の人と子を生したってのもよくある話だし。むしろ、スレアの人たちの構造がヒューマンと全く変わりがないことが驚きだよ。いろんな星を見てきたけど、ここまで告示しているのも珍しい。」
タバコの火を消して、美味しそうなサンドイッチを見たオキはじっとそれを見つめた。
「あ、えっと、食べますか?」
アスナの声にはっと我に返ったオキはゆっくり首を横に振った。
「いや、そこまでお邪魔する気はない。そろそろほかの場所にもいかねーとな。シリカ。」
「はい! それではキリトさん、アスナさん。ユイちゃん、ストレアさん。また、明日。」
シリカの言葉に4人は同時にうなずいた。明日の決戦。負けるわけにはいかないという意思が二人に伝わってきた。
一度、結晶でポータルへと戻ったオキは50層を選択した。
「あれ? 先に上に行きますか?」
「次は42層を選ぶと思ったか? いや、あそこは最後にしようと思ってな。」
オキが向かった先は彼女の所だ。50層にいるNPC、レティシア。2層分とはいえ、一緒に旅をして一緒に戦った思入れのある相手だというのはNPCだろうがなんだろうが変わらない。
50層へたどり着いたオキとシリカは早速城へと向かった。国を救ったオキ達は城の中を自由に探索できる。城門の兵士に挨拶をして、中へと入り、レティシアを探した。
「おお光の騎士よ! よくぞ来てくれた。」
「お久しぶりです王。レティシアに挨拶をと思いまして。」
ふむと微笑んだ王は兵の一人を向かわせたレティシアを呼んでくれるらしい。
「そなた達には、何度も言うがこの国を救ってくれた恩人だ。本当に感謝している。」
毎回聞く言葉だ。さすがのオキも慣れてしまった。
「いえ、これが私の使命ですから。」
「そうか。して、風のうわさで聞いたのだが、聞いてもよいかな?」
「なんでしょうか。」
王から質問してくるのは珍しい。まだ終わっていないクエストでもあるのだろうかとおもった直後に思ったことがあった。
『やばい。完全にSAOのゲーム感覚になってる。もう少しで終わるからできるだけそういう考えはやめないと。』
2年も同じ考えで動いているとどうしてもクエストやフラグだの考えてしまう思考になっていたオキは頭を冷やすことにした。
「そなたらが闇の勢力を追い詰めたと聞いてな。」
100層にたどり着いたという話だろうか。すべての層がリンクしているという話は設定であるときいたことがあるが本当だったのだなと今更になってしるオキだった。
「ええ。明日、最終決戦を行います。もうここにも来れないでしょう。なので、最後のあいさつをしに来た次第です。」
「なるほど。そうか。…武運を祈っているぞ。」
「ありがとうございます。」
そうしている中、レティシアが王の間に入ってきた。
「おお! オキにシリカではないか!」
王からは自由にと言われ、客間に案内された。レティシアは以前と変わりなく、騎士の甲冑を着ている。
「…そうか。最後の戦いに出るのか。」
レティシアには最後の決戦の話をした。自分が参加できないのが悔しいとも言っていた。
「だから最後に世話になった人たちに挨拶をと思ってね。もう会うこともないと思う。だから元気で。」
「ああ。そなたら二人にはいろんなものを与えてもらった。それらを守れるよう、こちらも全力で守るとしよう。オキ、シリカ。絶対に負けるなよ。」
「はい。」
「任せておけ。」
力強い握手を交わしたオキとシリカは50層を後にし、もう一つ上の層、51層の中心を目指した。
淡い青色に染まった大きな海のある層の拠点、そこにはドラゴンナイツ・ブリゲイドのギルド拠点があるからだ。
「うっす。リンドいる?」
「オキさん! わざわざお越しいただきありがとうございます。こちらへどうぞ。」
拠点内は洋風の建屋になっており、豪華な装飾がなされている。騎士の姿にはなぜか似合うと思った。
「オキ君か。ようこそ。どうぞおかけに。」
リンドは明日の準備を整えていたようで、拠点内の武器庫にいた。一度移動し、客室で話をした。
「ああ、そうだ。…。頼んだよ。」
「承知いたしました。ではごゆるりとおくつろぎください。」
深々と頭を下げて客室を出て行った一人の女性。オキやシリカは見たことがあまりない。
「彼女は?」
「ん? ああ。わたしや戦闘部隊が出ている最中この拠点がお留守になっていろいろ回らなくなる時があってね。その時に事務的な仕事を任せれる人を募集してね、何人か来てくれた人の一人さ。主に私の身の回りの関係をお願いしている。つまりサブリーダー的存在だ。」
さっと見た感じだったが、金髪で髪の毛を後ろに束ね、綺麗に整った顔立ちだった。騎士の格好を見る限り、女騎士としての見た目はレティシアにも負けないだろう。
「見た目だけじゃなく、強さもそこそこ強い。本当は戦闘部隊に入れたいのだがね。彼女の強い要望からまとめ関係をお願いしている。おかげでいつも頭が上がらない。ちなみに私の妻だ。」
最後の一言にオキとシリカはきょとんとしてしまった。なにやらものすごいことを聞いた気がする。
「すまん。…なんだって?」
「彼女は私の妻だ。ま、ゲーム内だけだがな。」
「あ、えっと。おめでとうございます。」
いつの間に結婚していたのだろうか。そのようなそぶりは一切なかった。
「ありがとう。ただ、彼女は恥ずかしがりやでね。あまり騒ぎ立てないでほしい。頼むよ。」
軽くウィンクするリンド。オキとシリカはぽかんとするほかなかった。
「…さて、今日は何用かな? 明日の話かい?」
ああそうだとオキは本題を伝えた。今までの感謝を。そして明日もよろしくと。
「なるほど。夫婦そろって仲のいいことだ。うん。わたしはいいと思うぞ。そうだな。感謝、か。オキ君が感謝を述べるなら、私は言葉だけでは足りないだろう。それくらい、我々は君たちイレギュラーズ、アークスの面々には助けをもらってきた。この地獄のような場所を這い上がらせてくれた君たちには恩を返したいが返せないくらいだ。今はこれだけで勘弁してほしい。」
そういってリンドは頭をテーブルにあたるくらい下げた。
「いいって。もう何回目だこれっていうくらいほかのメンバーにも頭を下げられた。気持ちだけで十分だよ。別に見返りなんてほしいとも思ってないしな。どちらかというと、強いやつと戦って面白かったという自己満足って感じだし。それに、ねぇ。」
シリカをみてオキは微笑んだ。
「はい。皆さんの協力があってこそ、ここまで来れました。まぁ、これも何度もオキさんが言ってる言葉ですが。」
たははと苦笑するシリカを見て、リンドはオキの顔を見た。
「そうか。ありがとう。」
リンドは一言だけそういった。
拠点の入り口にてリンドのお見送りのもと、オキはその場を後にしようとした。
「もう少しゆっくりしてもらっても構わなかったんだがな。」
「まだ身内に挨拶してねーしな。」
「そうか。おい。」
リンドが声をかけると、騎士たちがその場に集まった。
「今、拠点内にいるメンバーを集めた。クエストに言っているメンバーについてはご了承願いたい。」
リンドが何をしようとしているのかがオキには理解が出来た。彼なりの忠義だ。
「構わんよ。別に。」
「ん。では諸君!」
ザッ! ガシャ!
騎士たちが一斉に剣を抜き、地面へと突いた。皆が同じポーズをとっている。
「我ら、ドラゴンナイツ・ブリゲイド。明日の決戦、決死の覚悟で臨む覚悟なり! 我ら、全員の命! 自由に使いたまえ! 我ら全員、盾となり、すべてを守る力なり!」
「「「おおおおーーーー!!!」」」
その場に騎士たちの声が響いた。中には女性もいる。彼の声に合わせて、覚悟を示してくれたのだ。
「わかった。諸君らの命、私が預かる。明日は、絶対に勝つぞ!」
「「「おおおおーーー!!」」」
オキの言葉に気合の入るメンバーたち。士気は最高潮であろう。これなら明日は心配ないとオキはリンドとがっちり握手をして、そのばを去った。
42層。いつもの拠点へと戻ってきた。桜の花びらが舞い散る古風な街並み。行きかう人たち全員がオキやシリカに向かって手を振ってきたり頭を下げてきたりする。
「あ、オキさーん!」
「ん?」
声の方を向くと、タケヤとツバキ達が一緒になって出店のお団子を食べていた。
「おう、お前らか。」
「オキさんたちはデートですか?」
「まぁな。後お礼をな。」
お礼?とサクラが首をかしげた。
「今までお世話になった人達にお礼を言いに各所を回ってるんです。」
「お前たちにも世話になったな。ありがとう。」
オキが頭を下げる。それをみて4人は照れた
「いいですって。そんな…。」
「そうよ。みんな一緒だったからだし。ねぇ。」
「そうだねー。みんなで頑張ったからだもんねー。」
「ああ。だからオキさん。礼なんていいっすよ。一言、俺達にはこう言ってくれればいいです。」
オキがタケヤの目を見た。それは覚悟ある、男の目だ。
「『必ず勝つぞ。気合入れろ。』って。」
へへと笑うタケヤに、一緒に微笑むツバキやレン、サクラ。
「そういえば。オキさん。エギルさんの所がすごいことになってるの、知ってます?」
「エギルのところ?」
ガヤガヤガヤガヤ
エギルの店はものすごい人だかりとなっていた。それをてきぱきとこなしていくエギルに、手伝いをしているリズとアリスがいた。
「ちょ…とおしてくれ! すまん! ここの主だ! とおしてくれー! シリカー! はなれるなよー!」
「はーい! わぷ! ぴゃあ!」
おしくら饅頭状態の入り口からようやく裏方へと回れたオキとシリカ。
「あら、あなた達何しに来たの?」
「オキサンにシリカサンデス! ゴキゲンヨウ!」
「おう。お前らか。」
「どう…なって…んだこれ。」
ぜーはーと息を切らしながら状況をリズやアリスに聞いた。明日が最後ということで、倉庫の中身を大安売り大セールしているようだ。
「すまんな。かってに放出して。」
エギルなりの皆へのお疲れ様と感謝の気持らしい。どうせ明日までの物なんだからと思ってやったそうだ。
「別にかまわんよ。俺も同じこと思って…ほれ。こいつらも渡しちまえ。」
オキが稼いできた武器や防具、アイテム関係をエギルへと渡した。
「いいのか。こんなに。」
「その代り、強化アイテム系だけはすべてリズに渡せ。今日の最後にリズに最高状態に持っていってもらう。いいな?」
リズはそれをきいてニカッと笑った。
「ええ。任せなさい!」
「ワタシもオテツダイデス!」
アリスもやる気のようだ。
「エギル。」
「なんだ?」
「ありがとう。」
握手を求め、二人の手ががっしりと合わさる。
「ああ。こんなのでよければ、いつでも任せろ。」
エギルはそう言って再び、アイテム売買の仕事へと戻った。
「リズ、アリス。お前らがいたから武器の調整や改造、管理ができた。いままで、ありがとう。」
「べ、別にいいわよそんな。」
いきなりのお礼の言葉でリズは顔が真っ赤だ。相変わらず素直じゃない。
「フフフ。リズサン顔マッカデス!」
「うっさい!」
「アウ!」
からかったアリスの頭をチョップするリズ。しかし、彼女らの顔は笑顔があった。それを見て、オキは拠点内部へと移動した。
「ん? オキさんか。」
「あら。ごきげんよう。お二人さん。」
ギルド拠点内部の入り口ホールのソファで休んでいたのはコマチとフィーアだ。
「おう。コマッチーこんなところで何やってんの。」
「これあげる。」
いきなりコマチが何かを投げてきた。というかどう見ても槍だ。
「うわっと。いきなりあぶねーなおい。」
隣で苦笑するシリカ。武器の名前を調べるとそこにはこう書かれていた。
「『聖槍、ロンゴミニアド』?」
「ラムダとかディオとかねーから安心しろ。」
「これ…最高ランクのレア武器ですよ…。」
一緒に武器を見ていたシリカが驚いていた。
「どうせだからあちこち回って拾ってきた。はやまんには唐笠仕込み。ミケにはお肉…。」
相変わらずあちこち動き回っていたようだ。
「フィーアさんも一緒? 大変だったでしょう…って今更か。」
「ええ。心配はいらないわ。コマチとの冒険は面白いから。」
ふふふと微笑むフィーア。そして知らん顔のコマチ。
「まったく、相変わらずなやつめ。フィーアさん。こんな不器用な男だけど、よろしくね。」
「ええ。まかされたわ。」
「おい。どういう意味だコラ。」
コマチがにらむがオキは知らん顔してシリカを連れて逃げた。
「まて! おい!」
逃げろや逃げろ。
「お? リーダーじゃないか。」
「こんちゃっすー。」
コマチから逃げた後、ばったりとオールド、センターに出くわした。
「お、オールドの旦那にセンターか。」
「なにやらあちこち動いていたみたいだな。」
「きいたっすよー。リンドさんとこにもいったって。」
噂が回っているようだ。ま、原因はどこかは大体察しがついた。
「まぁな。あんたらにも世話になったしな。礼だ。いままで、ありがとう。」
シリカと一緒に頭を下げる二人。オールドとセンターは短く、それでいて力強く返事を返した。
「「こちらこそ。」」
二人はリズ達の手伝いをしにいくといってその場を離れて行った。離れる際に先ほどのうわさを流している人が会議室にいると言っていたので、シリカ共々会議室を目指した。
「うッス。お二人さん。」
3本ひげの付いた顔を持つ少女がお茶を啜っていた。
「オキ君。お邪魔しているよ。」
「っよ。オキ。」
一緒に座っていたのはアインスとクラインだった。
こんなところでなにやってんのとオキが聞きながら近くに座った。
「いや、わたし達が向こうに帰った後で、どうやってスレアに近づこうと思っていてな。」
クラインが照れくさそうに頭をかいている。どうやらサラの案件で相談していたらしい。
「そこで偶然いた私も一緒にはいって星の情報をすこしでも渡していたわけサ。」
なるほどねぇと思いながら、シリカをみた。
確かにその通りだ。帰って、できるだけ早く、シリカのもとに行かなくてはならない。今は最終決戦の事も大事だが、その後の事も考えなくてはならない。
「?」
じっと見られる事が恥ずかしいのか少し顔を赤くしているシリカはオキが難しい顔をしてこちらを見ているので、不思議に思いながらオキの顔を見ていた。
「ま、なんとかなるさ。」
「っふ。オキ君らしい答えだ。」
オキの事を理解しているアインスはオキの考えていることがある程度分かっている様子だ。口では何とかなると言っているが、頭の中ではいろんな方策を考えている。アインスはそれがどういう結果になろうとも、友であり仲間である彼に全力で支援する事を心の中で思った。
「安心しロ。リーダーたちが何とかしてくれるサ。」
ケラケラと笑うアルゴ。そういえばとオキはアルゴの近くによった。
「アルゴ。あんたにはいろいろ世話になったな。本当に感謝している。アルゴがいなかったら、俺達は情報もなく、途方に暮れていただろう。ありがとう。」
真剣なまなざしでアルゴを見るオキに対し、じっと見つめられ顔を赤くするアルゴ。
「そ、そうだナ! そうだろウ! 俺っちに感謝するとイイ!」
うんとうなずきゆっくりと立ち上がるオキ。
唸るように恥ずかしがっているアルゴを見るのは可愛いと言ったら殴られた。おかしい。何か変なこと言っただろうか。
その後、会議室を後にしたオキとシリカは廊下でフィリアとハシーシュ、それとハナとヒナに出会った。
「あ、オキ。」
「あれ? 出かけたんじゃなかったの?」
オキとシリカは二人に今までの事を話した。
「そう。よかったね。」
「そうね。あ、そうだ。ミケしらない? ミケ。」
フィリアがハナとヒナを見た。どうやら双子が探しているようだ。
「今日はミケさんが見つからないのです。」
「ほんっとどこいったのかしら。」
ぷんすかと音が聞こえるくらい怒っているようだ。
「珍しいな二人が見つけきらないって。」
双子と知り合ってからというもの、ミケは彼女たちのそばから離れたことがほとんどない。
だからこそ急にいなくなった事に違和感を感じた。
「ふむ。急に…か。なるほどな。わかった。ミケに会ったら君たちがさみしがっているのではなく、心配していたと言っておこう。」
「おねがいなのです。」
「頼んだわよ。」
ハナとヒナはバタバタと廊下を走って行ってしまった。
「相変わらず騒がしい双子だな。」
「でも、そこがいいと思う。」
ハシーシュやフィリアは微笑んでいた。
「さって、ミケを探してくるか。シリカ。二人と一緒にいてくれ。ちょっといってくる。フィリア、ハシーシュ。」
「なに?」
「ん。」
「ありがとう。これからも、こんなのだけど、よろしくな。」
軽く3人の頭を撫でた。そう、シリカも一緒にだ。
「あ…。」
「ふふふ。」
「えへへ。」
自分も撫でられたことでシリカ本人にもお礼を言われたことに気づいたが、その時にはすでにオキの姿はない。
「もう。相変わらず、唐突なんですから。」
3人で笑いあった。
「さって、ミケのいそうなところは双子があらかた探しているだろうが。」
オキは42層の街のはずれ。猫のたまり場という噂の場所に来ていた。細い迷路のような道を歩き、ちょっとだけ開けた建屋の間にある小さな空き地。
ここを知っているプレイヤーは殆どいない。シリカやフィリア達ですら知らないだろう。なぜオキが知っているか。それはここにいるのがミケだからだ。
「すかー…。すかー…。」
やっぱりねてた。猫たちに囲まれ、丸くなって積まれた木材の上に布地を敷いて寝ている。
ガサ
オキの足音が周囲に響く。その音でミケがゆっくりと目を開いた。
「なんのようなのだー。ふぁーーー。ミケが昼寝しているところを邪魔するとはいい度胸なのだ。」
「俺だ。邪魔して悪かったな。双子が心配してたぞ。急にいなくなってってな。」
ミケはその言葉を聞いて少しだけ目を細めた。
「そうなのかー。わかったのだー。後で謝っておくのだー。」
「で? どうだった? 二人と離れて昼寝した感想は。」
ミケは目を閉じて、少しだけ考えた。
「んー。よくわからないのだ。」
「そうか。」
相変わらず読めない奴。だが、もしかしたら、ミケに彼女たちを想う心があったなら、寂しいと思ったのではないだろうか。
「ジー。オキからいい匂いがするのだ。よこすのだ!」
「うお!? おめーよくわかったなこの匂い! おい! こら! やめろ! あげるから!」
やっぱりよくわからん。あ、取られた。おれのフランクフルトー!
…。
近くでプレイヤーの反応にオキとミケが動いた。
「誰だ。いけ、ミケ。」
「いやなのだ。」
指示したのに断られたことによりズルっと滑るオキ。ご飯を食べるのに夢中なのだろう。仕方がないので、こちらで対応することにした。
「…。」
逃げようとしたのは多分男。肩幅や背格好からみてそうだろうとオキは予想した。
「にがさねーっぜ!」
紅き魔槍を手にとり、男の真正面に投げつけた。
「おらあああ!」
ドス!
地面に突き刺さった槍をどかそうとする男の肩をつかんだオキ。
「さーて。捕まえた。なぜにげようとしたか。おしえてもらおうか?」
「…っふ。捕まってしまったか。」
モアイの仮面をつけた男が手を上げながらゆっくりとこちらを向いた。
センター、ではない。
「お前は・・・。」
「謎のモアイ仮面とだけ言っておこう。」
どこからどう見ても100層にいるはずの男である。
「なにやってんの。旦那ぁ。」
「私はモアイ仮面だ。断じてヒースクリフではない。」
いってねーし。自分から白状したし。
はぁとため息を突いて、タバコに火をつけるオキ。
「で? 何しに来たの?」
「なに。君たちの状態を確認しようと思ってね。」
寂しいのだろうか。どことなくそんな感じを出していた。
「安心しろ。明日、上る。必ずこのゲームを終わらせてやるから。」
「そうか。楽しみだ。」
ふふふと微笑みながら遠ざかろうとする仮面男。
「おい。」
「何かね?」
「終わったら。聞きたいことがある。答え、用意しとけよ。」
「っふ。了解した。」
そう言って路地裏へと消えていった仮面の男。
「はぁ。まったく。ラスボスがこんなところで敵の心配してんじゃねーよ。」
空を見ると、赤く染まっていた。気が付けば夕方になっていた。
「やっべ、シリカ達とご飯食べるんだった。戻らねーと。」
ミケはと後ろを振り向くと既にいない。相変わらずの野良猫である。
そういって、オキは彼女たちとの夜の話に何を話すかを楽しみにしながら拠点へと戻っていった。
アインクラッド最後の夜。それは各所で大いに盛り上がったという。
みなさまごきげんよう。お待たせいたしました。
最後の夜です。次から最終決戦。1年とちょっと。ほぼ2年のながい期間でようやくここまで来ることができました。皆様の応援のおかげであります。ありがとうございます。
しかしこれはあくまでスタート地点をようやく過ぎたところ。ソードアークス・オンラインはまだまだ続きます。これからもよろしくお願いします。
では次回、最終決戦でお会いしましょう。