「おおお!!」
「やあぁぁぁ!!」
キリトやシリカをはじめ、白銀の甲冑を身にまとった4本足の巨体エネミーを囲んでプレイヤー達が激戦を繰り広げていた。
HPが高く、防御力もある『ザ・ゲート・キーパー』。90層以降出てきた大型エネミー種。対策は打ちやすく、そこまで強くもない。耐久性が高いだけだ。
HPゲージを2本ほど削りきったところでキリトやディアベル達からの提案でオキ、ハヤマらは後方に下がり傍観している状態となっていた。
「お、今の切り替えし。さすがキリトだ。」
「ふむ。あいての剣を弾き、そのまま真上から攻撃されるように誘導。誘導通りに真上からの攻撃を懐に潜り込んでからSS。そして直後にアスナ君とのスイッチ。この分では、我々はいらなさそうだな。」
「せやな。見てる分でも面白いけど。…おーい! 今の攻撃でHP削られた奴! こっちこんかー!」
『ザ・ゲート・キーパー』の巨大な剣が振り回され、逃げ遅れた数名のプレイヤーがもろに喰らっていた。
イタタと言いながらこっちにくるアリスとハシーシュにポーションを配るオキ。
「あまり無理すんな。」
「はーい。」
「はいデス。」
不満そうな声で返事をする二人だが、すぐさま噴出して笑い出す。気持ち的には余裕がある方だ。ちょっと余裕がありすぎな気もするが。
そんなことを思いながらふと隣を見ると、同じようにポーションを分けて自分のチームメンバーに渡しているアインスの姿を見た。
ヒョウカが嬉しそうにポーションを受け取っている。
「ん? どうした?」
じっと見ていたオキの視線に気づいたアインスは再びボスへと向かっていくメンバーを見守りながら聞いた。
「いんや。なんでも。」
オキはタバコを咥え、同じくボスへと向かっていくアリスとハシーシュに軽く手を振って火をつけた。
「ふぅ…。」
「お疲れ様でした。オキさん。」
シリカに火を付けてもらい、タバコを軽く蒸かした。99層のボス戦は問題なく終わった。結局形態変化もより硬くなる程度で、問題視することはなかった。
オキたちは一度解散。明日一日を最後に自由に動ける日として明後日の正午。100層の扉を開くことに決め、解散したのだ。
お祭りをまた開くのかとディアベルに聞いたが
『それだと自由に動けないだろう。せっかくだ。SAO最後の1日。皆自由に動けるようにしてやろう。』
と、言っていた。この情報はアルゴをはじめとする情報屋経由でアインクラッドの各層にて過ごしているプレイヤー全員にいきわたることになっている。
「ああ、お疲れ様。」
オキはシリカの頭を撫でた。
「お茶、いれてきた。」
「お菓子もあるよん。」
パジャマ姿のハシーシュとフィリアがお茶とお茶請けを運んできた。
「お風呂あいた。どっちか入る?」
お風呂上りで髪の毛がまだ湿っているハシーシュがこちらを見た。入れと申すか。
「いいよ。シリカ、先はいりな。」
「いえ、少しやることがあるのでオキさん先にどうぞ。」
む、そうか。なら仕方ないな。タバコに火をつけたばかりだが、自分も早く体にお湯を流したい気持ちであった為、すぐに立ち上がり離れ専用の風呂へと向かった。
ザバァー
「あぁー。身にしみるー。」
温泉かけ流しで24時間入れる完璧な風呂。離れ専用で母屋の風呂場よりも断然小さいが、3,4人程度なら軽く入れる檜風呂。しかも露天風呂。
身体に一度お湯をかけ、中へと行く入ったオキはほんのりとちょうど良い温度に温まりながら夜空を見上げた。
街の音が小さく響いている。オキはこの空を見上げるのも残り二回となった事を改めて思い返した。
「長い2年だったな。いやはや、帰ったらやらなきゃならねーこと山済みだ…な? ん? 誰か…シリカ?」
脱衣所に人の気配がしてそちらを見てみるとシリカがいる様だった。普段ならお互いに入る前に相手に言ってから入る。しかも今回はシリカが先に入ってと言った。知らないわけがない。ともあれ、シリカがそこにいるのは事実だ。脱衣所への扉にはシリカのシルエットだと思われる影も見えた。
「どうしたー? なんかあったかー?」
「っぴぃ!」
ものすごい声を出しながらシリカの影が震えた。そして扉があいた。
「…シリカ!?」
「あの…えっと…お背中を流して差し上げようかと…。」
タオル一枚…いや水着でも来ているのだろう。うん。多分。少なくともこちらから見えるのはタオル一枚を体に纏わせただけのシリカがゆっくりと湯気の中を歩いてこちらに近づいた。
「その…そんなに見られると…。恥ずかしい…です。」
「おっと、わりぃ。」
ぽけーっとシリカの姿を見ていたオキは、はっと気づいてすぐさまシリカに背を向けた。
「あの、嫌なら…いいのですけど。」
すごく震えた声をしている。勇気を出してここまで来てくれたのだろう。正直俺も恥ずかしいが、それを無下にするつもりもないし、添え膳食わぬがなんとやらだ。せっかくだから甘えよう。
「あ、いや、そのびっくりしてな。そうだな。お願いしよう。」
一応オキも前をタオルで隠し、シャワーのある場所へと歩いた。
「よっと…。こ、これでいいか?」
「はい。では失礼します。」
風呂椅子に座ったオキの後ろに跪き、優しくゆっくりとオキの背中を洗い出した。
『…この感触。素手?』
やんわりとした吸い付いてくる感じの柔らかい掌を背中で感じ取った。
「その…どう、ですか。」
「…うん。暖かい。」
「…! はい。ありがとうございます!」
しゃべり方で彼女が笑顔になっているのが背中越しでもわかる。
マッサージ感覚で彼女の掌をゆっくりと味わった。
「…はい。その、えっと…前も…。」
「前はいいよ。前は。っな? ほら、シリカも冷めちまう。湯につかろう。」
「え? は、はい!」
前はやばい。いろいろやばい。ここの温泉が濁り湯でよかった。じゃないと今の状態は見られるとやばい。
「ふぅ…。」
「はぁ…。」
二人してようやく落ち着いた声でため息をした。濁り湯だからほとんど見えないのだ。
「…なぁシリカ。いきなりどうした? いや、そりゃうれしいけど。いきなりはびっくりだぜ。」
オキの言葉を聞いてタハハと照れくさそうに笑ったシリカは事情を話した。
「その、実はハシーシュさんやフィリアさんたちに押されちゃいまして。」
「もう後二日しかないんだよ! シリカちゃん!」
「私たちは気にしなくていい。」
「え、えーと。なんの話でしょう。」
99層攻略後、オキ達が99層での反省会を行っている最中の話だ。
シリカ、ハシーシュ、フィリアで話が盛り上がっていた。99層を終え、数少ない時間でオキとの関係をもう一歩ならず最後までと言ってくるハシーシュやフィリアに対し、しり込みするシリカ。そりゃそうだ。最後と言えばもちろんそういう行為をするという意味である。
「SAOが終わったら会いに来るとは言ってたけど、いつ来るかわからないし、最悪会えない可能性もある。」
「オキは嘘つかない。でも、それがいつになるか、わからない。」
二人はつまりさみしい思いをする前に思い出を作っておけと言っているのだ。
「う、うーん…。」
本当にそれでいいのか。シリカはオキが嫌いなわけではない。むしろ完全に惚れている。今後、SAOが終わりオキ無しの生活がさみしくて仕方がない状態になるのはわかりきっている。
「ハシーシュさん。フィリアさん。わたしは、急ぐ必要はないと思います。」
「「でも!!」」
二人ではもる声。シリカは首をかしげているピナの首元をくすぐりながら二人へ言った。
「多分、私はオキさんを求めたら、止まらなくなると思います。SAOが終わって、そんな状態でオキさんを待つのは嫌です。だから待ちます。オキさんが…迎えに来るまで。」
「そんなことがあったんかい。」
湯船の中で寄り添う二人。肩と肩をくっつけてお互いに体重を軽くかけていた。
シリカはフィリアやハシーシュとのやり取りをつまんで説明。オキはシリカがさみしくならないようにと二人が催促をかけた結果だと認識した。
「ま、シリカがそうならそれでいい。結果的に俺が早く…お前を迎えに行けばいいだけだ。まってろ。必ず迎えに行くからな。」
「…はい。」
オキとシリカの唇がゆっくりと近づき一つとなった。
オキは風呂から上がり、沸騰した頭を冷やすべく42層のサクラ街を歩いた。夜中になった今はほとんど人気がない。
だが、その中心。42層にそびえたつ巨大桜の中でも最も大きな一本桜。その桜が生えている転送門広場に人の気配があった。
『こんな夜中に…?』
NPCではない。いったい誰だろうと、近づいてみると、身内だった。
「あら、色男じゃない。」
シンキが広場のど真ん中、桜が一番きれいに見える場所に陣取り、座り込んで酒を飲んでいるではないか。
「シンキ。お前こんなところで何を…って色男?」
「添え膳食わぬが…。相変わらずヘタレね。」
この口ぶり。どうやら見ていたか、どこかで知ったらしい。彼女の場合前者の可能性が高い。
「うっせ。…ふぅ。俺は焦らない主義なの。彼女の気持ちを第一優先に。それが俺の主義だ。」
「でもしっかりキスまでやって、そこから何もなくブラブラと歩いてくるってどうなのかしらね。…ね、隊長ちゃん?」
俺の後ろに目の集点を合わせているシンキ。後ろから聞きなれた声が聞こえてきた。
「さぁてね。俺に聞かれても困る。隣、いいかい? オキ君もどうだい。」
アインスが手に持っていたのは酒瓶だった。アイテム欄からいくつかの銘柄違いを出している。
「味は…すまない。シンキ君の好みを俺は知らないからな。だからいろいろ持ってきた。」
見た感じランクが高いものだ。悪いものはないだろう。しいて言うなら味の問題だ。
「俺も混ざろう。しかしこの場合、シンキが呼んだのか?」
「ええ。せっかくだしとおもってね。」
「明日の最後の夜はチームメンバー全員で軽く宴を開くようだ。そっちをすっぽかすわけにはいかないからね。だから今日にしてもらった。」
そういうこと。と言いながら酒瓶を吟味しているシンキ。気になったやつを開けて、大きめの盃に入れて一気に飲み干した。
「…ん。悪くはないけど。ちょっと口に合わないわね。いいわ。せっかくだし、ちょっとくらい許してねオキちゃん。」
「あ?」
ウィンクしたシンキが空中にゆがみを作り、金色の細長い入れ物と金色の杯を3つ取り出し、オキとアインスに配った。
「これくらいのじゃないとね。わたしは満足しないの。」
「…ほう。これは素晴らしい。」
「おいまて。なに平然と『星の財宝(ゲートオブアルゴル)』使って具現化してるんだよ。」
彼女の力『星の財宝(ゲートオブアルゴル)』。その名の通り星々中の宝が眠っている。理屈はよくわからないが、彼女の持つ不思議で巨大な力の一つだ。
オキは起こりながらもグイッと杯を口に当て、そそがれていた淡い紅色の液体を飲み干した。
その味は今までに飲んだことのないまったりとしつつも淡く、そして刺激的な味をしておりオキやアインスは経験のないものだった。
「これは…くそ。まぁいいか。酒一本くらい大丈夫だろ。武器とか出さない限り。」
「え?」
シンキはにっこりとしながら背中側を強く光らせ空中にたくさんの武具を具現化した。ほんの一部だが見たこともない煌びやかな剣から槍、斧など多種にわたる宝物が見えた。
「コラ。やめい。」
「冗談よ。」
すぐにゲートを閉じた周囲は、ほんのりと光り輝く桜の木の光のみとなり暗くなった。
夜風が静かに流れる感覚を3人は楽しんだ。
「ところで、なんで集まったの?」
オキがちびちびと飲みながらシンキに聞いた。
「だってもう最後なんでしょ? 明日のよるは隊長ちゃんはチームメンバーと宴。オキちゃんはシリカちゃんとお楽しみでしょ? じゃないと今日しかないじゃない。こういう機会。」
「なんでや。まぁその気持ちはわからんでもないが…。」
飲んでた酒を吹き出しそうになった。シンキをみるとにやにやしている。アインスも心なしか微笑んでいた。
「でも…。」
「ん?」
シンキは目を細めて自分の手に持っている杯に目を落とした。
「なかなか退屈しない冒険だったわ。」
「ああ。それは言えるな。」
「だーな。」
お互いの杯をぶつけ合い、笑い合いながら酒を飲み干した。
みなさまごきげんよう。
2月に入り冬の寒さもピークとなった日々、いかがお過ごしでしょうか。
温泉に入って温まりましょう。
さて、とうとう見えた100層の扉。その前にやることやらないとですね。
次回は最後の挨拶回り。アインクラッド中を回ります。
では次回にまたお会いしましょう。