「あ…あんたは…!?」
「HAHAHA。今日はアイツはいねーのか? ようやくゆっくり話が出来そうだな。シスター?」
PoHの言葉にフィリアは顔を赤くして怒鳴り声を上げた。
「な、何言ってるのよ! シスターなんて…!」
「Hey…。女のお前にブラザーなんて言えるか? それとも言ってほしいのか? 言えるわけ無いだろ。」
「…そ、それもそうね。じゃなくて、何であんたの…!」
「同じ、オ・レ・ン・ジ。だろ?」
PoHはフィリアの頭の上に浮かび上がっているオレンジ色のカーソルを指差した。
「違う…私は…。」
「殺してない? いや、お前は殺した。見ものだったぜぇ。あの時はよぉ。お前が馬乗りになって最後に一刺ししたときには…。」
「やめて!」
フィリアはダガーをPoHに向けた。
「おいおい。そんな物騒なモンをこっちに向けるなよ。怖くてブルっちまう。へへ…。」
手を小さく上げてニヤケながらおどけるPoH。
「そんなツンケンせずに、仲良くやろうぜ。仲間なんだからよ。」
「誰が仲間よ! 一緒にしないで!」
「おいおい。同じオレンジが何言ってるんだ。アイツらと一緒だと思っているのか? 違うだろ。あいつらはな、お前を利用してるだけなんだよ。」
「…利用?」
信じたくない。自分を助けるといったあの人の言葉が偽りだなんて思いたくない。フィリアはそう思いつつも片隅では心が揺らいでいるのが自覚できていた。
「あいつらはお前を利用して、アイテムをここから向こうに持ち帰りたいだけなんだよ。分かるだろ? あいつらの目を。表情を。すべて見れば誰だって分かる。」
「違う! あの人は…あの人は…そんな事なんて…。」
『お前を、絶対アインクラッドに戻してやる。』
オキの言葉を思い返した。彼の言った言葉。そして彼の周りの仲間達の言葉。嘘偽りない、不思議な人たち。
フィリアは揺らいでいる心を消し去るように首を振り、再びPoHを睨み返した。
「あんたの言う言葉なんて嘘ばっか。もしオキさん達がうそつきだったとしても、あんたの言葉はもっと信用できない! どっちを選ぶかなんて分かりきったことよ!」
フィリアの言葉に舌を鳴らしたPoH。しかしすぐにまた口元がにやけだした。
「そうかい。そうかい。もったいねぇなぁ…。仲良くできるとおもったのによ。残念だ…。くくく…もう少し楽しみたかったが、そういうならしかたねぇ。」
PoHは包丁を上に投げ、落ちてきた包丁『友切包丁』を再び手に取った。
「イッツ、ショウタ~イム…楽しませてもらうぜ!」
ゾクリとフィリアの背筋が凍った。まるで死神を目の前にしたような感覚。自分を殺す気だ。
「…や、やられるもんか!」
「HAHAHA。さぁどうする!」
フィリアはクルリと後ろを向き、すぐさま走り出した。
『上に行けば、オキさんたちと合流が出来る。階段を見つけて、上に上がって…。』
フィリアは暗い通路を全速力で走った。後ろからはPoHの笑い声が背中に響いた。
どれだけ走っただろうか。どれだけ奴から逃げただろうか。うす暗い通路は一向に階段を見せてくれない。同じような部屋、同じような構造。迷路のようなダンジョンをもう何日も走っているような感覚になっていた。
「どうなってるのよ…。ここ…。」
途中から部屋の一つ一つにどこを走ったかを目印をつけて走っていた。ダガーで付いた傷はあちこちに見える。つまり同じところをぐるぐると走っているのだ。
『アイツの気配は今のところない。でも階段も見当たらない…。どうして…。』
普通なら必ず上か下かに向かう階段があるはずだ。それなのに全く見当たらない。
『そういえば行き止まりも…無い?』
行き止まりに入らないように走っていても注意して進んだはず。だが、どこに行っても同じ部屋にたどり着く。
『もしかして…。』
「でられない。だろ?」
カツン、カツンとゆっくり歩いてくるPoHの足音と、声が響いた。
「HAHAHA。まだまだ楽しませてくれ。さぁ逃げろ。追いかけさせてくれ。鬼ごっこは終わらないぜぇ!」
「ちぃ!」
つかまらないように逃げるだけで精一杯のこのときに、迷宮に入り込んでしまった自分が悔しい。
『どうすれば…どうすれば…!』
走っていくうちに通っていない通路を見つける。ダガーの目印がない。
「こっちには行ってない? …一か八か!」
行き止まりならゲームオーバー。あいつに捕まり好きにされておしまい。だが、少しでも希望は持ちたい。走り抜けると広い部屋へと出た。今までにきたことが無い。だが…。
「行き止まり…?」
部屋には出口が無い。行き止まりの部屋だった。
「戻らなきゃ…いっつ!?」
足に力が入らなくなる。投げナイフが刺さったのだ。
「ち、力が…!?」
「HAHAHA。イッツ、ショウタ~イム。ナイト様はこねぇぜ。絶対にな。ここは完全に隔離されている。逃げ回って無駄だぜぇ。ハハハハ!」
体が麻痺で動かなくなっている。そして奴が言った言葉に希望が無くなった。
「そんな…隔離…された場所…なんて…。」
「そうだぜぇ。そしてお前は…ここで、死ぬ。」
キラリと光る巨大な包丁を持ち、ゆっくりとこちらに近づいてくるPoH。目には涙がたまり、恐怖でいっぱいだった。
「う…うう…。」
「ハハハ! 最高だぜその顔! その顔を見たかったんだ! もっとだ…もっと見せろ! 泣け! 喚け! ククク…。」
PoHが高らかに笑い手を広げた。
ゴオオオ…
赤黒い煙が渦巻き、そこからどこかで見たような色合いの剣、槍をそれぞれ持った翼の生えた2足の鳥人エネミーが現れた。。
「く…くぅ…!?」
「ククク…この力があれば殺し放題だ…。永遠になぁ!」
金と赤と黒色の鳥人エネミーは武器を構えてゆっくりと飛んでくる。その時だ。
「あ…?」
PoHが足に違和感を感じた。足に何かが絡みついた。
暗闇の通路に伸びていたその『ワイヤー』が急に引っ張られ、PoHは地面へと倒れた。
「ぐはっ!? きさまは…!?」
「み~つけた~!」
ゆっくりと、投げたワイヤーを辿って紅い槍を背に口元を歪ませニヤリと笑っているオキがPoHを『捕まえた』。
「オ…キ…さん?」
「やっと見つけたぜ…。おーお。『グル・ソルダ』に『ソルダ・カピタ』か。え? なに? ああ、そこね。」
誰かと話してるのだろうか。いや、多分あのシャオとかいう人だろう。前のエリアでもやってたし。
オキは持ってる槍を投げて壁にあった出っ張りに刺した。すると音を立てて壁が動き、階段が出来たではないか。
「このエリア、一度入ると各箇所にあるボタンを押すと壁が動くんだと。どうせそこで寝転んでるバカがやったんだろ。なぁそうだろ?」
「くくく…ご名答。どうやって知ったかしらねーが…。まさかここまでくるたぁ驚きだ。」
足に絡まったワイヤーを外し、距離をとったPoH。オキはフィリアに近づき、麻痺解除の結晶を使って状態異常を解除してやった。
「最初はいろいろ聞きたいことがあったが…。今は一つだけだ。『お前の中にある力はどこで手に入れた?』」
麻痺が解け、立ち上がったフィリアはオキを見た。今までに見たことが無い眼つき。こちらまで後ずさりしてしまうほどの殺気を出している。一体PoHの中に何があるというのだろうか。
「ククク…。そこまでお見通したぁ驚きだ。この力はいいぜぇ…。何でも出来そうだ。」
PoHの腕から先ほどの赤黒い靄のようなものが出ていた。顔にも同じ色の痣が浮き上がっている。
「どっかの馬鹿か…それとも上にいる奴か…。どちらでもいい。お前はその力を手にしてしまった。俺は…お前を排除しなければならない。」
「出来るものならな。 …あ? 何だ? ぐぐ…おおお!」
PoHの体の周囲に先ほどの赤黒い靄が大量に包んだ。PoHはそれからもがき逃げようとするが、逃げられずに完全に囲まれた。そしてフィリア、オキは見た。
靄がなくなり、中から出てきた巨大な鳥。金と紅色、黒色で体が丸く、尻尾の部分は伸びたり縮んだりして回転のこぎりのようなものが回っている。
「…こりゃぁ、予想してたとおりっちゃぁしてた通りだが。フィリア、この手前の部屋にハヤマんとキリト達が待っている。絶対にこっちにこさせるな。」
「で、でもあなた一人じゃ…!」
オキは再び、ノーブと戦ったときのようにノイズを走らせ、気が付けば2対に分かれた武器を握っていた。
「こんなのに負ける気しねーよ。後ハヤマんに言っといて。『アホ鳥だった。ノーブと同じダーカー因子確認。』って。…いけ!」
その大きな声にフィリアは走り出してしまった。
「絶対に…負けないでよ!」
走りながらオキに向かって叫んだ。
『オオオオ…!』
どうしてこうなったのか。PoHはどうなったのか。フィリアには理解が出来なかった。だが、信じるしかなかった。ここまで単身で助けに来てくれたアークスを。
数時間前の出来事。
『オキ。そちらにキリトとユイを送る。ユイを経由してそこにあると思われるもう一つの管理コンソールを探しだす。その間にフィリア君を探す。』
フィリアを探してまもなく、シャオがいきなり連絡をよこしてきた。
「…なにかいるのか?」
シャオの声色が普段よりも険しい。ここに何かがいるのは感づいていたが、どうやらそれが確定らしい。
『君も感じているだろう? このエリア、ダーカー因子が微粒子レベルで存在している。急に現れたから驚いたけど、その因子の持ち主はフィリア君のすぐそばにいる。急がないと危ない。』
「ちぃ…。どこの誰だか知らないが、やらせはせん。シャオ案内を。キリト、ユイにはハヤマんつけて全力で探させて。」
『もう手配済みさ。オキ、そこを右だ。次に左へ。』
オキはシャオの誘導で下への階段を最短距離で走った。
暫くして、キリトとユイ、そしてハヤマは大空洞エリア内の遺跡のような部屋を走り、コンソールのある場所へとたどり着いた。
「パパ。見つけました。これです。」
「ユイ! パパより前に出るんじゃない。危険だ。」
キリトが心配そうに声をかけるが、『大丈夫です!』といわれ、コンソールを弄りだしたユイの護衛に付いた。
「…ここの情報がすべてありますね。」
『ユイ。オキにもその情報を送るから僕にもくれないか?』
「了解です。シャオさん。」
白い狭い部屋でハヤマは入り口を、キリトがユイのすぐそばで守りながら周囲を警戒した。
「これは…そういうことだったんですね。シャオさん!」
『分かってる。すぐにオキに連絡を入れるよ。』
場面は変わり、オキは階段を2つ程下りていた。内容を入りながら聞いたオキは驚いた。
「何だって!? そういうことか!」
オキが聞いた内容は驚きの事実だった。
時間は戻り、PoHが巨大な鳥に取り込まれ、逃げろといわれたフィリア。
「はぁ…はぁ…。」
「フィリアさん!」
通路を走り、フィリアはハヤマ達と合流した。
「ハヤマさん…それと…。」
「キリトだ。こっちは娘のユイ。」
「ユイです!」
深々と頭を下げた白いワンピースの小さな少女を見て、ようやく力が抜け、腰を下ろした。
「はぁ…。」
「大丈夫ですか!?」
ユイが心配そうにフィリアに近づく。
「大丈夫…ちょっと安心しただけ…。」
「オキさんは奥?」
ハヤマがカタナをいつでも抜ける状態で通路を見ていた。
「オキさんから…伝言。『アホ鳥だった。ノーブと同じダーカー因子確認』。伝えたわよ。」
ハヤマはフィリアの顔を見た後に通路をもう一度にらみつけた。
「アホ鳥か。オキさんのその言葉の意味が正しければ…。ねぇフィリア、相手は丸かった? 金と赤と…。」
「それと黒の紋様。尻尾が長くなったりして回転鋸の刃も付いてたわ。あれが…ダーカーって奴?」
「アポス・ドリオス…。オキさんたちでの通称で『アホ鳥』。ダークファルス【敗者】の眷属にして一番めんどくさい奴。この前のエリアで戦ったあの紅いエネミー、『ノーブ・リンガダール』。アレにもほんの少しだけダーカー因子を確認した。まぁ特に問題視するほどでもなかったくらいの残り香程度だったけど。やっぱり何かあるな。」
ハヤマは通路の前に仁王立ちし、じっと見つめていた。
「ハヤマさん。助けに行かなくて良いんですか?」
キリトが武器を手にして、ハヤマの横に並んだ。
「フィリアさん。オキさんはなんていってフィリアさんをここに?」
「えっと…。」
フィリアは先ほどの事を何とか思い出そうとした。急な展開で頭が混乱しているが何とか思い出せたようだ。
「『絶対にこっちにこさせるな。』よ。」
「だったら信じてここで待つだけ。…フィリアさん。オキさんは『アレ』だしてた?」
アレを指すのが2対のあの武器のことならば。フィリアは頷いた。
「大丈夫。あの人がアレを持ったなら、心配ない。間違いなく負けることは無いさ。」
フィリアは思い返した。紅いエネミー『ノーブ・リンガダール』。入り江エリアのエリアボスだったあのボスを倒すときオキはそれを持っていた。
動き、目つき。全てが槍を持っていたときと違う。素人の目で見ても何度も戦い、死闘を繰り広げていたと分かる動きだった。
実際あのエネミーは何も出来ずに倒れていった。今回の巨大な鳥。あれも二人は知っている。ならば信じて待つほかない。
『ハヤマ。奥にいるね。』
光り輝く小さな人型が現れた。シャオだ。
「うん。いる。感じる。あの『バカ』の力。すごく微量だけど分かる。」
ズズン…ズン
通路の奥から地響きが鳴る。何度か鳴った後、静かになった。
『大丈夫。オキは健在してる。そしてアポス・ドリオス。消滅確認。ダーカー因子も…。僕は戻るね。後よろしく。こっちでもいろいろ調べてみるよ。』
「了解。シャオ、ありがとう。」
光り輝くシャオは消えていった
暫く3人が待っていると、足跡が聞こえてきた。
「よう。皆無事だったな。ゆいちゃん、ありがと。助かった。」
「えへへ。」
オキがユイの頭を撫でると、その場に座り込んだ。
「オキさん!?」
ハヤマが心配そうに肩を持とうとするが、オキは手でそれをとめた。
「大丈夫。久々にあのアホ鳥と戦って疲れちまった。」
「…PoHはどうなったんだ?」
キリトが険しい顔で質問してきた。
「消えたよ。ったく…。ダーカーの力なんざどこで手に入れたのやら。だが、そう簡単に操れる力じゃない。侵食されたのさ。さってフィリア、これからの話は君にも関係ある話だ。聞いてほしい。暫く休憩したらハヤマん達が見つけた場所に移動しよう。そこでゆいちゃん、あれをお願い。」
「了解です。任せてください!」
フィリアの顔をみると一瞬戸惑ったが、決意したのか力強く頷いた。
まず、そもそもこのエリアの正体。それはアインクラッドに実装する武器や防具、スキル等を試験運用するためのデバックエリアだ。
本来ゲームへの実装のために試験運用するのは人間だが、SAOはカーディナルがすべてそれを管理している。
カーディナルはこのエリアにアインクラッドにいる実際の人物をコピー。そしてこのエリアに放ち、AIを組み込ませて実際に試験を行うという仕組みだ。
アインクラッドとホロウエリアは隣り合わせに実在し、偶然にもそのトンネルが開通してしまったところに、これまた偶然居合わせたフィリアが巻き込まれてしまった。
オキのときもそうだ。
フィリアはその時に自分自身とこのホロウエリアで出会ってしまい、混乱したフィリアは誤って自分を攻撃してしまった。その時にこれまた偶然『あの事件』が起きた。
外部からの強制介入によるカーディナルへの過負荷。これにより処理しきれなくなったシステムに異常が起き、フィリアは他人を攻撃したとみなされオレンジカーソルに、そしてさらに自分の『コピー』としてIDステータスを上書きされてしまった為に、このホロウエリアから出れなくなっていたのだ。
「そんな事が…。」
キリトたちが見つけたコンソールにてデータを処理、再びグリーンカーソルへと戻ったフィリアは事情を把握した。
「PoHも…コピーだったんだな。」
キリトがボソリとつぶやいた。
「その通り。だからこっちのを倒しても、本体である『あっち』のPoHはまだ健在。まぁあんな場所に入れられてたら誰も出れねーわな。」
あんな場所とは黒鉄球の奥、監獄エリアの最奥だ。
「問題はPoHがどうやってあの力を手に入れたか。ユイちゃんの調べでも、シャオが調べても分からなかった。だけど分かったことは一つある。」
オキの発言に全員がオキを見る。
「ダークファルスの誰かがここで介入したこと。もしくは介入している可能性が高い。今のところの予想はルーサーがここに来た、もしくはいるって事だけど…。」
「ダークファルスは俺達アークスが認識している奴ら以外にもいる可能性があるということ。」
オキがハヤマの付け足しに頷いた。
「だから『アレ』を使用できるようにしたんだ。」
「そうだったのね…。」
キリトがゆっくり手を上げた。
「さっきから『アレ』って何だ?」
ハヤマとオキ、フィリアが顔を見合わせた。そういえばキリトは『アレ』のことを知らない。
「まぁ楽しみにしとけ。いつか見れるさ。」
「そんなぁ…。」
笑いあう4人。
後にフィリアはアインクラッドへとようやく戻ることが出来た。予断だが、すぐさまお風呂に入りたいといった為、オキはギリド拠点の温泉へと連れて行った。
その時にシンキに偶然出会ってしまい、餌食なったのは別のお話。
皆様ごきげんよう。
今回、ホロウエリアの謎が解明されるお話でした。
以降はホロウエリアの最新部を目指します。
お気に入りも90を超えました。本当にありがとうございます!
これからもよろしくお願いいたします。