このころにはイレギュラーズこと、アークスメンバーはレベル100超えを次々と達成し、プレイヤー達も着々と力をつけていき確実に上へと足を進めた。
「強化クエと?」
珍しい客人が来た。ギルド全体にかかわる事ならともかく、個人的に客としてきたのは片手で数える位だろうか。
「その通りだヨ。タイチョー。」
ずずっと出されたお茶を飲むアルゴ。コトリとテーブルに置くと再び説明を始めた。
「タイチョーの持っている和泉兼定。その完全な姿を取り戻すクエが発生した情報を得たヨ。場所はそれを貰った場所だネ。」
ふむ、と自分のカタナに目を向ける。『兼定』。かの老人から受け取ったある志を貫き通した武人の刀。
偶にその人物の歩んだ歴史を聞くが、やはり心に残る。
「行ってみよう。アルゴ君、ありがとう。」
「久しぶりじゃの。若いの。」
「お久しぶりです。」
以前自分の本気をぶつけ、この刀を預けてくれた人物の元を訪れた。
「なかなかよく使ってくれているようじゃの。」
刀を見るご老体。その眼は優しく、それでいて武人としての眼でみるようにも見えた。
「はい。とても良い刀です。我が身を預けるにふさわしいと。」
うんうんと頷く老人。
「そうじゃのう。見ればわかる。そしてお主がここに来た理由も。」
老人が立ち上がるとついてこいと指示してきた。
「この先にはな。わしがかつて共に歩んできた者たちが眠る場所がある。」
森林を抜けると小さな社のある広場へと出た。
「お主ももう知っている通り、その刀はまだ本当の姿ではない。もしお主がその気があるのであれば。一晩ここで待つが良い。じゃが、命の保証は…できんぞ?」
何かが出るのだろうか。だが、恐れなどない。命を賭け戦ってきたのはいつも一緒だ。この刀の本当の姿が見れるのであれば。賭けるに値するだろう。外の世界で待っている相棒を手にした時のように。
「それに、死ぬつもりもない。」
日が落ち、夜となった社前。静かに座り、周囲にある灯と月明かりのみがあたりを照らす。
社の前で静かに座り、その時を待つ。何かが起きるその時を。
ヒュン…
「…!」
キィン!
誰も周囲に居ないはず。だが、急に誰かが襲ってきた。この感覚は刀だろう。
「誰だ。」
ジャリっと地面を歩く音と共に月明かりに照らされ、闇夜の中から一人の男性が現れた。
「ほう…。今のを防ぐか。」
頭上のカーソルはNPCを示している。あの老人が言っていた事はこの事だったのか。
着物姿で、その上からでもわかるがっしりとしていて尚且つ引き締まった体。整った顔立ち。そして月夜に光る眼を見ればわかった。
『できる…。』
男はふと自分の持っている刀に目を向けた。
「それは…なるほど。そういう事か。そなた、なかなかできる男だな。ふむ、どうだ? 一つ手合せ願えないだろうか。」
刀を構え、にやりと笑っている男。そして握っている刀を見てその男が何者かを把握した。
「…いいでしょう。」
相手の握っている刀。間違いなく『兼定』。つまりこの男は…。
「はぁ!」
男が上段から刀を振り下ろしてくる。それを横に避け、真横に振った。
「ふん!」
キィン!
それは弾かれ、男はそのまま前に出る。
「っぐ!?」
体当たり。そのままはねのけられ体のバランスを崩す。すぐさま体勢を立て直すも目の前にはすでに男の振り下ろす姿。
ギン!
「…やはり、なかなか動けるようだな。」
素早くそれをカタナで受け止める。
「これからです。」
弾き返し、素早く突きを入れる。しかし弾かれ横から切り付けてくる。
ギン!
こちらもそれを刀で受け止め弾く。
切って弾き、また切る。月夜の闇にカタナ同士がぶつかり合い火花を散らす。
『素早い上に押しの力もある。それでいて、フェイントまで!』
男の戦い方は時に大きく、時に細かくと隙が無い。
『強い…。ここまで強いと思った相手は久しぶりか。』
こちらも本気を出している。だが、それでもなお押される。人の身でありながらここまで強いのか。
『生きていた時代で、会ってみたかったものだ。』
今目の前で戦っている男が本当にこの強さだったのならば。いや、実際に強かったと聞く。
ジャリ!
「…目を!?」
「他の事を考えてる暇はないぞ。」
地面の土を足で巻き上げ目くらましに使ってきた。目が見えない。これはまずいな。
ひゅん!
冷静に後ろへと下がり、目に入ったごみを素早く取り除いたために、男からの攻撃は回避できた。
「ほう。戦い慣れてるな。」
「こういう攻撃を受けたのは初めてだが、慌てる事でもない。」
二人してニヤリと笑い、直後に剣を重ねあわせる。
次の一手は。次の次は。相手の動きを予想し、その上を行く。ここまで楽しいと思ったのはいつ以来だろう。
採掘基地防衛戦? 【巨躯】や【敗者】? それとも…もっと前。あのエレベーターでの戦いか?
どれだけ剣を重ねあわせただろう。どれだけの時間、剣を弾き返しただろう。
息が上がってきている。向こうも一緒だ。
ギィン!
双方一度距離を取った。
「ここまで楽しいのは久しぶりだった。昔の仲間たちを思い出す。ありがとう。」
傾いた月の光が彼を照らす。気が付けば茶色の着物姿から青と白の羽織へと変わっており、額に鉢がねを装備していた。
そして更に気づく。周囲には同じ羽織を着た男たちがこちらを囲んでいた事に。
あちこちには旗が立てられそこには羽織と同じ色と一つの文字が刻まれていた。
「誠…。」
「そう。私たちの紋だ。…さぁ終わらせようか。 新撰組 副長、土方歳三。参る!」
凄い気迫だ。押しつぶされそうになる。だが、こちらも負けるわけにはいかない。帰らねばならない。あの場所に。仲間の元に!
「アークス、怪物兵団 団長。アインス。参る!」
再び剣が重なり合わさる。左右に、上下に。フェイントを入れつつ相手の隙を突く。
刀だけじゃない。身体も使い、足払い、蹴り、時には手も出し、相手を倒す事だけを考える。
最後の一撃を入れる為に。
相手の体力はあれだけやっておきながら殆ど削れていない。ならば『あの』一撃に賭ける。
「はぁ!」
相手から素早い突きが飛んでくる。こちらに届く一瞬の間に次の行動を考えた。
横に弾くか。避けるか…。否!
ドシュ!
「なに!?」
「受ける。」
相手の腕は間違いなく俺より上だ。隙を作る為にはそれを越えなければならない。横に弾くことも、避けるにしても相手はそれを二手も三手も先まで読んでいるだろう。これではいつまでも続く。ならば『止める!』
手のひらから無理やり抜き、今の一瞬で相手の腕に自分の腕をからませ、頭突きを顎にかます。
「っが!?」
フラフラと離れていく相手に向かって更にその場から蹴りを入れる。
「ぐう!」
吹き飛ばされまいと防御をするも、力はいらず完全にバランスを崩す。
「あなたに、感謝を。」
片腕は使えなくなっているが、もう一方の腕に刀を持ち、腰を低く下げ力を貯める。時間は足りるはずだ。
相手が立ち直ったと同時に下から切り上げられた巨大な一撃を放つ。
斬!
アークスのPA『カザンナデシコ』や『オーバーエンド』のような巨大な光の刃を作り出し、斬る。
ユニークスキル『月光剣』。他のSSと違い、出し際に力を貯める為の硬直時間がある。
他のSSの硬直時間平均よりも長く、相手の隙を作る必要があるスキルだが、一撃放てば大火力が相手に襲い掛かる。
土煙が舞い上がり、収まるころに土方は地面に倒れていた。
「くくく、はっはっは。これはたまげた。あのような切り札をお持ちとは。」
「切り札は、最後まで取っておくものです。」
確かになと言いながらゆっくりと起き上がった。
「ほれ。受け取るがいい。」
「!」
土方が刀を投げてきた。それをしっかりと受け取る。
「これは…。」
「私の使っていた刀だ。そなたが振るっているそれは私の兄弟刀。同じ名を持つ刀だ。そして今渡したそれが『和泉守兼定』。生前、使っていた刀だ。よければ受け取ってくれ。」
目を瞑り、その刀に詰まった思いを受け取る。
「わかりました。心して受け取りましょう。」
「うむ。…よき時間だった。」
光の粒となって笑顔で、満足そうに消えていく男を見守った。
「いい話にしようったってそうはいかないよ。無茶しすぎぃ!」
「はっはっは。」
隊長が帰ってきたときに腕が片一本ほぼおしゃかになっているのをみてギルドメンバーが騒いだために大急ぎで駆け付けた。その時に今回の話を聞いたのだが、全く隊長ってば。
「もー。ゲームだったからまだ大丈夫だけど、いくらアークスだからと言って手のひらに刀さして無事じゃすまないでしょ。」
「だが、他の手を考えたが手だけじゃ済まなかっただろう。そう考えるのであれば腕一本ぐらい命あれば安い物だ。」
隊長らしいと言えば隊長らしいのだろうか。実際自分も同じ立場だったならどうするかと想像したが同じことを考えてつい吹き出した。
「で? それが本当の姿?」
「ああ。『和泉守兼定』。かつて彼が手にし、共に戦ったと言われる。」
「たいちょーがここまでやられるなんて、驚きです。自分も見て見たかったですが、同じ立場だったら間違いなく死んでたと思います。」
ソウジが震える。彼も一番隊隊長、沖田総司の持っていたとされる『菊一文字』を狙っている。
だからこそ今回の『新撰組』の情報は彼にも大きなものだっただろう。しかし同じようになったなら戦えるだろうか。いや、無理だろう。そうつぶやいていた。
「なんだか楽しそうだね。隊長。」
「ん? ああ。強かったよ。彼は。」
「そう。なんだか俺もうずいてきちゃった。ちょっと外で体動かそうかな。」
「付き合うよ。オキ君。」
隊長が立ち上がろうとしたが、女性陣から肩を抑えられ再び椅子に座らされる。
「「「隊長は暫くじっとしてて!」」」
困った顔してもダメだよ。腕治してからね。
74層に到達した直後にはイレギュラーズのコマチがレベル110を突破。最低でも105超えとなった。
武器もそれぞれが新調した。俺が『十文字朱槍』。ハヤマ『多々良之上白雪』。コマチ『阿修羅』。ミケ『ジャックザリッパー』。アインス『和泉守兼定』。それぞれが高レアクラスであり頭一つ飛びぬけている。
また、ユニークスキルも10個あるうち半分以上が出そろい、キリトの二刀流も攻略組の主戦力として活躍しだした。
攻略途中のある日。自分の家で休んでいたキリトは近く周辺の森の中で幽霊が出るという噂を聞きつけた。
幽霊系が苦手なアスナがそれを聞いて嘘か本当かを調べる為に森へと出かけた。
「ちょっと、離れないでよ?」
「ははは。アスナは怖がりだな。今の所何もいないじゃないか。」
この階層にはエネミーが一切出現しない特殊な階層だ。なのでエネミーである事はまずありえない。そうなると可能性としてはイベント系かなにか。興味をもち森を進むキリトにぴったりとくっつきオドオドしながら歩くアスナ。
「…ん?」
森の中で何かが動いた。
「アスナ、待った。」
「え? なに!?」
「ほら、あそこ。」
森の中で白い何かが動いている。いや、あれは…!
「キリト君!?」
森の中へと入り、走ってその白い服を着たモノに近寄った。
「やっぱりだ…。おい、大丈夫か!?」
「キリト君! え? 女の子?」
森の中で動いていたのは白い服を着た小さな小さな少女だった。
皆様ごきげんよう。
いや、つらいっす。対人戦の描写。難しすぎ!
思った以上に書けなかった…。(隊長ごめん
さて、とうとう74層まで登ってきましたね。
キリトとアスナの絆の証でもあるあの子ついに登場!
次回、「ユイの心」。お倒しみに。