SAO ~ソードアークス・オンライン~   作:沖田侑士

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第33話 「クラインの覚悟」

「おーい、キリトー。」

22層の泉のほとりに立つログハウスの前でキリトを呼んだ。

「はい。」

「朝早くすまん。キリト、お届け物だ。」

ガチャリと扉が開き、部屋着姿のキリトが出てくる。

「どうした? クライン。」

「エギルの旦那からだ。下層に用事があったついでに持ってきた。」

皆が63層を攻略している最中、ある用事から下層に向かう前にエギルに依頼のあった物を渡してきてほしいと頼まれたのだ。断る理由も無かった為にそれを受けた。

22層。ここはアインクラッド内でもたった数か所のエネミーが一切でない場所であり、尚且つ階層丸ごとエネミーの出ない唯一の場所である。森林の木々に囲まれ、綺麗な湖がある。数か所に村もあり、NPC達が平和に暮らしているのどかな場所だ。ここの湖のほとりにキリトはログハウスを購入し、そこでアスナと暮らしている。

「エギルから? ああ、あれか。」

キリトもそれが何かを思い出したらしい。

「じゃあ、ここに…。ん、いい匂いだな。」

家の中からトーストのいい匂いが漂ってくる。

「あら? クラインさん?」

「おはよう、アスナちゃん。」

エプロン姿のアスナが出てくる。どうやら朝食を作っている最中だったようだ。

「じゃあ、これ。渡したからな。」

依頼の物、鉱石アイテムをキリトに渡した。

「ああ、受け取ったぜ。…そうだ、クラインも一緒にご飯どうだ? アスナ。」

「ええ。量は大丈夫よ。」

「まじか! ありがてぇ。」

軽く食べてきたが、その匂いだけで食欲が出てくる。ラッキー。

「いやーごっそさん。うまかったぜ。さすがS級。」

「もう、クラインさんったらぁ。」

笑顔で食器を片すアスナ。満更でもなさそうだ。

「クラインもサラさんに作ってもらってるんでしょう?」

「ん? ああ。いつも感謝してもしきれないさ。」

彼女、サラは一緒に暮らしている。あのような美少女が毎日ご飯を作ってくれると思うだけでも顔がにやけてしまう。

「クライン、顔。」

コーヒーを飲みながらキリトが指摘してくる。いかんいかん。

「サラさんとはどう? クラインさん。」

「んあ、ああ。特に問題なく。うん。特に、問題は…ない。」

問題は無い。仲は良好だ。

「なにか、歯切れが悪いな。よかったら相談に乗るぞ。」

「キーリートー!」

「うわ! いきなりどうした!」

俺はキリトに悩んでいる事を話した。女性であるアスナにも聞いてもらえたのはとても大きい。

「進まない?」

「そうなんだよ。付き合ってくれた。一緒に暮らせたまではいいんだ。偶にデートもするし、仲はいいと思う。だけど、そこから進まないんだ。いや、進めないんだ。」

以前、オキ達から聞いたサラの事。彼らが知っていて俺が知らない事がある。彼女はまだそれを話さない。一度、我慢できなくて聞いたのだが。

『うーん…。ごめんね。まだちょっと、話せないかな。あ、信用してないわけじゃないわよ? でもちょっとこの話は…。もう少しだけ私の中で整理させて。』

と、優しく断られたのだ。以前オキ達からは彼女がきちんとそのことを話せば、それは確実に信頼されている証であり、認められた事につながる。だからできるだけ彼女が自分の事を認めてもらうように、オキ達についていき、彼女と共に歩んできた。

「そんな話があったのか。」

キリト達も知らなかったらしい。アークスというモノがどういうモノか。それはオキ達から聞いているし、今ここで頑張っている理由も目的も聞いている。だが、まだまだ知らない事もたくさんある。そして何より、このSAOが攻略完了した時、俺は彼女と別れることになる。それまでにはと思っているが。

「心配しないで。クラインさん。」

アスナがほほ笑みながらこちらを見ている。

「サラさんと偶にみんなで遊びに行ったり、お茶したり、時々ダンジョンに潜ったりするんだけど。どんな時も、クラインさんの心配をしていたわ。あいつは大丈夫だろうか。あいつは今何をしているのか。どこかで怪我なんかしてないのか、とか。シリカちゃんも、シャルちゃんもその時のサラさんの気持ちはよくわかるっていってたわ。もちろん私も。」

キリトにほほ笑みかけるアスナ。それをみてキリトは顔を赤くしてそっぽを向いた。

「そんなことが…。」

初めて聞いた。PTを組んでいる時の方が多いが、たまに女性陣だけで行くときもある。もちろん俺たち男性陣もだ。だから離れている時は心配になるが…。

「まさか、一緒の事を考えていたなんてな。」

少し安心できた。彼女は俺の事を気にしてくれている。それだけでも安心できる。

「少し、心配し過ぎね。大丈夫。クラインさんは少しずつ、サラさんに認められているわ。じゃなかったら、常日頃から、クラインさんの事を話すことは無いと思うの。」

同性だから、そして同じく愛する人がいるアスナだからこそわかる彼女の気持ち。ははは。なんてこったい。心配し過ぎたのか俺は。

「クライン、もう少し余裕を持った方がいいと思うぜ。大丈夫。傍から見ても、クラインとサラさんはわかりあってると思う。」

「そうか…そうか! いやー! ありがとう二人とも! 元気出たぜ。」

「うんうん。クラインさんはそうでなくっちゃね。」

3人で笑いあう。これからも頑張ろう。そして必ず認めてもらうんだ。

「あ、そうだ。用事は良いのか?クライン。」

「やっべ! 忘れてた! それじゃ、邪魔したな! 朝食、美味かったぜ。ごっそさん!」

バタバタとキリトの家を出ていく。用事をさっさと済ましてしまおう。少しだけ体が軽くなった気がした。

「進むといいわね。」

「ああ。」

キリトとアスナは出て行ったクラインの背中を眺めていた。

「さって、あれ。始めちゃう?」

「そうだな。早く実戦レベルで使えるようにしないといけないし。始めよう。」

二人は部屋着から普段の防具を身にまとい、アスナは細剣を。キリトは二本の片手剣を背負いログハウスの庭で向き合った。

夕方過ぎ、用事を済ませてその帰り。家に帰って待っていれば彼女も帰ってくるだろうが、迎えに行ってやるか。

42層の転移門をくぐり、怪物兵団のギルド拠点を目指した。

怪物兵団のギルド拠点はオラクル騎士団のギルド拠点より少し離れた場所にある。あっちよりも少しだけ小さいが、それでも俺から見ればデカい建屋。

「こんちゃーっす!」

扉を叩き、中へと入った。そこにいたのはリーダー、隊長ことアインスとそれとサラだったが。何やら様子がおかしい。

「ク、クラインー!」

「サササ、サラ!?」

サラは俺を見て急に飛びついてきた。何やら泣いている。一体何があった!?

「おい、何があった。どうした!?」

「つながったの! ようやく…ようやくつながったの! え? そうよ! 悪い!?」

サラは誰かと話している。だが、アインスに向かって話しているわけではない。俺の後ろにも誰もいない。この周囲には俺とアインスだけしかいないはずなのに、いったい誰としゃべっているんだ?

「クライン君。混乱するのも無理はない。俺も初めて見た時は驚いたものさ。サラ君。状況を説明してあげてくれ。彼が困っているぞ。あっちの状況はオキ君達も含めて話した方がいいだろう。クライン君と話が終わってからオキ君の方に来てくれ。集めておく。」

「あ、ごめんなさい…。そうね。そろそろ、きちんと話しておかないとって思ってたとこだし。クライン、こっちにきて。」

泣いているが、嬉しそうな顔をしている。もしかしてうれし泣き? 

混乱する俺をサラは自分の部屋へと連れてきた。

「この部屋は久しぶりね。いつもそっちの家に行くから。」

「まぁな。…大丈夫か? サラ。」

まだ少し興奮しているようだが、先ほどよりか落ち着いたようだ。

「うん。大丈夫。ちょっと取り乱しちゃった。ごめんね。…クライン。聞いてほしい事があるの。」

「あ、ああ。」

椅子に座り、俺は彼女の成り立ち、生きてきた全てを聞いた。このSAOに入る前からさかのぼって10年前。

彼女は大規模なダーカーによる襲撃を受けたシップで巻き込まれていた。そこへ現れた一人のアークス。そしてその人から受け取った杖によって彼女はダーカーから守られていた。そこへある男が現れた。ルーサー。オキや皆がこのSAOにくるきっかけになった人物であり、何より彼らの全てを滅ぼそうとした『ダークファルス【敗者】』。

彼により、彼女は非道な人体実験を受けていたという。話している時も彼女は震えていた。だから俺は彼女の肩をそっとさすってあげた。どのような内容かは言わなかったが、聞いてどうかなるモノでもないし、しゃべりたくはないだろう。だから俺は黙って彼女を支えた。

人体実験の影響で彼女は一度死にかけたという。そこへ現れたのがシャオという人物だった。

シャオは『シオン』と呼ばれる全宇宙の全てを知る『全知』のコピーだという。そのシャオから体の一部を融合し、なんとか一命を取り留めた。よって彼女の体は半分サラで、半分がシャオというとんでもない事実を突き付けられた。

「私はね。人じゃないの。アークスってみんなは言ってくれるけど、実際は違う。そういうモノなの。だからシャオとの意思疎通が問答無用で出来ちゃって、今は黙っているけど頭の中にあいつの生意気な声が聞こえちゃうわけ。」

「えっと…その…つまりだ。サラはシャオの一部を持っている。だから声が聞こえるわけか。なるほどな。」

自分でも不思議なくらい冷静だ。彼女の説明が分かりやすいから? いや違う。それが彼女の大事な話だからだ。

「理解…して貰えたかしら。」

「ああ。アークスがどうってのは大体はオキ達から聞いてたし、戦いっぷりを見れば俺たちじゃ想像もつかない化け物と戦っているのもよくわかる。サラがどういう理由でどういう体を持っているかも。」

サラは下を向く。

「そう。いつかはこの時が来ると思っていたの。何時かは知られる。この体の事が。だから…わざと話さずにいたの。怖かったから。あなたに嫌われるのが、拒まれるのが…怖かった!」

泣いているのか? サラの肩が先ほどより震えているし、声もだ。

「そうか。そうだったのか。なぁサラ。その、シャオって奴は今も俺の声も聞こえてるのか?」

「え? ええ。聞こえてるわ。」

こちらに顔を上げたサラは、眼を真っ赤にして涙を浮かべている。ならば覚悟を伝えねばなるまい。俺がどのような気持ちでいるかを。

「シャオとやら。俺の名前はクラインってんだが、本当の名前は壷井遼太郎ってんだ。よろしくな。サラとは清いお付き合いをしもらっている。いつも心配ばかりさせて、本当に申し訳なく思う。アークスってのがどういう者かは、こっちにいるオキやアインスさんから話は聞いてるからある程度は知ってる。だからサラが実はこの星の遠くから来た人だってのは理解しているつもりだ。でも、俺からすればそんなの関係ねぇ! サラがどんな人だろうとなんだろうと! 俺はサラを愛している! これから、このゲームが終わって離れ離れになっても、俺はずっと愛し続ける。会いたくなったら…俺は…宇宙へ飛ぶ努力をする! 何年かかるか分からない。本当にできるか分からないけど、俺はそれくらいの覚悟がある!」

ニカっと更に笑って見せた。彼女は目を見開いている。そして涙を浮かべている。この覚悟。そのシャオとやらに届けばいいが。少なくとも、彼女には届いただろう。俺はそれを信じる。

「クライン…え? え!?」

サラが何やら戸惑っている。そのシャオに何かを言われたのか。そう思った瞬間だった。

キィィン!

「うお!?」

「きゃ!?」

急に目の前が光り、人の形を生成した。身長は低く、子供のようにも見えたその光から声が聞こえてきた。幼い子供の声が。

『クラインさん、だったね。始めまして。僕はシャオ。オキやサラのいるオラクル船団、アークスシップ管理者だ。』

「シャオ!? どうやって…!?」

どうやらこの光っているモノがシャオらしい。どうやってこのゲームに介入したのだろうか。

『ちょっといろいろとね。あまり長い時間をかけることはできないけど。じゃないとカーディナルが起きちゃうから。』

カーディナル。このSAOを統括している管理者のようなものでシステムそのものの名前。プレイヤーならだれもが知っている。この人物は今「起きる」といった。つまり寝かせたというのか? いや、黙らせた?

『彼女の事を見てくれて、ありがとう。僕は今ものすっごくうれしいよ。ずっと彼女の事を見てきた。だからわかるんだ。ここまで幸せそうにしているサラを変えてくれたのは君だって。』

「あ、ああ。ありがとう?」 

なんだか感謝された。感謝したいのはこちらだというのに。だが、気持ちは分からないわけでもない。子供のような姿をしているが、先ほどサラから言われた通りコピーとはいえ、宇宙の根源を知るモノ。保護者のようなモノなんだろう。

『心配しなくても僕たちはすぐそばまで来ている。とはいっても星系の外だけどね。介入できるところまでは近づけた。君の覚悟は受け止めた。サラもすごくうれしがってるのが分かるよ。』

「うっさい。バカシャオ。」

顔を真っ赤にしているサラ。でもうれしそうなのは俺にもわかる。

『これが終わったら、直に話をしてみたいな。君にその気があるのなら。』

「ああ。なにがなんだか、物凄い話になっていて混乱しそうだけど…。理解してくれたならこれほどうれしい事はないぜ。」

『サラの事、よろしく頼むよ。…おっと。カーディナルのお目覚めだ。サラ、オキ達に伝えてほしい事があるんだ。後はよろしく頼むよ。お幸せにね。』

シャオがウィンクしたというのが一瞬だけだが分かった。

「ありがと…。」

ボソリと小声でつぶやくサラ。そして光は消えて行った。

「…。」

「…。」

何とも言えない空気だが。二人してほほ笑んでいるこの状況は悪くない。

先に口を開いたのはサラだった。

「あ、あんたがどう思っているかはわかったわ。ありがと…。これからも、よろしくね。」

顔を真っ赤にして俺の胸にポスリと体を預けてきた。

「お、おう。任せとけ。」

彼女の肩に手を置き、彼女を感じ取った。




みなさまごきげんよう。
12月に入ろうと気温も一気に下がってきましたね。風邪などひかぬよう。
さて、今回クラインとサラの関係が進みました。
サラ好きのアークスの方々申し訳ない・・・。
さて、オラクル船団の管理者、シャオが出てきました。これからアークス無双は更に加速します。(チーターや! チーター!)
とはいえ、ゲームシステム自体を変えることは基本的には(まだ)しません。
必要な時はまだまだ先ですから今のところは今までどおりやっていきます。
まぁフォトンがあればなんでも出来ちゃうんですけどね。(フォトン万能)
次回は惑星スレアから飛び出し、オラクル船団の状況を描きたいと思います。
では、次回にまたお会いしましょう。

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