SAO ~ソードアークス・オンライン~   作:沖田侑士

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ラフコフとの最後の決着に挑むアークス達とプレイヤー達。
油断した隙に腕を切り落とされたオキはそれでもPohに立ち向かう。


第31話 「スリーピンコフィン【眠る棺桶】」

キィン! 

ガィン!

「大人しくしろ!」

「くそぉ…!」

洞窟内からドカドカと走ってくる音と剣を打ち合う音が混ざり合い聞こえてくる。そしてここもそうだ。

ディアベル達は入口を監視し、外から来るものがいないかを監視しつつ、内側から出てくるラフコフメンバーを取り押さえていた。

「これで何人だ?」

「4人です。」

「今確認が取れました。キリトさんの所で6人程取り押さえたそうです。」

中から来たキリトの班の一人が情報をくれた。まだ出てくるか。これで10人は抑えたが、アルゴの情報ではまだいたはず。となるとイレギュラーズの所にまだいる可能性があるが。

「イレギュラーズの面々は大丈夫でしょうか。」

今回参加してくれたメンバーの一人が心配そうにこちらを見てくる。

「大丈夫だ。イレギュラーズの…あの人達ならどんな化け物であっても対処するだろう。今はこちらの状況に専念しよう。彼らを信じるんだ…。」

「了解です。」

その場にいた皆が頷く。ディアベルは『大丈夫。あの人達なら大丈夫。』と何度も自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

「キリトさんこちらに反応はありません。」

「こちらもOKです。付近にいるラフコフは取り押さえました。」

「キリトさん! ディアベルさんの所に報告してきました! 向こうに逃げた4人、全員取り押さえたそうです!」

「わかった。」

今の所死者はいない。だが、この奥では…。

「少ないですね。こちらにくるラフコフの奴ら。」

「ああ。オキ君達が押えているとは思うが…。」

センターとオールドが周囲を警戒しながらつぶやく。そうオキさん達の所にまだいるはずなのだ。外にいった4人とここにいる6人。10人しかいない。キリトは奥の空洞部で起きている惨状を予想した。

「目が怖いぞ。キリト君。」

「オールドさん。」

「大丈夫だ。彼らなら、大丈夫だとも。安心したまえ。今は我々に託されたことに集中しよう。」

オールドも、センターも奥を睨み付ける。先ほどまで聞こえていた奥での音が聞こえなくなっている。

どうなったのだろう。見に行きたい。だが、見に行ってどうするというのだ。力になれるのか。邪魔になるだけではないか。そればかりをキリトは思っていた。

「ぐぅう…。」

「ふう。やっと大人しくなったか。」

グルグル巻きに縄で縛られるジョニー・ブラックとザザが床に転がりミケとコマチが上に座って押えている。

周囲にはアークスのメンバー以外というと、命乞いした数名を除けば『襲ってきたラフコフは誰一人としていなかった』

「貴様ら…よく…平気な顔して…殺せるな。」

「何言ってるの。こちらが殺されそうになってるのに、黙って殺されると思ってるの? やらなきゃやられる。そんな世界で生きてきた俺たちが同じ状況になって、律儀に捕まってくださいと頭を下げると思ってるのか?」

ハヤマが睨み付ける。

「その通りだ。君たちとは生きてきた場所が違う。越えてきた屍の、修羅場の、惨状の数が違うのだよ。自称殺し屋君?」

アインスも紙袋越しに見える目を間近で睨み付ける。誰が見てもその眼は普通の眼とは違う。

「いいかい? 君たちは人を殺した。それも喜び、楽しみ、快楽として。だがな、我々はそんな事すら思われずに化け物どもに殺されてきた。食われ、貪られ、浸食され…。何人もの仲間たちがその場で倒れようとも、嘆く時間すら許されない。そんな世界で戦ってきた。わかるか? そして今。我々は殺されようとしていた。『何故平気な顔して殺せるか?』。当たり前だ。君たちは我々を殺しにかかった。だから殺されまいと殺した。ただそれだけだ。オキ君の、彼のオーダーでなければ…。君たちはここに寝転がる事すらできなかっただろう。彼に感謝するんだな。生きておけることを。こちらとしては倒してしまっても構わなかったのだがね。生け捕りにするのは難しい物だ。」

『なんなんだよ…? こいつらは。普通の奴らと違う! 今まで殺してきた…その辺のプレイヤーと全然違う! 相手を殺し、殺される世界が常識の…そんな奴らなんだ。ハ…ハハ。そりゃ、かなうわけねぇな。』

ジョニーもザザも悟る。自分たちがどれだけ甘かったのかと。ただ、ある者を痛めつけ、殺し、それを快楽に思っていた。自分が上なのだと。だがそれはあくまで自己満足にすぎなかったことを悟る。

この者達は、どんな相手と戦ってきたのか。想像もつかない。自分達人間、同じ人相手ではない『何か』と戦い、虫のように潰されようが、引き裂かれようが、どのような状況下でも殺されまいと戦ってきたのだという。そんな相手を敵に回したのだ。かなうはずがない。目の前にいる男の眼は自分達を人間と見ていない。まるで『今まで倒してきた化け物に向ける眼』をしているかのような、そのように見ているように感じた。自分達とは『格が違う』。ジョニー、そしてザザは生まれて初めて死を覚悟する恐怖を感じ、大人しくなった。

「HAHAHA、そらそら!」

「遅い!」

更に奥の空洞部。そこで火花を散らし、刃同士を激しくぶつけ合っている2人。

『すでに2本武器をへし折られた。まずいな。後こいつがやられるとあの槍しかない。もう一本あるがあれはまだ使えないし…。』

自分が予想していた消耗が思った以上に激しい。持ってきていた武器の殆どが壊されてしまった。原因はPohから放たれる攻撃。彼の持つ『友切包丁(メイトチョッパー)』から繰り出される攻撃はダガーとは似つかわしくない重さがある。特殊な能力か。それともそういう武器なのか。どちらにせよ、それを安い、耐久値のない武器で置け止めればすぐに耐久値をすっからかんにされてしまう。もう一本ある武器があるがそれは最後に使いたい。

この男を殺すのは簡単だ。だが、この男を殺してしまえば何かが起きそうな、そんな予感がする。自分の中にある直感がそう伝えてくる。

殺さないように、いや殺すか。二つの感情がオキの中を渦巻いていた。

「おらおらどーした? さっきまでの勢いがねーぜぇ?」

素早いステップでこちらへの距離を詰めては左右上下から包丁を振ってくる。

「なんの! まだまだよ!」

今使っている大剣はメインで使用している槍、『蜈蚣丸』と同格の武器だ。そう簡単には壊れない。

だから隙をうかがっていた。なんとかしてこの男を取り押さえるタイミングを。

ダガーと大剣ではスピードに差がありすぎるが、アークスでの経験がそれを0にする。

「そおりゃ!」

それにいくらダガーのスピードが速いから、あの包丁の攻撃が重いからといって、パワーならこちらの方が上だ。

こちらが攻撃するたびにあたらないよう逃げるPoh。受け止めはできないもんな。こんな重い武器。

「ちぃ!」

ドカ!

大剣の刃が、地面をたたきつける。そのまま地面を擦りつけながら上へと振り上げた。

「な!?」

Pohはその行動を予想できず、地面から巻き上げられた砂をもろに受けた。

「Shit…!」

顔面に大量の砂を叩きつけられ、目が開かないPohに対し、大剣の刃の面を思い切りたたきつける。

「スタンコンサイド!」

下から振り上げ、刃を叩きつけ相手をスタンさせる、ソードのPA。Pohは吹き飛ばされ、地面をころがった。

「チャンス!」

武器を瞬時に変え、この時の為に取っておいた槍の一本を取り出す。名を『さす又』。

先端の刃の部分は棒状になって先だけが尖っている。刃の付け根から二股に別れ弧を描いており、まるで何かを捕らえる為にできた武器だ。

ドス!

「What!?」

地面に突き刺さったさす又はPohの胴体をがっちりと固めた。すかさずそこにロープをグルグル巻きにまく。形なんかどうでもいい。とにかくさす又と一緒に巻いた。

「ふう。やっと捕まえた。」

槍と体が垂直になっており、Tの字に固められたPohは身動きが出来ず、両腕もロープで固められた上に適当な形にまかれた為、変な方向に曲がってからめ捕られている。

「ちぃ、しくじったか。…面白い武器をもってるじゃねぇか。」

「あんたみたいな分からず屋を捕まえるにはちょうどいいだろ? ふぅ。タバコがうまい。」

ようやく一息ついた。これでまたみんなで攻略ができるだろう。今回は流石に疲れたぜ。

吸い込んだタバコの煙を空中に吐出す。

「…一服いるか?」

「…いただこう。」

持っていたタバコをPohの口にくわえさせ、火をつけてやる。

「最後のタバコか。俺たちがクリアするまで吸えなくなる。味わうんだな。」

「そうしよう。」

それ以上は何も言ってこなかった。吸い終わったタバコは勝手に結晶化し、消えていく。

「オキさーん!」

「おーう。こっちはおわったぞー。」

ハヤマがこちらに向かってくる。どうやら向こうも終わったらしい。無茶な願いをしてしまったが、何とかなったと見える。

「こいつが?」

「ああ、初対面だったな。紹介しよう。今回の親玉、ラフコフのPohさんだ。」

俺が紹介するとニヤリと笑い、ハヤマをみるPoh。

「…切っていい?」

それを見て嫌悪感を感じたのか刀を取り出そうとするハヤマを止める。

「だめ。こいつを殺す事は簡単だけど、なにか嫌な予感がする。ここでは『まだ殺さない』。」

「HAHAHA…。その言いよう。いつか俺を殺すと聞こえるが?」

「いつかな。」

そういって俺はさす又の柄を握り、ずるずるとPohを引きずりながら皆の集まる場所へと向かった。

「いて…Hey! 引きずるなよ。」

しるかボケ。

***

大人しくなったPoh含めラフコフメンバーはディアベルと共に1層の牢獄の一番奥に入れられた。アインクラッドが完全に攻略されるまで、2度と出てくることは無いだろう。だが、最後の余裕が気になるのと、何故あいつを殺さなかったのか。それが分からない。今のところは大丈夫だと思うが、何かが起きそうな気がする。それを知るのはまだ先だという事を俺は知る由もなかった。

「帰ろう。」

「そうだな。」

ハヤマと頷き合う。帰ろう。俺たちの仲間の元へ。

「おかえりなさい! オキさん!」

熱い抱擁で出迎えてくれたのはシリカだった。長い間一人にしてしまった。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

「オキさん!ハヤマさん!」

「「ミケーーーー!」」

ギルド拠点に戻ると、メンバーたちが待っていてくれた。双子なんかはすぐさまミケに抱き着いている。どうやらラフコフとの戦いの話が皆に伝わっていたらしい。

「お疲れ様です。オキさん。終わったんですよね!?」

タケヤが代表で聞いてくる。皆が俺をみてその答えを欲しがっているようだ。

「ああ。ラフコフは壊滅した。詳しい話は明日でいいか? すまない。ちょっと、やばい。」

「オキさん疲れてるみたいだし、後にしよ? ね?」

サクラが気遣ってくれた。すまん。今はそれどころじゃない。『抑えきれない。』

自分の部屋に戻るなり、俺はシリカを抱きしめた。

「きゃ! オオオ…オキ…さん?」

「すまない…。ほんとにすまない。一人にしてしまった。」

「オキさん…。」

暫くシリカに頭を撫でられ、抱きしめられていた。とにかく、シリカを感じたかった。

「暫く一人になって分かった。ここにきて、シリカと出会って、どれだけシリカが俺の中で大きな存在か。」

「私もです。オキさんが行かれてから、一人になって。みなさんが一緒に居てくれましたが、それでもさみしくて…。」

お互い、いなければならない存在となっていた。

毎日メールで連絡を取り合っていた。それでも足りない。手紙ももらった。中身は俺とここに行ってみたいって話や、こんなクエストがあるからやってみたいとかばかりだった。

だから余計に、ほしくなる。

「シリカ。俺が1人で出る前に、送ったメール。覚えてる?」

「はい。」

顔を真っ赤にしている。

「メール、どう思った?」

「わ、私は…。えっと…その…。うれしかったです。だから…。その、お受けいたします…。」

「そうか。一応言葉で言わせてほしい。」

1人でラフコフとやりあう前、シリカに送ったメール。その中身は今回の件が終わった後にある事をシリカにお願いしたのだ。いや、お願いというのか? 違う。ある事を、しようという決意だ。

「シリカ。こうして出会って、一緒に過ごして、君という存在の大きさを感じた。もうシリカ無しは考えられない。だけど俺はアークス。君たちの星の住民じゃない。それでも君は俺と一緒に居てくれるかい?」

「…はい。こんな私でよければ。不束者ですが、よろしくお願いします。」

それを聞いて俺は大きく息を吸って吐いた。生まれて初めて一人の女性を好きになった。愛したい。愛されたい。戦いばかりの生き方とは違う、なにかを見つけた。こうして気持ちを伝えるのは、仲間だ、家族だというのとは違うな。

「シリカ。」

「はい。」

シリカの眼には大きな涙が浮かんでいる。顔を真っ赤にしながら笑顔で、泣いている。

「ずっと。ずっと一緒に居よう。必ず君を守る。必ず君がさみしくないようにする。」

「…はい! よろしくお願いします! ずっと一緒ですよ。」

シリカはその言葉と抱き着いてきた。ピナも一緒に俺の肩へと舞い降りる。暫くそのままでいたかったのだが…。

「ちょっと…押すなって。」

「きゃあ! 変なとこさわらないでよ!」

「俺だってうごけねぇんだって!」

ドアの向こうが騒がしいから思い切り開けてやった。

「「「きゃあああ!(うああぁぁぁ!)」」」

何人もの人間がドミノ倒しで倒れてきた。

「お前ら…。」

「あ、あははは。ドモ、オキさん。」

ハヤマ、にコマチを始め、ギルドのメンバーが俺の家の前に集まっていた。倒れてきたのはタケヤ、レン、サクラ等ドアに耳を当てていた連中。

ちなみにミケはこの時すでに逃げていたらしい。勘のいいやつだが思い切りひっぱたいてやった。

「覗きとはいい御身分じゃねぇか。あぁ!?」

「やば、逃げろ!」

「ちょ、ずるい!」

「て~め~ぇら~!」

逃げようとあたふたするメンバーを鬼のような形相で追い駆けるオキの姿が、それを見て笑顔で笑っているシリカの姿が見られたというその夜。ラフィンコフィン、『笑う棺桶』が二度と目覚めぬ眠りについたことをアインクラッド中で祝った夜でもあった。




みなさまごきげんよう。長かったラフコフ戦終了です。
次回からは75層へ向けての日常パートとなります。
ようやくシリカとも夫婦となったオキとシリカのイチャラブも増えますので
コーヒーを用意しておいたほうがいいでしょう。(甘甘です)
では次回にまたお会いしましょう。

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