SAO ~ソードアークス・オンライン~   作:沖田侑士

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第141話 「その間違いとその答え」

オフィエル・ハーバード。

「マザー・クラスタ」の一員で水の使徒。表向きは医者を務めており、「神の手を持つ外科医」の異名を持つ。その為か物事を医学用語で例えたりする事が多い。医療機器が無くとも対象の肉体的変化を分析する事も可能な特殊な存在だった。

マザー・クラスタに入った理由は、人類は技術的にも遺伝子的にも精神的にも退化しそうな程行き詰っていると判断し、エーテルやマザーを利用して人類の世界再編(パラダイムシフト)を行うためであった。地球の未来の為ならいかなる犠牲を払ったり、自らの手を汚しても構わない強い覚悟を持っていた。

そのため、アーデムの正体をしり、アーデムの意思に同意するようにマザークラスタを離反。スパイとなる事でマザークラスタの動向をアーデムへと流していた。

マザーの力を得たアーデムと共にアースガイド本部へと帰還直後、アーデムが部下の一人にエーテルを打ち込み幻創種へと変貌させるという光景を目の当たりにした。

人類を無理やり進化させるというアーデムの行いに驚愕するなど、本質的な部分で彼の目的は知らなかった。

「だが、それでもアーデム卿の意思に間違いはないと私は思っている。だからこそ貴様たちの前に立ちはだかっているのだよ。」

大量のメスを空間のいたるところに出し、オキ達アークスへとその刃を放った。

「っは! そんなんで人は歩みを止めねぇと? ふざけんな。人は何かを与えられるだけでなく、自ら歩むことで進化をする。それを忘れちまったらもはや人ではない!」

エルデトロスから出される豪風でメスがはじかれる。ソレを見て舌打ちをしたオフィエルは風にのせるようにメスを流し込んだ。

「人と言うのは与えられることもあるだろう。私もそうだ。皆からたくさんの大切なものを与えられた。だが、それだけでは進めなくなる。それは進化ではない。」

風に紛れ込んできたメスをすべて切り落とすアインスは語る。人とはなにか。たくさんの人を見てきた彼だから、大勢の人を守ってきた彼だからこそ言える重みである。

「それにあんたはどうなんだ? 進化、進化といっているけど、あんたはそのままじゃねぇか。進化したいなら、あんたもなればいいじゃねぇか。それをしないという事はただの言い訳に過ぎない。自己満足、自己中なだけなんだよおっさん。」

ヒツギ、エンガにも襲ってくる大量のメスを瞬時に斬り落とすハヤマはオフィエルを睨み付けながら言った。

「ふん! 言うだけ言えばいい。どちらにせよここは私が許可をしない限り絶対に出られない異空間! 貴様たち病原菌を浄化する、滅菌室だ!」

再び大量のメスを空間いっぱいに出現させるオフィエルは大きく笑った。

「威勢のいいことばかり言っておいて、何一つ手が出せてはいないではないか。そんなことでアーデム卿を止めるだと? バカも休み休み言え。」

「バカ? バカはお前だオフィエル。病巣だ、病原菌だ、俗物だの今まで散々っぱら言いたい放題…黙って聞いてりゃ好き放題言ってくれたな。…で? 絶対出られないって?」

「ああ、そうだ。この空間は私が作った異空間。私以外では入りすることなど不可能…!」

オフィエルが空中に浮いたメスをオキ達へ飛ばそうとした瞬間、空間の一部がまるでガラスのように割れ散った。

「まったく。いくらなんでも無防備すぎよ? オキちゃん?」

一人の女性がコツコツと靴の音を鳴らしながら静かに割れた場所より入ってくる。さらに別の場所が大きく砕け散った。

「あら、すでに助けがあったのですねぇ。私は必要ありませんでしたか。」

黒いドレス姿の女性が困った顔をしてその空間に足を入れてきた。そして最後にまた別の場所が丸く綺麗に切り取られ、穴が開いた。

「マスター! 助けに来たよ! …ってすでにシンキが来てたのか。」

白き翼を羽ばたかせ、一人の小さな少女が異空間に入ってくる。その様子を見ていたオフィエルは目を見開き、大量の冷や汗をかいていた。オキはタバコに火をつけながら口を歪ませ、笑った。

「で? もう一度聞こうか。おっさん以外出入りはできないって?」

「ばかなばかなばかな! 私の…空間を…破ってきた!? ひぃ…!」

逃げようとするオフィエルにオキがクロへ指示をだした。

「逃がすな!!」

「了解!!」

更に同時に逃しはしまいとシンキ、ファレグが同時にオフィエルへと手を出そうとした。クロノスはすかさずオフィエルの身体の時間を停止させる。急に止まった事でシンキとファレグの掌底、拳がオフィエルの左顔面、右横腹へと激突した。

何故だ。なぜこうなった。オフィエル・ハーバードはその、無限の時の中で今か今かと来るその時に恐怖しながら止まったままの身体の中で考えだけを繰り返していた。

数十分前まではこちらが有利だった。だが、あいつらがやってきた。私の異空間をいとも簡単に壊して入ってきた3人。

魔人、ファレグ。まさか私の空間を壊して入ってくるとは。

あの病原菌共の仲間…たしか魔人…いや魔神とか言ってたが…。私の異空間を閉じたのもあいつだ。一体何者なんだ。

そして最後に翼の生えた…天使。あいつのせいで私は…私は…!

「あら…。思い切り殴ったつもりだったのですが。何も起きませんねぇ。」

「クロちゃんの力ね。身体の時間が止まってるから無事だけど、これ動いたら私の力もそのまま反映されるでしょ?」

痛くない? 私の身体はまだ無事なのか。一瞬死んだかと思ったが。ん? からだが動かない。顔も、手も、足も!?

いったいなんだこれは。身体の時間が止まっていると言ったな。何者なんだこいつらは?

「うん。ボクの力で現状は維持できてるけど…。」

「二人の力が左右双方同時にかかったから…これおっさん死ぬんじゃね?」

まさか…私の顔と横腹にこの二人の力が加わった今、それを動かすとどうなるか。計算なんかいらない。予測なんかいらない。

魔人ファレグの力は知っている。こいつらアークスは自分よりも巨大な化け物を素手で吹き飛ばすことが可能なくらい力を持っている。そんな力が左右から…。

「んー…動かさなきゃ生きてるけど、動かしたら…ダメかなぁ。」

助けてくれ…助けてくれ! 私はまだやらなければならない事があるんだ! おい、貴様! オキだったな! 私を助けてくれ!

口が動かない…。これでは意思疎通が出来ん…!

「んー…しかたねぇ。このまんまにしとけ。…あ、せっかくだ。意識だけは時を動かせるか?」

「え? 身体だけ止めるつもりだったから、意識はあるはずだよ?」

現にこうして私は動けないが、意思はあるぞ少女よ。このままでは頭と体が反対方向に飛んで行ってしまう。

時が動き出せば体と頭は別々の方に飛んで行ってしまう! そうすれば…私は!

「おっさん、残念だったな。おっさんの命はここまでらしい。とはいえおっさんの弾け飛ぶ姿を女の子に見せるのは酷だからな。悪いけど、この異空間内でいってもらうよ。隊長、はやまん、ヒツギ達つれて先に行ってて。シンキ、俺らが外に出たらこの空間、閉ざすことはできる?」

「ええ、お安い御用よ。」

おい、まってくれ…私を置いていかないでくれ! 謝罪する! 許してくれ! 頼むから!

「クロ、ちょっと。」

「ン? なに? …え? まったく、マスターも悪なんだから。」

なんだ? 何を話している。おい、貴様。何を企んでいる。そんなニヤ付いた顔でなにを言おうというのだ。

「それじゃあなオフィエル。…ああ、言いそびれたけどクロにはいつその時が動くかランダムにしといてもらった。クロでももういつ起きるかわからないそうだ。」

「1秒後かもしれないし、1分後かもしれない。もしかしたら…1000年後かもしれない。まったく、マスター実はダークファルスの因子まだ残ってんじゃないの? まぁ、この空間が閉じた瞬間からだから、今はまだ大丈夫だから安心して。ただ、この空間は時の概念がなくなるから…万の単位、入るかもね。クス。」

な…なんだと? どういう意味だ。いったいいつ動くのだ。私は死ぬのか? いつだ…いつ…おい、助けてくれ。置いていかないでくれ! 私は…私はただ世界から戦争を無くすことであり、医術で助けても助けても延々と続く人間の争いに嫌気が差したため、それを無くすことを目的に動いていただけなのに…どうして…どうしてこうなったぁぁぁぁ!

「どうして? 答えは簡単よ。貴様が敵にしたのが我々だったからだ。雑種。」

「ん? なにか言ったかシンキ?」

空間を閉じたシンキが何かを言ったような気がしたオキが質問したがシンキは首を横に振った。

「にしても恐ろしいことするわね。いつ死ぬかわからないって…いつまでたってもあれじゃ死ねないわよ?」

どうやらシンキにはオキの考えが丸分かりらしい。まぁそれもそうだろう。シンキに隠し事は通用しない。

オキがクロノスに頼んだのは異空間ごと時を止め、異世界を閉じ込めさせた。これにより無限の時間、あの空間はあり続けることになる。そしてその中で身体の時を止められたオフィエルは、永遠にあの場にとどまり続ける事となる。実はオキの言ったいつ時が動くかわからないという発言は嘘である。クロノスはそのような事が出来ない。なので永遠という時間の中、いつ自分の身体がはじけ飛ぶのかわからないという恐怖を永遠に味わう事となる。

「あのやろう、俺達を病原菌だの俗物だの好き放題言っただけならまだしも、一番の根底である『邪魔』をしたんだ。何があっても許さん。」

「ほんと男には容赦しないわね。まぁ、いいけど。」

微笑むシンキ。その時ファレグが下より大量のエーテルの反応が近づいている事に気づいた。

「おしゃべりしている暇はなさそうですね。マザークラスタの皆さまも来られたようですし、ここは…私達に任せていただけませんか?」

ファレグの言う通り、この場にはマザークラスタのメンバーがいた。アラトロン、オークゥ、そしてフルである。

「クーちゃん達大丈夫なの? じいさまも。」

オキが心配そうにアラトロンをみた。だが心配ないと笑うアラトロン。オークゥもウィンクする。

「100%大丈夫。マザーの敵…取ってこないと、150%あんたの事許さないから。…絶対、100パ…いえ、200%帰ってきなさいよ。」

「クロノス様に看病いただいた御恩、この身を捧げお返しします。」

クロノスが様付されている事は後で質問することにしたオキは10体、20体と上から下から増えてくる甲冑騎士たちをすり抜け、マザークラスタへと託した。

「いけ! 宙の武士たちよ! 我らが地球の運命! そなたらに託したぞ!」

アラトロンの大声にかつがはいるオキは、更に下へ下へと降りて行った。

巨大な扉。下に向かう階段はもうない。その扉を前にオキ達は顔を見合わせ、頷き合った。

地下深くに伸びた遺跡の最深部。その奥にあった大扉の向こう側。広い円状の大広間にアーデムが…いた。

「おや、思ったより早かったですね。やはりオフィエルは時間稼ぎにも失敗しましたか。んー…困りましたねぇ。まだもう少しかかりそうなのですが。」

「マザーの敵! 絶対許さない!」

ヒツギが具現武装天叢雲剣を具現化し、アーデムに向ける。

「おやおや、つい先日まで敵対していたあなた達がどうしてマザーの敵を? あなた方の敵を倒したので、逆に感謝してほしい所ですがねぇ。」

「アーデム、おめぇ本気で言ってんのか。」

「ええ、本気ですよエンガ。」

エンガはアーデムの言葉が全て本気で彼の意思だというのを顔で判断した。

「途中見た甲冑騎士の化け物。あれ、おめぇさんが作ったんだってな。話じゃアースガイドのスタッフだとか。合ってるか?」

眼をぱちくりさせたアーデムは何事もなかったかのように答えた。

「ええ、それが何か? とはいえ、あれはマザーから得た力でエーテルを送り込み、「進化」させようとするも近衛兵は身体が負荷に耐え切れず幻創種へと変貌すると同時に死亡してしまった、失敗なのですが…。」

「アーデム! てめぇ!」

エンガが具現武装の銃でアーデムを容赦なく撃った。だが、その弾丸はアーデムのレイピアでことごとく切り裂かれる。

「『進化』とは、『楽園』に住むに相応しい存在へと昇華すること。そのための手段としてマザーの力でエーテルを人の体内に打ち込み、僕の中にあるイメージを変異という形で具現化させているのだよ。言っている意味、分かるかな? エンガ?」

遠くにいたアーデムは微笑んだままの顔を崩さず、一瞬で近づきエンガの腹に掌底を喰らわせた。そのまま壁に激突かと思いきや、アインスのとっさの守りで防ぐことが出来た。

「つつつ…すまねぇ。っち、今のでアバラが何本か…。」

「安静にしていたまえ。ヒツギ君!」

「にいさん!」

吹き飛ばされ、アインスに助けられた兄をみてほっとするヒツギはエンガの近くまで走ってきた。

「彼の近くにいたまえ。君が、兄を守るんだ。」

「…すまねぇな。ヒツギ。アインスさん、頼みます。」

「ああ、任せろ。我々に負けの字はない。そうだろ? オキ君。」

タバコに火を付け、ニカリと笑うオキはああ、と一言返事をしてエルデトロスの力を解放した。

地下であるにも関わらず、強風を巻き起こすエルデトロスを持つオキの後ろにハヤマ、クロノス、アインスが立つ。

「いいでしょう。どちらが正しいか、勝負です!」

1対4。普通に考えてオキ達の有利だろう。だが、それを見てもシンキはアーデムの余裕ある眼をじっと見続けた。

「あれ? シンキさんは戦わないんですか?」

「ええ、私は後で。」

シンキ。すでに後の戦いまでもその眼で見抜いていた。

『まぁ、心配まではしないけど…ここで倒しちゃったら、面白くないでしょ?』

クスリとほほ笑むその美しき女性の顔にヒツギはどこか恐ろしい魔神の顔が見えたという。




皆様、ごきげんよう。
オフィエルにはこの上ない永遠の時を生きてもらうとしましょう。その考えを辞めるまで。
このペースでかければ夏期休暇前までには書き終わりそうです。夏期休暇には新たな作品の方を書き始めたいですね。とはいえ、さいきんいろいろ忙しいのでどこまでかけるか…。
まぁ頑張って勧めます。
しかし暑い日々が続きますね。外に出れば焼けて焦げて溶けそうです。
みなさんも体調管理にはお気をつけてお過ごし下さい。水分大事やで。
では次回またお会い致しましょう。

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