「ぁっ…!?」
「くっ…。」
二人の少女が床に倒れた。服はところどころ焦げており、一部破けてもいる。具現化させていた具現武装も今や出ておらず、彼女らはアークスの前になすすべがなくなっていた。援護をとおもって動こうとしていたエンガはオキからある指示を受けており待機のまま二人の戦いぶりを目にしていた。
戦いを終えたオキは、通路の端に置かれていたオークゥに貸していた自分のコートからライターを取り出し、タバコに火を付けた。
「ふぅ…。さて、もう立ち上がってくんなよ。これ以上お前らを痛めつける理由もねぇからな。」
その言葉を聞いて尚、力を込めんと手を握ろうとするオークゥに対し、フルはソレに手を添えて首を横に振った。その姿をみてようやくおとなしくなった二人。月面基地でのマザークラスタ戦はオキ、クロ両名の圧勝だった。
オキは懐から緑色のカプセルを取り出し、二人の前に置いた。アークスの回復用ドリンクのモノメイトだ。
「しばらくたったら、これ飲みな。ちったぁ回復するだろ。俺達はあくまで、取られたモン取り返しに来ただけだ。お前らを殺しに来たわけではない。せっかく助けた命だ。命を無駄にするもんじゃないぞ。おめーらはまだ若い。これからの人生だ。ほれ、そのままだと風邪ひくぞ。また貸しといてやるよ。」
クロノスにより壁側へずるずると引きずられ、オークゥとフルを休ませたオキはオークゥの頭をぽんぽんと叩き、再びコートをオークゥに貸し与えた。
「それじゃぁな。出会いが違えば、もっと仲良くしたかったんだがな。」
にこりと微笑んだオキの顔を目の前で見せつけられ、顔を下に向けたオークゥは何も言わずに体を震わせた。
「君も、無理しちゃだめだよ。」
クロノスもフルに詰め寄り、警告した。フルはクロノスの顔を見つめた後にコクリと頷く。
オキとクロ、エンガは通路の奥を見た後に顔を見合わせ、再び足を進めだした。
「…強かったね。」
去っていく3人の背中を意識がもうろうとするなか眺めるフルはぼそりとつぶやいた。下をうつむき、再び貸されたコートをぎゅっと握りしめるオークゥに凭れ掛かった。コクリと小さく縦に頷いたオークゥは未だ小さく震えている。
「クゥは、逃げて。後は私が…。」
「だめ。私も一緒にやる。」
フルはある覚悟をしていた。今回の件、自分たちは囮。しかしその足止めも失敗に終わっている。この責任は取らされるだろう。
ならば、最後位はと思っていた。しかし大事な友人を巻き込むつもりはない。だから一人でと思ったのだが、その友人は自らも懇願したのだ。
「わかった。一緒にやろう。」
二人はオキの置いて行った回復薬を飲み、ようやく動くようになった身体を引きずりながらある目的を果たそうと動き出した。
「相変わらず女に甘いわね。あの子。」
はるか遠く。月面から遠く離れたアークスシップ内からその様子を覗き見していたシンキはため息をついていた。あまりにも甘すぎる対応に少しだけ心配した。
とはいえ、それが彼の良さだという事も理解している。少なくとも彼が選んだ道ならば自分はそれを傍観するだけだ。
それよりも、今はこちらの方が問題である。シンキは目をアークスシップ内へと移した。
今の所襲撃を受けたのはアークスシップのロビー周辺のみ。気にくわないマザークラスタとかいうモノ二人はマトイと三代目クラリスクレイスが押している。
ロビーに目を向ければ相変わらず出現してきている幻想種を数ある武装で撃破している友人。彼なら間違いなく防衛しきるだろう。
彼に怖気づいたのか、その反対側へと向かう幻想種たち。シンキはそれを相手にしようと幻想種へ攻撃をしたキャストのような何かを見た。それも一体だけではない。
いつの間にか幻想種相手をしているソレらが増えていた。
「あれは…。」
まるでロボット型のプラモデルを、色を塗らずに完成させたような姿。ただのキャストではない。少なくともフォトンがバッテリーのような使われ方をしている。
持っている武器も見た事がない。だがその動きは見た事があった。あの星、スレアで。
「あの武器…コマチちゃんね?」
いつの間にか隣にいた中年の神父姿の男に顔を向けずに声をかけた。
「いったい何のことやら…。」
お互いにエセ・キャストの様子を眺める。煌びやかな装飾がされた数多の武器。少なくともアークスの武器ではない。
「よくまぁあんな武器を貸したわね。」
「なーに。倉庫に余っていたてきとーな武器を見繕っただけだ。他にもいろいろあるが、まぁあんだけのモン渡してあるんだ。負けることはねーだろ。」
シンキが所持している数々武器。それらに匹敵するほどの力を秘めた武器。あれらがあれば負けることはまずないだろう。それにあの中に入っていると思われる人物たちの技量が合わされば、なおさらだ。
「ところでコマチちゃん。古戦場は大丈夫?」
「今、インターバル中だ!」
唸りながらシンキに答えたコマチ。彼はこれから地獄が待っている事だろう。それを予想しながらシンキはすこしだけ微笑んだ。
「いたぞ。あそこだ。」
「ヒツギ!」
通路の先、オークゥ達と戦ったずっと先の行き止まり。そこにヒツギは眠っていた。小さなテーブルの上に寝かせられたヒツギはエンガの声と揺さぶりにも起きようとしない。クロノスが少しだけ目を細め、ヒツギの身体をじっと見た。
「マスター。彼女、心が動いてない。」
「どういうことだ?」
クロノスが言うには、彼女は生きる希望を失っているようだ。身体に異常はない。健康そのものだそうだが、心が死にかけているという。このままいけば身体にまで影響を及ぼす危険があるという。それを聞いてエンガはどうすればいいんだと頭を抱えヒツギを抱きしめた。
オキはその理由が何となくわかっていた。ヒツギの友人、コオリの件だろう。
今ここにはいないようだが、ヒツギはコオリによって体を串刺しにされた。傷事態はアルが回復させたと言っていたし目の前には健康体の状態でヒツギが目の前にいるから心配はないだろう。問題は彼女が心の奥底に引きこもってしまったこと。その理由はコオリがマザークラスタとして敵対してしまったこと。
唯一の親友だと思っていた相手から殺されかけた事。これが問題だろう。
「…。」
オキは頭をかきむしり、ヒツギの頭に手を置いた。心配そうにオキの顔をのぞいたエンガにオキは微笑んだ。
「安心しろ。お前の大事な妹は必ず連れて戻ってくるさ。伝えたい言葉はあるか?」
「…早く起きろ。バカ妹。」
オーケーと言った直後にオキは彼女へと集中した。以前行ったユウキへのフォトンを使った治療。それを思い出していた。
大丈夫。ヒツギの中へ。奥底に。一度つながったならできるはず。オキは彼女の意識を探しフォトンを少しずつ自分の意識と共に彼女の中へと入って行った。
彼女の意識の内部。それは真っ暗だった。あの明るい笑顔の少女の中とは思えない。そしてフォトンを頼りにオキは更に奥底へと進む。そして見つけ出した。
脚を抱え、縮こまっているヒツギの姿。目はうつろにただ一点を見ているように見えて何も見ていないのがわかる。
一度手を前に出して上下に振ってみたが起きず、頭を叩いても反応がない。肩を揺らしたり耳元でアルの真似をしてみたがまったく反応がない。
「うーむ…。」
ポケットに手を入れ、タバコを咥えたところで、少女の意識の中だという事を思い出し残念そうにポケットへとタバコを戻した。
そして何をやっても反応がない彼女に対しため息をついたオキは思いきり頭を叩いた。
「起きろ! ヒツギ! てめぇの覚悟はその程度だったのか!? 俺は言ったよな。何が起きても知らねぇぞと。それでもお前はついていくと、真実を知りたいといってついてきた。あの時言った覚悟は偽りだったんか? あぁ!?」
オキの叫び声が彼女の意識の中でこだました。
「エンガも、アルも、お前の帰りを待ってんだ。守るんだろうが! おねぇちゃん、しっかりやれや!」
オキの言葉を聞いてヒツギが少しだけ反応した。
「お…ね…え…ちゃん.。…おねえちゃん。っ! アル!」
ヒツギの虚ろだった眼が次第に力強さを取り戻してきた。そして、アルを思い出したのかようやくその場にオキがいることに気が付いた。
オキはその場でヒツギの頭をポンポンと叩きゆっくりと意識をヒツギの中から遠ざけた。
「う…うん…。」
ヒツギがゆっくりと目を開けると心配そうに自分の顔を覗き込んでいるエンガの顔が映り込み、その直後に抱き着かれた。
「おおおお、お兄ちゃん!?」
「バカ野郎…。お前は無理しすぎなんだよ…。ったく。」
心配をかけた事を謝るヒツギだが、誤る相手が違うとエンガは少し離れた場所でタバコの煙を吐いているオキやクロノスを示した。
再度礼を言われたオキとクロノスだが、別にかまわないとヒツギにほほ笑んだ。オキはヒツギにどこまで記憶が残っているのかを聞いたところ、コオリの様子が普段と全く違う状態で、具現武装『魔剣グラム』とやらで自分の胸を刺されたらしい。その状態から見てコオリが操られている可能性があるとヒツギは言う。
もし、操られておらず彼女の意思で剣を振るったならばとオキが質問したところ、ヒツギは力強くひっぱたいてでも正気に戻すと強い意志を示した。
「わーった。よし、戻るとしよう。ここにいても埒が明かねぇからな。」
オキが来た道を戻ろうとタバコを消し炭も残さず燃やし尽くした直後だった。建物全体が大きく揺れ、あちこちで爆発音が聞こえた。
「いったいなんだ!?」
「マスター。建物が崩壊しかけてる。時限式の…自爆?」
クロノスが周囲を見渡し、その様子をオキに説明する。ここを放棄するというのだろうか。少なくともやったのはあの二人だろう。そう思いオキが通路を走って戻ろうとした時だ。その張本人たちがオキ達の目の前に現れた。
「私たちは…失敗した。だから…。」
「その責任を果たす。マザーの意思。それは果たさなければならない。」
その言葉を聞き、クロはエンガにお願いしていた事を行うように目で合図する。エンガは懐から白く光るカードのようなものを手にしていた。
一度きりの強制転送。強く願った場所へと転移するアースガイドの切り札の一つだ。今回、エンガはオキの予想通り罠だった場合のことを考え、その場から逃げる手段を考えておいたのだ。オキとクロはヒツギを取り返した瞬間、転移するつもりだったのだ。そしてオキはというと
「あ、そう。」
口をへの字にして二人をあきれ顔で見ていた。二人がどれだけのことをマザーにされたのかオキには知らない。どう考えても勝負にならない勝負をマザーとやらに指示されているのだ。オキからすればまるで意味が分からない。負けがわかっている勝負を普通はしようとしない。だが、彼女たちはそれでもマザーの為に命を使おうとしている。つまり彼女らは命を懸けてでもマザーに対して忠誠を誓っているという事を改めて認識した。
「だがな…。そうはいかんざき。」
オキはフラフラと歩いてきたオークゥを肩で抱え込んだ。
「えっ!? キャァ!!」
「クロ、そっちは任せた。エンガ! 準備は!?」
クロにもう一人を任せ、エンガは転送の準備が完了している事をオキに伝えた。オキの肩の上で暴れるオークゥ。フルはクロノスに所謂お姫様抱っこというやつで抱きかかえられている。
「おい。暴れるな。変なとこ触るだろうが。」
「ひゃう!」
「え、えっと…。」
「マスターの命令。君たちを助ける。じっとしてて。」
崩壊の揺れが強くなってきている。時間はあまりない。早く来いというエンガにようやくおとなしくなったオークゥとフルを抱え、その場にいた敵味方関係なく、エンガの持っていた転送器により転送した。
「うわっと!?」
「きゃあ!」
「おっと…。」
転送後、それぞれが崩れるようにドミノ倒しになった。どうやら転送後はヒツギの部屋に飛ばされたらしい。
「いつつつ…ん?」
「…!? ―――っ!?」
オキの目の前にはオークゥの顔がすぐ近くにあり、彼女の上にオキが乗っかっていた。フルとクロは、クロの翼のお陰で綺麗に着地している。
オークゥはあまりの恥ずかしさからオキに平手を喰らわせようとするも、オキの手によってそれは防がれた。
「なんだ、元気じゃねーか。」
「…なんで、なんで助けたの!? 100%意味わかんない。」
立ち上がるオキに疑問をぶつけるオークゥ。死んでマザーに詫びるつもりだった。しかし目の前の男は、自分たちを助けた。敵なのに、殺そうとしたのに。それでもこの男は自分たちを助けたのだ。
「お前たちはあの崩壊で死んだ。だから今あるその命、俺にくれ。」
「…はぁ!?」
オキの放った言葉に驚き、立ち上がろうとするオークゥはふらりと倒れようとする。それをオキは腕で抱え防いだ。
元はと言えばオキが初めに戦い、死にそうになったオークゥを助けた事がきっかけである。一度助けたからにはその命を無駄にしてほしくない。彼女たちはオキと再び会いまみえ、そして再び戦った。今度は本気で。しかし負けた。命までは取らない。そういって二人を見逃した。
オークゥとフルはオフィエルから囮としてアークス最大の戦力であるオキを足止めにしろという命令をマザーから受けたと伝えてきた。だから失敗したその責任を取る事と少しでも足止めするべく月面基地の一つとともに自らの命を使って自爆を考えた。だがそれも意味をなさず。
オキは言った。マザーに忠義を尽くしたオークゥとフルは月面で死んだと。しかしオキは自身のモットーから二人を助けた。見殺しにしようとしなかった。
「女性に優しく、野郎に厳しく、自分に甘く。それが俺のモットーだからな。」
「一つ増えてるし。やっぱり、100%意味わかんない…。」
「簡単に言えば、マスターは君たちを必要としているという事。いう事は聞いといたほうがいいよ。」
白く輝く翼をバサリと羽ばたかせるクロノスはフルを抱えたまま言った。
「必要…。敵であった私達でも?」
「構わん。敵だったおめーらはさっき死んだ。それでいいだろ。その命、俺が拾った。どうしようと俺の勝手だ。」
フルの言葉にあっさりと答えたオキ。オークゥとフルは二人してオキへと質問した。
裏切るかも。そんときゃまた戦うまで。そしてまた命はとらない。仲間を殺したりしなければな。
私達はマザーに必要とされるまでは人に認められなかった存在。それでも? しったこっちゃない。お前らが変人だったと評価されていてもうちらにはもっと変なのがいる。
なぜ助けるの? そりゃ女の子だからだ。しかも俺が気に入るほどのな。クロもずっと抱きかかえてて気にしない程度には気にいってるみたいだし。うるさい。
「どうして、こんなにも私達を認めてくれるの?」
「まだいうか。」
エンガとヒツギ達みな部屋の床に座り込み、オキ達のやりとりを聞いていた。
オークゥの一言にオキはため息をつく。
「一度騙されたと思ってついてきな。悪いようにはしねーよ。お前ら、面白そうだし。」
再びオークゥの頭を叩くオキの顔に諦めたのかようやく黙った。
ひと段落したとおもった瞬間、オキとクロノスに通信が入った。
アークスシップがマザークラスタに襲われていると。ふたりはオークゥとフルを抱え、キャンプシップへと飛び立った。
気が付けばオークゥとフルはおとなしくなったからか、疲れがピークに達したのか、気を失っていた。
「マスター、一応聞いてい?」
「あん?」
どうしてこのふたりを引き込もうとしたの? クロノスの疑問に笑うようにオキは答えた。こうした方が面白そうだろ? オキの言葉にそんなことだろうと思ったと苦笑するクロノス。オキとクロノスはアークスシップにいるメンバーをすこしだけ心配しつつも大丈夫だろうと信じ、キャンプシップを飛ばした。
皆様、ごきげんよう。
最近になってゆるキャン△とオーバーロードにハマりました。
騎空士たちは古戦場が始まり、FGOではアポクリファイベが間近に迫っています。
忙しいGWになりそうです。
さて、来週分ですがGW期間によりあちこち出かける関係で投稿できるか怪しいです。
できるだけ投稿できるように準備致しますが、できなければごめんなさい。
それではまた次回にお会い致しましょう。