SAO ~ソードアークス・オンライン~   作:沖田侑士

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第132話 「120%バカ」

ラスベガスの中心部に位置するカジノホテル『ジュエル・リゾート』。その地下にアースガイドの本部があるというのでエンガに案内をされ、まずカジノエリアへと足を踏み入れたオキ達。

 

ホテル自体大きく、数百mクラスの建物。目の前には巨大な水槽になっており、エンガ曰く地下5階分まで貫いた巨大水槽だとか。

 

ホテル内に入ってみればカジノエリアは大盛況で大声でしゃべらないとお互いの声が聞こえないくらいの騒がしさだった。カード、スロット、ルーレットをはじめとし、様々な大きさのゲームが並んでおり、このカジノはラスベガスの中でも最大級という。他にも遊園地等様々なアトラクションが存在しており、このホテル一つで様々な娯楽が楽しめるとエンガは説明した。

 

アークスシップにも娯楽施設としてカジノエリアや元からある遊園地をできる限り更新し、皆が楽しめるようにとウルクが優先的に作り上げていた事をオキは思い出す。そういえば最近遊びに行ってなかったなと思いつつ、カジノエリアを歩いていると目の前から黒スーツの男2名が見たことあるネコのぬいぐる みを持って搬送しているところに出くわした。

 

オキはその姿を見て惑星スレアで見た『未知なる生命体との遭遇』という記事を思い出した。2人組の男に両腕を持ち上げられつるされながら連行されていく姿はまさに酷似していた。

 

「ったくどこから入ってきたんだコイツ。」

 

「向こうのレストランエリアにある料理を食い荒らしていたらしいが…。」

 

ボソリと聞こえたその声とピクリとも動かないそのネコのぬいぐるみ。いやミケではない。うん、ミケではない。ミケが捕まるはずがないと、見なかったことにして先に進んだ。

 

そんなオキの近くでハヤマは足元にあるメダルを手にしていた。

 

「ふーん。これがメダルねぇ。…どれ。」

 

ふとすぐ近くにあったスロットにコインを入れると電子画面に映し出された絵柄が回転しだした。じーっと見つめるハヤマはその絵柄がランダムである事に気づく。これなら当たる事もないだろうと適当に3つのボタンを瞬時に押した。

 

「そい、てりゃ、おりゃ! …あれ。」

 

そのスロット機は大きく音をだし、光り、大量のコインを掃出し始めた。

 

「うっわすご! ハヤマさん、これ大当たりだよ!」

 

「しかもジャックポットじゃねーか。おーい。こっち頼むわ。」

 

ヒツギは驚き、エンガは近くのボーイにおろおろしているハヤマを任せつつヒツギにハヤマと一緒にいるように指示し、なぜか白目になっているオキを本部へと連れて行った。異常なる幸運を味方にする男、ハヤマの運気は惑星地球でも健在だった。

 

「なんでさ…。」

 

アインスはというと、なぜかそこにいたコマチのポーカーを後ろから眺めていた。

 

「…これと、これだ。」

 

5枚配られた手札の中から好きなカードを交換し、ツーペア以上でダブルチャンスというボーナスゲームができる様になるゲームだが、このボーナスゲームがこのゲームの本質である。上限は設定されているものの、その上限までは何度でも当てたその額をダブルアップできる仕組みだ。

 

「ツーペア。ふむ、成功のようだね。」

 

コマチはその言葉、声を聞いてピクリと頬が引きつる。だが、そのままダブルアップを行った。アインスもその言葉、声には聞き覚えがある。しかし彼がここにいるはずがない。他人の空似だろうとコマチの勝負を見守っていた。

 

最初のダブルアップ勝負。カードはハートの6。コマチは一瞬迷うも上を提示。伏せられたカードはスペードのK。これでツーペアで得た額が倍になった。

 

続いてのカードはスペードのK。コマチは下を提示。伏せられたカードをめくるとダイヤの3。また倍となった。

 

こうして6回ほど勝ち進んだコマチ。

 

「素晴らしく運がいいな君は。」

 

ピクピクと動くコマチの眉。7回目の勝負。カードはクローバーの3.コマチは上を提示した。この下にあるカードは2のみ。確立ならば相当低い。だが…

 

「素晴らしく運が無いな君は。」

 

伏せられていたカードはハートの2.コマチは今までの勝ち上がっていた金額をすべて没収されてしまう。

 

「惜しかったな。コマチ君。」

 

「あ? ああ、隊長か。まぁ別に。勝ち負けはどうでもいい。ただ、こいつのこの言葉だけは異様に腹が立つ!」

 

そのテーブルでカードを配っていた髭を生やした中年のディーラー。アインスやコマチだけでなくアークスすべての怨念を受けて尚、平気な顔をして武器改造を行うスタッフにそっくりだからだ。

 

「もういいや。今日の半汁とお薬分は稼いだし。」

 

コマチの言葉がやや理解できないアインスだが、彼が自分たちとは別の目的で行動している為、特に質問をしなかった。

 

「ほっほっほ。また来たまえ。」

 

「二度とこのテーブルに来るかぁぁぁ!!」

 

コマチの怒号も気にしないこのディーラー。アインスはまさかなと思いつつも、離れてしまったオキとエンガを追いかけて行った。

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ。皆さん。ようこそアースガイド本部へ。私がその長を務めておりますアーデムと申します。どうぞよろしく。」

 

にこやかに笑顔を見せる一人の青年がオキを迎えた。

 

「エンガ、帰還しました。アーデム、こちらアークスのオキさんだ。情報は先に投げたとおり。」

 

「オキです。コンゴトモヨロシク。」

 

オキとアーデムが握手をし、軽い挨拶を済ませた。

 

アースガイドとはなんぞやという事をまず説明したアーデム。

 

マザー・クラスタに対抗するレジスタンス組織で、メンバーはエーテルの具現武装能力を持つ。マザー・クラスタほどではないが社会的に影響力を持っている。

 

元々はエクソシスト・魔術師・陰陽師など、具現武装に近い能力(一般的に『魔法』と呼ばれるような超常的現象)を行使する者が、不可思議な事件・事象を解決する目的で集った組織。古来から悪魔や妖怪といった普段は目に見えない「人ならざるもの(幻創種)」と戦い、人知れず人々を守っていた。

 

近代以降は、現象から人へと活動対象が移り代わり、国家の垣根を越えて紛争解決・和平調停などの役割を担うようになっていった。

 

現在は幻創種を使役して世界を征服しようとするマザー・クラスタに対し、「地球をあるべき状態に戻す」ために抵抗している。

 

しかし旗色は悪く、「使徒」が表だって行動し始めるなど敵の活動が本格化したことで、アークスに協力を求めた。

 

「なるほどねぇ。」

 

「先に起きたヤマト事件、とても見事でした。こちらが対策する前に対処して頂きありがとうございます。」

 

どうやらヤマトとの戦いを見ていたようだ。まぁあれだけドンパチ騒がしくしていれば世界の裏をみているとなると見ていておかしくはないだろう。ベトールの身柄も保護してもらっている。いつマザークラスタに粛清されるかわからない状態だ。なにより本人がマザークラスタより自分の欲を優先している為に向こうにいる理由がないという。頬してもらう代わりに、マザークラスタの情報をアースガイド側で聞き込みをしているそうだ。

 

 

 

ズズズン…

 

 

 

アーデムの説明を聞いている最中、地響きと共に小さな縦揺れがオキ達を襲った。

 

「地震か?」

 

『いいえ、オキさん。幻想種です。その周辺一帯に幻想種が現れて暴れています!』

 

アーデムも仲間からの通信でそれを確認。巨大なモニターに外部の状況を映し出した。外部では幻想種が一般市民を巻き込みながら暴れているようだった。

 

「ちぃ…。」

 

「俺もでる!」

 

オキとエンガ二人はアーデムの居る部屋をでて、外へと走った。道中、ハヤマやアインス達とも合流。ホテルの外へ飛び出した。

途中、そこにいたミケと合流したが、先ほど白いネコのぬいぐるみを搬送していた黒服スーツの男を引きずりながら歩いていた。

「不審な男を発見したから、掃除したのだ。失礼な男なのだ。」

ぼろ雑巾のように引きずられる男に全員合唱。

 

 

 

 

「っち。まさかこんな日中に一般人を巻き込みながら襲撃してくるとはな。」

 

外に出ると煌びやかだった街並みはあちこち煙が出ておりめちゃくちゃに破壊されていた。幸い、シエラが素早く隔離空間を作成してくれたために人への影響は少ないらしい。あちこちに出ているピエロや人のっていないバイク等様々な幻想種が街を跋扈していた。

 

「蹴散らすぞ!」

 

「了解した。殲滅する。」

 

「そんじゃお仕事と行きますかねぇ。」

 

オキの号令と共に幻想種へと攻撃を仕掛けはじめるアークス達。それに続き具現武装を出したヒツギを援護しつつエンガ兄妹も戦い始める。

 

「はは、やるじゃねぇか。剣術とかお兄ちゃん教えたつもりはないぞ。」

 

「自分で覚えたの。そっちこそ、銃の使い方知ってる兄とか幻滅なんですけど? それもアースガイドで教わったわけ?」 

 

背中合わせに戦うヒツギとエンガはニヤリと笑い、暴れまわるアークスを見て自分たちも負けないようにと再び幻想種へ向かう。

 

「説明書を読んだのさ!」

 

本部にいた他のアースガイドのエージェントたちも現れ、数で圧倒し始める。

 

巨大なタンクローリーやUFO等も現れ始めるものの何とかこちら側が有利になっている状態だ。なぜかミケを頭に乗せ、泣きながら幻想種、アースガイド、果てにはハヤマたちにけしかけられている可愛そうな巨大スフィンクス像までも現れる。お前はどっちの味方だミケ。いや、ミケには敵も味方もないのだろう。只々楽しんでいる。そういうやつだ。ハヤマ達がいくらミケが大暴れしているとはいえ、それくらいでへこたれるような奴らではないという事は分かっている。

 

彼らの方は彼らの方に任せ、オキはその一部異様な部分を除いて周囲の様子を見まわした。

 

「…。」

 

襲撃にしては数が少なく、普段のように急に出現したとも思えないかなりの数だ。

 

そして何より幻想種の統率がとれていた事。それはつまり、近くに幻想種を従える具現武装を扱える者がいることになる。

 

オキは気配を察知するため敵の居ない低めのビル屋上へと飛び上がった。

 

「シエラ。どこかに強いエーテル反応無い?」

 

『はいはーい。少々お待ちください。このシエラに、お任せあれ! ありました。ホテルの、屋上です。』

 

先ほどまでいたカジノホテル、ジュエルリゾート。確かにあの建物ならこの周辺で一番高いビルだ。シエラがその場へある移動手段を転送してくれた。

 

『これを使ってください! あの高さならひとっとびです。』

 

「さーんきゅ。さって、飛びますかねぇ!」

 

グリップを握り駆動機関を唸らせ、オキは空へと飛び上がった。『ライドロイド』と名付けられた小型の移動艇は開発部が作成し、オキがそれに対していろいろと要望を追加した試作機の一つだ。尖った先端から延びる流線型のボディに小さく伸びるウィング。そしてそこそこのスピードが出せる小型ブースターを装備。いずれはマイクロミサイルやバルカン等も積む予定だが、今回はまだいい。

 

ブースターを吹かし、一気にホテルの屋上へとたどり着いたオキはそこにいた巨大なピンク色のモンスターと赤桃色のロング髪の女性のマザークラスタの一人を見つけた。

 

「みーつーけーたーぜー!」

 

ライドロイドから飛び降りたオキは、その女性の前へと立った。

 

 

 

 

 

 

 

オークゥ・ミラー。若くして博士号を取得、数々の論文を発表している天才数学者にして、マザー・クラスタの一人で日の使徒。同じくマザークラスタの月の使徒、フル=J=ラスヴィッツとは仲のいいコンビである。

 

この日は同マザークラスタのオフィエルの指示に従い、アースガイドの本拠地であるラスベガス強襲に向かっていた。

 

だが、まさかあんな事になるとは夢にも思わなかっただろう。彼女の運命はこの日から変わってと言っても過言ではなかった。

 

 

 

 

 

 

「つまんない。80%つまんない!」

 

オフィエルによって屋上での待機を言い渡されたオークゥだが、はっきり言って何もしていなかった。

 

オフィエルは新たに加入した新しい使徒の調整だと言って現在はアースガイドの面々と戦っている。まぁ実際に戦っているのは幻想種なのだが。

 

それでも今日ここについてくる必要があったのだろうか。目障りなアースガイドとアークスが手を取って戦い、幻想種に翻弄される姿は見ていていい気分である。

 

しかし自分が動いていない分退屈で仕方がない。

 

「あーぁ。フルでも呼んじゃおうかな…。メルメル。」

 

あまりに暇なのでフルを呼んで話し相手になってもらおうかとメールをした直後だった。

 

「ん? なにあれ。ベガス・イリュージアが乗っ取られてる? あ、でもアースガイドにも攻撃してる。暴走? 70%おじさんはなにやってんのよ。」

 

70%おじさん。もちろんオフィエルの事である。そんな様子を見ていると下から何かが急に上ってきた。

 

「みーつーけーたーぜー!」

 

いきなり変な乗り物に乗って登ってきたロングマントを肩に羽織ったスーツ姿の男が一人。フルの力が加わっていないとはいえ、私だけの力で防御壁作って気配消してたのに、どうしてこの男は私の前に立っているの!?

 

「よう。この間、東京であった子だな? 今回の騒動はお前さん? ちょーっとおとなしくしてもらおうか。」

 

この男、たしかこの間の東京にいたアークスの一人だったはず。そうだ。弱そうとか思ってたらあの70%おじさんの攻撃をいともたやすく防いだ奴だ。

 

名前はなんだったかな。忘れちゃった。興味なかったし。でも…

 

「なんで!? どうして!? 100%ありえない!」

 

「なんでって…。エーテル反応探して一番でかい反応があったのがここだったからな。で? もう一度聞くぞ。ここを襲ったのはあんたか?」

 

男に睨み付けられ、足を一歩後ろに下げてしまった。それをみた男は今までにらんでいたのに急にニカリと笑った。

 

「あー。怖がらせちまったかな。わりぃわりぃ。悪いんだが、もしここを襲いに来たんなら帰ってくれねーかな。できれば一般人を巻き込みたくない。それに俺もそこまで鬼畜じゃない。こんなかわいい子とも戦いたくないしな。むしろ仲良くなりてーくらいだ。」

 

「んな!? かかかわいい!? わわわ…私が!?」

 

「んだよ。自覚してねーのか? こう見えてあちこち動き回ってるから、いろんな女の子見てきたけどあんたも中々可愛らしい顔じゃねーの? おれは好みだぜ。だから、おとなしくしてくれねーかな。」

 

たははと若干恥ずかしがりながら笑う男は言った。その言葉に反応し、自分の顔が熱くなるのが分かる。かわいい!? 私が!? 今まで誰にもそんなこと言われたことが無かった。なんなのこの男。いままで相手にしてきた奴らと何かが違う。私を嫌悪している様子が一切ない。こいつ、私が敵だと知っていてそんなこと言うわけ?

 

でも嘘をついている様子でもない。なぜかわかる。そう、私が天才だから、わかる。

 

天性の才能を発揮し、しかし高い才能を子供だったというだけで周囲に認められず潰されかけていたのを、マザーに助けられた。

 

そうだ、マザーだ。自分を初めて認めてくれたマザーへの恩は、自身の命を賭けてでも返したいと言うほど、その想いは大きい。

 

フルとは似た境遇であり、年も近いためすぐに仲良くなった。そんなマザーの想いを遂げる為に、私はこんなところで狼狽えている場合ではない。

 

「うるさい…うるさいうるさい! あああ、あんたなんか…つぶしてやる!」

 

「マクスウェルの悪魔」と「ラプラスの悪魔」を出現させ、目の前の男へ嗾けた。因果律を弄ってどんな相手だろうと攻撃は届かない。その代りこちらが一方的に殴れる。そうだ、潰れるがいい! 私をバカにした奴らはみんな!

 

「ったく。ま、やるってんならヤるけど? それに思い出したぜ。おめーこの間の東京で、俺の事弱いとか言ったよな。お仕置きだべー。」

 

先ほどまでの優しそうな顔だった男は口元を歪ませ、今まで持っていなかった腕に武器が出現する。緑色と銀色に光る綺麗な武器だ。だが、私だって負けられない。マザーのために。マザーの意思のために!

 

「この子たちには攻撃は一切通用しない! あんたなんかぺしゃんこに…。」

 

 

 

ヒュン! …ドカッ!

 

 

 

「へ?」

 

真横を空を切って何かが吹き飛び、屋上の柵を突き破って下へと落ちて行った。あの男? いや違う。男は目の前で武器を構えている。

 

じゃあ飛んで行ったのは? いや、自分でも理解していた。それが、自分がだした『ラプラスの悪魔』だという事を。マクスウェル達も真っ二つになって床に転がっている。この男があの一瞬で切ったというのだろうか。

 

「ありえない! 120%ありえないいい! なんで因果律弄って触れることが出来るわけ!? 100%届かないようになってるのに!!! しかも…あんな簡単に…!」

 

男は予想もしなかったのか何かに驚いている様子だった。

 

「あ、いや、その。なんかすまん。デカイからてっきり重いのかもって、思い切り力出したら案外軽かったというか…。」

 

謝られた! 私がみじめじゃない! なにこの男! もう許さない! 

 

屋上中にマクスウェルとラプラスを出現させ、男に嗾けた。

 

「うー…! ばーか、バーカ! 120%ヴァーカ!」

 

この数をたった一人で相手できる確率は0%。ありえないんだから。いくら攻撃が届いたって、いくら力が強くったって。この数なら!

 

「っふ。」

 

男が笑い腕に付いた武器を振り回した。その光景はオークゥにとって以後夢に見るほどの光景であった。

 

振り回した武器はワイヤーにつながっており、それが床を削りながらラプラスやマクスウェルを切り刻み、吹き飛ばしていく。切り刻むだけでなく、武器自体が風と雷の力を持っているのか振り回すたびに風が舞い、雷が走る。一瞬の出来事であったが、オークゥにはそれがスローで見え、目に焼き付いた。

 

「あり…えない…。」

 

自分の力全てを込めたつもりのラプラスやマクスウェル達は一切合切吹き飛ばされ、屋上は彼の攻撃の余波でぼろぼろに崩れかけていた。

 

分かっているのは自分の周囲と彼の周囲の床だけは綺麗に残ったまま。つまり、あれだけ大暴れしたというのにも拘らず、彼は私を避けて攻撃したのだ。

 

なんで? どうして? 私は敵なのに…。どうしてこの人は私を攻撃しなかったのだろう。理解できない。計算が、できない。

 

「お、おい。まて!」

 

「…えっ?」

 

あまりの光景を目にした為に近いが追いつかず、フラフラと後方に下がってしまったオークゥの足はボロボロになった屋上の床を踏み外してしまう。

 

丁度そこへオークゥに呼ばれたフルが到着した。

 

「クゥ~。来たよー。…え?」

 

異空間を抜けオークゥから呼ばれた場所へと到着したフルだったが彼女の目に映ったのは、目の前に広がるボロボロになった屋上。そしてう今まさに足を踏み外し、バランスを崩して落ちそうになっているオークゥの姿だった。

 

「フ…ル…。」

 

「ッ!? ダメ!」

 

手を伸ばすも届かず、大事な親友は屋上から下へと落下してしまう。地面まで約数百m。いくらエーテルで多少身体能力を上げているとはいえ、落下スピードによる衝撃を和らげることなど不可能だ。ましてやフル自身の能力では彼女を助ける方法はない。

 

何とかしないとと思うフルの横を猛スピードで何かが通り過ぎて行った。ソレはオークゥを追いかける為に自ら屋上から飛び降り、真下へと急降下していった。フルは下から吹き上がってくる強風を凌ぎながらソレの正体を見た。

 

「あれは…アークス?」

 

やらかしてしまった。まさか後ろにあったはずの柵すらも吹き飛ばしていたなんて。自分や来てくれたフルの能力ではこの状況を打破することはできない。

 

数百メートルもあるその高さから落下する自分の身体のスピードの計算ができるほどなぜかすっきりしていた。

 

少なくとも距離、スピードから落下時のエネルギーを踏まえていくら下に水があるとはいえ、その表面はコンクリート並になる。

 

周りがゆっくりに感じる。たった10秒数秒間。だが、なぜか長く感じる。

 

「マザー…フル…ごめんね。」

 

涙を流し、短い人生で唯一優しくしてくれた二人に感謝した。その時だった。

 

「つかまれ!!」

 

何かが一緒に落下してきた。そして自分を捕まえるとしっかりと抱きしめ、抱きかかえた。それが、先ほどまで戦っていた男とわかったのは水に落下するのとほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

脚を踏み外したオークゥを追う為に自分も床を蹴って空中へと落ちた。しかしそのままではスピードが間に合わない。

 

エルデトロスを後方へ向け、風を送り加速させる。オークゥへと追いついたオキは、しっかりと胸に抱きしめ彼女に負荷が出来るだけかからないよう自分の身体を地面側に。そしてエルデトロスを地面側に向け風を噴出させるのと水面に落下するのはほぼ同時だった。

 

大きな水柱をたて、巨大プールに落ちたオキとオークゥ。オキはここがプールでなく地面だったらと考えるとさすがのアークスもただでは済まなかっただろうと思いつつ気を失った彼女を抱え水槽から這い上がった。

 

「ふうー…ん? おい、おい! しっかりしろ!」

 

オークゥの意識はなく、息もしていない。胸に耳を当てると鼓動の音が聞こえた。水を飲んだらしい。このままでは息が出来ずに死ぬ可能性がある。

 

男ならまだしも、女の子が目の前で死ぬのは目覚めが悪い。

 

「必ず助けてやる。」

 

そういってオキはオークゥの口を塞いだ。

 

「ん…んん…んんん!? げほっげほっ!? ちょ…なななな…。」

 

想いきり水をかけられたオキは持っていたタオルで顔を拭きながら顔を真っ赤にして驚いているオークゥの頭をポンとたたいた。

 

「息が出来たか…。よかった…。無事で…。」

 

ほっとし、微笑んでいるオキの顔を見て、唇を奪われたことも、一緒に死んでしまうかもしれない可能性があったことも、何もかもを言う事ができなくなってしまった。

 

「…クシュン」

 

小さくくしゃみをしたオークゥ。彼女は水浸しのままだった。それに対しオキは一滴も水がついていない。オキはエルデトロスの力で水をはじいたのだ。

 

オキはぬれていないコートを座り込んでいるオークゥの肩にかけた。

 

「ちーとタバコくさいかもしれんが、ないよりましだろ。…そんな驚いた顔をするな。『野郎に厳しく、女の子に優しく』。それが俺のモットーだ。気にすんな。 …あ? 俺だ。 なんだって!? ヒツギが切られた上に連れ去らわれた!?」

 

オキは大急ぎでその場を後にし、ポツンと一人オークゥは残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

気が付けば唇を奪われていた。水を飲みこみ、呼吸できなくなっていた事はすぐに理解できた。そしてあの顔。

 

ほんと、120ばか。自分の命も危なかったかもしれないのに、一緒に落ちて、助けて勝手にどっかいって。

 

ぬれた身体を温める為に貸し与えたと思われるこのコート。80%タバコくさい。でも…なんだろ。嫌いじゃない。

 

フルはしばらくたってからホテルから出てきた。エレベーターが停電で動かなくなっており階段で降りてきたそうだ。あの70%おじさんに頼めばよかったのに。最初もそうやってここまで来てくれたんでしょ? そういうとフルは『あっ。』って。

 

それでもそんなことも思いつかないくらいテンパってて、何十階もあるホテルの階段を走って降りてきてくれたんだよね。ありがとう、フル。

 

拠点に帰った後、暫く自室に籠った。あのコートを抱えて。コートの中にはまだ10本ほど入っているタバコと、ジッポライターが入っていた。

 

あの男の、オキというアークスの持ち物だろう。私はしばらくの間、あの顔を忘れることが出来なかった。

 

「ほんと、ばか。」

 

 




みなさまごきげんよう。

EP4のやりたかった事、その2です。クゥちゃんかわいい。

今回でラスベガス編が終了。次回は月へ乗り込む場面です。PSO2では月に乗りこんでいる時に、ある事件が起きます。

その事件の解決方法と言えば? 次回も楽しく書かせてもらいますね。

では次回をお楽しみに。

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