恋愛物語集。   作:Aru96-

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次はいろはすだよとか言っておきながらのガハマさんでふ。


二人のこれから。

 

 

 

 

 

「ねぇちょっと、ヒッキー? 聞いてる?」

 

「あー、聞いてるぞー、小町可愛いよなー」

 

「絶対聞いてないよね!?」

 

おかしい。普段教室では滅多に話しかけてこない由比ヶ浜は今日に限って休み時間のたびにとことこと来ては前の席に座って話しかけてくる。いやまぁなに、嬉しいですよ。かなり。

そんな朝からテンションの高いガハマさんの会話を受け流しつつ教室内の好奇な目線を回避したい気持ちでいっぱいだ。何なら一人で居たい。なにが一番辛いって獄炎の女王の視線がグサグサと突き刺さって胃に穴が開きそうで軽く鬱になりそうなレベルで辛い。

 

「それでさー、ゆきのんがねー、可愛いんだよー。パンさんが、パンさんがって言ってて超可愛いの!」

 

先ほどから我らが部長の雪ノ下の話を続けている。まぁ俺らの話す内容は実際、ほとんどが雪ノ下か部活の事くらいしかない。それでも、その事が少しだけムカムカする。

別に由比ヶ浜が悪いわけじゃない。そういう内容しかないという事が妙に寂しく感じる。こいつとはもっと、雪ノ下の事じゃなく別の話、近状や趣味の話をしたい。ほら、俺ってぼっちだからいつか来る異性との話の盛り上げ方とか興味持たれる話術とか勉強してたし。

まぁ、そういう話は大体葉山とかそこら辺と話してんだろ。他の連中と。

 

「ほら、チャイムなったし席に戻れよ、三浦も寂しがってんぞ」

 

「あ……うん…」

 

丁度いいタイミングで予鈴が鳴る。由比ヶ浜は自席に戻っていく。その時に見せた表情が俺は忘れられなかった。

確かに他の連中とプライベートな面を話している所を想像しただけでなに、モヤモヤはしたけどあんな態度する事はなかったと反省する。

 

「はぁ、やっちまったなぁ」

 

思うように上手くいかない。そんな自分が情けなくなって枕に顔を埋めたくなる。今の今まで失敗で間違い続き、異性どころか同性との会話まで他の一般高校生より圧倒的に経験値が足りない。Lv1のまま中ボスに挑む感覚。挑んだ事ないけど。なんなら完膚なきまでにボロクソにするため限界までLvを上げるまである。

数学の授業など分かるわけもなく黒板に書かれている数字の羅列をぼーっと眺めながら時間だけが過ぎていく。

 

 

 

 

 

"結衣って呼んで?"

 

 

 

 

 

いつかのバースデーにそんな事を言われた気がする。あの時は騙し騙し呼んだがそれでも結構恥ずかしかった事は覚えていて、それでも少しは距離が縮んだかなって思って嬉しかった。ここだけの話、自室で一人の時はたまに呟いてみたりする。

 

いつの間にか授業は終わっていて部活に行く時間。生徒たちが波のように教室から出て行く中、俺は未だ机に肘をついて目の前を眺めている。特に目を奪う景色がある訳じゃない。さっき変わらぬ光景がただ見えるだけ。

日直が綺麗にしたであろう黒板と小さい棚にいくつもの本が敷き詰められて棚の上には綺麗な小瓶に一輪の花。平塚先生が婚活で出会った男性に頂いた花らしく、なぜかこの教室に飾っていた。なにとぞ幸せになっていただきたい。

窓から聞こえる人の声、吹きぬけるように走る風が俺の髪を揺らす。それに乗った潮の匂いが鼻腔をくすぐり、むず痒い。

今一度脳内で再生される由比ヶ浜の声。照れたように顔を真っ赤にしてこちらの様子を伺うよに聞いて来たのは今でもはっきりと覚えている。

 

「……結衣」

 

うわ、めちゃくちゃ恥ずかしい。やっぱり慣れるもんじゃないな。身体に熱がこもり変な汗を掻く。

 

「結衣……結衣…結衣」

 

呼ぶと同時にいろんな表情の由比ヶ浜が頭に浮かぶ。それら全部が愛おしくてたまらない。だが、今頭に浮かんでいる顔が他の人にもやっていると考えたらさっきよりも霧が濃くなるようにモヤモヤする。

まぁなに、俺だけの由比ヶ浜じゃないし、他にそういう事してる可能性もあるし、なにを今更。葉山だって由比ヶ浜を名前で呼んでるし。

 

「……チッ」

 

これ以上考えるとどうにかなりそうで少し強めに机を叩くと横にかけてある鞄を持って教室を出ようとすると一人の少女と目が合ってしまう。ぶっちゃけ由比ヶ浜です。

教室にいる事、それはいいのだがさっきの名前で呼んだ事がバレていないか内心ヒヤヒヤしている。それが聞かれていたら黒歴史に新たな1ページが加わってしまう。それはマジでごめんだ。

 

「ひ、ヒッキー、今名前で」

 

「いや呼んでないから、なんなら一生呼ばない」

 

「やっぱり呼んでたじゃん」

 

「ふん、仮に呼んでいたとして何か問題でもあるか?」

 

「開き直った!?」

 

さっきまで顔が真っ赤だった由比ヶ浜はいつの間にかいつも通りの顔色に戻っていた。

それでも頬は色っぽく染まっていてゴクリと喉を鳴らしてしまう。

 

「やっ、でも嬉しいっていうかずっと呼んでほしいっていうか」

 

たははと遠慮気味の笑顔、お団子をくしくしと触りながら戸惑いながら見つめてくる。その顔はやめろ。息苦しくなる。心臓の音がやけにうるさく聞こえる。俺はまた間違えてしまったのか。まだお互いの距離を測っていた頃を思い出す。互いに互いが遠慮して遠ざけて、それでも近づいて来た、それを許したのは俺でそれが由比ヶ浜だったから。あの時は由比ヶ浜が無理やり俺のパーソナルスペースに踏み込んでいなかったら今の関係はなかっただろうし、それにこればっかりは間違えたくない。

 

「そうだな、まぁ二人っきりの時は呼んでやらなくもない」

 

「あ、うん、ありがと…」

 

この返しでよかったのだろうか、今更になって後悔の念が押し寄せてくる。どうしたものか、この教室には由比ヶ浜と二人っきり、部活の時間はもう始まっている。遅刻は確定していてプラス雪ノ下による罵倒も確定。でもそんな事はどうでもいいと思えてしまうほどに由比ヶ浜との二人の約束が嬉しくあった。

 

「ほら、もう部活行くぞ、雪ノ下に怒られる」

 

「あっ、うん」

 

急に話しかけてびっくりしたのか、わたわたと手をブンブン振りながら俺の横に並んで教室を出る。いや、出口近いんだから待ってりゃよかったのに。

 

「なぁ、近くない?」

 

「い、いつもこんくらいだし! ヒッキー等々頭まで腐っちゃった?」

 

何故罵倒が混ざったのか聞きたい所存である。

 

「……まぁいいけどよ」

 

「うん、いいのだ」

 

どうであれまた一歩か二歩、由比ヶ浜との仲が縮まった事に嬉しく思い、途中誰もいない事を確認するとさりげなく手を握ってきた事に多少ビックリしたが嫌ではない。これ以上手に汗をかかないように全神経を集中させながら夕日が差し込む廊下を二人で歩いていた。

 

 

 

 

 


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