フェイル   作:フクブチョー

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第三十九罪 牙がぶつかる音がする

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

警告音が監獄全体に鳴る。地下かつ密室なこの場所ではこの手の音は尚更よく響く。

しかしヴァリウスが繋がれているこの場所は監獄の中でも最深部。厳重に閉じられた扉の向こうにある牢獄。ここまでは流石に警報の音も聞こえてこない。

 

しかし……

 

───なにかあったな……

 

浅く沈めていた意識が異変を感じ、覚醒する。百戦錬磨の戦士である炎狼は肌に感じる空気からこの監獄に異常が起こった事を確信していた。

 

───まさか……

 

いや、そんなはずは無いと言い聞かせる。自分の事は見捨てろと厳命した。チサトにも頼んだ。この帝国で数少ない信頼できる自身の腹心だ。あの三人が勝手に動こうとすれば止めてくれるはず。

 

幾らでも脳裏によぎる不吉な仮説を否定する理由は思い浮かぶ。しかし、嫌な予感が消えない。首筋の傷が疼く。

 

「───来るな……来るなよ」

 

心からの願望は闇の中で薄く響き、消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

喧騒に包まれる地下、対応に追われる看守達の中で一人、落ち着いて行動する人物がいた。

 

「リィ署長!」

「状況を報告しろ」

 

艶やかな黒髪を腰まで伸ばし、切れ長の瞳を持つ見目麗しい女性。投擲用の短剣を身体中に纏っており、額に目のような道具を付けている。人によっては不気味に見えるそれを帝具と知っている者は数名である。

 

「はっ、第0階から地下一階にかけて独房が解放されている模様。賊は徐々に深部へと侵入していっている様子です!」

「やはり外部からの手か。今賊達の位置は地下二階層以下か」

 

リィが目を閉じる。同時に額につけられた目のような帝具が開いた。

 

五視万能・スペクテッド

 

それがいまリィが使用している帝具の名だ。能力は異常視力。額に装着することで、使用者は五つの異常視力を得ることができる。

 

「遠視」…夜間や霧などに左右されず、はるか遠くまで見通せる能力

 

「洞視」…相手の表情を読み取り、思考を読み取る能力。観察力の究極系

 

「未来視」…筋肉の動きで相手が次にどんな行動を起こすか、正確に予測する能力

 

「透視」…相手が武器などを隠していないか、衣服を透かして見る能力

 

「幻視」…相手がもっとも愛する者の姿を、その目の前に浮かび上がらせる能力

 

この五つである。今リィが使っているのは遠視の力。光が届かない闇であろうと彼女にはハッキリと見える。

 

───こいつらか

 

地下二階層、独房の鍵を破壊している集団を見つけた。若い女の侵入者達だ。自分が見覚えないという事は、少なくとも手配された犯罪者ではない。

 

───……いい動きだ。今から追っても二階層には間に合うまい

 

「地下四階層の守備を固めているのは上から派遣された軍人達だったな」

「はい!エスデス軍直下、三獣士の皆様です!」

「ならば最悪でも即殺はされまい。地下の守備にこちらからはザングを向かわせろ。コレの使用も許可する」

 

額から帝具を外し、手渡す。この監獄に勤める者達は全員スペクテッドが装着可能か調査があった。その結果、使えるのは自分と首切り役人として監獄に従事している彼の2名だった。

 

「署長は如何しますか?」

「私は出入り口の警護に移る。この監獄の脱出口はあそこだけだ。逃げようとする者達を水際で食い止める。貴様らは解放された囚人達を一人でも多く制圧しろ」

「positive!」

 

命令を出しながら、リィは侵入者達の目的をおおよそ理解していた。監獄という地獄にわざわざ飛び込んでくる理由など、多くはない。そして処刑当日の深夜というこのタイミング。尋ね人が誰か、容易に推察できる。

 

───ヴァリウス様……コレでいいんですよね

 

一度彼の獄舎に顔を見せに行った時、ヴァリウスは自分に言った。俺を殺すことに全力を尽くせ。お前が動く時は今ではない、と。

 

かつて炎狼に恩を受けた狼未満は迷う心を引きずったまま、自身の持ち場に移った。

 

 

 

 

 

 

 

階下へと走りながら、三匹の小狼は計画通りにいかないことに焦っていた。

 

「署長ってヤツいないね……ひと目でも見れれば変装出来るのに」

 

リボンのついたヘッドホンを身につけ、飴玉を咥える少女、チェルシーはまだ変装が出来ないでいた。

 

「思ったより動きが早い…帝国軍人なんてあいつ以外全員無能かと思ってたけど……署長ってヤツは違うっぽいな」

「守りの大切さを理解しているのだろう。いい長だ」

 

看守達の動きを見て、野性味はあるが、整った容姿をした少女、レオーネは嘆息し、変わった形の槍を持つ黒髪の美少女、ファンは状況を的確に把握する。獄中の混乱は予想以上に早く収まっていた。コレは署長が先頭に立って指示を出したおかげだろう。

 

「静かにこっそり命大事に、のプランAはダメ、かぁ」

 

プランA計画では署長室にいるはずのその人にガイアファンデーションを用いて化け、内部のゴタゴタに紛れて、こっそり地下へと侵入する計画だったのだが、未だ四人とも偽装はできていないでいる。あわよくば護送中を装って静かにヴァリウスと脱獄できる最良の計画だったのだが、是正が必要となりそうだ。

 

「こうなったらスピード勝負。さっと行ってパッと助けよう」

「そうね、プランBで行こう。タエコ、しばらく深部に侵入出来れば、退路の確保に移って。ルートはパターンAで」

「わかった。ヴァリウスをお願い」

「ファンとレオーネは私と。荒事があったらお願い」

「いいけど…お前も少しはヤれよ」

「チェルシーは私が、守る」

 

静かに安全に遂行する計画から即断速攻、少しでも早くというプランに変更する。三人の中で最も腕利きのタエコは退路確保の為の外敵の処理。何かと器用なチェルシーは鍵の開錠のため、救出班に分かれた。

 

「じゃあ行動開始。各員、死なない事を心がけて。タエコもヤバイ相手だったらやらなくて良いから」

「わかった。その時は四人でやろう」

 

タエコが踵を返す。瞬く間に上階へと登っていく。逃走ルートの敵を掃除に向かった。

 

「さ、急ぐよ」

 

屋根伝いなど、人目につきにくい移動を続けていた4人は階下を下り、走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「飛んで火に入る夏の虫ってヤツをホントに見たことは俺ぁなかったんだが…」

 

村雨を腰の鞘から抜きつつ、ゆっくりと歩く。眼の前に立っているのは黒い虫の大群を引き連れている妙齢の美女。艶やかな黒髪に大陸風の衣装が特徴的な女。

 

「まさか人間と虫の両パターンを見られることになるとは思わなかったぜ」

 

騒動が起こり、出入り口の警備を強化するため、ゴズキは部下を連れてこの場に来ていた。

 

「テメエ、オールベルグだな」

「メラ様、ここは私が」

「ダメよギル。こいつ、男だけど強いわ」

 

メイド服姿で彼女の側に控えていた大柄な女性が拳の骨を鳴らしつつ前に出ようとしたのを止める。男と戦うことはメラルドは好きでは無いが、怪しく美しい刀を持つこの壮年の男の相手を部下二人にさせるには危険過ぎる。

 

「ギルとドラは後ろの二人をお願い。こいつは私がやるわ」

「了解」

「承知しました」

「スズカ、メズ。やれ」

「はーい」

「ったく、なんで育児放棄クソ親父の命令なんて聞かなきゃいけないんだか」

「メズ」

「わかってるよ、やればいいんでしょやれば」

 

現皇拳寺羅刹四鬼の二人が前に出る。帝都の警備に駆り出された正規兵の代わりに、少数精鋭で監獄を護衛するため派遣された手練れだ。

 

「場所を移すよ。メラ様の虫に巻き込まれたくないんでね」

「好きにすれば。同じ事だから」

「こちらも移りましょう。貴方が虫に喰い殺されたければ別ですが」

「フフフフフ、虫に責められるってのも悪くないけど、仕事だから我慢しよう」

 

四人がこの場から離れる。気配が感じられなくなったのを確認すると、ゴズキとメラルドは戦闘態勢に入った。

 

「虫ケラが。一匹残らず潰してやる」

「男相手には容赦しないわよ」

 

黒く蠢く大群がゴズキに襲いかかる。その全てを村雨が撃ち落とす。元羅刹四鬼にして帝具使いの手練れと危険種に分類される害虫を自在に操るオールベルグ首領が激突した。

 

 

 

 

 

 

 

「あー、キタキタ」

 

楽しげな声と共に暗闇の中を躍り出る。凄まじい速度で監獄を駆け抜けていた女達の足が止まった。

 

「三人か……ねぇ、誰が誰の相手する?」

「女ばっかりかよ。対して経験値持ってそうじゃねえなぁ」

「油断するな。どんな相手であろうと全力を尽くせ」

 

少女と見紛う中性的な容姿の少年。大斧を担いだ大柄な男。そして彼らを束ねる壮年の男性。一目見て只者ではない迫力を纏った者達が闇の中から現れる。

 

「…………なに、こいつら」

「多分、此処の警備の連中だろうけど」

 

警戒の度合いが一段高くなる。今現れた三人の纏っている軍服はかつて師が着ていたものだからだ。恐らくこいつらは……

 

「名乗っとこっか。僕はエスデス様直属の僕。三獣士、ニャウ」

「同じくエスデス様の僕、三獣士、ダイダラだ」

「エスデス様の副官。三獣士、リヴァ」

 

やはりというべきか。エスデス軍。それも巷で名を聴く三獣士。恐らく鬼揃いのエスデス軍の中でもこいつらは最上位の強さを持つ軍人。

 

各々、武器を構える。簪で髪を飾る少女は腰の剣に手を掛け、艶やかな黒髪を腰まで伸ばした美女は形状の特殊な槍を握りしめる。そしてヘッドホンを着け、飴玉を咥えた少女は見えない程細い強靭な糸と師から貰った大切な短剣を構えた。

 

「炎狼のヴァリウスの弟子、我こそ死神、元オールベルグの息吹、タエコ。無常の風、汝を冥府に導かん」

「同じく炎狼が弟子、チェルシー。臆病が長所だけど、やる時はやるよ」

 

迷いなく、そして誇り高く自分を炎狼の弟子だと宣言した二人に、ファンは少し気後れする。彼の弟子だという自覚はあったが、自分はこの二人とは違う。私は復讐のために彼を利用した。この二人のように名乗る事に今までは抵抗があった。

 

だが、今は違う。

 

───利用するためじゃない。私の家族を取り戻す為に、私は戦う。

 

「炎狼が三弟子の一人にして、バン族最後の生き残り、ファン!推して参る!!」

 

氷の女神と炎の狼の弟子。三年をかけて育てた次世代を担う戦士達の戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コッチです」

 

関係者以外使用不可の通用口からコッソリと侵入する二つの影がある。一人は底の厚い眼鏡に繁華街でよく見られるチャイナ服を着た少女。軍でヘマをやらかした為、監獄に出向されていた女、シェーレ。ローブを纏い、顔を隠した人物の手を引いて階下へと下りる。

 

「ゴメンね、手引きするような真似させちゃってさ」

「気にしないでください。もう帝国に未練もありませんので」

 

ローブの少女、コルネリアの頼みを聞いた時、シェーレはもう帝国を出る覚悟を決めていた。ヴァリウスの教育のおかげで、今は大概の書物は読める。その甲斐あって、今まで見えなかったものも見えるようになっていた。このまま帝国の圧政に手を貸していては人の役に立ちたいという自分の望みを叶える事は不可能だともう理解している。

 

「それより足元気をつけてください。ここからかなり暗くなりますから」

「大丈夫。私、野育ちだから夜目が利くのよ」

 

灯など一つもない夜の森で訓練を受けてきた。あの闇に比べれば、蝋燭一つとはいえ、光があるこの状況はコルネリアにとって昼間と変わらない。

 

危なげなく階段を下っていくコルネリアを見ながら、シェーレは安堵していた。此処まで来ることが出来れば戦闘の可能性はほぼ皆無だからだ。蝋燭があるとはいえ、10センチ先さえ見えないこの暗闇。コルネリアのように夜目が利く者か、シェーレのように慣れている者でなければ、身動きさえ取る事は難しい。戦闘などまず不可能。

 

───少なくともヴァリウスさんを檻の外に出す事は問題なくできそうですね。

 

この監獄の出口は一つしかない。荒れるとすればそこからだと考えたシェーレの判断は間違っていない。そもそも、この最深層には看守もいないのだから。

しかし、末端であるシェーレは知らなかった。刑の実行のため、監獄の兵隊が帝国の警備に出払った代わりに秘密裏に育てられた暗殺部隊が少数精鋭で地下の守りについていた事を。

 

そして、その暗殺部隊はコルネリアと同じ環境で訓練された戦士達だという事を。

 

「う……そ」

 

あともう一つ、階層を下ればヴァリウスの檻に到着する。そんなところで彼女達は出会った。

 

「コル姉……なの?」

「ポニィ…」

 

赤みがかかった茶髪をポニーテールに纏めた少女が、愕然とした表情を見せる。

 

そして

 

「…………」

「アカメ」

 

赤い瞳を宿し、心に迷いを抱えたの黒狼が、シェーレとコルネリアという、炎狼を救うと決意した二匹の狼の前に現れた。

 

 

 

 

 

 




後書きです。現在の状況
メラルドVSゴズキ

三獣士VS三弟子

アカメ&ポニィVSコルネリア&シェーレ

とまあこんな感じですね。ついに狼達がぶつかり合います。はてさて生き残るのは誰なのか。作者にすらわからないって言う……ゴホン、それでは励みになりますので、感想評価よろしくお願いいたします。面白かったの一言でもいただければ幸いです。時間が掛かっても、感想には必ず返信します。

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