アリアは踊る   作:mera

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第二十話

ゴポッという音で目を覚ます。温い培養液の中で身体の確認をする。

全身がきちんと動くことを確認し、もう少し眠りに就こうとして。溶液が排出される。

「二度寝はダメよ。スタイリッシュじゃないわ。」

「ケホ、ケホ。・・・・・・ドクター。ご無事で何よりです。」

「貴女のおかげよ。」

タオルと白衣を受け取る。後、紅茶を。

「クロメは。あの子のことですから起きるまで傍を離れないと思いましたが。」

「今は忙しくてね。暇なのは謹慎処分を受けた私だけなの。」

「謹慎で済みましたか。不幸中の幸いですね。」

「私のスタイリッシュ(大事)な駒が壊滅した中で唯一の幸運よ。あぁ、そうそう貴女はお咎めなしよ。ただ、大臣との面談が待っているけど。」

帝具を四つも失う羽目になったのにお咎めはなしですか。

それは少々周りに示しがつきませんね。いえ、値段の書いてない値札を渡されたと考えましょうか。

「ここからはあなたの身体の話。一通り確認しているでしょうけど聞きなさい。」

「過負荷で脳の一部が壊死しているのでしょう。クロメと同じように。」

流石にどこまで壊死しているかはパッチワークでも使って開いてみないとわかりませんが。

「検査の結果、今は壊死による身体の異常は出てないけれどね。他には自律神経の機能低下。麻薬中毒者の末期でもここまでひどくないわよ。」

寒気と暑気が繰り返す異常を今更確認する。パッチワークで制御しますかね。

これくらいならどうとでもできます。

「どうせ死ぬと思い無理をしましたから。道理で節々が少し痛く、寒気と暑気が交互に来るわけです。」

「普通なら自殺する症状なんだけど。スタイリッシュとは言えないわ。」

「今の私がですか。」

確かに震える私は無様でしょう。もう暫くすれば普通に過ごせるのですが。

「そうじゃなくて生きるのを諦めたことがよ。貴方が死ねば泣くどころか後追いする子がいるのに死ぬのを許容した。スタイリッシュと言えるかしら。」

「私の生です。どう死ぬかくらい自由ではいけませんか。」

「そう言い張るには背負っているものが多すぎると思わない。」

クロメにタツミにティーアガルデン。・・・・・・確かに死ぬのは無責任でしょうか。

「勝手に助けて勝手に背負って勝手に捨てる。スタイリッシュじゃないでしょう。」

「・・・・・・そうですね。でも戦うことはやめませんよ。」

ただ、戦って、戦ってその果てに生き残るよう努力しましょう。

「分かってるわ。どんな戦いでも生きて帰ってきなさいって言ってるだけよ。」

「次からは本気を出すことも考えに入れましょう。それではドクター。」

一礼してドクターから離れていこうとすると呼び止められる。

「ああ、ちょっと待ってくれるかしら。私の旧研究所から廃棄していたサンプルを逃がした悪い子がいるんだけど。」

「見つけて消してくださいですか。それとも。」

「それともの方よ。ちょっとしたお仕置きで済ましてあげて。ある程度のお気に入りなのよ。シュラちゃんは。……お仕置きはスタイリッシュな物だとなおよしね。」

「善処はしますよ。ドクター。」

 

 

「おお、アリアさん。歓迎しますよ。」

「オネスト相国。お久しぶりです。帝都警備隊の件はお力添えありがとうございました。」

この国を支配する大狸に呼び出される。常人なら逃げだすでしょうね。悪事を働いていようといなくとも。

「ぬふふふ。その件も貸しにしておきますよ。今回は大変でしたね。」

「自分勝手に助けに行ってこのざまです。この身に限るならどのような罰でも受けますよ。」

「貴女は自分の重要性を理解していない。過少評価は罪ですよ。トスカーナ家と言うだけで計り知れない価値があると言うのに。」

貴方にまで窘められるとはよほど私を評価してくれているのですね。たかが家柄だけの小娘に過ぎない私を。

「過大評価です。もし私が価値ある存在だと思われるのは偏に家族と部下のおかげです。」

「貴女が死ぬとその部下と家族がどう動くか分からないから怖いのですよ。帝国に決定的な不利益をもたらさないかぎり私を裏切らないと確信できる貴女と違って。」

おや、貴方にも恐怖という感情があったのですね。この国を自由にできる立場だと言うのに。

支配者は傲慢であるべきだと思いますよ。気苦労が少なくすみますから。

「私は裏切りますよ。貴方の死が帝国の益となるなら。」

「私の死が帝国の益になること自体が末期的な事態でしょう。末期的状態まで味方でいてくれると言うのは中々得難いものなのですよ。」

「末期的。各地の太守が反乱して、異国の軍が攻め込み、革命軍が火事場泥棒を働く。確かに末期的状況です。その時は貴方と皇帝を弑するしかないですね。」

「その状況を何とかする策がある貴女の価値が低い訳ないと思うのですがね。」

私一人で何とかするわけではないですから。エスデスやセリュー。クロメや部下が居てこそです。

私一人で出来る事などせいぜい革命軍を撃滅する事だけでしょう。それくらいエスデスやセリュー。クロメならできます。

「いつも過大な評価をありがとうございます。それでお話とは。」

「ああ、そうでした。実は私息子が居るんです。やんちゃ盛りの息子が。」

「ドクターのお気に入りの方と同一人物ですか。」

「昔ならともかく今は息子の交友関係を完璧に把握しているわけでないですからねぇ。シュラというのですが。」

ドクターのお気に入りですね。ドクターの廃棄したサンプルを逃がすのはやんちゃで済むものなでしょうか。

「貸しの返し方はその子の尻拭いですか。余程愚かではないかぎり助けるとします。」

「私も人の親ですからねぇ。羅刹四鬼も派遣していますから。頼めるのは貴女だけなんですよ。」

「もう既にやんちゃしたようですよ。人の形をした新型危険種で被害は出ていませんか。」

「報告は聞いていますよ。そうですか。やはりシュラでしたか。全く利益にならない事をするなんて困った子です。」

「それを利益にして見せるのが貴方でしょう。……証拠は消しておきますよ。イェーガーズに顔を出さなければなりませんので。それでは。」

別れ際に声をかけられる。振り返らずに聞いて言い返す。

「死なないでくださいね。貴女が死ぬと気苦労が増えますから。」

「そちらこそ。貴方が死ぬと小悪党が分をわきまえなくなりますから。」

 

 

 

「あ、お姉ちゃん。起きたんだ。」

書類しか見えない机から愛しい妹の声が聞こえる。書類仕事は私かエスデス。もしくはセリューの管轄なのですが。

「お疲れ様です。エスデスや他の隊員は新型危険種討伐ですか。」

「うん。そうなんだけど。エスデス将軍はタツミと一緒に行方不明になって一時的にセリューさんが指揮とってるの。その関係で書類を捌けるのが私しかいなくて。……ごめん、眠気が限界。膝を貸してお姉ちゃん。」

「はい、どうぞ。……エスデスと一緒ならタツミも生きているでしょう。書類を片付けることにしますか。毛布と紅茶を。」

クロメ付きの侍女に言いつけながらこれからを考える。

面倒を見る事になったシュラという青年。一体どのような性格なのでしょうか。

今回の事だけで推察すれば人の死を愛する狂人でしょうか。

それともただの刹那主義。

まぁ、何れにせよ。あの大臣の息子です。見捨てるほどの愚物ではないでしょう。

大臣の権力が通用しない諸国を旅しているようです。親の権力を借りる事はなく自らの実力で何かを為すでしょう。

恐らく、悪事でしょうが。

ああ、セリューを止めるためにまた殺し合い(踊ること)が出来ます。楽しみです。

でも死ねませんね。膝元の妹の寝顔を眺めながらそう思う。

「勝手に救って、勝手に愛したのです。せめて勝手にいなくなることは無いようにしましょうか。」

ああ、紅茶が美味しい。これも生きていないと楽しめませんね。

少し我儘に生きましょう。死ぬかもしれない世界で絶対に生き残る。そんな我儘を押し通しましょうか。

踊って(殺して)殺して(踊って)踊り狂いましょう(血に狂いましょう)

その果てにたった一人になるまで私は生きる(殺す)事にしましょう。

生きる価値がなくとも生きている必要がなくとも生きましょう。

「貴女の為に。彼らの為に。彼女らの為に。私は生きるとしましょう。」


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