ザンクとの戦いから一夜明け。タツミも表面上は立ち直りました。そんな風に思えます。
帝具 五視万能 スペクテッドは警備隊本部特別保管室においてあります。大臣辺りが持っていくのでしょうか。
「お疲れ様でした。……これからはどうするおつもりで。」
「そうだな。どうしよう。」
目的は果たしたのです。私からすれば残念ですが村に帰るという選択肢もあるのです。
「帰りの馬車くらいは用意しますよ。」
「見たい物がある。この国がどうなるか。サヨやイエヤスの代わりに見届けたい。」
「どこで見届けるつもりで。どこであろうと伝手は有ります。どうぞ望みを言ってみてください。」
この国の中ならどこでもねじ込める。それだけの力は持っている。
「今まで通りアリアの傍でいい。」
「そうですか。そう言って貰えてうれしいです。」
「気楽そうだしな。後。死者蘇生の帝具とかないのか。」
「ないと言えば噓になります。死体を操る帝具。死体で出来た身体に人格を与えて人形を作り出す帝具。死んでも動くという点では死者蘇生と言えるでしょう。特に後者は。なぜ。」
「あるなら壊す。勝手に生き返らせるなんて許せない。」
「その考えは正しいと私は思います。舞台を去った者を呼び戻すほど無粋なことはありませんから。治すのも直すのも苦しめるのも壊すのも生きた者だけ。今を生きる者だけが持つ特権です。……死体を操るのはギリギリセーフでしょうか。」
「その時にならないと分らないな。知り合いだったら、許せないな。」
人間の形はしていないからセーフだと信じましょう。
「話は変わりますが、何で彼女が革命軍に入ったか気になりますか。」
「気にならないと言ったらウソになる。でも知りようがないだろう。」
「私の伝手の広さを侮りましたね。今日、情報屋のところへ行きましょう。彼ならば何か知っているでしょうから」
「何でもありだな。」
「私はアリア・フォン・トスカーナですから。」
この帝都の月夜を踊る悪人ですよ。
「ラバック!居ますか。」
帝都にある貸本屋。貸本屋にしては敷地が広すぎるなど怪しい店ですが見逃している店です。
「いらっしゃい。本を借りていけ。」
「本は買うものでしょう。」
「金持ちめ。少年、エロ本はこの列だ。特別に立ち読みをさせてやろう。嬉しいか。」
「いきなりなにを!俺はそういう役じゃ「お勧めは有りますか。」アリアが読むのかよ!」
「苦労してんな。こいつ。戯言だろ。」
「本気の方が面白かったでしょうか。せっかく本屋に来たのです。のんびりと過ごしましょう。」
適当な色本を開きながら答える。
「あ、ああ。分かった。」
「仕方ない。イスとテーブルはこっちだ。」
「で、何を聞きに来た。アリア・フォン・トスカーナ。」
「ナイトレイドの事を。貴方は。」
「昨日の事を。方法は」
「いつも通りで。タツミ。本を捲る手がおざなりですよ。」
周りからは本を読みながらの雑談だと思われるように。店内に入られないかぎり怪しまれないでしょう。
「サヨはナイトレイドに何故入りましたか。」
一番大事な質問をする。この質問をしに来たのですから。
「腐った世の中を変えるため。よくある理由だろ。」
「よくある理由です。本当に。帝具の場所、昨日の粗筋。どれが聞きたいですか。」
「そこの少年は何者だ。」
意外な質問が来ましたね。なんて答えましょうか。いえ、答えないのも悪くないですね。
「答えません。本人に聞いて下さいな。」
「OK。後で聞く。帝具の保管場所。」
「帝都警備隊本部特別室。これはひとり言ですが近日中に大臣の手の者が取りに来るそうです。」
「分かった。詳細な日時までは言えないんだな。聞きたい事はもうないな。後はいつも通りだな。」
「帝都で甘い汁を吸う外道の資料です。依頼料はこちらに。ナイトレイドへの仲立ちは任せましたよ。」
「腐った連中の資料は嬉しいが釈然としないな。」
「腐った実を集め、絞り、手間をかければ霊薬が出来上がるのです。葡萄で出来て人で出来ない訳がありません。」
「革命軍暗殺リストのトップスリーは全部えげつなさすぎる。」
使えるものは何でも使う。悪人の敵は他の悪人ですから。大臣の制御を離れた遠戚も、裏で大臣や私を潰そうとした方も夜に消えてもらいました。
完全に制御しているわけではないので死んでほしくない方も死んでしまったのですが。
それでも居るなら使いましょう。使い潰すその時まで。
「私は席を外します。タツミ。彼に聞いてみてください。やり方は一問一答。革命軍には勧誘しないで下さいよ。ラバック。」
「革命軍よりなだけで革命軍ってわけじゃないんだが。俺はただの情報屋。外道より善人が好きな。」
「信用していますよ。」
「アリア!何か答えたらまずい事とかあるか。」
「好きなように答えてください。貴方の為なら困ったことになっても構いませんから。」
私は貴方の為なら苦しむのも楽しめそうですよ。……随分と高評価をしていますね。妹や親友のように。異性の友人は初めてですね。それとも弟。タツミの方が年上なのですが。
「随分と俺と態度が違うんだが。」
「信用している人と信頼している人との違いです。ラバック。」
タツミを待つ間に本を探す。何かタツミが出てきた時に突っ込んでくれるような、からかえる本を探す。
人体解剖図。見慣れています。やはり色本辺りが良いでしょうか。いや、それは余りのにも安直すぎる。
何にしましょうか。本当に。と来客ですか。
「店主なら所用で席を外しています。どんな用件で。」
「貸本屋に来る理由なんて一つだけでしょ。」
一般市民ではありませんね。違和感があります。歩き方、視線、雰囲気。情報屋のお客なのでしょう。体型から察するに14くらいでしょうか。こんなに若いのに夜の住人とは可哀想に。
「……用事がすんだら何か奢らせてください。甘い物が良いでしょうか。」
「何で行き成り優しくなるのよ。かなり不気味なんだけど。」
「いえ、同情です。若く可愛いのにこの世界に足を運ぶことになった。貴女に。もし進んで踏み入れたなら謝ります。」
「若い。えっと、私、18なんだけど。そんなに小さく見える。」
「……え。元々可愛いという事は小さい事を表します。つまり小さい貴女は可愛いのです!!」
私より二つも年上だったことに動揺して訳の分からない事を捲し立てながら違和感が強くなる。
低身長は幼少期に栄養が足りない事の特徴です。ただ、それなのに血色が良すぎる。着ている物の材質が良すぎる。
「先ほどの言動のお詫びに奢らせてはもらえませんか。」
「少しショックだったけどそこまでしなくていいわよ。でも、どうしてもというなら今帝都で一番有名な高級ストロベリーパフェなら奢らせてあげてもいいわよ。」
「行きましょう。何個でも奢って差し上げます。」
タツミへの置手紙を残し、貸本屋を出る。
「ストロベリーパフェとフルーツ盛り合わせを一つ。」
「あんた、変ね。わざわざそんなものを頼むなんて。」
「素材の味だけですから。誤魔化しは出来ませんよ。」
それに私、屋敷の食事か自分で作った物か。作る工程を全部見たもの以外食べたくないのですが。
「随分と可愛らしいですが護衛もつけずこの帝都を歩くのは不用心ではないですか。」
「一応、自衛くらいは出来るのよ。」
「素手で。ですか。」
「まさか。銃よ。」
「そこは警備隊に頼ってほしいものです。」
「ナイトレイドにボロボロなところを頼れって言われても説得力がないわよ。」
「人の口に戸は立てられませんね。緘口令を敷いているのですか。」
「情報屋の口は特にね。」
ナイトレイド関係者なのかただのフリーの傭兵なのかの判断がつかない。
いや、傭兵にしては来ている服が着慣れている。日常的に戦場にいない職業。諜報員。有り得ない。彼らなら14と勘違いされたらそのままにしたはず。
パフェとフルーツの盛り合わせを受け取る。
「美味しそうですね。なかなか良い果実を使っているようです。」
先にソースを一舐め。多分大丈夫でしょう。
「ホントに美味しいか試すのね。」
「良い退屈凌ぎですよ。」
ソースをからめて食べる。
状況を整理しましょうか
彼女は夜側の人間。手に肉刺や胼胝がないところから獲物は銃。恐らく諜報員ではない。ここからわかる事は私の知る事の出来ない帝国暗殺部隊か革命軍か。
幼少期から調整する暗殺部隊で低身長はないでしょうから。革命軍ですか。
仕掛けてみましょう。
「それにしても長くてはね一つない綺麗な髪です。触ってもよろしいですか。」
「自慢の髪だもの。当然よ。触っていいと言いたいところだけど駄目。理由は秘密よ。」
「好きな人に触ってもらいたいとかそんな可愛らしい理由でしょう。」
「ち、ちがうわよ!!」
「戯言です。それではまた、夜に。梟さん。言い訳は良いです。手配書も書きません。私の心に秘めておきます。」
「……いつから気づいていた。」
あ、当たった。本当にナイトレイドだったのですか。
「最初から。私、人を見る目は有るのです。」ごめんなさい。噓です。
「なら宣言してあげる。あんたは私が撃ち抜くわ。苦しまないよう。額のど真ん中をね。パフェ、美味しかったわ。アリア・フォン・トスカーナ。」
「楽しく踊りましょう。梟さん」
パンプキンの持ち主でしたか。セリューと共有しておきましょう。
「店では有意義な時間を過ごせましたか。」
屋敷に戻り、紅茶を飲みながら聞く。
「ラバックさんの言う事を信じるならイエヤスも死んでる。俺がどれだけ運が良かったか。俺がどれだけこの街を理解していなかったか。嫌になるほど理解できた。」
「私との出会いは色々と勉強になりましたか。」
タツミから聞いた詐欺師の台詞を引用する。
「今度こそ。なった。身に染みた。」
痛み無くして得られる教訓はない。そうは言っても痛すぎる事でしょうが。
「もしよろしければ、私の傍に居ますか。本当の意味で。」
「今日みたいな裏側ってことか。」
「殺人、陰謀、脅迫、誘拐、拷問。ろくな世界ではありません。でもこの世界に来なければ本当の意味では見届けられないでしょう。」
「なら、行く。決めたんだ。話を聞いた時に俺は。見届けて向こうでサヨやイエヤスに教えるって。だから、近ければ近いほどいい。」
「世界が変わるか変わらないか。その境界線であるのは間違いありません。私達が死ねば世界は変わる。死ななければ世界は今のままです。この物語の最前列。死ぬかもしれませんよ。」
「覚悟の上だ!……変わった世界は良い世界と思うか。アリア。」
「分かりません。良くなるか悪くなるかなど。ただ、
間違っている物を書き換えて、それが正しい保証なんてどこにもない。むしろ、それが間違いであるほうがずっと多い。
「先が分かってるなら見届ける必要はないからな。」
「貴方に
額にキスをする。
「素敵な夜を一緒に踊りましょう。タツミ。」