アリアは踊る   作:mera

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第一話

「土龍閃。」

牽制に至近距離からの石礫の散弾。

怯ませて喉にめがけて三段突き。

これで止めにならないところに生物として格差を感じる。

ただ、知恵になき獣との無粋な剣劇より理性のある方々との円舞曲の方が心躍るというもの。

終わりにしましょうか。

眼を横一閃に切り裂く。

「演目にお付き合いいただきありがとうございました。素敵なひと時でした。」

そう言い放つとともに視界を失い激痛でのたうち回る獣の眼孔に深々と鉋を突き刺し、殺す。

血で化粧をしたい誘惑を押し殺す。

付き合っていただいた一級危険生物の群れと飛び入りで参加いただいた特級危険種に感謝しながら刀の血を拭う。

家に戻れば厄介事が山と積んである事に憂鬱としながら帰路につく。

「ナイトレイド。正義の味方。天に代わって悪を討つ。随分と化粧されたものです。……彼らが望んだものではないのでしょうが。」

 

 

 

 

 

 

さて、家路へと進む馬車の中で自分の事を思い起こす。

 

私、アリア・フォン・トスカーナはかつて帝具開発に多大なる貢献をしたとされ、千年の内に数度、九卿を輩出した家の長女として生を受けました。

ただ、幼いころから両親との仲は悪く。数年ほど前に帝都に新しく屋敷を作り、そこに両親を押込ました。

殺してしまえば後腐れも無いのでしょうが、血の繋がらない赤の他人だと割り切ってしまえば超えたくない線を超える気がして玩具を買い与えて放置しています。

だからでしょうか。私は随分と甘すぎると言われます。

まぁ、誰もが見捨てるハーフを雇い入れ、道具にされていた者を家族のように接していればそう言われても仕方ないのでしょう。

……思い起こすにしては随分と新しい事ばかり。

と言ってもそれ以前は両親に特別な贈り物(gift)を送られ、メイドが濡れ仕事しに来た。

特に語る事のないそんな有り触れた人生しか送っていません。

ただ、血は水より濃いのでしょう。私は確かに両親の気質を受け継いでいます。

具体的には何かを殺すのが楽しくてたまらない。

苦痛に、絶望に、憎悪に歪んだ顔はこの上なく美しい。

思うが儘に殺したいと思う。

妊婦の腹を生きたまま切り開き、胎児を取り出し、目の前で緩やかに潰したらきっと楽しいだろう。

けれど、そうせず生きる理由を私は持っている。正確にはそうせず生きたいですかね。

もっとも、最も楽しい殺し合いは我慢できていない事は目をつぶる事にしましょうか。

つまり、私の幸せは。望みは。

爪と牙を持った獣やそれを狩る狩人や戦士と殺し合うこと。

そのためなら目的を選ばない。と言い切ろうとしたところで家族の事が頭を過って逡巡する私は随分と人間らしいですね。

こんな私が、狂っている私が今を生きていて排斥されないのは今が狂っているからでしょう。

なんせ帝都には正義狂い(親友)に。壊された道具()に。壊す両親に。

気狂いを探すのが簡単な都なのですから。

狂わなければ生きていけない。しかし、狂人(私達)が生きていけるのはこの街だけなのだから。

変えると言うなら私は敵ですよ。ナイトレイド(正義の味方)さん。

 

帝都に帰り着き、とりあえず警備隊詰所に寄ってみる。

運が良ければ飲み仲間のオーガに会えるかもしれません。

「お勤めご苦労様です。これは貴方達の忠勤に対する対価です。どうぞ。」

両親の周辺を重点的に警備してもらっている帝都警備隊の方々に贈り物する。

最近買った人数は五人なので、少なくとも一月は持ってもらいたいものです。

奴隷商も大変でしょうが、玩具を切らしたくはないのです。せめて屋敷の中くらい楽しく過ごしてもらいたいのです。

人の命は安いモノです。まぁ、廃品に値段を付けているのだと考えれば安いのも仕方ないのでしょう。

生きが良いだけの不幸で不運な田舎者は。

 

 

三枚の対価に面白いことを聞きました。田舎上がりの剣術使いが一級のモグラを圧倒したとか。

その話が本当ならば是非、家へ客人として招きたいものです。

私以外の悪い人に捕まる前に。

 

懐から懐中時計を取り出し、今日の予定を思い出しながら考える。

親友(正義狂い)との予定がありましたが素直に謝ればあっさり納得してくれるでしょう。

もしかしたら怒られるかもしれませんがそれも対価だと思いましょう。それに見合う価値はそう思いますから。

とにもかくにも、その青年を探してみる事にしましょうか。

 

 

田舎上がりの戦士は兵士になるしかないでしょう。私のような魑魅魍魎に捕まってなければですが。

となれば受付の近場の酒場を探してみましょうか。

 

酒場に行き、服がみすぼらしく荷物が分不相応に多い。いかにも田舎上がりがテーブルに座っています。食事もせず居るという事は待ち人でもいるのでしょうか。いえ、知人が居るはずはないのですから。

言い包められカモとされたと考えた方が自然ですね。

「御隣に座っても。」

「あ、あぁ。別段構わないぜ。」

「帝都は初めてでしょうか。」

「えっと、そうだけど。そんなに田舎者っぽいかな。あのお、お姉さんにもそう言われたし。」

「その様ないかにも旅人ですといった格好をしていますから。帝都住まいならそのような大荷物を持っているのは夜逃げ予定者ぐらい。……失礼ですがお財布はお持ちで。」

「あ、いや。軍の隊長にするから金をくれと言われて。だからこの店でそのお姉さんを待っている。」

この帝都では見ないほどのお人よしですね。取られたお金は授業料と。命も尊厳も取られずに大事なことを学べたのですから。良心的な価格です。それに彼が賢ければ複数の財布に分けて入れていれば被害も大きくはないでしょう。

「あなた、騙されています。いや、そもそも見ず知らずの者に預けるあなたが馬鹿なだけですか。」

「え、えぇぇぇぇ!!噓だろ。俺の田舎じゃそんな奴。」

「帝都は貴方の田舎ではありませんから。」

「う、訴えてやる!!今から隣に言って騙されたと言えば。」

本当に田舎は良い所ですね。同じ国なのか少なくない疑問が浮かび上がってきます。

おや。見知った顔を見かけたので呼んでみましょう。

「お仕事ですよ。オーガ。」

「あぁ、俺にな。……って、アリアの嬢ちゃんか。仕事なら聞かねぇぞ。生憎今日は非番だ。」

「どうせ自主的にでしょう。あぁ、えっと、そこの貴方。」

「あ、俺の名はタツミだ。って警備隊に行かないと。悪いな。教えてくれてありがと。」

「失礼。私、アリア・フォン・トスカーナと申します。警備隊に行かずともここの酒飲みに相談したらどうですか。一応実力もある隊長さんですから。」

「おいおい、金にならない仕事はしないぞ。俺は。」

「給料は何のために貰っていると。相談を聞くだけくらいしなさい。さぁ、タツミ。」

タツミがオーガに無駄な相談をしているうちに相談費くらい出してあげましょう。

「店主、サボり魔が働きたくなるような酒を。田舎者には帝都名物を。この金貨で。余りはこの酒場にいる皆様に。」

「お、相変わらずアリアの嬢ちゃんは気が利くな。でだ、坊主諦めろ。簡単に人を信じないなんて大事な事を金だけで学べたんだ。運がいいと前向きに考えな。で、アリアの嬢ちゃん。目付けたのは何でだ。」

「私が甘いのはご存じでしょう。土竜を一人で狩ったらしいので興味が湧いたのです。」

「それくらい誰でもできるだろ。」

「ええ。誰でもできます。才能がある程度あるならばですが。」

「それもそうか。特級とか狩るのが普通だからな。てこと一人でだな。坊主。」

「はい!一対一なら特級のキリまでなら負けません。」

「モグラくらい瞬殺ですね。ますます興味が湧きました。」

「あ~。警備隊に入るより手っ取り早い方法があるぞ。坊主。」

「偉い人に渡す賄賂はありません。今日の宿代も。」

「手段の話じゃなくて相手の話だよ。俺みたいな下っ端じゃなくてアリアの嬢ちゃんに気に居られれば出世も楽だぞ。」

「貴方の何処が下っ端ですか。一声かければ警備隊を自由自在に動かせる貴方のどの辺が下っ端ですか。」

「言う事聞かない奴は辞めさせてるからな。上に口利きなんて柄じゃねぇし。慣れてるだろ。馬鹿弟子の件で。」

「あれはセリューの人柄と帝具持ちという伯。それに、大臣。オネスト相国とブドー大将軍の思惑。それらがあっての成果ですから。私一人が後ろ盾なっても、そうですね。雑号が限界でしょうね。」

「将軍じゃねえか。別段大臣でいいと思うぞ。大臣も相国も雲の上には変わりねえ。ほら、坊主。雲上人に媚を売って損はないぞ。売れ売れ。プライドとか。」

「あ~。すいません。意味が分からないです。」「こんな無位無官の価値と言えば家柄だけの小娘に過剰な期待して後悔しても知りませんよ。」

「ま、だろうな。坊主。嬢ちゃんは気でも狂ったのか。からかってるのかどっちだ。」

「戯言ですよ。」

まぁ、気なら狂いっぱなし、調子はずれですが。

「そもそも、媚ってどうやって売れば。」

「おいおい、そこからかよ。追加料金だ。って文無しだったな。残念だが」

「店主。口の回りが良くなるお酒を。私にはシードルでも。」

「はいはい。分かったよ。普通ならおべっかでも言って袖の下通せばいいんだが嬢ちゃんは違ってな。腕に自信があるんだろう。戦えばいい。後は腕次第だろうよ。分かり易くていいだろ。坊主。」

「あぁ。すごく分かり易い。アリアさん。お願いできますか。」

「勿論。私の方こそお願いします。舞台の準備をお願いできますか。オーガ。」

「しゃあねえか。まかせとけ。」

 

 

 

帝都警備隊の訓練場の一画を貸し切って準備を行う。

「さて、ルールなのですが。訓練場の真剣使用。何でもありの殺し合い。ただし頭部への攻撃は禁止。それでいいですか。」

「良い訳ないだろ!!死んだらどうするんだよ。訓練とか試験で殺したくはないぞ。」

「最もなご意見ありがとうございます。でも大丈夫です。見ていてください。紐解け、パッチワーク。」

ボトリ。と右手首が落ちて血が噴き出す。

「なっ!!」

「安心してください。仮止め。」

血が止まる。一滴たりとも流れない。

「そして、継げ。パッチワーク。」

手首を拾って傷に押し当て継ぐ。そして、茫然としているタツミ君の前で手を握ったり開いたりして見せる。

「治療系帝具 綴命不凋 パッチワーク。傷を治し、直せなければ他のモノで継ぎ接ぎする。不老不死の成り損ないです。頭を入れ替えるわけにはいきませんから。これなら手足が飛ぼうと内臓をぶちまけよう大丈夫ですよ。」

「これなら安心して戦える。」

「でしょう。あぁ、ただ。心配されるのは嬉しい事なのでしょうけど。私も腕には覚えがありますので負けはしませんよ。それに殺すのも殺されるのも中々に楽しいものですよ。」

「殺した事はともかく。死んだ事はないよな。」

「さぁ、どうでしょうね。さぁ、始めましょう。一曲を踊って頂けますか。」

何も構えずただ、相手の動きを見切る事に集中する。

「明らかに格上か。村の師匠からこう言えって言われたな。一手馳走仕る!!」

 

 

 


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