アルドノア・ゼロ ―たった一つの冴えたやりかた―   作:日々平穏

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漆黒の流星

 リーリエがクルーテオ城を辞してから一週間後、ついにアセイラム姫の親善パレードの日が訪れる。

 

 自身の揚陸城に帰ってきたリーリエは日々の執務をこなしながら、この日を迎えた。

 

「さて、何事も起きなければいいのだが……」

 

 彼は司令室で椅子に座ってスクリーンに映るパレードの中継を眺めていた。

 

 真っ白な要人護送車と黒い護衛の車が数台、道路を走っている。リーリエの目には沿道には多くの地球人が姫の姿を一目見ようと押し合っている様子が確認できた。

 

 彼としても地球が歓迎ムードにあることは素直に嬉しい。自身の計画を成すためにも今回のアセイラム訪問が成功するに越したことはないのだ。

 だが、心配は絶えない。

 

 腕組みをしながらスクリーンを睨みつけるリーリエ。

 

「いささか、警備が薄すぎるのではないか?」

 

 護衛の車はたったの四台。

 これでは何か暴動が起きたときに対応できるとは思えない。いくら地球が歓迎ムードと言えども火星に恨みを持っている人間は少なくないのだ。

 

 緊張をほぐすために、用意された紅茶に口をつけ一息つく。

 その味に、アセイラムの従者が淹れたもののほうが旨かったなと感想が頭に浮かぶ。

 さすがにこれは失礼だな、と頭の中で自分の従者に詫びながらカップをサイドテーブルのほうに戻そうとした瞬間。

 スクリーンに映る黒塗りの護衛車が爆発していた。

 

「は?」

 

 その映像を最後に、パレードの中継が途切れる。

 司令室に残った音は砂嵐が走るスクリーンとカップが割れた音だけだった。

 

 

 

『我らがアセイラム姫の切なる平和への祈りは悪辣なる地球人どもの暴虐によって、無残にも踏みにじられた!』

 

 司令室のスクリーンには壮年の男性が演説している姿が映っている。

 

『我らヴァース帝国の臣は、この旧人類の非道に対して断固、正義の鉄槌を下さなければならない!!』

 

 男は手振りで怒りを表現し、声にも段々と力が籠っていく。

 

『誇り高き火星の騎士たちよ、いざ時は来た!』

 

 その演説を見ながら、リーリエは頭を抱える。こうなることを予想はしていたが、あまりにも早い。アセイラムが暗殺されたという報告が正式にリーリエのもとに来てから一時間経たないうちに、この演説は始まったのだ。

 

『歴代の悲願たる地球降下の大任、義を以て今こそ果たすべし!』

 

 そこで映像が途絶える。

 

 部下の管制官がリーリエのほうに顔を向ける。

 

「閣下、揚陸城を降下させますか?」

 

「そんな馬鹿なことをしてみろ、一瞬で降下地点は死の大地になるぞ」

 

 声に怒りを滲ませながら、リーリエは部下の質問を一蹴する。

 

「で、ですが他の三十七家門の伯爵の何名かは既に降下を始めています。乗り遅れては領地の確保が……」

 

「揚陸城で降りては衝撃や巻き上がる粉塵でその領地となる大地の資源が失われる。そんな死の大地を手に入れてどうするつもりだ。なにより、開戦の号令は皇帝がしたものではないのだ。従う理由は無い」

 

 間髪を入れずに理屈を述べて、リーリエは次の指令を下す。

 

「我が揚陸城は、このまま軌道上に待機。アセイラム姫暗殺についての情報を集めろ」

 

 リーリエはため息をつく。

 

 今回のザーツバルムの演説を聞いて意気揚々と地球に降下した連中は自意識過剰もいいところだ。

 確かにアルドノアドライブの力は圧倒的である。降下地点を制圧することは容易だろう。

 だが、それを維持すること可能だとリーリエは考えていない。

 地球には数の利がある。物量による飽和攻撃を仕掛けられた場合、苦戦は免れない。一騎当千の力の兵器があっても、それを操るのは人間だ。長期間戦闘を続ければ、疲労は蓄積されるし、ミスもする。

 そして、地球側はそれを成すだけの備えをしているはずだ。

 

「それと、ラーウェイに高機動ユニットを装備させておいてくれ」

 

 最後に一言だけ指示を残し、司令室から出る。リーリエは私室にゆっくりとした足取りで戻る。

 静かに、アセイラムの死を悼むために。

 

 

 部屋にアラーム音が響く。

 時計が示す時間は、部屋に籠ってから十時間経過したことを伝えていた。

 

 リーリエはアラームを止めて、ゆっくり起き上がる。

 

「あぁ……」

 

 自分が数時間ほど意識を失っていたことに気付く。

 

 意識を失う直前までリーリエは感情を整理していた。

 

 リーリエの中には警備が甘かった地球側への恨みがあった。暗殺を実行した地球人に殺意を抱いた。

 

 そしてそれ以上に、楽観していた自分が憎かった。

 

 地球側だって馬鹿ではない。アセイラムに何かあれば仮初め休戦状態が終わりを告げることぐらい分かっていると、タカをくくっていたのだ。故に、万が一も起きないように万全を期した警備体制を敷くと考えていた。

 

 ――結果がコレだ。無能にもほどがある。

 

 ここまでが意識を失う前にリーリエが考えていたことである。

 

 だが、今の思考は既に前を向いていた。

 

「ここまで来てしまったら、皇帝も開戦に踏み切るのは時間の問題か……」

 

 司令室では感情的なってしまったが、冷静に考えると事態はどうしようもないところまで来ていることを悟らざるを得なかった。

 

「その前に弔いだけは済ませよう」

 

 ベッドのスプリングを弾ませながら、リーリエは立ち上がる。

 横になる前にテーブルに置いたヘアゴムを手に取る。肩ほどまである自身の茶色の髪を後ろで一括りに纏め、静かに自室を後にした。

 

 

 

 私室から格納庫に直接向かったリーリエ。

 目の前にある黒い機体は爆撃機のようなシルエットをしていた。流線型のずんぐりとした本体から両翼が伸び、輸送機と言っても納得されそうな形。

 これが高機動ユニットを装備したラーウェイである。

 

「メンテナンス含めて終わっているか?」

 

 リーリエは機体の近くにいた整備兵に作業の進捗を尋ねる。

 

「はい。整備作業は全て終了しており、何時でも出撃できます」

 

 整備兵の返答に頷く。

 

「よし、では城全体に通信を繋げてくれ」

 

「了解しました」

 

 一度目を閉じて、小さく息を吐く。

 

 再び開いた青き瞳には強い光が灯っていた。

 

「愚かなる地球人がアセイラム姫を暗殺したのは諸君らの耳にも届いているだろう。遠からず、開戦の号令がかかる。諸君らは、来たるべきときに備えて万全の用意をしてもらいたい。」

 

 リーリエは静かに語り掛けた。

 

「私は、姫が眠る地に花を供えてくる。それこそが私にとって必要な戦支度であるが故に。これは私の我儘だ、すまないが迷惑をかける」

 

 その通信を見ていたものは、自分が仕える伯爵の堂に入った振る舞いに自然と頭を下げていた。

 

 近くに居た整備兵も頭を下げ、そのまま口を開く。

 

「いってらっしゃいませ、閣下」

 

 その言葉に背を押されるようにリーリエはラーウェイに乗り込む。

 

 伯爵の姿を見送った整備兵は指示を出すために大きく口を開ける。

 

「閣下が出撃する、全員退避!」

 

 リーリエがコックピットに乗り込むと全方向モニターに外の映像が映される。

 

「ハッチを開けろ」

 

 言葉と同時にゆっくりと前方にあるハッチが開かれていく。

 

 漆黒の機体の後部スラスターに火が点く。

 

「レイヴ・リーリエ、出撃する」

 

 操縦者の宣言通り、ラーウェイは格納庫を勢いよく飛び出した。

 

 

 

 機体はサテライトベルト内を高速で駆け抜ける。

 

 その動きは一週間前にクルーテオ城に向かっていた時とは別物だ。あの時は小刻みにスラスターを吹かし、弾薬の消費を抑えるためにデブリの破壊は少なかった。そのため、移動ルートは直線とはいかず、右へ左へと複雑な軌道を描いていた。

 

 だが、今のラーウェイの軌道は限りなく直線に近い。高機動ユニットの厚い装甲任せに小さいデブリを無視、障害となるものだけ機銃の炸裂弾で破壊する。先日の操縦が優れた技能の上に成り立つものだとしたら、今のリーリエの操縦は優れた機体性能故に成り立つものだった。

 

「通信回線オープン、東京。クルーテオ城へ」

 

 数秒の経った後にウィンドウが開かれる。

 

 通信の相手はリーリエが先日会った時より、どこか強張った顔をしていた。

 

「いつも突然、申し訳ないクルーテオ卿」

 

「別に構わない、それで何の要件だ」

 

「これから姫の弔いに行くので。新芦原近くに揚陸城を構えているクルーテオ卿に挨拶を、と」

 

「成程、了承した。ただ、新芦原には姫殿下暗殺の調査を命じた騎士を向かわせてある。話は通しておくが、かの地では恐らく戦闘になっているはずだ。極力早く離脱するのが望ましいだろう」

 

「了解した。諫言、感謝します」

 

「ああ、それではな」

 

 リーリエはウィンドウを閉じて、操縦に集中する。

 

 機体は既にサテライトベルトを抜け、大気圏突入間近のところまで来ていた。

 

「本当に美しい星だ」

 

 小さな呟きと同時に、ラーウェイは重力に引かれていった

 


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