アルドノア・ゼロ ―たった一つの冴えたやりかた―   作:日々平穏

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銀との遭遇

 リーリエは通路を歩きながら先ほどまで会話をしていた少女を思い返す。

 彼自身の予測より彼女はとても姫らしい姫になっていた。とても地球と戦争をしようと考えたものと同じ血が流れているとは考えられない。

 

「地球との和平、か」

 

 火星という星は資源に乏しい、食糧などオキアミとクロレラが主食なのだ。火星という惑星は、人類が生息するのに向いていないと言わざるを得ない。ゆえに、どうにかして地球から資源を調達したいというのが火星側の考えである。

 

 そしてその交渉材料になる唯一つ、火星が地球に勝るもの。それが古代文明の超技術、アルドノア・ドライブ。現代の科学では再現することが不可能な神のような力である。

 

 火星が生きるにはコレを生かすしかない。それがリーリエの伯爵としての考えだった。

 

「失礼する、クルーテオ卿」

 

 ブリッジの扉が自動で開いたところでリーリエは一声かける。

 

 クルーテオはその背を向けたまま口を開く。

 

「リーリエ卿か。アセイラム姫への謁見は済んだのか?」

 

「ええ。二か月の長旅と聞いて御身体のことを心配してましたが、杞憂でした」

 

 会話を続けながら、クルーテオの横に並び立つ。

 

「当然だ、姫は我がヴァースの宝。何かあっては、このクルーテオの不徳だ」

 

 二人は互いの顔を見ずに話を続ける。

 

「クルーテオ卿、本音を言えば姫に地球への訪問は中止して頂きたいのでしょう?」

 

「その通りだ」

 

 おや、とリーリエは驚く。彼が皇族への不敬と捉えられても可笑しくはないことを口にするとは思っていなかった。

 

「野蛮な地球人がアセイラム姫に危害を加える可能性は捨てきれまい。姫を第一と考えれば此度の外遊は中止すべきだ」

 

 確かに、クルーテオの言う通りではある。火星に恨みを持った人間なんて地球には山ほどいることだろう。

 

 しかし。

 

「だからこそ、今回地球に姫が訪れることで地球への友好を示すのでしょう。姫自身がアウェーに自ら赴くことで」

 

 前のウィンドウに映る青い星にリーリエは目を細める。

 

「祈りましょう、姫の願いが理解されることを」

 

 

 

 リーリエはクルーテオに今回の件の礼を述べて、ブリッジを退出し格納庫に来た。

 

 鎮座する漆黒の機体、ラーウェイ。多くの人が、この機体を見たときに抱く印象は重装甲という言葉だろう。だが、この機体は決して鈍重ではない。

 背中に二つ、両の肩部に一つずつスラスターを装備し、脚部自体もスラスターとすることで重装甲と高機動の二つを実現している。

 しかし、武装は手に持っているハンドカノンが二丁だけ。

 

 どこかチグハグな印象を受ける機体、とリーリエは客観的に評する。

 

「ん?」

 

 リーリエは、ラーウェイの足元に人がいることに気付く。

 

「君、そこで何をしているんだい?」

 

 服装から騎士ではなく、スタッフの一人と分かったリーリエはフランクな口調で話しかける。

 

 声をかけられて振り向いた人物はまだ少年と言っていい風貌をしていた。

 

 少年はリーリエの服装から目の前の人物が誰か察したようで、慌てて跪こうとする。

 

「リ、リーリエ卿。申し訳ありません」

 

「いや、怒っているわけじゃないんだよ。見てて面白いかいコイツは」

 

 リーリエは頭を下げようとする少年を押しとどめる。

 服の色で身分が分かるのは便利だがこういう時は困る、どうしても威圧してしまう。

 

 リーリエはラーウェイを見上げながら言葉を重ねる。

 

「この機体は僕の先代が十五年前に二代目皇帝ギルゼリア様から下賜されたものなんだ」

 

 リーリエ家の初代は、初代ヴァース皇帝レイレガリアと同じ火星調査団に属しており友人関係にあった。その縁は代を重ねても続き、二代目は二代目と、三代目は三代目と関係を密にしてきた。

 ラーウェイは先代リーリエ伯爵の変わらぬ忠誠と友情への感謝として二代目皇帝ギルゼリアが個人的に贈った機体である。

 アルドノアドライブの能力は、ギルゼリア、先代リーリエ伯爵、ギルゼリアお抱えの忠臣しか知っておらず、その人物たちは全員月のハイパーゲートの暴走に巻き込まれ亡くなった。

 

 その後、伯爵の地位を継いだ現リーリエ伯ことレイヴはラーウェイのアルドノアドライブの力を誰にも明かしていない。

 

「とは言ってもチューンしてるから当時とは大分かけ離れた見た目をしているけどね」

 

 リーリエは少年に目を合わせる。

 

「もう知っているようだが、私はレイヴ・リーリエという。君の名は」

 

「スレイン、スレイン・トロイヤードと言います」

 

 その名前を聞いて、リーリエの記憶に何かが引っ掛かった。

 

 ――トロイヤード、トロイヤードと言えば……。

 

「そうか、姫に地球のことを教えているのは君か。スレイン・トロイヤード」

 

 スレインはアセイラムの教育係をしているのを知られていたことに驚く。

 

「はい、浅学ながらアセイラム姫に地球の話をさせてもらっています」

 

「姫が地球人に、地球のことを教えてもらっていると楽しそうに話してくれてね。君の存在は知っていたんだ。名前は知らなかったけどね」

 

 リーリエの言葉にスレインは訝しむ。

 

「では、何故私の名前を聞いて教育係だと分かったのですか?」

 

「ふむ、言葉が足りなかったな。私の悪い癖でね、つい自分だけ納得して済ませてしまう」

 

「い、いえ私こそ伯爵に疑問を呈するなど分不相応なことをしてしまい申し訳ありません」

 

 首をゆっくりと横に振るリーリエ。

 

「そんなことは気にしなくていいさスレイン」

 

 リーリエはシニカルな笑みを浮かべて言葉を続ける。

 

「トロイヤード博士の名は前々から知っていてたんだ。かの人物の研究には興味があってね」

 

「父の……?」

 

「そうか、彼は君の父上だったか」

 

 思いがけないところで思いがけない人物に会うものだなとリーリエは感慨に耽る。

 

「アルドノアドライブの起動権の普遍化の研究。これは火星がこれから地球とどういう関係になろうとも必要になる可能性が高い。トロイヤード博士が生きていれば、また今とは違った地球と火星の関係を見られたかもしれないな」

 

「は、はあ」

 

 スレインの様子を見て、リーリエは少し急ぎ過ぎたかとと反省する。

 

「まあ、ともかく。私はトロイヤード博士には感謝してるし、地球人を卑下することもないよ」

 

 リーリエは床を蹴ってラーウェイのコックピット前まで体を運ぶ。

 

「すまないが、時間が無いのでね。これで失礼させてもらう、またゆっくり話そうスレイン」

 

「はい、機会があれば是非。失礼します」

 

 スレインはリーリエを見上げて一礼して格納庫から出ていった。

 

 

 

 

「行こうか、ラーウェイ」

 

リーリエの呟きと同時にラーウェイのカメラアイに光が灯る。

 

「アルドノアドライブ異常なし。背部、肩部、脚部スラスター正常稼働」

 

 機体前方のハッチがゆっくりと開いていく。

 

 コックピット内でリーリエは中央より右側のウィンドウに顔を向ける。

 

「クルーテオ伯爵、アセイラム姫のこと宜しくお願いします」

 

 口元を少しあげてからクルーテオは口を開く。

 

「ああ、言われるまでもない。リーリエ伯爵こそ道中気をつけたほうがいいのではないかな」

 

「はは、全くその通りかもしれませんね」

 

 

 互いに微笑んで会話が途切れる。

 

 そのうちにもラーウェイの発進準備は整っていく。

 

 リーリエは一つ息をついて、顔を引き締める。

 

「また、お会いしましょうクルーテオ卿」

 

「ああ、また会おう」

 

 再会の約束を済ませ、リーリエはウィンドウを閉じる。

 

「レイヴ・リーリエ。ラーウェイ出る」

 

 六つのスラスターが一斉に噴射を始め、広大な宇宙に漆黒の機体は身を投げ出していった。

 


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