アルドノア・ゼロ ―たった一つの冴えたやりかた―   作:日々平穏

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黒百合の伯爵

 デブリの海を掻い潜り、時にはハンドキャノンで破壊しながら黒い機体が宇宙を駆ける。

 パイロットは目を右のウィンドウに走らせる。コンピュータの予測は目的地まで残り十二分と表示されていた。

 

「通信回線オープン、クルーテオ伯の揚陸城へ」

 

 タイムラグ無しに、左に新しくウィンドウが開かれる。映し出されたのは金髪を左右に分けた壮年の男。彼こそがパイロットが目指している揚陸城の主である。

 

「突然の来訪、申し訳ない。クルーテオ卿」

 

「別に構わん、リーリエ卿。貴殿の気持ちも分からないわけではない」

 

「そう言ってもらえると助かる。そちらへはもう十分ほどで着艦する」

 

「了解した。では後ほどゆっくり話そうか」

 

 クルーテオが言い終わると同時にウィンドウが音をたてて閉じた。

 

「さて、急ぐかラーウェイ」

 

 パイロットの男、リーリエが言うと同時にカタフラクトはスピードを上げるのだった。

 

 

 

「それにしても、見事な操縦技術だな」

 

 ブリッジに立つクルーテオはレーダーに映る点を見ながら呟く。

 

 現在、揚陸城は地球の衛星軌道上に位置している。この宙域はサテライトベルトと呼ばれ、デブリが大量に浮かんでおり、この中を進むのであれば専用の装備を推奨される。

 

「しかし……」

 

 リーリエが乗るカタフラクトにそのような装備は積んでいるとはクルーテオは聞いていなかった。レーダーに映る機影は十分どころか、後五分で到着するペースでクルーテオ城に向かっている。

 もし彼が単純に己の技量のみでデブリを躱し、時には破壊しながら最短経路で揚陸城に向かってきているのだとしたら。

 

 そこまで考えて、クルーテオは首を振る。

 

「まったく、姫といい彼といい困ったものだ」

 

 と、言いつつも彼の口元は緩んでいた。

 

 

 

 揚陸城に着艦した黒いカタフラクトのコックピットから一人の男が降りてくる。碧眼に後ろで纏められた茶髪。歳は二十代前半の若さを感じさせる顔立ち。

 

 リーリエは前方に立っているクルーテオの姿を見つけ、優雅に床を蹴りそちらへ向かう。

 

 目の前に向かってくる男を見ながらクルーテオは年月の流れを感じた。最後にリーリエを見たときはまだ、ほんの子供だった。

 今、目の前に立つのは貴族という言葉がふさわしい立派な青年だ。

 

「直接会うのは久しいな、リーリエ卿」

 

「そうですね、最後に会ったのはかれこれ十年以上は前ですから」

 

 互いに右手を握り合いながら挨拶を交わす。

 

「用件のことだが、姫様には話を通してある」

 

「ありがとうございます」

 

 リーリエは軽く頭を下げる。彼としても急かつ、無理な頼みであったことは自覚していたので申し訳ない気持ちでいっぱいである。

 

「だが、もう時間も時間だ。姫は就寝しておられる、謁見は明日ということにしておいた」

 

「そうですか、仕方がないですね。姫の御身体が第一ですから」

 

 自分の都合を優先させて姫の健康を損なうわけにはいかないと思ったのか、リーリエは納得したように頷く。

 

 それにしても、とクルーテオは話を変える。

 

「ずいぶんと早い到着だったな。こちらの予想ではまだまだかかると思っていたのだが」

 

「お恥ずかしい話ですが、姫が地球に降りると聞いて居ても立ってもいられなくて……」

 

 ハハ、と苦笑いを浮かべる。リーリエの年相応の柔らかい仕草に空気が和らぐ。

 

「それでサテライトベルトをあの速さで抜けてきたと、全く無茶をする」

 

 内容とは裏腹にクルーテオも笑みを浮かべて続ける

 

「だが姫を心配し、いち早く馳せ参じる。騎士の振る舞いとしては正しいものだな」

 

 

 

 格納庫で話した後、客人用の部屋を貸し与えられたリーリエは翌日に備えて直ぐに就寝した。

 彼としてもアセイラムに謁見するのは久しぶりである。寝不足で失態を見せるわけにはいかない。

 

「火星騎士三十七家門が一、レイヴ・リーリエ。馳せ参じましたアセイラム姫殿下」

 

 そして、翌日。クルーテオにセッティングしてもらった会談の場に彼は臨んだ。

 

「面を上げてください、リーリエ伯爵」

 

 リーリエは跪いた姿勢は変えずに顔だけをゆっくり上げる。

 

 彼の視界にまず入ったのは黄金。煌びやかな輝きが彼女を彩り、強い意志を感じさせる翡翠の瞳。豪奢な美しい白いドレスに身を包んだ彼女は、そのドレスに負けない美しさを持っている。

 

 彼女こそが火星の姫。アセイラム・ヴァース・アリューシアである。

 

「こちらにどうぞ」

 

 アセイラムは対面の椅子に座るように促す。

 

 失礼します、と言ってからリーリエは椅子に腰を下ろした。

 

「この度は、姫にこのような場を設けていただ―」

 

「今この場に居るのは私達だけですから、昔のように話しましょうレイ」

 

 リーリエの言葉を遮ぎりアセイラムは提案を口にする。

 

「で、ですが今と昔では立場があります故……」

 

 リーリエは言葉を濁しながらも否定の意を告げる。

 

 彼としても伯爵の立場がある。

 火星に居た頃はまだ、互いに幼く身分を気にすることは無かった。だが、皇族相手にフランクに接するなど伯爵として過ごしてきた数年が許さない。

 

 だがアセイラムのほうが、この場では上である。彼女はその程度否定では折れはしない。

 

「私のお願いでも駄目ですか、レイ」

 

 思ったより強い口調になってしまったことに内心驚くアセイラム。だが、ここで引いてはおそらくリーリエは二度と頷かないだろうと思い、不退転の覚悟で彼を見据える。

 

 数秒ほど見つめ合う二人。だが、リーリエは強い視線に目を逸らしてしまう。

 

「わかったよセラム、これでいいんだろう?」

 

「ええ、レイにはそちらのほうが似合いますよ」

 

 にっこり、とアセイラムは微笑む。

 

 リーリエはため息を吐いて、肩を落とす。

 

「まったく、立派な姫になったと思ったんだが。そういうところは昔のままか」

 

「ええ、これが私ですから」

 

 楽しそうな笑みを崩さないでアセイラムは続ける。

 

「それで、今日は突然どうしたのですか?」

 

 久方ぶりに会うアセイラムの姿を眺めて、美しくなったなと思いながらリーリエは口を開く。

 

「ああ、地球に降りると聞いて心配になってな。つい、クルーテオ卿の揚陸城まで来てしまった」

 

 本人は茶化したように言ったつもりが、アセイラムの表情は曇った。

 

 アセイラムは何かに怖がるように口を開く。

 

「やはり、レイも地球人は野蛮と考えて――」

 

「違う」

 

 アセイラムが言い終わらないうちに強い否定が彼女の耳に届いた。それはアセイラムにとって今までの周りの人間と違う反応であり、最も求めていたものでもあった。

 

「最初は俺もそういう風に考えているところはあったが、今は違う。」

 

「ど、どうして。周りの人は皆、地球人は野蛮だと言って」

 

 そんなわけがない、彼らと俺たちは何も違わない。そうリーリエは思っている。

 

「セラムだって、そう思っていないんだろう?」

 

「はい、地球の方と私たちは何も変わらないと思っています」

 

「セラムの言う通り彼らと俺たちは同じ種族、人間だ」

 

 アセイラムはリーリエの言葉に息をつく。

 

「よかった、誰に言っても私の考えはやんわりと否定されて。初めて誰かに肯定された気がします」

 

「基本的に火星の人間はプライドが高いからな、仕方がないさ」

 

 そう言って会話が途切れたところで、侍女が入室しティーセットを用意する。

 

 歳は十代前半の小さい娘がテキパキと準備を整え、カップを二人の間のローテーブルに置き静かに退出した。

 

「あの歳で立派な侍女だな」

 

 洗練された仕草を見ていたリーリエはそう彼女を評した。

 

「ええ、エデルリッゾは私の自慢の侍女ですから」

 

 エデルリッゾが淹れてくれた紅茶を飲みながら、互いの近況について話す。アセイラムは最近の火星の話や地球人の少年に地球について教えてもらっていること、リーリエは揚陸城での日々を語った。

 

「そういえば、何が心配でレイは私に会いに?」

 

 空になったカップをテーブルの上に戻したところで、アセイラムはふと尋ねた。

 

「体調とか、かな」

 

「ずいぶんと曖昧ですね」

 

 照れくさそうに、頬を掻きながらリーリエは口を開く。

 

「健やかに成長したか、それだけ確認したかったのさ。兄貴分としては」

 

 その言葉に嬉しそうに笑顔をアセイラムは表情に浮かべる。

 

「ふふっ、そうですか。レイから見て私はどうでした?」

 

「噂通りの美しいプリンセスになっていて驚いた」

 

 言葉通り、リーリエは最初本当に驚いた。直接会ったのは約五年ぶりで、通信越しに話すことも無かった。それ故にこれほど綺麗になったとは思ってもいなかったのである。

 

「ありがとうございます、レイもしっかりとした伯爵になりましたね」

 

「そうかい、そう見えるなら努力の甲斐があったよ」

 

 内心の喜びを、言葉に出さないように努めながらリーリエは立ち上がる。

 

「それじゃあ、そろそろお暇しようかな」

 

「え、もう行くのですか」

 

 ああ、とリーリエは頷く。

 

「元々、顔を見たら直ぐに帰るつもりだったんだ。自分の城を長く開けとくわけにはいかないからさ」

 

 扉の前でゆっくり振り向いて伯爵として礼をする。

 

「それでは、御身体には気をつけて。」

 


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