59話
地響きを轟かせながら崩れ行く人工島要塞、木々は倒れ大地はめくれ上がって土砂となり海へと流れ、砂浜に燃える残骸は土石流に巻き込まれていく。
所々で金属がひしゃげる音がまるで断末魔の様に聞こえ、恐怖のまとであった高射砲塔は大地の亀裂に飲み込まれていった。
最早誰の目にも島の最期は明らかであった、しかしその島を沈める原因を作った超兵器達は依然として戦闘態勢を解いていない。
寧ろ全員が、先程から島の中央から流れ出る“良く見覚えのある”エネルギーに身を尖らせていた。
「来る」
誰かがそう言うと、突如として島の中央が縦に割れ真っ二つに折れ曲がった要塞のその中心部から何かが現れる。
天高く舞い上がり海上にいる全てを睥睨するそれは、誰もが一目見て悍ましいと形容する他ない姿であった。
空に静止するそれには宇宙の暗黒を思わせる黒く巨大な円盤に二本の腕と全てを飲み込む大きな口と牙の生え、その巨大な円盤の上に女の上半身が乗っかり、女の額からは天を突く様な禍々しい二本の角が聳え立っていた。
円盤の面裏両面には二連装四基もの巨砲が備えられ、中央部には一際巨大な砲口が顔をのぞかせそして全身が青白く光輝いている。
まるで地獄の底に空いた穴から降臨した悪魔の様なその姿に、集まった深海棲艦達は「ゴクリ」と生唾を飲み込んだ。
巨大な円盤の上に乗っている女は間違いなく飛行場姫である筈なのに、その変わり様に誰もが絶句し何ら反応出来ない。
そうこうするうちに、異形と化した飛行場姫その円盤真下の巨大な砲口が光り輝く。
誰しもが嫌な予感はしても実際に体が動かせない中、ただ超兵器達だけは誰かが「避けろ」と余計な事を言う事もなく機関を最大にして散会する。
この中で誰よりも彼女達は飛行場姫の“ソレ”に強く思い当たりがあり、これからすぐに起こるであろう出来事を誰よりもよく知っているからこそ出来た反応だ。
巨大な砲口内部の光は極限にまで高まり、漸く何隻かの深海棲艦が不味いと思い回避を試みるが、しかし全ては遅きに失した。
『サア、始メマショウ。終ワリノ始マリヲ』
飛行場姫は発射の寸前、誰ともなしにそう告げる。
それはこれから起こる事への予言であり、それは直様現実となった。
巨大な砲口から一条の光が伸び、要塞を包囲する反乱深海棲艦の一角を薙ぎ払う。
次の瞬間着弾した箇所を中心に巨大な火球のドームが出現し、そこにいた全てを文字通り焼き尽くした。
爆発の中心地にいた者達は容赦のないエネルギーの本流によって跡形も無く消し飛び、凡ゆる生命がその被害から逃れられず魂さえも焼失させる破滅の光によって一瞬にして絶命させられる。
爆発が晴れたのち、そこには誰かが居たという証拠の僅かな破片しか残らなかった…。
同じ頃スキズブラズニルの艦橋に呼び出された焙煎とスキズブラズニルは、南方海域最深部に突如として巨大なエネルギーが出現した事を妖精さん達から知らされる。
「一体全体何が起きているんだ?ヴィルベルヴィント達との連絡はどうした」
焙煎は相変わらず超兵器達がいなければロクな判断が出来ないのか、兎に角作戦行動中の彼女達と連絡を取る様指示を出した。
しかし妖精さん達からの返事は思わしく無かった、何故ならば南方海域最深部の通信状況は謎のエネルギー出現以降悪化していたからだ。
超兵器機関が発するノイズの中でも万全の通信を確保する妖精さん達謹製の通信装置が通じない、事の重大性に先ず初めに気付いたのは矢張り焙煎では無くスキズブラズニルであった。
「強力な〜電波や〜レーザー通信を〜妨害する〜程の〜エネルギーって〜もしかして〜もしかすると〜?」
相変わらず間延びする特徴的な声で、しかし見かけに反して頭の回転が早いスキズブラズニルは直ぐにその可能性に行き着く。
「もしかして〜もう一つ〜超兵器機関が〜あるのかも〜知れませんね〜」
そうポツリとスキズブラズニルが漏らした言葉に、慌ただしく作業をしていた妖精さん達やただ椅子に座って焦る事しか出来ない焙煎が動きを止め、一斉にその視線をスキズブラズニルに集める。
「スキズブラズニル、一体何を言っているんだ?俺たち以外のもう一つの超兵器機関だなんて存在する訳がないじゃないか」
焙煎の口調は馬鹿馬鹿しいと言うよりも、あり得ないそうでは無いと言ってくれと言いたげであった。
第一この世界で超兵器を建造出来るのは自分のみのはずだと、自身のこれまでの経験がそれを裏付けていた。
だがしかし、スキズブラズニルは無情にもこう告げる。
「焙煎〜さ〜ん、鏡音さんの〜事を〜もう〜忘れ〜たんですか〜」
鏡音、海軍所属の会計監査と偽ってスキズブラズニルに乗船してきた女性士官。
しかしその正体は深海棲艦側のスパイであり、そして何よりも彼女自身焙煎の知らない超兵器機関の持ち主であったのだ。
「鏡音さんが〜いつから〜潜り〜こんで〜いたかは〜知りま〜せんが〜、少なく〜とも〜私〜達よりも〜早くに〜この世界に〜いたのは〜確か〜です〜」
「そんな〜人が〜深海〜棲艦と〜組んでた〜なら〜とっくに〜超兵器〜機関の〜事なんて〜伝わってて〜当然〜ですよね〜」
鏡音の存在、それは焙煎がこの世界で唯一持っていた超兵器と言うアドバンテージを崩してしまうばかりか、彼女が深海棲艦側だと言う事がこの場において何よりも重大であった。
「な、ならどうして今まで深海棲艦は超兵器機関を使わないでいたんだ…」
「多分〜超兵器の〜事は〜深海〜棲艦の〜中でも〜トップ〜シークレット〜だったんじゃ〜無いですか〜?で〜追い詰め〜られて〜それを〜持ち出した〜とか〜」
それは全てスキズブラズニルの憶測に過ぎない、多分多くの想像や理論の穴があるのだが今の焙煎にとってそれはまるで真実であるかの様に聞こえた。
人間追い詰められた時には、尤もらしい言葉にコロッと騙されるものだ。
特に焙煎の様な凡人にとって、今やスキズブラズニルだけか頼りであった。
「スキズブラズニル、一体これからどうすればいいと思う?」
「兎に角〜今は〜ヴィルベルヴィント〜さん達との〜通信の〜回復に〜努めましょう〜。何よりも〜情報が〜不足〜しています〜、私も〜工廠に〜降りて〜新しく〜通信装置を〜作り〜直します〜」
と言ってる事は焙煎がやろうとした事の繰り返しのくせに、やけに自身たっぷりに言うのでその妙な説得力に周りは何も疑問に思わず、しかも最もらしく通信装置を作ると言う名目で責任の所在から逃れ、焙煎のお守りをこれ以上しなくて済む様にする処世術と、見事な手腕でこの場を乗り切るスキズブラズニル。
凡人の焙煎にはただ一言「そ、そうか分かった。宜しく頼む」と伝える以外出来なかった。
スキズブラズニルは見事な敬礼を焙煎に返すと、艦橋から出てちょっとした仕返しが出来た事でルンルン気分で工廠へと向かう。
この後例え焙煎がスキズブラズニルが去った後会話の内容を思い出して自分がはぐらかされ事に気付いたとしても、もう手遅れである。
あの艦長がこの後出来る事と言えば、ただ通信が繋がる様祈っている事しか出来ない、とスキズブラズニルは考えていた。
そしてそれは当たらずとも遠からずなのだが…スキズブラズニルは一つ失念していた事がある。
それは追い詰められた時、ヒトはなんでもすると言う事実であり、そして焙煎は一際最悪の可能性を選択するかも知れないと言う事であった。