57話
ドレッドノート、ヴィルベルヴィントはお互いの火器管制のリンクを終え、ドレッドノートの誘導に従いヴィルベルヴィントから超高速魚雷が海中に向け発射された。
両舷20門、40本もの魚雷がドレッドノートの誘導に従い要塞を支える海中ケーブルと支柱に殺到する。
本来、大型艦艇などの大きな目標を狙うために装備された超高速魚雷は、その威力と速度ゆえ精密な誘導が難しい。
しかし、今回ヴィルベルヴィントはドレッドノートに自身の火器管制の一部とはいえそれを渡す事で、難しい海中での誘導を可能としたのだ。
そして彼女もまた残りの魚雷全てを発射し、それらを最適な目標へと振り分け誘導していく。
島を支える支柱は兎も角、海中に漂うワイヤーを魚雷で切断するには余りに小さい目標であった。
しかしドレッドノートの誘導に従う70本以上もの魚雷は、過たずその全てが振り分けられた目標に命中する。
目標までの命中のタイミングさえも合わせ、下手な戦艦ならば数本で撃沈出来る程の威力を秘めた魚雷が同時に海中で炸裂した時、果たしてどうなるか…。
次の瞬間、要塞島を支えるほどの強固な支柱を完全に粉砕する程のエネルギーが海中で荒れ狂い、その直上にあった島自体を真下から襲う。
衝撃波と共に吹き上げる破壊のエネルギーが島の底を削り、支えを失った要塞島は押し上げる力で十数㎝も持ち上がる。
島の表面を覆う土砂は崩れてその下の要塞の基部を露出させ、倒れた木々が要塞中心部の滑走路を埋め尽くす。
美しい南国の島に偽装された要塞島は最早見る影もなく、人為的な災害によって見るも無残な姿に変わり果てていた。
無論表面の被害だけで無く、内部にも相当の被害が及んでいる事を、島のあちこちから立ち昇る黒煙が証明している。
いまだに浮いている事が不思議なくらい、島は誰がみても破壊し尽くされていた。
島の中央部、地表の指揮所にて指揮を取っていた離島棲鬼は痛む身体を引きずり、何とか立ち上がろうとしていた。
島を突如として衝撃波が襲った瞬間、彼女は強かに頭を床にぶつけて今まで気絶していたのだ。
五体に力を込めよっとする離島棲鬼、しかし肉体は彼女の意に反しピクリとも動かない。
何とか頭だけを動かし、周囲の状況だけでも確認しようと努める。
要塞指揮所は見るも無残な姿になりはてていた、壁はひび割れ天井は一部が崩落し外が見えた。
部下達も天井の崩落から逃げ遅れ、瓦礫に押しつぶされ地面のシミと化している。
生き残ったのは自分だけかと離島棲鬼がふと自分の体に目を向けると、自分の腹部を貫通し地面に縫い付けるかのように折れた鉄骨が身体に突き刺さっていた。
(アア…ココマデ、デスノネ)
離島棲鬼は何故自分の身体が動かないのかに合点がいった、腹から生える鉄骨は肉体だけで無く背骨をも砕き彼女の脊髄を麻痺させていたのだ。
如何に頑強な深海棲艦とて、竜骨(キール)を折られてはどうしようもない。
それは、海から陸へと上がった彼女達陸上の深海棲艦も変わらないのだ。
腹に空いた穴から止めどと無く流れる黒い体液は、まるで彼女を黒い海へと沈めるかのように広がる。
身体が動かない離島棲鬼には、最早身体から流れ出る生命を止める術も力も無く、ただ足の末端から冷たくなっていくのを待つ事しか出来なかった。
しかし離島棲鬼には不思議と恐怖感は全く無かった。
寧ろ死を前にして彼女の心を覆っていた靄が晴れたかのような、清々しい気持ちで一杯であったのだ。
(オモエバ、ココニクルマデイロイロナコトガアリマシタワネ…)
離島棲鬼は今際の際に人間が感じる走馬灯の様に、これまでの事を思い返していた。
離島棲鬼は他の深海棲艦と同じように戦いの中で生まれ育ち、また他の者達と同じ様に戦いの中でこそ自分の生命に価値を見出していた。
だが離島棲鬼が望んだ戦場に彼女の居場所は無かった、陸上型の深海棲艦である彼女は如何に強大な鬼、姫であろうとも海戦が主体の戦場では役割を与えられなかったのだ。
その事実は、離島棲鬼にとって自らの存在意義を否定されるに等しい程の屈辱であった。
戦えば有象無象を関係なく圧倒する強大な力を持ちながら、戦場に立てない事に彼女は暗澹たる想いを抱えていたのだ。
そのどうしようもない暗闇の中から救い出したのが他でもない飛行場姫であり、彼女は戦場にしか生きる価値を見出せなかった離島棲鬼に新たな役割と戦いの場を与えた。
飛行場姫の元で彼女は目覚ましい活躍を見せ、やがて彼女の信頼を得た離島棲鬼は飛行場姫の為ならばどんなことでもやった。
同胞達をその手にかけた事もあった、飛行場姫に逆らう者は容赦なく解体し、積み上げた資材の山はやがてこの要塞島を作る資材にもした。
艦娘達が愚かにも大挙して攻撃を仕掛けてきた時も、彼女が作り上げたこの基地から出撃した爆撃が新兵器によって艦隊ごと焼き払い、敵の司令部もこの世から消滅させた。
最後には超兵器と戦いそして破れた、正に深海棲艦らしい血と戦いに溢れた生であった。
薄れ行く意識の中、離島棲鬼は飛行場姫に先に逝くと告げ、そして彼女の闘争の日々は永遠に終わりを告げたのだ。