超兵器これくしょん   作:rahotu

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54話

54話

 

「許せませんわ…」

 

航空戦に集中するアルウスを守るように、彼女を中心に輪形陣を組んだ超兵器達は、朦朧としている筈のアルウスの口からそんな言葉が漏れるのを聞いた。

 

一体何に許せないのか?それを聞いても答える訳もないのだが、しかし妙に引っ掛かりを覚える呟きであったことは確かだ。

 

 

 

 

(許せませんわ、犬の癖していつもいつも私を差し置いて常に前にいるあの女ぁ‼︎)

 

アルウスは激怒した、どうあっても自分はヴィルベルヴィントに勝てないのだと文字通り彼女自身がそう結論付けた事に激怒したのだ。

 

一瞬とはいえヴィルベルヴィントに敗北感を味合わされた事に、そう感じてしまった自分自身に何よりも怒りを感じていた。

 

アルウスにとってヴィルベルヴィントの死は重要ではない、しかしいずれ排除しなければならない対象である事は間違いない。

 

しかしその死が自らが抱くべき王冠、焙煎の心に残るような事は断じてあってはならないのだ。

 

何故なら此処でアルウスが予想した通りヴィルベルヴィントが沈めば、その死は一生艦長の心に残ってしまう。

 

例え自らが頂点に立ち、取って代わったとしても焙煎の目には常にヴィルベルヴィントの影がチラつき比較され続ける事となる。

 

自らを絶対の頂点として信じてやまないアルウスにとって、他者と比較されることそれ自体が許されざる事であり、しかもその相手が自分が最も気にくわない相手となればその心中に吹き荒れる嵐は決して収まりはしない。

 

生きていても死んでいても自分に憑き纏う目障りなヤツ、それがアルウスが導き出したヴィルベルヴィントに対する評価である。

 

これを払拭するには、今ヴィルベルヴィントに死なれては困るのだ。

 

ヴィルベルヴィントは生きねばならない、いや生き続けなければならない‼︎

 

生きて生きて決して沈まず、元の世界と同じ様に次第に置いていかれ戦闘艦として必要とされなくなった後でも生きて貰わねばならない。

 

超兵器の癖して輸送船として酷使され、しまいには敵味方からも嘲笑される存在と成り果てようとも、ヴィルベルヴィントは沈ませない。

 

あの女が真に沈む時、それは華々しい戦場でもなく任務の上での戦死でさえない、誇りも戦場も存在意義さえ全て奪われ果て、誰からも必要とされず何処かの岸壁にへばり付く様に身を横たえ、1人孤独に誰にも看取られずに朽ち果てボロボロに崩れゆくのが相応しいのだ。

 

そしてそれを自分は盛大に笑ってやるのだ、身の程を知らない馬鹿な女に相応しい惨めな最期だと。

 

そう心に決めたアルウスの決断は早かった、彼女は艦載機部隊を分けるでも敵中を突破するのでも無く、そのまま全機を敵爆撃機編隊に向かわせたのだ。

 

「これは決してあの女の為では無いですことよ、ええそうですとも。全てはあの女に惨めな最期を遂げさせる為ですもの」

 

とそんな変なテンションで、空戦中に全機一斉回頭と言う前代未聞の事をやらかすアルウス。

 

しかしこの常識外れの行動が敵の虚をついた、今の今まで激しい空中戦を繰り広げていたはずが、突如としてその相手が自分達に構わず一斉に方向を変えたのだ。

 

これに驚かぬ者などそう多くはないがこれにより何が起きたかと言うと、敵戦闘機部隊を無視して一斉にアルウスの艦載機が空域を離脱した事で、深海棲艦の戦闘機部隊は空戦から一転敵を追いかけねばならなくなった。

 

練度と機体性能ではアルウスの艦載機を凌駕していた深海棲艦の戦闘機部隊だが、此処までの行動が全てを左右した。

 

アルウスが全艦載機を効率よく運用する一方、深海棲艦は帰還する事さえ考えないなりふり構わぬ戦法で翻弄したのである。

 

その結果アルウスの艦載機よりも早く燃料と弾薬を消耗する事に繋がり、敵機を追いかけようとするも満足に追撃出来る機体は存在しなかったのだ。

 

無論それでも逃げる敵を、後ろから何機かは堕とす事は出来た、しかしそれは相手の全てではない。

 

次々と追いつけず落伍する深海棲艦の戦闘機達、どんなに腕があろうもまた高い練度があろうとも機体が動かなければ只の空飛ぶ鉄屑でしか無いのだ。

 

こうして燃料が尽きて堕ちゆく深海棲艦の戦闘機達は、ただ去りゆく敵機の後ろ姿を眺めていることしか出来なかったのである。

 

 

 

 

 

一方爆撃機編隊の方も慌てていた、本来なら味方が命を賭して敵を引き付けている筈、それを無視して敵機は真っ直ぐ此方に向かってきているのだ。

 

追いかけてくる敵機の数は凡そ100機以上、対する自分達は護衛も入れても50機程度。

 

爆弾を満載し重鈍で満足に身動きも出来ない爆撃機では、敵のいい的になるのがいいオチである。

 

このまま座して死を待つかの様に見えた深海棲艦の爆撃機編隊だが、しかし爆撃機部隊の編隊長機は諦めてはいなかった。

 

「全機密集陣形ヲ取レ、相互ノ感覚ヲ密ニシ弾幕ヲ形成スルノダ」

 

指示に従い、爆撃機編隊は陣形を変えとある機体を中心に密集陣形を取った。

 

重鈍な爆撃機の弱点を補う為、互いの死角となる場所カバーし大空に強固な空飛ぶ陣地を形成する、俗に言うコンバット・ボックスである。

 

そしてコンバット・ボックスの両端から少し離れた位置を飛ぶ重爆撃機を改造した空中母艦に曳航された護衛機達が、次々とケーブルを切り離し爆撃機編隊の護衛ポジションにつく。

 

完成した防御陣形でもって敵を待ち受ける深海棲艦、そこへアルウスの艦載機達は次々と襲いかかった…。

 

 

 

 

 

艦載機達はアルウスの指示通り、セオリーに則り相手よりも高い高度から襲撃を仕掛ける。

 

当然護衛機がインタースプトに入るが、数が違いすぎる為何機もの艦載機が素通りしてしまう。

 

そしてコルセアやワイルドキャットが、獲物目掛けて次々と急降下を開始した。

 

何十機もの戦闘機が爆撃機目指し一斉に降下する姿は、まるで鋭い爪を剥いて巨大な魚群に挑む海鷲達の様に見える。

 

それに合わせる様にコンバット・ボックスを組んだ爆撃機編隊はレーダーと連動したタレットが回転し、20㎜連装機銃と40㎜4連装及び30㎜ガトリング機銃がその剥き出しの殺意を迫り来る敵機に向けた。

 

幾重にも重層的に折り重なった対空砲火網のオーケストラにより、大空を赤く染めそれは中心に行くほど密度を増していき、突入した艦載機はまるで紙屑の様に引き裂かれた。

 

それでも優位なポジションにつける事が出来た機は、弾幕の花火のお返しとばかりにトリガーを引き絞り12.7㎜機銃による鉄礫の嵐をお見舞いした。

 

米国艦載機は機銃の口径こそ同時期のライバル機に劣るものの、一機当たり複数の機銃を装備している為瞬間力に優れている。

 

しかし最大30㎜を想定して施された重爆撃機の装甲の前では、カンカンと虚しく乾いた音を立てて弾かれるだけであった。

 

この瞬間、今のアルウスの艦載機ではいかにも力不足である事が証明されてしまったのであり、これはまた双方にとって予期せぬものであった。

 

超兵器の高性能な兵器と戦うと思っていた重爆撃機編隊にとって、それは敵が思ったよりも弱体であったと言う朗報であり、アルウスにとっては今の己の力不足をマザマザと見せつけられたと言う屈辱であったのだ。

 

重爆撃機は敵の攻撃が通じないと言う安心感から、余裕を持って狙いをつける事が可能となり、レーダーと連動して嫌が応にもその射撃精度を増して行く。

 

次々と堕とされて行く艦載機(自分自身)があげる悲鳴に、アルウスは多大なストレスを受ける。

 

普段であればヘルキャットだろうがムスタングだろうが、それこそジェット戦闘機であろうと大空を文字通り埋め尽くす程飛ばせるのに、それが出来なくなった途端こうも醜態を晒す己が姿に、アルウスは益々苛立ちを感じていた。

 

それが操縦にも現れたのか、にわかにアルウスの艦載機を操る機動が荒れてくる。

 

いかに自身を複数偏在させようとも、基となる人格が同じなら本体が受けるものと同様、艦載機を操っているアルウスにもその影響は現れていた。

 

しかもこの場合一機一機に自身が乗っていると言う状況が災いし、誰かが堕とされる度に自分自身が落とされたかの様に感じてしまうのだ。

 

その結果、直接関係ない護衛機を相手にしている艦載機さえ、俄かにその動きが悪くなっていく。

 

これが艦娘の様に妖精さんが直接乗り込んで操縦しているのならまた違ったのだろうが、高度な制御が出来る分ダイレクトに本体の心理及び体調を反映してしまうと言う弱点をこの戦いで露呈した。

 

有人、無人機共に其々メリットデメリットはあるが、この場合においてはデメリットの方が大きく上回ってしまったのだ。

 

敵機の動きに動揺が生じたことを良い事に、深海棲艦の航空機達は一気に敵を蹴散らそうと突撃する。

 

しかし流石にアルウスも対応し、敵護衛機の突破を防ぐが段々と打つ手が無くなってきていた。

 

敵重爆撃機にはこちらの攻撃が通じず、その時に生じた操作の乱れを突かれ敵の勢いが盛り返している。

 

(何とかしなくては…⁉︎)

 

と何時にない焦りを感じてしまい、余計コントロールが荒くなるアルウス。

 

誰かが堕とされたり被弾する度、脳裏に己が先程導き出した冷酷な未来予想とヴィルベルヴィントの姿が重なる。

 

「余計な容量を割かせるんじゃありません事よ!」と一喝してチラつく影を追い出すアルウスだが、それ程までに彼女は追い詰められていたのだ。

 

苦し紛れにアルウスが操る一機の艦載機が、再び敵爆撃機編隊の直上から攻撃を仕掛けようとするも、あっという間に爆撃機編隊があげる対空砲火に絡め取られる。

 

近く事さえままならず、エンジンから火を噴き翼を叩き折られコントロールを失う艦載機。

 

誰の目にも助からない事は明らかであった、しかしコントロールを失い操縦が効かなくなったと言う事は、誰にも墜落する艦載機を止める事が不可能と言う事と他ならない。

 

それに気が付いた者が居たかどうかは確かではないが、しかし敵編隊の上空で火達磨となった艦載機はそのまま墜落するかに見えたが、偶然に偶然が折り重なり偶々堕ちる方向と同じ場所を飛んで居た重爆撃機と衝突する。

 

何万分の1と言う確率で起きたこの不幸だが、それは当人達だけに留まらなかった。

 

最大で30㎜に耐えられる重装甲も流石に墜落してくる艦載機には耐えられず、しかも腹には爆発物を満載している。

 

どちらか或いは両方か、燃料に引火した火はそのまま大爆発を起こし爆弾倉内の爆弾と共に連鎖爆発を引き起こした。

 

その爆発の威力範囲共に凄まじく、コンバット・ボックスを組んで密集陣形であった事も災いし、周囲を飛んで居た機にも被害を及ぼす。

 

突然の爆風に煽られコントロールを失い隣の機と接触する機や、運悪く燃える破片がエンジンに当たってしまい損傷する機など、幸いにして爆発の規模にしては巻き込まれて墜落する機こそなかったものの編隊は大きく乱されてしまった。

 

そして敵機の陣形が乱れたのを見逃す程、流石にアルウスは愚かでは無い。

 

彼女は爆発によって編隊から逸れた機に狙いを定めると、全方位から集中攻撃を行なったのだ。

 

いかに重武装重装甲を施された爆撃機だろうと、少数のみでは群がる艦載機をどうにかすることなど出来ず、まるで無数の蜂に襲われる哀れな獲物の様にあっと言う間に飲み込まれてしまう。

 

アルウス蜂と言う名の通り、ある種の蜂は別の大型の蜂の襲撃に対し、巣全体が協力して相手を取り囲み、押しつぶしてその熱で蒸し焼きにすると言う。

 

これを蜂球と言うが、今の爆撃機はまさにこの様に似ている。

 

群がる艦載機の黒い靄に包まれた爆撃機は、エンジンから火を噴きあるものはそのまま翼をへし折られ海へと堕ちていった。

 

一機また一機と、圧殺されていく爆撃機達。

 

皮肉にも、ロクな戦力もなく精強な敵に艦載機を次々と落とされ苦戦するという経験が、急速に彼女の能力を鍛えたのだ。

 

困難な時にこそその者の真価がわかるとは言うが、それが判明するまでに払った犠牲は決して安くはなかった。

 

既に艦載機の数は当初の半数を割り、100機以下に落ち込んでいた。

 

どの機体もこれまでの激戦を証明するかの様に薄汚れ、無数の弾痕の跡が生々しく残っている。

 

流れ出たオイルが、機体を黒く染めエンジンから煙を吐いてフラフラとしか飛行出来ない機もあった。

 

この戦いが終わっても、回収は殆ど不可能だろう事は、誰の目にも明らかだったが、アルウスはそれを承知でより積極果敢な攻撃に移ったのだ。

 

彼女は、コンバット・ボックスが崩れた一角から部隊を侵入させ敵編隊から切り離そうとした。

 

無論それをさせじと、重爆撃機編隊は先にも増して抵抗を強める。

 

必死に切り離されまいと、無数の対空砲火ぎ上がるがアルウスはそれを見越して更に手を打っていた。

 

先ほどの偶然の接触事故とは違い、今度は明確な意図を持って爆撃機編隊の頭上から数機の艦載機が、爆撃機編隊と進路を重なる様に突撃してくる。

 

無論これはブラフであった。

 

がそうと知らない敵は、当然対空砲火を上げ衝突コースにある機は避けようと舵を切るが、それこそがアルウスの狙いであった。

 

コンバット・ボックスを組んで防御力を増していると言う事は、裏返せば対空砲火の密度を上げるために密集陣形を撮っていることに他ならない。

 

遮二無二突撃してくる機を避けようとしても、当然のことながら密集陣形で組んだ僚機が邪魔となり碌な回避運動も行えない。

 

必然、助かろうとした行動の結果互いが互いの邪魔となり鉄壁の陣形にひびが入るのだ。

 

無論突入される前に撃ち落そうと、何機かは撃墜されるが、体当たりが出来なくとも或いはそう言う仕草や近くを掠めて飛ぶだけでも、敵には先ほどの接触事故が脳裏をよぎる。

 

その後の起きた空中大爆発を考えれば、敵の体当たりに巻き込まれまいと距離を取ってしまう事は自然な事であった。

 

つまり、敵重爆撃機編隊が体当たりの恐怖を覚えている限り、もう鉄壁の守りは出来ないと言うわけだ。

 

それを証明する様に、敵爆撃機の陣形は薄く左右に広がり、目に見えて対空砲火の密度が減っていく。

 

アルウスは、最早単なる羊の群れと化した爆撃機編隊を一つずつ丁寧に潰していった。

 

この作業により、当初30機あった爆撃機はその数を十機以下にまで減らしていた。

 

既に護衛戦闘機も全機撃ち落とされ、空中母艦もまた護衛機と同じ運命を辿った。

 

しかし半数以上の機を失ってもまだ、深海棲艦は攻撃の意思を残していた。

 

「全機再度集結セヨ!中央ノ3機ハ何トシテデモ守リキルノダ」

 

全身を穴だらけにされながらも、編隊長機は最後まで命令を守ろうと守りを固める。

 

中央の3機以外残る機体も、最早自分達の安全を顧みず、命令に従い自分達の身を盾にする様に飛んだ。

 

最悪自分達全てが撃墜されても、中央の3機さえ残れば勝ちだと、彼等は確信していた。

 

戦闘中もずっと中央で守られていた3機の重爆撃機、その爆弾倉にはそれぞれ3発の核爆弾が搭載されていた。

 

3機合わせて9発の核兵器、しかしそのたった1発で南方海域に展開していた海軍及び深海棲艦艦隊を壊滅させ、同時にトラック諸島に投下されたものは総司令部諸共文字通り全てを焼き払ったのだ。

 

それを9発全てを超兵器にぶつけようと言うのだ、如何に飛行場姫いや深海棲艦が超兵器達を恐れていたか、厳重な守りを施された3機の重爆撃機の存在は裏を返せば彼女達の恐怖の裏返しでもあった。

 

無論そのあからさまな動きは、アルウスにとっても敵の本命が何なのかを直様悟らせた。

 

「何としてでもあの中央の機を堕とすのよ!」

 

この時彼女の脳裏には、自身が予想した冷酷な結末が過っていた。

 

いつのまにか敵は、自分達の艦隊のすぐ目と鼻の先にまで接近してしつつあった。

 

アルウスは躍起になって敵爆撃機を堕とそうとしたが、しかしそれを深海棲艦は編隊長機共々他の機が文字通り盾となって防ぐ。

 

「全機命ヲ捨テロ!」

 

その命令通り、最早アルウスの敵に体当たりすると見せかける戦法では、敵は全く怯まなくなっていた。

 

敵がアルウスのブラフを見破ったのも関係していただろう。

 

数を減らしたとはいえ、敵の堅い守りを正攻法では崩せないアルウス。

 

この時既に、残存する機は60機を割っていた。

 

しかもその内の半数以上は長引く空中戦で弾が尽きるか、或いは燃料を使いすぎて落伍していたのだ。

 

残る機で突撃と攻撃を仕掛けるにも、一回の突入の度数機は撃ち落とされ、少なくない機が被弾し戦闘に支障をきたしていく。

 

時間をかければかけるとともに、アルウス側の戦力は目に見えて減じ、逆に敵はその目的に近づいていくのだ。

 

刻一刻とタイムリミットが迫り来る中、アルウスは焦り意識を飛ばした生身の本体の肌には、嫌な汗が浮かんでいた。

 

継戦能力は既に限界であり攻撃が出来てあと一回、アルウスは残る艦載機を結集し火力を全て中央の機に集中するしかないと言う部の悪すぎる賭けに出るしかない。

 

失敗すれば敵爆撃機編隊を阻止する手段は失われ、艦隊は敵の核攻撃に晒されるだろう。

 

そうなれば、ヴィルベルヴィントは…。

 

と彼女がそこまで考えた時、フラリと一機の艦載機が攻撃位置から離れていくではないか?

 

いやそればかりか、何機かまるで示し合わせた様に編隊から離れ部隊から先行する様に、いやあたかも敵に向かって放たれた一本の矢の様に速度をグングンと上げて突撃していくではないか。

 

無論、アルウスはこんな事は命じていない、いや一つ一つの艦載機にアルウスの意思が存在するのだから、この行動もまたアルウスの意思に沿ったものといえる。

 

しかし、主人格の自分が全くあずかり知らぬ所で勝手に、自分自身の末端が動き始めたのだ。

 

これは一体全体どうした事か?

 

アルウスの混乱をよそに、数機の艦載機はドンドンと敵編隊に向かって速度を上げてくる。

 

それは同時に、アルウスにある光景を思い起こさせた。

 

(まさか…⁉︎)

 

それは元の世界、連合と枢軸と南極の新独立国家との三つ巴の世界大戦その末期。

 

枢軸国の一つ大日本帝国は大戦末にはその資源と兵力に限界をきたしており、満足な兵器の運用も出来なくなっていた。

 

そして来たるべき本土決戦に備え、その時間稼ぎをすべく、なけなしの燃料をかき集めある特殊な攻撃に撃って出た。

 

それは文字通り、人命そのものを兵器とする狂気の戦術。

 

戦闘機そのものを爆弾に見立て敵に体当たりすると言う特別攻撃隊、所謂特攻である。

 

迫り来る連合国及び南極の新独立国家艦隊に対し行われたこの攻撃は、大きな混乱と恐怖を巻き起こした。

 

その時の苦い思い出が、アルウスに徹底的な無人機運用をさせる切っ掛けとなっているのだが、彼女自身は人命そのものを捨てる特攻を最後まで否定している。

 

だからこそ、今自分の分身が行っている行動に、彼女は困惑し訳が分からなくなっていた。

 

何故自らが否定した行動をとったのか?しかしそれに答える代わりに、数機の艦載機は敵爆撃機編隊後方に食らいついた。

 

後方から突入する機を迎撃する重爆撃機編隊、後部銃座が火を噴き突入する敵機を攻撃位置につかせまいと迎撃するが、しかし突入する艦載機には鼻っからそんな考えは無かったのだ。

 

敵の懐に入り込んだ事で、その目的の内半分は達成していたのだから…。

 

ただ真っ直ぐに、迎撃も回避行動もしないで速度を上げて向かってくる艦載機に、当初爆撃機編隊は疑問に思ったが、しかし次にある事に気付く。

 

最も気付いた時には遅かったと言うのは良くある話だが、後方で迎撃していた機の内ほの一機に後方から敵機が突っ込んだのだ。

 

機銃座の攻撃により燃える敵機は、しかしそのまま相手の尾翼に突っ込み、重爆撃機の下半身と舵を捥ぎ取る。

 

当然舵が効かなくなり、オマケに機体の制御も出来なく編隊から高度を堕とす爆撃機。

 

先程までの敵なら、この落伍した爆撃機に向かって群がっただろうが、しかし突入してきた敵機はそれには目にくれず、近くの爆撃機へと体当たりを敢行する。

 

何機かは撃墜されたが、しかし2機の爆撃機がその攻撃で失われた。

 

深海棲艦は気付いた、自分達もなりふり構わなくなった以上、敵も同じ様にしてきたのだと。

 

しかし当のアルウス本人には全くその気は無かった、しかし体当たりの瞬間にはまで意識の繋がった自分が、その最後の最期の思考が意識が流れ込んでくる。

 

体当たりの衝撃と、バラバラに砕ける風防ガラスのカケラ、ひしゃげる鉄の軋む音と潰されていく艦載機(自分の体)。

 

その一つ一つが明瞭に明確な実感を伴ってアルウスに流れ込んでくるのだ。

 

そしてそれらの物理的現象を伴った先に流れ込んでくる意識、それはこれまでアルウスが必死に認めようとはしてこなかった類のもの。

 

「何が何でも仲間を艦隊を守る」

 

その尊い意識、しかし孤高の王者たらんとする超兵器アルウスにとって、仲間とは友愛とは惰弱そのもの。

 

故に馴れ合って見せても、本音では決して誰きも気を許してはいない筈、そうアルウス本人はそう思っていた。

 

だが細分化され、艦載機の一つ一つに宿った彼女の意思は、本人さえ気付かなかった秘めたる心の内さえ分け合っていたのだ。

 

それが、危機において本体の意識を無視して出た行動であり、ある意味で無意識のうちに抱えるアルウスの本音でもあった。

 

アルウスが知らず知らずの内に抱いた思い、彼女はまだそれに明確な名前を付けられずにいるが、しかし戦場と言う極度の緊張状態の中で現れた行動は、衝撃を伴って確りと彼女に影響を与える。

 

その結果が一体どう言う結末を迎えるのかは、まだ誰にも分からない。

 

だが状況はアルウスが心の整理をつけるまで待ってはくれない、また数機編隊から離れた艦載機が敵爆撃機に体当たりに向かったのだ。

 

無論深海棲艦も敵にむざむざ体当たりをさせじと、今まで以上に激しく対空砲火を打ち上げる。

 

そして数機の犠牲と引き換えに、また一機敵の爆撃機が黒煙を上げ堕ちていく。

 

元の世界通り、特攻とはそのインパクトこそ大きいものの、実際の戦果は殆ど上げられなかったのだ。

 

曲がりなりにもこの世界にしては高度な迎撃装置を備える相手では、破れかぶれの特攻など相手が来るとわかってしまえばそれまでなのだから。

 

だが、そうでもしなくては敵を食い止められないのもまた事実であった。

 

アルウス側に残された艦載機の全弾をつぎ込んでも、敵重爆撃機を1機か2機落とせる程度。

 

撃墜に時間を掛け過ぎれば、敵はもう間も無く艦隊の上空に到達してしまう。

 

そうなれば無条件にアルウスの負けが決まる。

 

つまりこの場で最も効率が良い方法とは(アルウスは決して認めたくはないが)、残る艦載機全てと引き換えに敵を道連れにする事であった。

 

冷徹な理性でわかっていても、感情がそれを否定する。

 

それは、兵器であることを旨とする彼女達超兵器にとって、あってはならない事であった。

 

しかし心でいくら否定しようとも、無情にも彼女の艦載機達はそれが最も効率の良い方法だと、本体の意思を離れ次々と突撃していく。

 

揺れ動く血の通わぬ兵器としての本能と生身の感情は、しかし全ての艦載機とのリンクが途切れる事で終わりを告げる。

 

その最後の一機と引き換えに、見事に敵の爆撃機全機を道連れにする事に成功したのだ。

 

9発の核爆弾は、爆撃機と共に海中深く没した。

 

最早誰の手にも回収は不可能であろう、そして同時に艦隊に迫り来る脅威を完全に排除する事に成功した証でもある。

 

無論その代償は大きく、発艦した200機全機の損失と言うこれまでにない損害だが、アルウスが受けた衝撃に比べれば、それはちっぽけなものでしかなかった。

 

冷酷無比な超兵器としてのアルウス、その自信は確実に揺らぎつつあったのだ。

 

 


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