43話
幾つもの砲声が鳴り響き、戦場の海を渡って一陣の蒼い風が走る。
ヴィントシュトースはレ級の苛烈な砲撃と爆撃に晒されながら、いまだ健在であった。
砲撃によって発生した暴風に蒼い髪をたなびかせながら、彼女は敵に致命打をあたえられないことに臍を噛んでいた。
(矢張、私ではお姉様達の様にはいきませんか)
レ級からの砲撃と爆撃のタイミングを見切りながら、ヴィントシュトースは内心でそう思っていた。
彼女には姉のヴィルベルヴィントの様な経験に裏打ちされた巧さはなく、シュトゥルムヴィントの様な全てを真っ向から叩き潰せる力もない。
純粋な装備の質量や性能でも劣る彼女が、いまだレ級に捕まっていないのは偏に大きさと速度に寄る。
ヴィントシュトースは超兵器量産化計画によって生まれた小型艦であるが、砲も装甲も巡洋艦止まりであり速い以外これといった特徴はない。
しかし彼女にあって他の超兵器には無いものがある、それは視認性である。
超兵器にしては従来艦として程度の大きさしかなく、機関の補助動力として原子力を搭載した結果超兵器機関が発するノイズをある程度抑えることに成功した。
速く的も小さく、やろうと思えばノイズを消す事さえ出きる。
焙煎は専ら斥候に使っているが、やろうと思えば他の艦に紛れる事さえ可能だ。
ヴィントシュトースは自分の特徴生かし、緩急をつけた操艦によって的を絞らせずまた敵の攻撃タイミングを見切る事に成功していた。
だがヴィントシュトースにも問題はある、それは敵に対して火力が全く足りていないのだ。
主砲である20.8㎝3連装砲ではレ級の装甲を貫けず、魚雷も姉のヴィルベルヴィントからの報告では敵に迎撃されて効果が薄い可能性がある。
そもそも回避に専念することでこの均衡を保っているのであって、雷撃の為に近付くなどリスクが大きすぎた。
結果としてこの千日手状態が続いているのだが、その状態も段々と危うくなりつつあった。
いっこうに砲弾が当たらない事に業を煮やしたレ級は、主砲と副砲を併せて一斉射を放つ。
それまでのヴィントシュトースに狙いをつけたものと異なり、より広範囲をカバーするように帯状に砲弾が広がる。
狙いなど関係ないとばかりに、面で
押し潰す作戦に出たレ級を前にヴィントシュトースは堪らず後退して距離を取ろうとした。
そこへすかさずレ級の艦載機が飛び込む、ヴィントシュトースを砲撃範囲に押し留めようと爆撃や雷撃ではなく機銃掃射で動きを牽制する。
砲弾と艦載機、一瞬どちらの対応をするかで迷い動きが遅れるヴィントシュトース。
そこへ、彼女目掛け砲弾が殺到した。
爆撃機による絨毯爆撃を思わせる砲弾の雨霰によって、幾つもの巨大な水柱が一斉に立ち昇る。
これを全て回避することはどんなに兵器でも無理だろう、この時レ級はそう思っていた。
小型艦と侮って思わぬ時間を食ってしまったが、さてこの後は他の超兵器の処に向かおうかと考えていたその瞬間、突如として彼女の頭上から衝撃が襲った。
思わぬ事に驚き守りを固めるレ級、しかし一体誰が攻撃を仕掛けたのか?
時は少し遡り、レ級の砲弾が周囲に着水した瞬間ヴィントシュトースは一か八か擬装の推力方向を上に向けた。
例え着弾しなくとも、戦艦の砲撃はその余波だけで容易く小型艦の竜骨を折ってしまうだろう。
超兵器としては並み以下の耐久力しか持たないヴィントシュトースにとって、それは致命的であった。
故に少しでも衝撃を逃そうと、推力を上に向け立ち上る水柱に逆らわぬ様にした結果、それが思わぬ作用をもたらした。
ヴィントシュトースが思うよりも着弾の力は大きく、また立ち上る水の量も圧倒的であったのだ。
彼女の身体は、流れに逆らわぬ処かそのチイサナ身体を空へと舞い上がらせていた。
ヴィントシュトースは今時分に何が起きたのか最初全く分からないでいた、しかし分からないままに何故か敵の姿が眼下にあり、彼女の戦闘意識はまるでそうするのが当たり前のごとく敵に狙いを定めそして気が付いた時には既に砲撃は終わっていた。
「はっ!?」
気付いた時、彼女は海に向かって落下している最中でありこのままでは海面に衝突してバラバラになってしまうだろう。
そうならないように、彼女は擬装のブースターを全開にして何とか逆制動をかける。
しかし全ての衝撃を殺しきる事は出来ず、海にぶつかり海中に沈みこむヴィントシュトース。
空中から水中へと真逆の環境におかれながらも、何とか目を明け水を蹴り擬装の浮力によって何とか海面に這い上がる彼女。
この世界の法則では、擬装が機能を停止しない限り艦娘は海には沈まずまた自在に海を駆ける事が出来る。
その謎法則によって救われたヴィントシュトースは、全身をずぶ濡れに濡らしながら何とか立ち上がった。
「はあはあはあ」
元の世界と今の世界両方で決して体験したことのない世界を経験し、動悸が収まらないヴィントシュトース。
一方のレ級も、バラバラに吹き飛んだ筈のヴィントシュトースが何故か海中から這い上がって来たことで訳が判らぬといった様子。
暫くヴィントシュトースの動悸が収まるまで、両者の間に不思議な静寂が訪れる。
「はぁ、はぁ、はぁ、すー」
肺に空気を入れ込み、水を含んで重くなった蒼い風が髪をかきあげるヴィントシュトース。
そうしてレ級を改めて見て...。
「やっぱりムリですね。逃げましょう」
そう言うや否や、ヴィントシュトースは脇目も降らずレ級に背を向けて逃げ出す。
その余りの呆気なさに、レ級は何が起きたのか一瞬判断が遅れしかし次の瞬間には敵が逃げ出したことに怒りを感じ追いかける。
先の出来事によってヴィントシュトースも本調子ではないのか、思ったよりも速力が出ずレ級との距離は付かず離れずといった風になり、超兵器を追いかける深海棲艦と言う珍しい構図は、果たして一体誰が想像しただろう。
未だ砲火が鳴り止まぬ戦場に、奇妙な光景が出現していた。
戦車も飛ぶんだから戦艦も飛んでいい筈。
むしゃくしゃしてやった、今は反省している。
でも後悔はしていない。