超兵器これくしょん   作:rahotu

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今年最後だと言ったな、すまんあれは嘘だ、

鹿島のクリスマスグラ見てたら書いてしまった…

やっぱり練習巡洋艦は魔性の女やで


13話

海軍軍令部を後にした焙煎は突然背後から呼び止められた。

 

「貴様…おいもしかして焙煎では無いか?」

 

背後を振り向いた焙煎に相手は矢張りと言った顔をしていた。

 

海軍の制服に身を包む20代前後の男、焙煎より背が低いが170㎝以上はある。

艶やかな黒髪と海軍の白帽子がやけに似合う二枚目の伊達男がそこには立っていた。

 

「やっぱりか、おい手足はちゃんと付いてるんだろうな?お前に貸した金をまだ返してもらってないんだぞ」

 

ニヒルな笑みを浮かべ(それだけでも女を虜にする魅力に満ちた)男は行成そう言った。

 

「馬鹿を言え、貸したのは俺の方だ、それと手足はちゃんと付いてるし何だったら俺がお前に貸した額を利息付きで言ってやろうか?」

 

焙煎も負けじと言い返し、暫くは睨み合う二人だが、呼び止めた方がホッとした顔をして焙煎の肩を叩いた。

 

「その憎まれ口、相変わらずいい性格をしているな焙煎候補生、いや今は少佐か」

 

焙煎も相手の肩を叩き、久しぶりに会った相手に旧交を暖めた。

 

「お前もなって、中佐に昇進したのか。失礼しました中佐殿」

 

と棒読みで敬礼する焙煎。

 

相手は笑って休んでよしと伝え、焙煎は敬礼の姿勢を解いた。

 

「全く、お前に敬語を使われると鳥肌が立つ。士官学校の時と同じで良い」

 

「そいつは有難い。同期きっての色男にタメ口を聞けるとなれば、女性士官が羨ましがるぞ。東剛候補生」

 

さっき候補生呼ばわりされた事をやり返した焙煎だが、そこは秀才だろうと自分で自分の事をそう言う辺り、この男もいい性格をしていた。

 

「まあ、立ち話も何だ。この後暇か」

 

「今用事が済んだ所だ。急ぎの用も無い」

 

「じゃあ茶店にでも行こう。ここのコーヒーは美味いぞ」

 

「それはインスタント派の俺に対する嫌味か」

 

二人は笑い合い、連れ立ってその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コーヒー二つ、ああこいつには飛び切り美味いインスタントを煎れてやってくれ」

 

余計な事をと、焙煎は苦笑しながら困り果てるウェイトレスに彼と同じ物を二つと後タバスコをと言って気を利かせて下がらせた。

 

軍令部から少し離れた士官専用のカフェで入り口から死角となる奥のテーブルを占めた焙煎と東剛はコーヒーが来るまで思い出話に花を咲かせた。

 

「三人でよくドヤされたなあの、何と言ったかな東剛」

 

「筑波教官だろう。おいおい、もう忘れたのか?ボケるにはまだ早いぞ」

 

「そうだ筑波教官だ。香取教官と妹の鹿島教官、三人合わせて鬼の教官トリオだったか」

 

「鬼なのは筑波教官だけだろ?香取教官はアレは絶対Sだ、しかもドが付くな」

 

「その点鹿島教官は士官学校中のアイドルだったな」

 

「ああ、皆んなで良く困らせたものだ」

 

「その度に香取教官からキツ〜イ折檻を食らったな」

 

「バカ、アレはご褒美だろ」

 

「何だ、そっちのケが合ったのか?」

 

「それはお前だろ。鹿島教官のクスクス笑う声が好きだとか、我等の天使にサディズムを見出したのは焙煎、お前くらいだ」

 

「あの普段フワッとした人がああ言う笑いをするんだぞ。堪らんものがある」

 

「そんなんだから、良く俺達三人は揃って『三バ烏』と呼ばれるんだ」

 

「ああ、あの三馬鹿と三羽烏を合わせた上手くも無い造語か。そう言えばアイツはどうしてる?」

 

「アイツか、待てよ何処だったか」

 

「佐世保辺りじゃないか」

 

「そうだ今は佐世保に居るんだったな。この前会った時戦争が無くて暇だとほざきやがった」

 

「相変わらず血の気が多い奴だ。そんなんだから前線に出してもらえないんだ」

 

「そう言えば三人でバカをやる時真っ先に突っ込むのがアイツだったな」

 

「お前が考えて、俺が必要なもんを準備して、実行はアイツがか。懐かしいもんだ、そう古い話でも無いのにな」

 

「ああ、本当だな。あの頃が懐かしいよ」

 

「…」

 

「…」

 

二人の男は暫し、過去に思いを馳せた。

 

その間、ウェイトレスがコーヒーとタバスコをテーブルに置き二人はカップに口を付けると東剛が話を切り出した。

 

「さて、思い出話も此処までにして」

 

「そうだな俺達は過去に生きてる訳じゃ無い。今の話をしよう、で何が聞きたい?東剛中佐」

 

焙煎は敢えて東剛を中佐と呼んだ。

 

それは、此処から先は同期の間柄では無く海軍士官としての話をする。

 

そういうサインだ。

 

東剛もそれを受け取り、焙煎を少佐と呼んだ。

 

「単刀直入に言おう、お前が保有する超兵器について話して貰おう」

 

「流石、海軍情報部は情報が早い。きっと元帥殿の寝室にも盗聴器を仕掛けているのだろうな」

 

「必要ならそうする。それが、我々の役目だからな」

 

焙煎の茶化しに東剛は乗っては来なかった、そして焙煎が東剛の正体を情報部のエージェントと看板したのも驚かなかった。

 

元々、後方勤務時代親しかった者やそうで無くとも将来有望そうなポストに就く者の配属先を調べる位はやっていた焙煎だ。

 

何と言っても海軍は身内組織、コネとツテはなるべく多い方が良いからと調べていたが、東剛の配属先に違和感を覚え調べてみると情報部の出張機関だと分かり、最初会った時それを思い出した焙煎は素直に彼の誘いに乗ったのだ。

 

あのまま断っていたら、何処ぞからナンバープレートを消したスモークガラスで黒塗りの車が来て焙煎を何処かに連れ去っていただろう。

 

さて、どう誤魔化すべきか?と思案する焙煎だが、不利な状況には変わり無い。

 

態々店の奥に連れて来たのは逃走の防止と人目を気にしてだろう。

 

まさか店内に居る客全員が情報部の者とは思えないが、入り口近くの席に二人は確定で、後は三、四人店の通路にでも配置しているか?多分此処から少し離れた場所で俺達の会話も盗聴しているかもな。

 

つまり包囲は完璧、八方塞がり。

 

トイレに立つと言っても裏口や外にも手を回してるだろうから…あ、これ詰んだな。

 

焙煎は味も分からなくなったコーヒーを啜りながら、せめてヴィルベルヴィントを外で待機させておくべきだったと後悔した。

 

ん?そう言えば艦娘を連れずにと態々言ってきた辺り元帥もグルか?

 

「高野元帥の指示か、それならそうと証明出来る物を出して貰おう。それとこれは不当な拘束か?ならば俺は情報部に対し何も答える義務は無い」

 

「これは『海軍』の意思だ。焙煎、下手な時間稼ぎはよせ。どう足掻いた所でお前に助けは来ないし逃げる場所も無い」

 

東剛は胸元に手を入れ、明らさまに何かを掴む仕草をし、ワザとらしい「カチリ」と言う音が聞こえた。

 

「焙煎、正直に答えてくれ。さも無いと俺はコイツを使うハメになる」

 

「俺だってこんな事はしたくは無い。お前に友情を感じてたから、此処に誘ったんだ。これが俺が出来る最大限の譲歩と思ってくれて良い」

 

成る程な、どうりで少し話を焦っているのか。

 

焙煎は驚くほど冷静に事態を把握していた。

 

恐らく東剛の『上』は最初っから俺を連れ去るつもりだったらしい。

 

久しぶりに会った旧友を餌に、何処かで待ち伏せしていた車に乗せて連れ去る。

 

古典的な手だが、まあ軍令部の目の前で堂々と誘拐する訳にもいかんか。

 

東剛の話を要約すれば、此処に来たのは本来の予定には無かった。

 

予定に無い事だから人員の配備も間に合っては居ないだろう、だから盗聴の可能性は著しく低い。

 

この件に恐らく元帥は関わっては居ない。(そうなら軍令部に来る途中でも幾らでも誘拐するチャンスはあった)

 

東剛の焦りからあともう少しで此処に情報部が乗り込んでくるとなると…

 

「悪いな東剛、俺からはそれだけだ」

 

「…そうか焙煎。お前はもう少し話の分かる奴だと思ったが、残念だ」

 

東剛が胸元から黒い物を取り出す前に、焙煎は行動した。

 

残ったコーヒーを東剛の顔にかけた。

 

「アツッッッ⁉︎」

 

顔に突然熱湯がかかりその場に伏せる東剛。

 

焙煎は脇目も振らず走り出した。

 

「待て焙煎‼︎取り押さえろ」

 

焙煎が逃げるのを気配で察知した東剛は、大声で叫んだ。

 

入り口に近い席に座っていた屈強な海軍士官二人が焙煎の前に立ちはだかろうとしたが、焙煎は入り口では無く厨房へと駆け込んでいた。

 

後を追う者と、倒れた東剛を介抱する者とに分かれ走る情報部のエージェント。

 

「俺の事はいい、それよりも奴を逃すな。いいか、絶対にだぞ」

 

無言で頷いたエージェントは、焙煎を追い始めた。

 

 

 

 

厨房に入った焙煎は、何だ何だと驚く調理人達を掻き分け裏口を目指す。

 

皿が割れ、料理が散乱し阿鼻叫喚の厨房に更に屈強なエージェントが飛び込み、焙煎を捕まえようとする。

 

が、間一髪その手を逃れた焙煎は目の前に飛び込んだ赤い物体を掴む。

 

「悪いな、修理費は軍令部に宛ててくれ」

 

消化器の栓を抜き、エージェントに向けてホースから消化剤が飛び出した。

 

突然視界が真っ白になりもがくエージェント。

 

その隙に裏口に急ぐ焙煎は、扉を体当りの様にして開くが、そこにも入り口から回り込んだエージェントがいた。

 

「グハッ」

 

問答無用で焙煎を締め上げ、呼吸が出来ず足掻くが足は宙に浮き空回りしていた。

 

身長が180㎝を超える焙煎を両手で掴み上げる屈強なエージェントを相手に、焙煎もこれ迄かと思われた。

 

「な…ん、て、な!」

 

「…⁉︎」

 

焙煎はテーブルから拝借したタバスコの蓋を開け相手の目を目掛けてそれを降り注いだのだ。

 

突然の粘膜の激痛に焙煎を振り落し、暴れまわるエージェント。

 

焙煎は使いもしないタバスコを注文した事に疑いを持たなかった東剛に感謝しつつ、その場から急いで離れた。

 

 

 

 

「取り逃がしただと⁉︎くそっ、未だ

遠くには行ってはいない筈だ、探し出せ‼︎」

 

顔に濡れたハンカチを当て、部下達の後を追った東剛は倒れ伏す姿を見つけ、彼等から事情を聞くと叱咤した。

 

走り出す部下の背中を見ながら、まさか諜報員でも無い相手にこうも良いように取られるとは、東剛は自らの迂闊さに苛立つ。

 

その苛立ちを消す為にも一刻も早く焙煎を捕らえようと動こうとするが、その前に一人の男が現れた。

 

「此処で何をしているんだ?東剛中佐」

 

「⁉︎綾裏大佐、何故ここに」

 

長身痩躯にダッフルコートとハンチング帽と言う古めかしい装束を身に纏った男、綾裏大佐は手に持っていた杖をカン、と鳴らした。

 

「質問しているのは君では無く僕だ。答え給え、中佐。僕が何故わざわざ君を探しに軍令部まで来た理由を?」

 

「それは…その」

 

言い淀み綾裏の顔から目を反らす東剛、背中は冷や汗をびっしょりと濡れ肌にひっついて不快感を煽っていた。

 

だが体の方はまるで蛇に睨ませた蛙の様に、その場から動けずにいた。

 

この綾裏と言う男を見た目で判断してはいけない、寧ろ海軍で最も恐ろしいとされる「情報部の鬼」と噂される人物なのだ。

 

その数々の「武勇伝」を噂では無く実際に見て知っている東剛は、相手に下手な言い訳も通用する筈が無い事を知っていた。

 

「我々だけで確保できると思い、何も大佐自らのお手を煩わせる必要は無いかと行動しました」

 

「ふ〜ん、つまりこれは君一人の勝手な独断専行であり部下達筈がそれに従った迄だと。若い諜報員が功に焦って先走った挙句のこのザマだと言いたい訳だね」

 

「面目次第もありません」と、東剛は頭を下げた。

 

「ふん、僕も見縊られたものだよ。まさかそんな嘘がこの僕に、そして上に通用するとは思ってないよね?」

 

綾裏大佐は心底失望したという顔をして東剛を見下ろした。

 

頭を下げたままで東剛の表情は伺えないが、綾裏には手に取るように東剛の心中が分かる。

 

「大方、下手な同情心や友情なんてものに踊らされたんだろう。全く、情報部の者に情けは不要だとあれ程叩き込んだのにもう忘れたか」

 

唯黙って叱咤を受ける東剛を面白く無いと言いたげに鼻を鳴らす綾裏。

 

「まあいいよ、上には僕から説明してあげる。今日はもう帰り給え」

 

「いえ、大佐。もう一度失地挽回の機会を…」

 

カン、と再び杖が鳴る音がした。

 

「分からないかね?これ以上僕を失望させないでくれるかな」

 

「消えろ」と暗に言われている事等東剛はとうに気付いている。

 

だが、 此処で引く訳には行かなかった、此処で帰れば後の事は綾裏大佐が持ってくれるだろうが一度失敗した部下に寛容を示す程情報部と大佐は甘くは無い。

 

よしんば許されたとしても、残った焙煎がどうなるかは明白だ。

 

自分が生き残る為にも、そして焙煎を生き延びさせる為にも何としてもこの手で確保する必要がある。

 

「大佐何卒…何卒…」

 

「くどい‼︎」と言う言葉の代わりに、今度は殴打が来た。

 

綾裏大佐は杖を振り切った姿勢で東剛を見ていた。

 

その視線に東剛は真っ向から応じた、その目から今度は逃げる訳には行かない。

 

此処で目を反らせば二度目の殴打と共に、東剛の意識は刈り取られてしまう事は明白であった。

 

「…」

 

「…」

 

互いに無言で視線を交わす事数秒、勝手にしろと言わんばかりに綾裏は東剛に背を向けてその場を去った。

 

その背中を見えなくなるまでジッと見つめた東剛は、頭を上げや「イテテテ」と殴られた頬に濡れたハンカチを当てた。

 

奥歯の一本や二本は覚悟していたが、存外手加減して貰ったらしい。

 

暫くは人に見られない顔になるが、後には残らない筈だと、東剛は判断した。

 

「あー、やっぱり似合わない事はするもんじゃ無いな〜」

 

と、心の中でそう思いつつも何故か晴れやかな気持ちになっていた。

 

「焙煎め、次会ったら治療費を請求してやる」

 

と、歩き出し憎まれ口を叩く頃には彼の調子は何時ものに戻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、逃げたは良いものの。これから如何するか?」

 

窮地を脱した焙煎は人目につかない様雑木林に入り、建物の角に身を隠しつつこのまま軍令部の敷地を出て鎮守府区画で超兵器達と合流しようかと考え止めた。

 

「なんて、考えてる事はお見通しか。検問でも敷かれてたら一貫の終わり。そうで無くとも此処以外の場所なら奴等好き勝手出来るからな。このまま潜伏して助けを待つか?」

 

しかし超兵器達が焙煎が帰って来ないのを不審に思い、探しに来たとしても軍令部の敷地は提督と同伴か許可が無ければ艦娘が入る事を許されない。

 

無理やり押し通る事もあるかも知れないが、まあこの場合の前提条件として超兵器達と焙煎との間に信頼関係が存在すると仮定した場合だ。

 

「んなもん、彼奴等には無いな」

 

焙煎は一刀に切り捨てた。

 

超兵器達を信用はしても信頼はしていない焙煎だ。

 

助けが来るなど微塵も考えてはいなかった。

 

では如何するかと思案する焙煎だが、答えは決まっていた。

 

「これ以上借りを作る訳にはいかないが、仕方ない。行くか」

 

「な〜にしてるんですか」

 

高野元帥に頼るかと、焙煎は物陰から出ようとして突然背後から声を掛けられた。

 

内心の驚きを悟らせまいと動機を抑えながら、今日はやけに後ろから声を掛けられる日だと、取り留めのない事を思った。

 

其処には海軍の制服に身を包んだ可愛らしい(と表現するしかない)女性士官がいた。

 

「あら〜、驚いちゃったかな?でもでも、こんな所に居る方がビックリですよ」

 

「いや、これにはちょっとした事情があって…」

 

と言葉を切り目をそらせた焙煎に、女性士官が不満げに頬を膨らませた。

 

突然、「えいっ」と両手で頭を掴んで俯き加減に正面で固定し、瞳を覗き込んだ。

 

「人と話す時は相手の目を見ないとダメ。お母さんに教わらなかったの?」

 

相手の身長の方が低く(160㎝位か)焙煎の首に手を回してぶら下がる様な格好だ。

 

見る向きによっては大変イカガワシイ格好とも見られなくもない姿であった。

 

焙煎は相手にイキナリ顔を覗き込まれ、目を右往左往させるが如何しても相手の顔に目が行ってしまう。

 

エメラルドグリーンの瞳に亜麻色の(きっとフワフワのサラサラなんだろう)髪にシミひとつ無い白い肌。

 

普段から(超兵器という点を除いけば)美女に囲まれていると言っても過言では無い生活を送っている焙煎をして、彼女の美貌はそれらとはまた違った清々しい草原を駆ける風の様な可憐さと無邪気さをはらんでいた。

 

あと、チラリと見えたバストは豊かな丘陵地帯を形成していた。

 

「あ、今胸見たでしょう。それと女の人の事も考えてた」

 

「いや…それは、その」

 

「うふふ、当たった〜、でも女の子と話してる時違う人の事を考えてるのって失礼な事よ」

 

「クスクス」と笑われ言葉を濁す焙煎だが、相手は構わず続ける。

 

「ふ〜ん、貴方優しい目をしているのね。でも、寂しそう」

 

瞳を覗き込まれ、相手の吐息が掛かる距離でそんな事を言われ焙煎はドキリとした。

 

勿論寂しそう、と言われた事にである。

 

「あ、ひょっとして又当たった〜、私占い師の才能もあるかも」

 

「君はいったい…」

 

何が言いたいとも、何者かとも言えるその問いに相手は唯笑って答えるばかりだった。

 

スルリと、焙煎の首から手を離し少し離れ「エヘヘ」と天真爛漫な笑顔を見せた。

 

普段仏頂面か嘲り、若しくは戦闘で見せる獲物を狙う笑みしか見て来なかった男にとって久しぶりに見る自然体な笑みであった。

 

彼女の雰囲気と相まって胸が自然と高鳴る焙煎。

 

そのまま見つめていたい気持ちに駆られた。

 

「ゴホン」

 

ポケー、としてしまった脳内をシャキッとする為態とらしく咳をする焙煎。

 

名残惜しいと言う気持ちを捨て去り、本題に入ろうとするが、又も相手が気勢を制した。

 

「貴方、追われてるでしょ?」

 

「何故それを…本当に何者なんだ君は」

 

「だって、こんな所でコソコソしているし。それに何だか騒がしいとは思わない?」

 

成る程、彼女の言う事も御尤もだと焙煎は納得した。

 

同時に彼女が実はハニートラップではとの疑いも持ち始めていた。

 

何故、こんな人気の無い場所で偶然にも焙煎を見つけたのか?不審に思わなかった自分の迂闊さを呪った。

 

足止めか?既に包囲は完了しているのか?一度そう考えると不審な点は次々と出てきて疑念は高まってくる。

 

自然、焙煎はジリジリと距離を取り始めた。

 

それに気付いた彼女は違う違うと手を振った。

 

「あ、心配しなくていいよ。私貴方を捕まえに来た訳じゃ無いし」

 

「信じられるとでも」

 

今さっき親友に裏切られた様な状況で、初対面の彼女に好意を抱き始めていた等、焙煎は微塵も感じさせない声で言った。

 

「こらー、勝手に話を進めないでよね。私そんなんじゃ無いし」

 

心外だとばかりにプンプンと怒る彼女、しかしそれさえもワザとらしく見えてしまうから人を疑いだしたらキリが無い。

 

「なら話は此処までだ。悪いが俺は急いでるんでな、さようなら」

 

「あ、ちょっと⁉︎」

 

疑心暗鬼になり始めていた焙煎は、彼女を無視して背を向け去ろうとしたが、

 

「っ⁉︎」

 

不意に焙煎はバランスを崩した。

 

彼女が焙煎を引き止めようと後ろから抱きつき、バランスを崩した拍子に倒れこんでしまったのだ。

 

「っー⁉︎何をっ「シーッ、静かに」⁇」

 

痛みに堪え、流石に堪忍袋の尾が切れそうになった焙煎だが馬乗りになった彼女が唇に指を当て静かにする様にとジェスチャーをすると、何かに気付き聞き耳を立てそっと頭を上げ外の様子を伺った。

 

「おい、そっちは如何だ?」

 

「未だ見つからん。早くしないと大佐に殺されるぞ」

 

「分かった、俺は正面の方に行く。お前は向こうに…」

 

見覚えのある顔だ。

 

あの時撒いたと思っていたが、屈強なエージョント達はあれしきの事では諦めないらしい。

 

他にも何人か居る様だ。

 

幸い、彼女が覆いかぶさってくれているお陰で影になって彼等からは見えなが、しかし問題があった。

 

「おい、そろそろ行ったと思うから退いて「待って、未だ誰か来る」うぐっ」

 

服越しに密着する身体と身体、全身に甘い匂いが充満し鼻腔を擽る。

 

丁度腰の位置に跨われた為、如何にも身じろぎも出来ず首元に掛かる吐息に胸元の柔らかな感触が否応なく身体の反応を求めて来る。

 

(チクショウ、ハーレクイン小説や大正ロマン小説じゃ無いんだぞ‼︎こんな事あって堪るか、コンチクショウめ)

 

焙煎は心中で葛藤し、何とか自由な両手の動きを自制していた。

 

ドクン、ドクンと伝わる鼓動も確かにそこに感じる“生身”と聞いた事のある“違和感”を意識しない様、焙煎は顔を反らせた。

 

健全な男子や提督諸氏、それとラノベ系な人達から見れば「ラッキースケベ」で手を回していたり何故か触っていたりとか、

 

〇〇さんなら既に手をっ突っ込んでいたとか、

 

有明海域で行われる期間限定イベント報酬である薄い本的な展開だとか、

 

色々と想像されるがこの焙煎と言う男は其れ等に耐え切った。

 

まあ、諜報員に追われている中でラブロマンスだとか吊り橋効果だとかは全く期待できないのがこの男たる所以なのだが…

 

それとも、彼女の鼓動の奥で聞こえた聞き覚えのある音が、焙煎の理性を繋ぎ止めた結果だろうか?

 

 

 

 

暫くして、彼女は上半身を起こして周囲を見渡し人影が無い事を確認すると、ふと自分の下にいる男の顔が気になった。

 

果たしてどんな顔をしているかという興味本位からであった。

 

困った顔をしているだろうか、怒っているだろうか?

 

突然の事で訳も分からないと言う顔をしているだろうか、それとも…

 

(意識して顔赤くしちゃってたら可愛いなぁ)

 

なんて、他愛の無い事を思い浮かべつつも覗き込もうとしたが、その前に焙煎は起き上がってしまった。

 

「もう大丈夫よ。どう?これで少しは信用してくれた」

 

「ああ、助かったよ。君を疑って済まなかった」

 

(アレ?結構平気なんだ。こういう事に慣れてるのかな〜、へ〜そうなんだ)

 

と勝手に勘違いをする彼女だが、実際の所焙煎は内心の動揺と疑念を隠すのに精一杯であった。

 

(不味かった、あのまま続いていたらどうなっていた事か…くそ、どうして俺は少しだけ惜しいと思っちまうんだ)

 

二人は立ち上がり、服に付いた埃を払うまで互いに無言であった。

 

「で、一つ聞くが君は俺の逃すのを手伝ってくれると見て良いんだよな?」

 

「まぁ、なんか乗り掛かっちゃった船みたいだから手伝うけど〜。何か案はある?」

 

「生憎」と焙煎はやれやれと頭を振った。

 

「あれー、何かさっきと違って余裕そうだけど本当に何も無いの〜?」

 

「本当に何も無い。お手上げだ、こうなって来ると君に頼るしか無い」

 

事実そうであった。

 

頼みの綱の元帥の元に行くには、如何しても軍令部正面口を通る必要がある。

 

防犯の関係上ここを通らなければ元帥の所には行けないのだが、既に入り口には先程のエージョント達が待ち伏せている。

 

力付くで突破出来る相手でも無いし、後は彼女に期待するしかなかった。

 

「ふ〜ん、取り敢えず信頼してくれるのね」

 

まんざらでも無い顔で、唇に指を当て小悪魔めいた瞳で焙煎を見る彼女。

 

思わずそのプルンとした唇に、白く細い指に、嗜虐味を帯び潤んだ瞳に目が行ってしまう焙煎は、押し倒された時の感触を思い出し顔を反らせずにはいられなかった。

 

(勝った、ウフフ)

 

と内心でガッツポーズを取る彼女。

 

さっきの焙煎の態度は彼女のプライドに触ったらしい。

 

矢張り意識されるのとそうで無いとでは、張り合いが違うのだ。

 

「じゃあ付いて来て。抜け道を知ってるから、案内するね」

 

「ああ、頼む」

 

彼女に先導され、焙煎は二人で先に進むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、その頃超兵器達はと言うと…

 

「ええ〜、こちらに見えますは横須賀鎮守府名物赤煉瓦であります。嘗ての大戦より前に建設された由緒ある…」

 

「ワオー、アカレンガスゴイネー‼︎」(カシャカシャ

 

「ニッポンのワビサビネーだぜ」

 

「貴方達、何で急にエセ外国人ぽくなるのよ(ネイティブのクセに)」

 

「お姉さま、次此処に一緒に行きませんか?何でもこの丘から見下ろす横須賀市の風景は絶景だとか」

 

「姉よ、このガイドブックによるとこの鎮守府の敷地は嘗ての米帝海軍の古い母港の一つであったらしいぞ」

 

「古さでは栄光ある大英帝国海軍も負けません。いえ、寧ろ古い位が丁度良いんです」

 

「ふむ、この海水温泉とか言うのはいいな。今度申請してみるか」

 

お手製の旗(そこ等へんに落ちていた棒にハンカチを括り付けただけ)を観光ガイド宜しく掲げ、超兵器達を彼方此方に案内する重巡青葉(結構ノリノリ)、

 

何処から取り出したのか巨大なカメラで所構わず写真を撮りまくるデュアルクレイター、

 

兎に角「スゴイネー」とか「シンジラレナーイ」とか「ワビサビネ」とか言いまくるエセ外国人風を装うアルティメイトストーム、

 

そんな二人に振り回されるアルウスは日傘に肘まである白い手袋とサングラスと言う完全紫外線防備で固め、

 

ガイドそっちのけで姉二人をデートに誘おうとする仔犬に、

 

戦争遺跡にしか興味のない闘犬、

 

やけに古さで張り合おうとするドレッドノートと、

 

全国温泉ガイドマップに釘付けで妹二人の話を聞いていないヴィルベルヴィント、

 

はっきり言おう。

 

外から見れば完全に日本観光に来た外国人の集団であった。

 

しかしその正体が、今海軍を騒がす謎の新兵器達で有ろう等誰も想像だにしない。

 

「そう言えば、何か忘れてないかしら?」

 

「なんだったかな?」

 

「さあ」

 

「まあいいじゃないか、だぜ」

 

「お姉さま以外どうでもいいです」

 

「お前は寧ろ私達以外にも興味を持て」

 

「はて、本当に何だっただろうか?」

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

「「「まっ、いいか」や」だぜ」わよ」

 

そして当然の如く忘れ去られる焙煎であった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、軍令部にこんな隠し通路が有るとは…」

 

彼女に案内され、焙煎は地下通路を進んでいた。

 

作りは古いが、良く整備されているのか埃っぽくは無く電気等のインフラも生きていた。

 

「差し詰め大戦時代の忘れ形見か?」

 

「正〜解、此処は元は防空壕だったの。で、今は緊急時の脱出路て成ってるけど、本当は私達見たいなワケありな人達が使ってるの」

 

「ワケあり?」と焙煎は尋ねた。

 

「つまりは、う〜ん。簡単に言えば逢引き、かな」

 

「ぶっ⁉︎」

 

思わぬ答えに驚いて咽せる焙煎。

 

その昔、軍の司令部に芸者を招いた軍人がいたと言うが、如何にもこの手の隠し通路は軍事や冒険ロマンとは無縁の代物らしい。

 

(まあ、別の意味でロマンチズム溢れているが)

 

「つまり、君は、その」

 

何かを言い淀む焙煎、ある意味今日一番のショックを受けている彼であった。

 

「ねえねえ、今の驚いた」

 

手を後ろに回しクルン、と振り向いた彼女は下から覗き込むように焙煎の顔を見た。

 

その目は悪戯が成功した輝きに満ちていた。

 

「な〜んちゃって、嘘だよ〜。もしかして信じちゃった?」

 

焙煎は彼女に揶揄われたのだ、如何にも彼女は見た目よりも幼い部分も残しておりそれがより一層彼女を魅力的にしていた。

 

「ああ、驚いたよ。今日は君に驚かせられっぱなしだな」

 

(俺に少女趣味は無い筈だ、だが如何しても彼女にドキリとさせられてしまう)

 

無論相手は十分成熟した大人の女性である事は疑いない。

 

実際に(服越しとは言え)肌に残った感触は確かな“女”を伝えていた。

 

海軍人の制服を着ている以上まさか未成年と言う訳は有るまいが、まあ艦娘と言う例外があるから現在の海軍において未成年人口は驚く程多い。

 

しかし、如何しても焙煎は彼女から目が離せないのだ。

 

最も、普段彼の周りにいるのと違うタイプに物珍しさから惹かれていると言う可能性も否定できないが。

 

「貴方、矢っ張り優しいのね」

 

突然、そんな事を彼女が言い出した。

 

「普通、巫山戯ているのか、とか揶揄うんじゃ無い、とか怒ったりするのに貴方は笑って許してくれる」

 

そう言って今迄とは違う、寂しそうな影のある笑顔を浮かべ、胸を打たれる焙煎。

 

彼女は自然な仕草で焙煎に近付き胸に手を当てて寄り掛かる。

 

「如何しよう、私何だかドキドキして来ちゃった…」

 

突然の事に反応出来なかった焙煎は、彼女を在るが儘に受け止める事しか出来なかった。

 

「も、もしかして閉所恐怖症かな。なら、はやく此処から「ねぇ」うっ」

 

「教えて、体が熱くなってきたの。私もしかして…貴方の事…」

 

何とか誤魔化そうとする焙煎だが、既に頭の中はパニック状態であった。

 

(って、何だこの状況は⁉︎夢か、夢なのか⁉︎夢だったら良いのかぁぁぁぁ‼︎)

 

心の中の葛藤で叫びつつ、焙煎の手はワナワナと震え彼女を抱き締めるか否かその瀬戸際の攻防は理性との攻防でもあった。

 

完全に脳内がフリーズし、本能と煩悩が血管を駆け巡り、外からは甘い匂いと豊かな感触が皮膚から浸透し、体の制御を奪おうとする。

 

「ねぇ、こっちを見て…」

 

更に外からの圧力が強まる、最早理性の砦は城壁が崩れ次攻撃が来たら陥落する事間違いなしであった。

 

頬に伝わる柔らかい手の感触に、焙煎は否応無しに下を向かされた。

 

「んっ」

 

何かを求め期待するかの様に瞳を閉じる彼女。

 

その瞬間、煩悩と本能は理性に勝利し凱歌をあげた。

 

体の支配権を握ったのならば何をするのか、したら良いのかを彼等は分かっていた。

 

自然な手つきで彼女の頬に触れ、少しだけ顎を上に向かせて…

 

 

 

 

 

 

 

「ぱちーん」と心地よい音が響いた。

 

「?????」

 

「へ?」と言う顔をして両手でおでこを抑える彼女。

 

一体何が起きたのか分からない様子だ。

 

その隙に焙煎は彼女から離れていた。

 

「今迄の仕返しだ。余り男を揶揄うもんじゃ無いぞ」

 

何とか最後まで言い切った焙煎は足早に先に進み、一人残された彼女は漸く何をされたのか気が付いた。

 

「私、デコピンされたんだ」

 

その場にへたり込んでしまった彼女は、暫くおでこを摩っていた。

 

一方ヘタレ、基焙煎の理性は最後っ屁とばかり彼女の広いデコを右手で弾いたのだ。

 

本来ならちょっとした茶目っ気なのだが、危うく雰囲気に流されそうになっていた焙煎を正気に戻らせる事が出来た。

 

しかし、実際の所は如何なのだろう?

 

(このドチクショオオオォォォォがぁ⁉︎折角のチャンスをフイにしちまったあああぁぁぁ)

 

(てかデコピンって何だよ‼︎小学生かぁ馬鹿野郎、もっと他の方法があっただろうがよぉ)

 

色々な事が起き過ぎて脳内が暴走気味の焙煎ではあるが、同時に助かったとも思っていた。

 

あのまま雰囲気に押し流されていれば、どんな事になっていたやら。

 

今日会ったばかりの相手に手を出したとなれば、後々如何なるか分かったものでは無い。

 

事実一夜の過ちで済まされないのが海軍だ。

 

そういう事案で軍から追い出される者は毎年いる。

 

(てか、下手したら彼女は誰かの「御手つき」かも知れないからな。軍令部に出入りして尚且つこう言った隠し通路を知っているからその可能性もある)

 

何とか必死に自己正当化に勤しむ焙煎だが、いつの間にか追いついた彼女が焙煎の後ろを歩いていた。

 

お互いの表情は見えないが、何となく気恥ずかしい空気が流れていた。

 

言うなれば青春してるなぁ、の一言で済まされるそれだが、若干年齢が高い気もしないでも無い。

 

暫く互いに無言で歩いていたが、フイに焙煎の服の裾のほんの先っちょを誰かが掴んだ、と言うよりも摘んだと言った方が正確か。

 

「何か」と言う事も立ち止まる事も無く、歩き続ける焙煎に黙って付いていく彼女。

 

その背中に小さく「ありがと」と呟かれたのを、焙煎は聞こえない振りをした。

 

時に、難聴は人を救うのだと、焙煎はしみじみと感じていた。

 

しかし、その顔は嬉しさからか気恥ずかしさからか、それとも先程の事を思い出してか。

 

真っ赤に染まっていた。

 

彼女の顔も如何であろう。

 

振り向く勇気も愚考も無い焙煎は、唯前を向いて歩いて行くしか無かった。

 

通路の先からは人工では無い光が見えて来て、同時に先程の出来事を空気ごと洗い流す様な外からの風が流れ込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと出られたか」

 

地下通路を抜け、二人が再び地表に戻る頃には日は既に傾きつつあった。

 

と、ピョン、と音が聞こえる様な仕草で後ろにいた彼女は焙煎の前に出て最初に会った時と同じ笑顔を見せていた。

 

「私が案内出来るのは此処まで。後はこのまま真っ直ぐ行けばドックだから、何とかなるでしょ」

 

その顔や声そして仕草にも先程の出来事を感じさせない様子に、矢っ張り敵わんな、と焙煎は不思議な感想を抱いた。

 

「ありがとう。今日は助かった、えと…」

 

そこで焙煎は言うべき彼女の名前を知らない事を思い出す。

 

そう言えばお互い名前も知らずに此処まで来たのだと、ふと可笑しさが込み上げて来た。

 

「良いのよ、今日は私も楽しかったし」

 

「それに」と彼女は焙煎の胸を細い指でツー、と撫でた。

 

撫でられた箇所から、焙煎は指先を通して身体の中に熱を送り込まれたかの様な錯覚を起こす。

 

「素敵な記念を貰ったしね」

 

てへ、と笑い前髪を上げておでこをチラリと見せる彼女。

 

焙煎にデコピンされた痕は、当然残っている筈も無く(そもそもそんなに力を込めなかった)だが不意打ち気味なその仕草に又もやドキリとさせられる焙煎。

 

「うふふふ、私の勝ち。また遊びましょヴァイセン」

 

「ああ、機会があれば…あれ、まだ君には名前を名乗って…」

 

彼女にその事を聞こうとするが、いつの間にか目の前から姿を消していた。

 

後ろを振り返るも、彼女が降りた形跡は無く本当に忽然と消えてしまった。

 

「君は…いったい…」

 

後ろ髪を引かれる様な思いをしつつも、焙煎はその場を後にした。

 

彼女は「また」と言った、なら何何処かで会うのだろう。

 

そう思う事にして、焙煎は今日の思い出を胸の奥にしまい込むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南太平洋深海某所

 

潜母水姫ことアームドウィングは自室で今日届いたばかりの報告書を読んでいた。

 

コンコンコン

 

「どうぞ」

 

三回ノックがしてドアが開かれるがそこには誰も居らず、しかも一人でに閉じたではないか。

 

これは、幽霊の仕業か?

 

「いつも思うのだけれど、部屋に入る時くらい姿を見せたらマレ・プ「だから、下の名前で言わないでよ‼︎」はぁ」

 

何も無い所から声がしたかと思うとアームドウィングの目の前の空間が歪み、スニーキングスーツを身に付けた女性が現れた。

 

マレ・プ…マレは姿を現して勝手に置かれていた椅子に胡座を組んで座った。

 

「で、何の用?あの娘から久しぶりに便りが来たと聞いたから飛んで来たんだけれど?」

 

口ではぶっきらぼうに言いつつも、早く妹からの知らせを聞きたいマレは足を頻繁に組み替えソワソワしていた。

 

「ちょっと落ち着きなさい。大丈夫、簡単な報告だけど元気でやっているそうよ」

 

と、アームドウィングは待ちきれない様子にのマレに届いたばかりの報告書を渡した。

 

短いものなので彼女はもう読み終えていた。

 

マレは受け取った報告書のページをパラパラと捲り、そこに自分達の姉妹について何も書かれていないのに落胆した。

 

「なぁ〜んだ、あの娘実の姉に手紙一つ寄越さないくせにこういうのだけは出すのね」

 

プンプンと頬を膨らませながらも、しかし所々の字体と近況報告から元気でやっていることを知り、内心安堵していた。

 

自分達姉妹はその特性上敵地に長期間に渡り潜入し情報を持ち帰るのを主としている。

 

だから一度任務に就くと中々会えないのが寂しいが、こうした定期報告で姉妹宛に一言で二言書く様にしようと、前から彼女は言っているのだ。

 

「まあ、妹さんの話は置いとくとして。とうとう世界が動き出したわね」

 

「と言っても精々がちょっかい掛ける位でしょ?あの国の諜報機関が動いたのは流石に予想はして無かったけど」

 

とマレはスラスラと的確な報告書の内容を述べた。

 

一見読み飛ばしているかに見えるが、ちゃんと報告書は読んでいる辺り流石と言える。

 

「それは私も同感よ。あの世界と同様この世界でもあの国の諜報能力は高いとは言えなかったけど、見直す必要が有るわね」

 

また面倒事が増えたー「うがー!」とマレは頭を掻き毟る。

 

「ごめんなさい、貴方達には負担を掛けるわ」

 

「いいよいいよ、根無し草だった私達を受け入れてくれたんだから、これ位は当然よ」

 

手をヒラヒラさせ、どうって事無いとマレは伝えた。

 

「それにしても、対象と接触して脱出させるとか。あの娘も少しはやる様になったわね」

 

「それなんだけどね…」

 

とアームドウィングは切り出しもう一枚の書類を見せた。

 

それを受け取り流し読みをしたマレは「あちゃー」と頭を掻いた。

 

「ごめん、又あの娘の悪い癖がでたわ」

 

マレは深々と頭を下げ、アームドウィングは気にする事は無いわと伝えたが、流石に不安感は拭えなかった。

 

「いえ、良いのだけれど…けどそれは…」

 

「この娘、時々対象で遊ぶのよ。で、気に入った相手に色々とアプローチ掛けたりその気にさせたりとか、まあつまりは猫が鼠を可愛がる様なモノよ」

 

はぁー、と深いため息をつくマレ。

 

受け取った紙には何時何処でどの様に対象にアプローチを仕掛け、どう言った方針で行ったのか、相手の反応は如何だったとか、その結果どうなったかとか主観がかなり混じった物が書かれていた。

 

別に取って食う訳では無いが、余り褒められた行為ではなくこれに引っ掛かった相手は漏れなく破滅している。

 

ある意味での魔性の女とも言えるが、妹は相手を分析してドツボにハマるのを見て記憶するのが好きなのだ。

 

姉としてはもう少し節度を持ってほしい所だが、中々有益な情報も一緒に手に入るので止めろと言う訳にも行かない。

 

下手に趣味と実益を兼ねる分、始末に負えないのだ。

 

「で、この写真は何?」

 

最後に、紙と一緒に付いていた写真を見て訳が分からない様子のマレ。

 

「さぁ、記念か何かかしらね」

 

アームドウィングも分からず、お互い謎が深まるばかりで、しかしどうでもいい話題なのでマレは紙と一緒に写真を机の上に放り投げた。

 

取り敢えず放って置く事にしたのだ。

 

戻って来た時にでも聞けばいいか、と頭の隅に追いやってしまった。

 

投げ出された写真には、鏡の前で前髪を掻き上げおでこを見せる妹。

 

ご丁寧に赤ペンで「デコピンされちゃった」の文字と共に矢印が伸びておでこの中心を指し、何故か笑顔の妹、リフレクトの姿であった。

 

今日も今日とて深海は平和であった。

 

 

 


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