ユウシャの心得   作:4月の桜もち

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前回のあらすじ


おとーさん!おかーさん!行ってきます!


さぁ! ゆうしゃよ! たびだつのじゃ!
その八、チュートリアルで疲れきる。


優子が目を開け、この世界ーーーコルヴェトーリアで最初に見たのは、普通ではありえないサイズの怪鳥が自分を食べようと口を大きく開けている姿だった。

 

「きゃああああぁぁぁあ!?」

 

優子の体がすっぽりと入りそうな口を更に拡げ、今まさに餌を飲み込まんとしていた時に、

 

ぎょええぇぇぇええ!!?

 

目の前に立ち塞がっていたものがドサッと倒れ、視界一面に眩しい太陽が飛び込んで来た。

 

「おい」

 

かざした手の隙間から声のした方を見やる。

太陽を背に、人間サイズだが大きな影がこちらを向いていた。その足元のに横たわる怪鳥が体から黒い大剣を生やしていたので、自分を助けてくれたその人物が剣也であることがわかった。

 

「怪我はあるか」

「ううん、大丈夫。はぁーびっくりした!ありがとうね」

 

「おーい!」

 

背後から優子達を呼ぶ声がする。振り向いてみるとやはりアベル&斎だった。

 

「ゴメン!ちょっとポイントずれちゃった!ケガは無い?」

 

少しも謝る気のない声音で駆け寄って来る。

 

「少し時間が遅かったようね。もう少し早ければ全員同じ所で安全に運べたのだけれど」

 

完璧に出来なかったのが悔しいのか、斎は少し膨れっ面だ。

 

「あ、コレ剣也が倒したのかい?結構強いはずなんだけど」

 

そんなことは露知らず、草原に生息する生物に近寄る。怪鳥に触れるとバサバサとした手触りの体から熱が失われつつあった。

 

「うん、みんな揃ったし近くの村に行こうか。これを手土産にしてね!」

 

大きな怪鳥の体をいくつかのパーツに分けて持っていく。

 

草原を歩く一行の間を爽やかな風がすり拔ける。サワサワと揺れる草がとても涼やかで、肌を焼く日差しの熱さを忘れさせてくれる。優子の世界の季節は春だったのでこんなに太陽が照りつけることは無かった。どうやら少し時間の流れが違うようだ。

 

途中、草原のただ中にポツリと淋しげな黒い山があった。

あれは何だと優子は聞いてみたがアベルと斎は言葉を濁すばかりではっきりと応えない。もとよりあまり興味のなかった優子はふーんと鼻を鳴らし、最後にひと目ちらりと見て、もう振り返ることは無かった。

剣也のみが、何か懐かしむような、悲しむような瞳で何度も小さくなっていく山を振り返っていた。

 

やがて日が落ち、あたりが茜色に染まる頃、先頭を歩くアベルが立ち止まり前方を指差した。

 

「これから行く所は始まりの村、ノルルーグ。勇者が生まれたとされている村だよ。ほら、見えてきた」

 

細い指の先には可愛らしい形の家々が並ぶ集落があった。その中の1つの家の前には小さな看板。

 

〘 勇者様の産まれた村 〙

〘 〙

〘 ノルルーグにようこそ!〙

 

まるで王道のRPGゲームの中に入り込んだかのような感覚に優子は打ち震える。

 

「うわぁ!すごーい!本当に違う世界なんだ!」

「気持ち悪い声出すんじゃねぇ」

 

思わず叫びだしてしまった優子から距離を取り、悪態をつく剣也。その声に反応したのか、痩せた土の畑で農作業をしていた老人が顔を上げて驚嘆の声を出す。

 

「おお!お前さん達もしや!」

「ただいま、勇者を連れて戻って参りました」

 

アベルがお辞儀をしながら述べる。

それを聞いた老人は持っていた農具を放り出し、目に涙を浮かべる。

 

「おぉ、なんと!遂に来られたのか!」

 

そしてアベルの背後に居る3人をじっくりと見比べて、

 

「あなたが勇者様なのですね!」

 

と剣也の手を取って激しく上下に振る。

 

「ああ!生きているうちにお会いできるとは!こんなに立派な体をしておる!流石は勇者様だ!」

 

「触んじゃねぇクソじじい」

 

当人は手を握る老人を振り払って心底嫌そうな顔をする。

 

「おお、老いぼれが失礼をいたしました。此度の勇者様はちと気難しいようだ」

 

頭に手を当ててペコペコとお辞儀をする。ポジティブシンキング老人のようである。

 

「貴方、ご老人は大事に扱うものよ」

「うるせぇ、あっちが悪いんだろ」

 

たしなめる斎にうっとおしそうに言葉を返す剣也。

2人のやりとりを視界の隅に収めながらアベルが謝罪と訂正を入れてぼやんとしていた優子を引っ張ってくる。

 

「ゴメンねおじいさん、この人は勇者じゃないよ。ホンモノの勇者はコッチ!」

 

引っ張られた優子はピシッと直立不動の姿勢をとった。

 

「この子がホンモノの勇者様、異世界から来た優子だよ!」

 

老人は目を丸くして優子を見つめる。

 

「・・・まっさかぁ、こんな小さい女の子が勇者様なわけ無かろう」

「本当だって。それより村長に会わせてよ。挨拶しないと」

 

あまりにも小さくか弱そうな勇者に疑惑色の目を向けながら、とりあえず村長の判断に任せようと家に向かう。

 

「むーん。わかった、付いて来い」

 

背を向けた老人に付いて行くと、他の家より一回り大きい家の前に着いた。

 

「村長ー、勇者様が参りましたぞ」

 

木製の飾り気の無いドアをコンコンと叩くと中から中年の女性が顔を出した。

 

「あんれま、ロイさんこの人達が?」

「そう、そう。このちっこい子が勇者様のようだ」

 

女性も目を丸くして上ずった声で聞き返す。

 

「ほんとに?この子が勇者様なのかい?」

「そうですよ」

「ほーぅ、こんな小さい子がねぇ」

 

当の優子は先程から小さいと言われ続け、少しムッとしているようだ。

 

「大丈夫だよ優子。キミはれっきとした勇者なんだから。自信を持って!」

 

膨れっ面の優子を小声で元気付ける。

 

「立ち話も何だしお入んなさいな」

 

そう言って女性は勇者一行を家へ招き入れようとする。

 

「あ、コレさっきとれたエポルニスの肉です。」

 

そう言えば、と思い出したアベルが手に持った袋を開けて、中の肉を女性に見せる。

 

「あんれま、こんな御馳走頂いちゃっていいのかしら」

「どうぞどうぞ。良かったらロイさんもどうですか?」

 

皆の分を合わせるとかなりの数になるので、ロイ老人にもお裾分けしようとする。

 

「じゃあ、遠慮無く。ありがとな、ワシはこれで帰らせてもらおう」

「はい、ありがとうございました」

 

受け取って背を向ける老人に声を掛けて家の中に入る。

 

「旦那様、アベル君が勇者様を連れて参りましたよ」

 

ドアから少し進んだ所に大きな部屋があった。その真ん中にはどっしりとした机と椅子が構えており、そこには顔に深い皺を刻んではいるが鋭い眼光を持った村長らしき人物がいた。その人物は優子達が入って来るやいなや立ち上がり、腕を広げてにこやかに歓迎の意を示す。

 

「おお、これは勇者様。よくぞいらして下さいました。儂が村長のダニエル・ファーレンですじゃ」

「は、はじめまして!内原 優子です!」

 

勇者と1発で認められた優子は先程までの膨れっ面はどこへやら、嬉しそうに大きな声で自己紹介をした。

 

「元気があってよろしいですなぁ」

 

ほっほっほっと、いかにもな笑い方をして次にアベルの方を見た。

 

「コッチの女の子が斎。太陽の国の姫巫女の末裔です。コッチは剣也。あちらの世界の人間ですがなかなか腕が立ちます」

 

アベルが斎と剣也の紹介をする。村長は全員をじっくりと見定める。

 

「ほぅ、姫巫女の・・・とするとそちらの男性は王国1の剣士の役と言ったところですかな」

 

村長の言葉の意味がわからない優子に耳元で斎が囁く。

 

「これは後で説明するわ。今は集中なさい」

 

そっと耳打ちされた時にふわりと香り椿の甘い匂いがした。やはり美人は良いにほいがするものだ。

 

「村長、優子は既にネーディフ洞窟にいたサイクロプスを打ち倒し、その体に勇者様の剣と力を宿しています」

 

優子のこれまでの戦歴を並べると何だか物凄く強いような気がするが、ただただ為すがままになっていただけである。

 

「なんと!あの怪物を!・・・なんとも頼りがいがありますのう」

 

実際に見ていない村長は信じてしまったようだ。

村長の青い目が優子を捉える。歳に似合わず青年のような瞳は優子の内側まで見透かそうとしているようだった。

 

「勇者様」

「ははい!」

 

さっきまでと雰囲気の違う村長を前に蛇に睨まれたカエルのような気持ちで返事をする。

 

「この世界を・・・ここで生きるすべての人間の命をあなたに託しても・・・よろしいですかな?」

 

アベルのお願いよりも何倍も重く、祈りにも近い言葉にはさすがの優子も逡巡した。

 

しかし、

 

「・・・私は勇者です。この名にかけて絶対に救ってみせます」

 

とてもいつもの優子とは思えない凛々しい表情と声で答える。

その声色の変化に、後ろにいた3人もびっくりして優子の方に視線が集まった。

 

「うむ、覚悟も十分なようじゃの。では、こちらに来たばかりでお疲れでしょう。部屋を用意しました、今日はどうかごゆるりとお休み下さい。何かご入用であればそこにいる使用人のマグダにお申し付けください。マグダ、案内を」

 

1人納得した村長はマグダに客人の案内を申し付ける。

 

「はい旦那様。こちらでございますよ、皆様」

 

しっかりとした肉付きの背中に付いて歩き出す優子をちょっと訝しみながら3人もあとに続く。

 

「頼みますぞ。優子殿」

 

1つ、部屋を出た勇者に向かって呟いた。

 

「ここです」

 

オーク製の重い扉を開ける。

すると、中から小さな光る物体が急に飛び出してきた。

 

「きゃああ!?」

 

驚く優子にぶつかりそれは静止した。

 

「なになに!?」

 

ドクドクと心臓が早鐘を打つのを胸に手を当てて抑えつける。そうしていると黄色っぽい生物が喋りかけてきた。

 

「ねえ!勇者さまは誰!?」

 

その生物はおよそ8歳位の少年だった。

勇者が来ると聞いて待っていたのだろうか、もしかしたら世界を救う勇者を驚かしてやろうと部屋に隠れていたのかも知れない。そんな事を考えつきそうなやんちゃそうな顔つきをしていた。

結果的に件の勇者は狙い通りに動いてしまったのだが。

 

「あ!もしかしてそこのでっかいにぃちゃん!?」

 

剣也の顔を指差し、喚く。

剣也は既に怒りが頂点に達しようとしている。それをアベルと斎の2人がかりで抑えていた。

 

「こら!テオドーア坊ちゃん!人を指差してはいけませんし、その人は勇者様ではありませんよ!」

 

テオドーア、この家に住む住人の1人であろう。

マグダに怒られてもめげることなく勇者を割り出そうと問い詰める。

 

「じゃあ、だれなんだよ!」

 

プンスコと口を尖らせ他の3人を見やる。

 

「えと、一応私だよ?」

 

優子がおずおずと手を上げるが、

 

「ええ?まっさかあ。ねえちゃんが勇者さまなわけないじゃん」

 

やはり優子は“らしくない”ようだ。テオドーアはその深い青色の目で優子を上から下まで舐るように見ている。

 

「ほそいし、ちっこいし、何よりも女の子が勇者さまになれるわけないじゃん!」

 

今まで言われてこなかったことをハッキリといわれて、今度は優子が押さえつけられることになった。

 

「おにいちゃん、勇者さま来たの?」

 

テオドーアの小さな背中にある、薄暗い空間から幼い少女の声が聞こえた。

それは可愛らしい洋服を着たお下げの少女で、扉の奥からひょっこりと顔を出した。

 

「んま!パトリシアお嬢様までそんな所に!勇者様はとってもお疲れなんですよ!さぁ、2人共こっちに来なさい!」

 

駄々をこねる子供に言う事を聞かせるのは至難の業である。テオドーアのようなやんちゃ坊主ではなおさらだ。

 

「やだやだあ!勇者さまとお話するんだい!」

 

胸の下の所で抱き着いてくる茶色の混じった金髪の少年と、薄墨色の奥から羨ましそうにしている少女に戸惑いながら顔だけをマグダへ向けて優子は言う。

 

「大丈夫ですよ、あんまり疲れてないし。ちょっとだけお話させて貰えませんか?」

 

優子から坊っちゃんを取り外す事に苦戦していたマグダも本人がそう言うのであればと諦め顔でテオドーアにかけた手を引いた。

 

「・・・まあ、勇者様がそう言うんなら仕方ありませんね。2人共、迷惑掛けちゃいけませんよ。お夕飯の準備が出来ましたら呼びますから、それまでお休みくださいね」

 

テオドーアに睨みを効かせて女中は廊下を歩いて行った。

 

「早く早く、こっちだよ!」

 

邪魔者がいなくなったと大喜びの少年は、優子の腕を取りぐいぐいと引っ張って部屋の中に連れ込む。一番後ろの剣也まで入った所で扉は閉められた。

薄暗い闇の中、マッチを擦る音がして備え付けのロウソクに明かりが灯された。

 

「で、勇者さまはだれなんだ?」

 

引っ張ってきたは良いが未だに誰が勇者なのか判明していない。

 

「だから私が・・・」

 

人差し指を立てて説明しようとした優子を退けて、剣也が1言テオドーアに向けて言った。

 

「こいつが勇者だ」

 

長身でガタイの良い、恐らくこの中で一番強いだろうと思われる人物の口から言われれば信じてしまうのが人情だ。

テオドーアは剣也にビビりながらも優子を勇者だと認識して興奮気味に言葉を紡ぐ。

 

「勇者さま!おれ、テオドーアってんだ!おれ、ずっと勇者さまにあこがれてて、そんでさっきロイじいちゃんが勇者さまが来たってんだからここで待ってたんだ!びっくりしただろ!おれ、ほんとにずっと、ずうっと!勇者さまに会って、そんでもっていっしょに魔王をたおすたびに出ようってずうぅっと思ってたんだ!」

 

言葉が聞き取りづらいが、勇者に憧れている気持ちが嘘ではないことは、これでもかという程伝わってきた。

 

「もう、おにいちゃんたら。ごめんなさい、勇者さま。おにいちゃん、いつまでたっても子供っぽいんだから」

 

パトリシアは兄に呆れたように溜息をつくが、気を取り直して優子達に真っ直ぐ向き直り、しっかりとした口調で自己紹介をする。

 

「はじめまして。勇者さま。わたしはパトリシア・ファーレンといいます。本日はごそくろういただき、たいへんきょうしゅくにございます」

 

どこで聞いたのか大人が使うような言葉を話し、ペコリと頭を下げる。

 

「ご丁寧にありがとうございます。パトリシアちゃん。私は内原 優子と申します」

 

つられて優子も頭を下げる。それを見てパトリシアはもう一度頭を下げる。そして優子も頭を下げる。2人のお辞儀合戦に終止符を打ったのは若干のけ者にされていたテオドーアだった。

 

「なあなあ!勇者さまはなんで勇者さまなんだ?」

 

ロウソクの頼りない光でもわかるくらいキラキラとした目をしながら問いかけてくる。

何故かは自分でもよくわかっていない優子は苦笑いをするしかない。

 

「それはね。このお姉ちゃんが勇者の力を宿しているからなんだよ」

 

作中屈指の説明キャラ、アベルがその本領を発揮する。

 

「はじめまして、ボクの名前はアベル・カサルティス。アベルで良いよ。所でキミ達、世界で一番有名な伝説は知ってるかい?」

 

子供番組のお兄さんのように優しく子供達に語りかける。

 

「知ってるよ!この前おじいちゃんにお話してもらったもん」

 

これまた子供番組の従順な子供のように首が取れてしまいそうな程激しく振る。

 

「そうか。じゃあ、魔王との戦いで魂だけになった勇者がどこに消えたかはわかるかい?」

 

テオドーアは首を傾げ、目は明後日の方を向いて考えたが答えは出なかったようだ。

 

「わかんないや。どこに行ったの?」

 

答えを求められ、少しだけ得意になったアベルがニヤリと笑いながら言う。

 

「違う世界に行ったのさ」

 

夜寝る前には話してくれなかった物語の続きを聞き、驚愕の色を浮かべる兄妹。

次の瞬間には興奮の色に塗り替わっていた。

 

「すげええぇえ!どうやって行ったんだ!?」

 

握り拳を作り、ブンブンと振ってアベルに期待の目を向ける。

 

「ふふふ、知りたいかい?」

「知りたい知りたい知りたーい!」

 

大人しいパトリシアまでもが、お下げを揺らし大興奮。

 

「それはね・・・」

 

ゴクリと喉を鳴らし、じっと見つめる。

たっぷりと焦らしたあと、口を通して出たものはーーー

 

「ボクにもわかんないや」

 

盛大なボケだった。

 

「はあぁあ!?」

 

兄妹は愕然とする。テオドーアに至っては顎が床についてしまいそうなほどだ。

 

「あはは、ゴメンゴメン。でも大事なのはそこじゃなくて世界を渡った勇者の力が、さっき言った通り優子にある事だから」

 

ペチペチと叩いて来る兄妹の攻撃を笑顔で避けながらそんな事をぬかした。

 

「じゃあさ、あっちの世界はどんな感じなんだ?」

 

先程のショックもすぐに忘れて新たな疑問を口にする。

子供は?に貪欲だ。

 

「そうだね、それはコッチのお姉ちゃん達に話してもらおうか」

 

完全に蚊帳の外になっていた斎に手を向け語り部を託す。

 

「貴方、無茶振りが過ぎるわよ」

「イイじゃないか。あんまり話さないとイザという時舌噛むよ」

 

頭を突き合わせてこそこそと会話する。その間も子供達が斎の話をわくわくしながら待っていた。

やがて斎が下に目を向け1つ咳払いをし、話し始める。

 

「私の名前は舞姫 斎よ。好きな様に呼びなさい。そうね、此方の世界とはだいぶ違うわ」

 

そう話し始めた斎の話が終わった後でも少年少女の好奇心は薄れることも無く勇者一行を質問攻めにした。

 

 

やがて窓の外が月の清らかな光に照らされた頃、扉をノックする音が部屋に響いた。

 

「皆様、お夕飯の準備が出来ましたよ」

 

マグダによって取り払われた境から食欲をそそる何とも言いがたい香りが漂ってきた。

 

「うっわあ!いいにおい!」

 

鼻をひくひくとさせながら匂いの元へ吸い寄せられるように向かう。

優子達は来た時と同じようにマグダの背中についていく。

 

「はいどうぞお好きな席に座ってくださいな。」

 

白いクロスが掛けられた大きな長方形のテーブルには、持ってきた怪鳥の肉だろうか、表面を強火でカリカリと香ばしく焼いたものや、艶やかに光る照り焼きを色彩豊かなサラダの上に乗せ、たっぷりソースをかけたもの等が所狭しと並んでいた。

そのどれもがお祝いの日に出る様なご馳走の匂いを放っているのである。

 

各々が席につき、目の前の料理から立ち昇る暖かな湯気を聞香する。皆まだかまだかと待ち構え、どこからかきゅるると音が聞こえた。

 

「頂いたエポルニスの肉を使わせてもらいましたのよ。たあんとお食べになってくださいな」

 

エプロンで手を拭きながらマグダが勧める。

 

「それでは皆様。今日このご馳走を頂けることを神に感謝し、今後を生き抜くための糧といたしましょう」

 

村長の前口上が終わり、食事に手を付ける。久し振りの豪勢な料理に子供達は大興奮。

優子、剣也、斎の3人は手を合わせ、いただきますと小さく呟いてから磨き抜かれた銀色の匙を持つ。

 

まず優子が手を付けたのは一際目を引くサラダに乗った照り焼きだった。柔らかな胸肉はすんなりとフォークを受け入れ、優子の口へ運ばれる。

 

「・・・美味しい!」

 

口に入れた瞬間、トロリとしたタレが主張をはじめる。パンチの効いた濃厚なタレは噛み締めた肉から出る汁によく絡み、ひと通り口内を駆け回ったあとふわりとした甘みに引きつられ食道に落ちる。その淀みない滑らかな動きは、まるでクスリと笑いを誘う演劇の一部を見ているようだった。

 

「私が腕によりをかけて作りましたからね」

 

エポルニスの肉は大変美味なものだが、ただ調理しただけではこの深い味わいは出せないだろう。マグダには自慢するだけの腕が確かにある。

 

「洋食も良いわね・・・」

 

そう呟く斎が食べているのは乳白色の冷製スープ。おそらくじゃがいものような物を使っているのであろう。よく裏ごしされている滑らかな食感は、冷たいという事も相まって夏の夜の気怠い体に気持ちいい。

 

「時に勇者様、これからはどうするおつもりですかな?」

「もひっ?」

 

突然降りかかってきた村長の言葉に、硬く焼いた黒いパンをスープに浸し口いっぱいに頬張っていた優子は言葉を返すことができなかった。

 

「えーっと、ボクとしてはまずネーディフ洞窟の様子を見に行きたいです」

 

代わりにサラダを食べていたアベルが答える。

 

「うむ。確かに魔物を倒したとはいえあそこはまだ悪い気が充満しておるからのう。怖くて近寄れんわい」

 

赤いワインの注がれたグラスを口に運びながらうんうんと頷く村長。

 

「なら、その悪い気は私が祓っておきましょうか」

 

お気に入りの料理を見つけてご機嫌の斎が自ら申し出た。

と、そこで会話の流れを見計らっていたテオドーアがフォークを握り締めながら言葉を発した。

 

「なあなあ、おれもついていっていい?」

 

美味しい料理もこの言葉をスルーさせることはできなかったようだ。皆匙を持つ手を止め、テオドーアの方を注視する。

 

「何言ってんですか坊ちゃん!あんな危ないとこに行かせるわけないでしょうが!」

 

マグダが青筋を立てながら叫ぶ。それほどまでにあの場所は恐れられているようだ。

 

「えー、危なくなんかないよ。おれ前にも行ったことあるし」

「お、おにいちゃん!それは!」

 

2人の言葉に目玉が一人旅に出そうなほど驚く。

 

「なんですって!?」

 

ダンッと木製の黒いテーブルをあかぎれた手で力いっぱい叩く。

 

「落ち着きなさいマグダ。テオドーア、どう言う事か説明しなさい。」

 

テーブルの端から静かながらも威厳を持った声が響く。賑やかだった食卓も、今ではしいんと静まり返ってしまった。

 

「テオドーア」

「わ、わかったよ。はなすから・・・」

 

やんちゃ坊主もこれには無茶をできない。怯えた表情で訥々と話し始めた。

右手からは力が抜け、フォークが床に落ちる音が響いた。

 

「この前村の外でみんなとあそんでた時、おれのにもつがちっこいまものに取られちゃって、追いかけたらネーディフどうくつに入ってくのが見えたんだ」

 

ビクビクと村長の様子を伺いながらその日の事を思い出し、説明する。

 

「ふむ。パトリシア、お前さんも一緒にいたのか?」

 

怯える赤毛の少女は青ざめた顔で頷く。少女にとって村長は優しく、暖かく、それでいて恐ろしい存在であった。

 

「で、キミ達はそれを追いかけて洞窟にはいった、と」

 

今度は兄である少年が人形のようにコクコクと首をふる。

墨染めの窓の外でワオンと何かが鳴いた。

 

「うん・・・そんでおれ、そいつをさがして一番おくまで行ったんだ。ついて来なくていいって言ったんだけど、パトリシアもついてきて・・・」

「だって、おにいちゃんだけじゃしんぱいだったんだもん」

 

パトリシアの目には既になみなみと塩味の液体が注がれていた。

 

「ふむ、確か奥には結界が施されている筈じゃが・・・」

「結界?」

 

聞きなれない言葉をオウムのように繰り返す言葉を聞く優子。

村長の代わりにアベルが答えた。

 

「洞窟の最深部には先代の勇者の仲間、剣士が頑丈な結界を張ったんだ。その中には魔王の体の一部が箱に入って封印されている筈だよ」

 

随分昔の話だけどね、と付け加えて後は子供達を叱って話は終わる筈だった。

しかし、

 

「でも、あの箱、何も入ってやしなかったよ」

 

2つ目の爆弾が無知で無謀な少年によって投下された。

 

「開けたのか!?あの箱を!」

 

流石の村長もこの言葉には冷静ではいられない。

 

魔物の王が入っているとされる箱。すべての人間が幼い頃に何度も何度も聞かされる話だ。

『その箱には絶対に触れてはならない』と。

 

「なんてことじゃ・・・!」

 

好奇心旺盛なこの少年にはベッドの横で読む話など何の戒めにもならなかったようだ。

 

「それは本当の話かしら?」

 

持っていたスプーンをゆっくりと置き、ひやりとした瞳でテオドーアを見据える斎。

 

「う、うん」

「そう、そうね」

 

唇に手を当て思いに沈む斎。同じように何か考えているアベル。

この少年の言っている事、それが本当の事なら確認せねばなるまい。

 

「ヨシ、わかった。明日、キミ達も洞窟に連れて行ってあげるよ。」

「ほんとう!?」

 

椅子をガタガタと揺らしながら喜ぶテオドーアと目を丸くする大人達。

 

「正気ですか!あんな所に連れていくなど!」

「それは儂も賛成しかねますぞ」

 

口々に反対の意見を述べるが、アベルは涼しい顔だ。

 

「しかし、今の洞窟の状態を一番良く知っているのはこの子達です。ボクもあの洞窟には1度しか入ったことがありませんし」

「この子達に危険が及ばないように細心の注意を払うわ。そこの辺りは心配しないで頂戴」

 

大人達の言葉に反論する2人。子供達は既に勝ったも同然としたり顔。

後の2人は我関せずと料理を食べ続けている。優子はまるっこいカリカリの揚げ物が気に入ったようで、意地汚く離れた皿に載っているものを狙っている。

 

「じいちゃんごめんなさい、かってなことして。でもおれら勇者さまの力になりたいんだ。だからおねがい!」

 

計算高く上目遣いで懇願する。妹としては恥ずかしい限りだが、今は洞窟に行きたい気持ちのほうが優っている。

 

おにいちゃんGJ。

 

「うむむ・・・本当に危ない事はしないのですな?」

「もちろん」

「むー・・・テオドーア、パトリシア。勇者様に迷惑が掛かるようなことをするのではないぞ」

 

その言葉の後、お手本のような喜色満面の体を披露したテオドーアと遂に耐え切れなくなったパトリシアが夜遅くに大きな声で泣き出したのを機に、こちらの世界1日目の騒がしい夕食はお開きとなる。

 




後書き
ながぁいよ。
いきなり躓いて文章が書けなくなってましたwww
なので少し休んで、勉強をして、そんでもって採掘基地防衛してたりしましたwwww
真面目にやりまーす。

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