服がベトベトだよ!でもわりかしすぐ乾いた!
「だからどうして貴方まで付いてくるのよ」
高校入学以来通い続けている、学校から優子の家への帰り道。いつもと違うのは3人の同行者がいる事だ。
「俺はこいつから離れるわけにはいかねぇんだよ。黙ってろ、日本人形」
橋の上から川を眺める。ずっと遠くの方で魚が跳ねて波紋が広がった。
「・・・呪ってやるわ」
「おう、やってみろ」
妖気を漂わせた瞳で見つめる斎とそれを真正面から睨み返す剣也。
「もう、二人とも仲良くしてよ!」
とうとう堪忍袋の緒が切れた優子が2人を怒鳴りつける。
「そうだよ。これから長く旅を共にする仲間なんだから」
どう、どうとなだめすかし、手綱を握ろうとするアベル。
「貴方、彼を連れていく気なの!?」
先ほどの言葉が引っかかったようで、目をまん丸くさせた斎がアベルに詰め寄る。
「彼は力を持っていないのよ?そんな彼を魔物の蔓延る世界に連れて行ったらどうなるかなんて火を見るより明らかだわ。どうかしているとしか思えない」
剣也が無力なただの人間である為、連れて行くのに反対しているようだ。
魔王を倒す為には足手まといだと言外に言う。
「んだとテメェ・・・」
「そうやってすぐ頭に血が昇る短気さも不必要だわ」
額に浮かぶ血管が弾けそうになっているのを見て、慌てて喧嘩を止めようとする。
「止めてってば2人とも!」
駆け寄った優子の右手が触れた瞬間、眩い光が剣也の体を包み込む。
「ッ!なんだ!?」
その光は徐々に手の方へ収束していき、何かを形作っていく。その光が散った時、黒曜石の輝きを放つ大剣が剣也の手に握られていた。
「・・・!この剣は!」
「勇者の、力・・・?」
信じられないとでも言うような目で優子を見つめる3人。
「??・・・えっと、これで剣也くんも一緒に行けるのかな?」
当の本人は困り顔でにへらと笑っている。
「・・・こんなに直ぐ力が使えるようになるだなんて」
この力がある事は疑問でないのなら、いずれ使えるようになる事は知っていたようだ。
「これでカレはキミの言う、力の無い人間ではなくなった。一緒にいても何も問題ないよね?」
ニッコリと微笑みながら言う。可愛い顔してずるい事をするものだ。
「わかったわ。私達の旅に同行することを認めましょう。だからそれを早く仕舞って頂戴。こんな町中では邪魔だわ」
斎の言うそれとは剣也の握る大剣の事だ。
はぁ、と溜息をつく斎が早くに老けてしまわないか心配なところである。
「良かったね、剣也。仕舞うことはできるかい?」
「ああ」
夜の様に底無しの黒さを誇る大剣がシュンとどこかへ消える。
「よし。ちょっと急ごうか。予定より時間が押してる」
一件落着と、休んでいる暇もなく歩き続ける。
しばらく歩いた頃、機能的なデザインの家が見えてきた。
「あ、あれが私のお家だよ!」
優子が駆け出し、皆はゆっくりと後を追う。
扉の前に立ち、ドアノブに手を掛ける優子が何故か偉そうに友人を招き入れる。
「ふふん。ようこそ我が家へいらっしゃいました。歓迎いたしましょう」
扉を開けると、掃除の行き届いた温かい配色の玄関が客人を迎え入れた。
「へぇー、中はこうなっているんだね!」
「あら、綺麗じゃない」
「・・・お邪魔します」
「どうぞどうぞー!」
靴を脱いで並べる。差し出されたスリッパに履き替えて優子に促されるままリビングに通されると、1人の女性が紅茶を片手にテレビを見ていた。
「おかあさーん、ただいまー」
「あらぁ、おかえりなさい優子」
にこやかに娘を迎える。
まだ学校にいるべき時間なのだが気にしないのだろうか。
「あら?そちらは優子のお友達かしら?」
優子の後ろのほうを見て言う。にっこりと微笑みかけられた2人はそのままにっこりと微笑み返した。剣也は顔を赤くして明日の方を見ていた。
「うん!そうだよ!えっとね、この人が舞姫さんで、こっちが剣也くん。で、こっちはーー」
「はじめまして、アベル・カサルティスと申します。今日はアナタ達にお話があって来ました」
このボンヤリとした母娘にイニシアチブを取られないように、優子の紹介よりも早く自ら名乗り上げる。
「あらぁ、外国人さんかしら?綺麗な目ねぇ」
本題そっちのけで物珍しさに目を細める。やっぱり少しずれているのである。
「・・・できればお話は一度で済ませたいので全員一緒に話したいのですけど、他のご家族は?」
「聡さんならお仕事よー。帰るのは8時くらいかしらね?」
今の時刻は午前10時を回ったところである。それまで待てるほどの時間は残されていなかった。
「仕方ないわね。お母様だけに話しましょう」
アベルがそうだね、と口を開きかけた時、ガチャ、と後の扉が開いた。
一番近い所にいる剣也が素早い動きで、入ろうとしてくるものを組み伏せた。
「っ痛!誰だ!」
壁に押し当てられているのは眼鏡を掛けた知的な男性、この家の主である内原聡だった。
丁度いいタイミングで帰ってきた。なんともご都合展開である。
「お父さん!?大学はどうしたの?」
「優子!?お前こそどうしたっ、てそれどころじゃない!痛い!」
「あわわ、剣也くん!この人は私のお父さん、怪しい人じゃないよ!」
優子の弁明により束縛が解かれ事無きを得る。
痛む腕をさすりながら不良風の少年を睨んだ。その表情のまま優子の前に行き、尋問を始める。
「・・・一体これはどういう事だ」
学校に居ない事、この場にいる怪しげな人物達の事、その人物達と知り合いであるような事、全てに対しての説明を求める。
「えっとね、これは、そのぅ・・・」
説明するのが苦手な優子は言葉を続けることができずにモゴモゴと口の中で言葉を噛んでしまう。
「ボクから説明させて頂きます」
見た事が無いような刺繍の施された服を着た少年が前に出てきた。
こんな怪しげな奴とどんな関係があるんだ優子・・・
「奥様には先程名乗らせていただきましたが、ボクの名前はアベル・カサルティス。一応、優子の友人です。こっちの女の子が舞姫 斎。向こうにいるのが内藤 剣也です」
「名前はいい。なんの用があってきた」
名乗ったからと言ってこの不審な少年に心を開けるわけもない。その屈託の無い笑顔に妻と娘は騙されたかもしれんが、私はそう簡単にはいかんぞ。
「じゃあ、手短に説明しましょう。ボク達の事と優子の事、この世界の行く末について」
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「つまり優子は勇者として異世界に行き、魔王を倒す必要がある、と」
ソファーに深く座り、背もたれに寄りかかる。
目頭を押さえ、揉み解し、必死に頭の整理をする。
「あらぁ、かっこいいじゃない」
手を合わせて喜ぶ妻は全く当てにならない。
「そんな夢物語みたいな事ある訳無い、と言いたいが・・・」
聡は今しがた掛かって来た電話の内容を思い出した。かけてきた相手は優子の通う高校の教師で、学校に化け物が出たこと、カメラで確認したところどうも優子を主として数人の生徒で倒したらしいこと、優子が校内にいないといった旨のことを述べた。
優子は家に居る、どこにも怪我はしていないが今すぐ戻らせることは出来そうにないことを伝え、聡は電話を切った。
「目撃者がいるなら否定はできないな」
「まだ足りないなら今ここで証拠を見せることもできますよ」
金髪の少年が服の中に手を入れて何かを取り出そうとするが、
「いや、遠慮しておく。・・・優子、こっちに来なさい。英恵、お前もだ」
断って娘と妻を呼んだ。
「うん」
「はぁい」
「君達はここで待っていてくれるか。少し話をしてきたい」
そう言って内原1家は隣の部屋に消える。
「わかってくれるかなぁ、アノ人」
父と母という存在に馴染みの無いアベルは少し不安そうな顔で扉を見つめる。
「きっともうわかってるんじゃないかしら。お別れを言っているだけだと思うわ」
英恵から出された紅茶を飲みながら斎が言う。
「そうか、ならボク達はボク達でやれる事をしておこう。剣也、陣描くの手伝って」
「・・・ふん」
壁に寄りかかる剣也が窓から差し込む光に目を細めた。
「優子」
「なぁに、お父さん」
「怖くは、無いか」
「私1人だったら怖かったかも。でも、みんながいるからへっちゃらだよ」
「覚悟を決めているんだな」
「もちろん。だって私勇者だもん」
「・・・立派になったな。怖いと言ったら無理にでも辞めさせるつもりだったが」
「駄目よ。この子はもう子供じゃないわ。あの頃とは違うの」
「あの頃って?」
「優子、あなた昔はほんとに手の掛かる子だったのよ。お友達とすぐ喧嘩するし、ものは壊すし、なんだか訳のわからない事ばっかり言って。その時の顔ってきたらもう・・・」
「だがいつの間にか大人しくなって、いつの間にか大人になってしまった。もう私達が口を出す必要もない」
「行って来なさい、優子。何かあったら帰ってきてもいいから」
「私達は何時でもお前の帰りを待っている」
「ありがとう、お父さん、お母さん・・・」
ガチャ、
「あ、どうでした?」
テレビに夢中になっていたアベルが顔を上げて扉から出てきた3人に聞く。
「優子の好きなようにさせる。だが、見送りぐらいさせてくれ」
娘の肩に手を掛けて少年を見ようとしたが部屋の方が気になった。何だこの模様。
「モチロンですよ。」
爽やかな笑顔のこの少年が憎い。
「あ、これは水で簡単に消えるので安心してください。優子、早速だけどこっちに来て」
「うん。お父さん、お母さん」
「何?優子」
「私ね、お母さん達の子供に生まれて良かったよ」
「ああ、私達もお前が生まれて来てくれて良かった」
「優子は私達の幸せそのものなのよ」
「・・・空間転移ポイント安定。いつでも行けるよ」
「泣くな、優子。世界を救う勇者がそれでどうする」
「ぅ・・・うん、わかった。それじゃあお父さん、お母さん、行ってきます」
「行ってらっしゃい。優子」
「きちんと役目を果たすんだぞ」
「・・・世界を繋ぐ門となれ!」
視界が光に包まれる。
優子がこの世界で最後に見たのは、暖かい部屋に佇む愛しい両親の微笑みだった。
うっへぇ
嘘ばっかりついてごめんなさい。短編はもう少しか掛かりそうです。