やっと仲間ができたよ!これでボッチなんかじゃないやい!
所変わって現在第1校舎1階、職員室前。
優子達一行は体育館へ向かおうとしていた。
「ね、ねぇホントに行くの?」
「ホントだよ。じゃなきゃ落ち着いて話もできないじゃないか」
「このくらいで怖気づいてどうするの?これからまだ色々なものと戦わなくてはならないのに」
体育館へ行く目的は1つ。最初に現れたあの大きな目を持ったサイクロプスを倒す為だ。
「でもでもぉ!怖いんだもん!」
「お前には力があるんだろ。どうにかなるんじゃねぇのか?」
「人事だと思ってぇ!」
勇者の力を持っているとはいえ、優子はこれまで喧嘩もしたことがない、健全な女子高生だった。
「グズっても仕方ないよ。ほら!ついた!」
「静かだね・・・もういなくなっちゃったんじゃない?」
「そんな訳ないじゃないの。それにこの臭い・・・
最悪だわ」
体育館は静まり返っていたが、サイクロプスの体臭だろうか、鼻が曲がりそうな臭いが扉から漏れだしていた。
「本当に不快だわ。早く倒してしまいましょう」
斎が細い腕を体育館の扉に伸ばすとその手をアベルが掴んだ。
「お願いだから早まらないで!相手はサイクロプス、こちらは4人、その内の2人はド素人。その上魔法の使いにくい世界に来ているんだ。勝率は決して高くはないよ」
目を覗き込みながら必死に説得をする。
自分が苛立っていた事を自覚したのか、少し顔を赤らめながら素直に手を引く斎。
「わかったわ。これからどうする?」
「こうする」
アベルが魔法陣のようなものが描かれた紙を取り出し、扉に貼る。そして小声で何かを呟くと、スゥーと扉が透け、サイクロプスの居座る体育館の中身が丸見えになった。
「わ!わ!なになにどうなってるの!?」
目を輝かせながら優子が興奮した様子で問い掛ける。
「簡単な透視の魔術だよ。あらかじめ陣を紙に描いておくことで比較的簡単に発動できるんだ」
得意げに語る魔術士の少年を尻目に、
「視えた所で対策が無けりゃあ、何の得にもなんねぇ」
剣也がぽつりと呟いた。
「何の力も持たないウドの大木が何か言っているわね」
しっかりと言葉を拾った斎が毒を混ぜた言葉を吐く。
そしてまた2人の間に火花が散る。どうやらこの2人の相性は最悪のようだ。
「もう!いい加減大人になってよ!斎、いつもはそんなキャラじゃないでしょ!」
アベルがどうにか冷静にさせようとするが、
「貴方に私の何が解るって言うの?」
だんだん話が違う方向にシフトしてきた。
「みんな落ち着いてってば!ほら!あそこみて!何かあるよ!」
体育館のど真ん中にあぐらをかいて座る、四メートル程の怪物から右上の方向、2階ギャラリーを指差して話題を変えようと必死になる。
「うーん、と、白と黒の布が・・・あれ、制服・・・?って、美佳ちゃん!?」
自分で指差しておいて勝手に驚いている優子。騒がしいことこの上ない。
それはさて置き、美佳は大変ピンチのようである。ギョロリとした大きな1つ目から逃れるように身を丸くし、震えている。
「どどどどうしよう!助けなくちゃ!」
友達のピンチに完全に混乱して、先程のアベルの言葉を無視し、体育館の扉に手をかけようとする。
「ちょっと!さっきのやりとり見てたでしょ!おんなじ事何度もさせないで!」
流石のアベルもキレ気味に叫ぶ。
こんなことをしていては埒が明かない。
そろそろ話を進めたいので、扉の前に座り込み、会議をする。
「みんないいかい?ボク達の目標はあのサイクロプスを倒す事。その際あそこに居る、えーと」
「美佳ちゃんだよ!」
「そう、美佳も救出する」
斎と背中合わせになっている剣也が不貞腐れて言葉を挟む。
「面倒くせぇな、女なんか放っとけば良いだろ」
その言葉にびっくりした優子はすぐさま反論する。
「だめ!美佳ちゃんは私の大切な友達なんだから!」
「私としても見逃せないわ。あの子の音楽の才能を潰すのは勿体無いもの」
思いがけない所から助けが入った優子はきらきらと目を輝かせて斎と目配せをする。そして剣也を真正面から見据えた。
「チッ、わあーったよ」
女子2人からのきらきら攻撃を食らったしまっては反論する気も失せてしまう。ガリガリと頭を掻いてそっぽを向いてしまった。
話のかたがついた頃を見計らってアベルが作戦を伝える。
「それで、作戦はこうだ。まずボクが光の魔術でヤツの目潰しをする。その内に中に入って死角に隠れる。キミ達は美佳の所に行って待機。斎の召喚の準備が出来るまでボクが時間稼ぎをし、斎の召喚獣でヤツの息の根を止める。カンタンでしょ?」
作戦は単純至極。
しかし剣也は納得いかないようで、
「正面切ってやり合りゃあ良いじゃねぇか。何なら俺がやってやるぜ」
流石は不良。魔物とのタイマンを望んでいるようだ。
「貴方って本当に凡愚ね。武器も持たないでどうやって戦うというの?」
男の子の粋がる態度を理解出来無い斎はただただ責めるような言葉を放つ。
ムッとした表情をしながらも殴りかからないのは不良の美意識に反するからだろう。
「武器ならある」
しかも今回は斎の言葉を予想して対策を練っていたようだ。
少し離れたところにある体育倉庫に歩いて行って、何かを手にして戻ってきた。
「そ、それって、バット?」
野球部が練習で使っているものだろうか、へこみのある黒い体の得物をブオンと振った。
「ふふふ、笑わせてくれるわね。そんな物で対抗できるのかしら?」
自信満々で持って来たのに、馬鹿にしたような態度を取られてあからさまに期限が悪くなった。
「うーん・・・無いよりはマシ、かな。でも願わくば使う場面がない事を祈るよ」
苦笑いをしながらアベルが言う。根っからの苦労人である。
さてと、これで前準備は整った。
いざ、1つ目の怪物との勝負だ。
「じゃあ、いくよ」
アベルが目を閉じ呪文を唱える。すると体育館の中に白い光球が生まれた。
サイクロプスが先程まで存在しなかった物体に疑問を持ちながら近づき、タネを暴いてやろうと顔を近づけると、
ピカッ
光球が弾け、体育館中が光で白く染め上げられた。
「いまだ!」
扉を開け、全員中に転がり込む。
目の奥にガラスの破片を埋め込まれたような痛みにのたうち回る巨体から距離を取りながら各々場所につく。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
カンカンカンカンッ
「ヒッ!」
いきなり大量の光が頭にぶち撒けられたと思ったら、今度は何かが階段を登ってきている。
(ああ・・・もうダメだあたし死んじゃうんだ、あんなわけわかんない奴に殺されて食べられちゃうんだ、まだピチピチの女子高生なのに、まだパパにお別れ言ってないのに・・・)
若く生涯を閉じることを憂いて辞世の句でも詠もうかと思っていた時、
「美佳ちゃあん!」
何かが聞こえた。それは仲のいいクラスメイトの声に思えた。
(ああ、優子の声だ何かもう懐かしいなこれが走馬灯って言うんだろうな・・・)
「美佳ちゃーーん!」
ゆっさゆっさと体を揺さぶられる感覚と友に肩に小さな掌で掴まれたような熱が広がった。
(グフッ・・・最近の走馬灯ってのはすごいな、感覚まで付いてくるのか。お得だなあ・・・)
「美佳ちゃんてば!」
「さっさと起きろこのデブ」
聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「・・・あんだとコノヤロー!」
「良かった!生きてたよ美佳ちゃん!」
前を見ればアホ面。もとい、優子の丸い顔がこちらを見つめていた。
その後ろにクラスの不良男が居る気がするが無視しよう。
「優子?なんで・・・」
「助けに来たんだよ!美佳ちゃんの事!」
「あ、あたしの事?あんたが?」
信じられなかった。臆病でいつもあたしの後ろに隠れていた、あの優子が?
ああ、涙が出てきた。まるで我が子の成長した姿を見たみたいだな。パパもこんな気持ちだったのかな?
なんか不良が苛ついた顔でこっちを見ている気がするが、幻覚だ。
「ありがと、優子・・・、でもアイツがいる限りあんたも危険なんじゃあ・・・」
顔を左下に向けてみるとあのハゲ頭の憎らしい怪物の姿が見えた。
しかし、なにか様子がおかしい。
「何あれ・・・鳥?」
色とりどりの光が飛び交う。よく観察してみるとそれは鳥のような形をしているようだった。
赤の鳥は怪物の足の間を通り抜け、青の鳥は目を突き、黄色の鳥はこれみよがしに悠々と旋回し、その姿を怪物に見せつける。
怪物はうるさいハエを捕まえてやろうと手を伸ばすがその巨体故素早い動きができずに空を掴む。
「アベルくんかな」
「アベル?なに?人の名前?」
「うーんと、アベルくんて言うのはね」
「くっちゃべってる暇なんかねぇぞ」
バットのグリップを握りながら剣也が言う。
「チッ、やりづれぇ・・・」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(・・・上手くやってるみたいね)
召喚獣を呼び出す為の詠唱をしながら斎が考える。
(これなら早く終わらせられそうだわ)
瞳を閉じて集中しようとした時、目の前に光の玉が飛んで来るのが見えた。
「・・・ッ!?」
サッと猫のような身のこなしで避けて、飛んできた物体を見る。
(これ、アベルの鳥じゃないの!)
首を振りアベルの方を見る。目立つ金色の髪をした少年は肩で息をし、随分消耗している様子だった。
(アベルは元々保有魔力が低い・・・それにこちらに来たばかりで体が慣れていないんだわ)
唇を噛む。考えが甘かった。日常に慣れきった者の考えなど、この程度なのだ。
(お願いだからもうちょっと保って頂戴。もう直ぐだから・・・)
祈りを込めながら口を動かす。唇から溢れる言葉には冷気が宿っていた。
「ん・・・?」
「どしたの?剣也くん。」
「あの野郎・・・」
剣也が見ているものは鳥達の動き。いや、もう鳥と言っていいのかも判らない程形がぼやけ、統率を失った動きをしていた。
「なんなの・・・?」
「アベルの野郎が疲れてきてやがる。まだあの毒舌女の準備も終わってねぇみたいなのによ」
「え!うそっ、どうしよう!」
「だからなんなのよあれは・・・」
美佳が疲れ切った様子でぼやく。
焦点の合わなくなってきた双眸を下に降ろすと先程からちらついていたものがピタッとなくなり、やっと目を休ませることが出来るようになった。
いや、おかしい。動いているものが無くなることはあってはならないのだ。
少し顔を上げ、体育館の中央に視線を移すと、
見つめられていた。
人間の頭程もある大きな単眼がこちらをヒタと見据えていた。
「ヒッ!優子・・!」
いつの間にか優子に頼っている自分がいた。しかし、そんなことを気にしている場合ではない。
「なに、美佳ちゃ・・・」
ガアアァァァアアアァア!!!
今まで散々バカにされて腹を立てていた怪物が標的を見つけ、ゴツゴツとした醜い手に持っている棍棒で殴りかかってきた。
「ひょえっ・・・きゅあああ!!」
「グッ・・・」
運良く直撃を避けた優子達2人だが、代わりにもろに怪力から繰り出される打撃を受けた足場が崩れ、2人諸共落ちていく。
「・・・!優子!」
落ちないギリギリの際まで進み、優子の落ちた先を覗き込む。
「う・・・大丈夫?」
「うるせぇ・・・」
多少の切り傷、擦り傷を負ったものの、重症ではなかったようだ。
「・・・下がってろ」
大きい怪我が無くて良かったと喜ぶ暇などありはしなかった。
目の前に飛び込んできたのは太い足。上を見あげると怒り狂った1つの目があった。
グルルルルル・・・!
「この図体ばっかりデカイ木偶の坊が・・・」
木偶の坊と呼ばれた脅威は棍棒を横薙ぎに払う。
「避けて!剣也くん!」
後ろから聞こえる声を聞きながら剣也は、
「が、はぁッ・・・!」
とてつもない力がかかっていたはずの棍棒をその身で受け止めた。
持っていたバットは何の役目も果たさず足元に転がる。
「!どうして!?避けられたはずなのに!」
棍棒が当たる直前にこちらを見ていたのを優子は知っていた。そのくらい暇があれば避けることもできただろう。その場合、棍棒は華奢な優子の体を砕く事になるのだが。
優子は疑問に思っていた。あったばかりのこの少年がなぜ身を挺してまで助けてくれたのか。
「ぐ・・・お前に死なれちゃ、困るんだよ・・・」
相手の棍棒をしっかりと抱え込みながら瀕死の少年は言う。
「お前には、まだまだやってもらわなくちゃあ、ならねぇ事が沢山、あるからな。だから・・・」
ゼイゼイと息を吐きながら言葉を紡ぐ。
グッと棍棒を掴み吐いた言葉はーーー
「やれ!斎!」
「・・・凍てつく吐息で全てを閉じよ!グリアメイア!」
斎の声が光の帯となり陣を描く。その陣から這い出てきたのは透き通る体をしたスカーフ代わりに冷気を纏う貴婦人のような姿だった。
「・・・!」
ギャラリーの上からヒンヤリとした空気に身震いしつつ出てきたものを凝視する。それは美佳の理解を超えるほど美しく、この上ないほど魅了した。
「あれが、舞姫さんの?」
優子の吐く息が白く凍る。件の貴婦人は優雅な動作で腕を醜男の方に向けると、冷気が集まり氷の矢が生成された。そしてそれを・・・
冷たく鋭利なものに串刺しにされる未来を予想したサイクロプスは棍棒を手放し、横に逃げた。
貴婦人がゆっくりと後を追う。
「剣也くん!」
優子が負傷した剣也のもとに駆け寄る。
「ぐっ、ふ・・・ああ・」
人智を超えた力がをもろに受けた剣也は床にうずくまり息も絶え絶えの状態。
「怪我は・・・ないか・・?」
「!?私は大丈夫だよ・・・それより剣也くんが・・・」
「死にゃあしねぇよ・・・守るって決めたからな、今度こそ・・・」
「今度・・?」
「優子!大丈夫なの!?」
ハッと気を取り直した美佳が上段から安否の確認をする。
「私は大丈夫っ!でも剣也くんが!」
「なんかあっちもヤバイみたいだよ!」
美佳はステージ側、アベル達がいる方を指し示す。
舞台袖では斎がアベルの介抱をしていた。
「アベルくん!」
その声に反応したのか、貴婦人と一緒に踊っていたとても紳士とは言えない怪物が舞台袖に目を付ける。そこからの動きは迅速で、貴婦人から背を向け走りだした。
踊りを中断された貴婦人は大量の矢を作り出したがこのまま放つと主人である少女に当たってしまうと判断し、撃つに撃てないとオロオロしていた。
「どうすれば・・・。わ、私が、やるしかない、やるしかないんだ!」
意を決した勇者の少女はドカドカと足音を立てる怪物に向かって走りだすが、
「あ痛っ!」
もう少しで追いつくという所で足がもつれて転んでしまった。
所詮ただの女子高生がどうにか出来るわけもないのである。
アベルが苦しげに呻き、顔を上げるがその距離では何もすることが出来ない。
ほら、音に気付いた神話上の存在が腕を振り上げ、
グゥウウォオォォォォオオオオ!!
「優子!後ろ!」
「クソッ!間に合え!」
「何をしているの!早くそこから退きなさい!」
「優子ーーー!」
「私、私は―・・・」
キーーー・・・ン
(大丈夫、心配しないで。だって君は・・・)
「(勇者なんだ!)」
優子の手元に光が集まる。
それは美しい装飾のついた剣になり、優子の手に収まった。
「あれは・・・」
「もしかして勇者の剣!?失われたハズなのに!」
いよいよ勇者らしくなってきた優子がキッとサイクロプスを睨む。その真っ直ぐな瞳に射抜かれた1つ目は身動きすることすら出来なかった。
「はああぁあああ!」
剣を手にした優子が勢い良くサイクロプスに突進する!
が
、
ずべっしゃああああ!
思い切り転んだ。パンツまで見えた。
「はあああああああ!?」
「なんだって!?」
「同じボケは何度も通用しないから!優子!」
口々にエセ勇者を非難する。
「だって、だってぇ!」
格好を付けた反動で恥ずかしさのあまり泣き出しそうになる優子。その茶番からいち早く抜け出したのは、一番愚鈍なはずのサイクロプスだった。
グウウッォオォォオ!
その声でやっとこさ正気に戻った斎が自らの下僕の名を呼ぶ。
「グリアメイア!」
主人の声が自分の名を呼んだことに嬉しさを爆発させながら、彼の氷の貴婦人が局地的な吹雪を起こす。
グゥウルルゥウアアアァァァア!
吹雪に目をやられたサイクロプスが叫ぶ。
「くっ、イケるかな!?」
アベルも負けじと服の内側から紙を取り出し、呪文を唱える。
「優子!サイクロプスの弱点はあの大きな目だ!」
「目!?目をどうするの!?」
「どうするって剣でどうにかするしかないでしょ!ああもう、そのまま構えてて!」
凍える寒さの中、奇妙な踊りを繰り出すサイクロプスの足元に、どこからともなく縄が巻き付く。サイクロプスは縄に足を取られそのまま頭から転び・・・
グサァッ!
「よし、ビンゴ!」
優子の構えていた剣に深々と突き刺され、絶命した。
サイクロプスの体からは体液がドクドクと止めどなく流れでて、
「いやあああああああ!?」
優子の制服をびっしょりと濡らした。
こうして優子達の長い長い1日が終わろうとしていた。
初めての本格的な戦闘ですよ!少し長いかな。