モスラが生命を捧げた渾身のエクセル・ダッシュ・バスターは、結果論から言えばタイミングが僅かに遅かった。
エクセル・ダッシュ・バスターが直撃する寸前、上空から飛来したモスラに気づいたゴジラは
ゴジラの爆発のコンマ数秒後にエクセル・ダッシュ・バスターが直撃するも、既にゴジラの身体はそこにない。エクセル・ダッシュ・バスターは地面に巨大なクレーターをつくり、ゴジラの身体の破片を消滅させただけだった。
自爆だろうが、モスラの乾坤一擲の一撃だろうが、どちらにせよゴジラは普通に考えれば消滅は避けられない。ゴジラがパワーアップする前に葬らんとしたモスラの目的は達成されているはずだった。
しかし、誰が予想するだろうか――自爆したはずのゴジラが生きていると。
ゴジラは、確かに生きていた。爆発によって身体が爆散し、心臓だけの姿になっていてもなお、生きていたのだ。戦闘続行A+という彼のクー・フーリンやヘラクレスをも上回る生命力の強さをゴジラは有していたのである。
無論、本体と比べて弱体化したサーヴァントが、心臓のみの状態で長く生き続けられるはずがない。かろうじて、心臓が残って鼓動を続けているに過ぎず、便宜上は生きていると判断されるだけなのだ。
しかし、心臓のみの姿となり、死を待つだけのゴジラにマスターが救いの手を差し伸べた。残された令呪をもって全力を解放することを命じられたゴジラは、最強宝具『
これによってゴジラの持つ再生能力を有する宝具『
ただ、復活したとはいえ、一度体内で大爆発を起こしたゴジラは相応のダメージを蓄積している。また、再生の際にもかなり身体に負荷をかけた。そのため、ゴジラの体温上昇は早まり、ゴジラが蓄積していたエネルギーも総量では過去改変が起こる前のゴジラに比べて減少することとなった。
結果的に言えば、ゴジラの最期が早まり、最期に破壊へと変換されるはずのエネルギーが減少した。モスラが命を賭した対価はそれだけだった。
モスラが時空を超えた直後のことだった。セブンの念力から解放されたゴジラは、その身体から光の粒子を放出しながら悲痛な叫びを上げた。
ゴジラの様子が変化しつつあることに、ウェイバーたちは気づく。そして、同時に理解した。――モスラがやってくれたのだと。
モスラが過去の世界でゴジラを打倒したことでタイムパラドックスが生じ、ゴジラは消滅することでこの聖杯戦争は終わるのだと彼らは確信する。勝者も敗者もなく、殺戮と破壊の結果のみが残った無益な争いだったが、それにもようやく終止符が打たれたと彼らは内心で僅かに安堵していた。
しかし、サーヴァントの消滅をつい先ほど間近で見たウェイバーは気づいてしまう。彼女たちの最期を脳裏に焼き付けていたからこそ、彼は目の前で光と塵を吹き上げているゴジラの姿の違和感を見逃すことはなかった。
「違う……」
「どうしたんだね?ウェイバー君」
璃正が訝しげな表情を浮かべながら声をかける。
「ライダーの時とも、アーチャーの時とも違うんだ!あんな風に消滅しなかった!!それに、アンタたちにも分からないか!?アイツの存在感が薄くなっていく感じがしないんだ!!」
その時、ゴジラを中心に発せられている凄まじい熱気の余波がウェイバーたちを襲った。ゴジラの足元が赤熱化し、溶けたコンクリートが昇華して舞い上がる。
「ライダーが死ぬときは、まるでろうそくの炎が消えるように存在感が薄くなっていく感覚だった。でも、アイツは違う。まるで、命を燃やしているみたいだ。存在感が全然薄くなっている感じがしない!!」
「そんな……ならば、まさかアレは!?」
誰よりも、「最悪の事態」を想定し、それに対して最も確実な対処法を選択してきた彼だからだろう。ゴジラが光の靄を発している光景を見た切嗣は、真っ先にこの光景を生み出した原因に思い至った。
「ヤツの……宝具の効果だというのか!?」
「ありえない!!宝具は、英霊が生前に築き上げた伝説を象徴するものだ!!ゴジラにはあのような能力はないはずだ!!」
璃正が切嗣の漏らした言葉を否定する。灼熱の体表、赤く発光する胸部。どれも、これまでに記録されたゴジラの生態にはなかったものばかりだ。生前に有していなかった能力を宝具として有することもあるが、その場合でも宝具の元となった逸話があるはずだ。しかし、ゴジラが赤くなったり、熱を発したりする伝承など存在しない。
「いや、ありえる」
そう言ったのは、ウェイバーだった。
「英霊――サーヴァントは、座から召喚される。そして、英霊の座には過去や未来、平行世界といったものはない。だから、あのゴジラが平行世界のゴジラだったり、未来にあんな姿になって死んだゴジラだったとしたら、ボクたちの知らない逸話を元にした宝具の一つや二つ、もっていても不思議じゃない」
「なるほど、あの赤く燃えるような表皮に、狂気の中に垣間見える痛み……我が身を燃やし尽くす代償に短時間のステータスアップを実現する宝具と考えることが妥当でしょう」
自らの唾棄すべき醜悪な本性を自覚した綺礼には、ゴジラの身体の悲痛な叫びが感じられていた。だからこそ、ゴジラの異常なステータスアップの正体を確信することができた。
「既に背鰭は溶け出していますし、熱線も己の意志でコントロールできないのでしょう。ヤツが長くないのは事実だと思います。モスラが消えてから急にゴジラの動きが止まり、感じられる温度が上がったことから考えて、モスラはゴジラの最期を早めることには成功したようですが……」
絶句する璃正。既に、彼のとなりで項垂れている遠坂時臣には生気が感じられない。己がしでかしたこと、そして、盟約を結んでいたはずの間桐家がやらかした悲劇。その結果が、己が領地の地獄だ。
魔術師として、セカンドオーナーとして、取り返しのつかない失敗だといえる。魔術師としての才能は凡人どまりである時臣にとって、己が貴人であることこそが己を己足らしめる柱であった。だからこそ、その支柱を己が手で崩れ去った時に彼の精神が持つわけもない。
「……アサシンのマスター、君の予想は大体あっている。だが、事態は恐らくもっと深刻……いや、最悪と言ってもいい」
背後からかけられた声に、ウェイバーたちは思わず振り向く。そして目を見開いた。そこにいたのは、消滅したはずのウルトラセブン――いや、諸星弾の姿だった。
「ルーラー!?」
驚きを隠せないウェイバー。そして、彼らの前に姿を現した弾は、力尽きたのかその場で倒れてしまう。慌ててウェイバーが駆け寄り、彼に肩を貸す。
「すまない……私はもうエネルギーを使い果たした。サーヴァントの身でなければ命と引き換えに変身することもできるのだが、今の私は変身のために宝具を解放するだけで魔力が尽きて消滅してしまう」
己が身の無力さが許せないのか、弾は悔しさを隠し切れずに顔を歪める。だが、そんな彼にまったく遠慮することなく問を投げかける者がいた。
「……ルーラー、説明してくれ。貴方の考える『最悪の事態』を」
衛宮切嗣だ。彼も、僅かに脳裏に『最悪』の事態が過ぎっていたのだろう。彼の問に、ルーラーは何かを堪えるような口調で答えた。
「私や私の仲間は幾度か核をエネルギーとする怪獣に遭遇した経験がある。その中には、身体が原子炉に近い状態になっている怪獣もいた。今のゴジラの状態は、仲間から聞いた身体が原子炉に近い怪獣の状態とよく似ている」
「ゴジラはどうなるんだ?」
「……核爆発、もしくは、それに近い大規模な放射能汚染を伴う現象を起こす可能性が高い」
弾の予想を聞き、切嗣は呆然として膝をつく。璃正も、ウェイバーも何も言うことができない。時臣は言わずもがなである。もはや、彼には己がのうのうと生きていることすら責め苦だった。
「何とかならないのか?お前は正義の味方なんだろう!?」
弾に詰め寄り糾弾する切嗣。しかし、それに対してセブンは悔しそうな表情を浮かべることしかできない。
――変身する力すら失った彼には、もはやどうすることもできない。
切嗣も頭が回らないわけではない。物言わぬ弾の態度から彼は全てを理解した。自分が憧れて、ついになれなかった本物の正義の味方ですら、この世界を救うことができないのだと。
正義の味方になれず、ただ天秤の量り手に甘んじた己にはウルトラセブンを責める資格がないことは理解している。だが、それでも『理想とした正義』ですらこの世界を、人々を救えないという事実は、切嗣の心に深く突き刺さった。微かに棄て切れなかった理想――人の手では絶対に成しえない理想ですら、この世界を救えないのだから。
言うまでもなく、この悲劇を生んだのは自分――人類を救い、世界から流血を失くすために戦った衛宮切嗣という男だ。本物の正義の味方になれないから、奇跡による救済を求めた。しかし、奇跡を求めた結果、誰を救えたのか。
自分が人類の救済のために行った行動は、結果として誰一人として救えず、数え切れぬ人を犠牲とした。自分が救った命よりも、自分が犠牲にする命の方が大きい――より多数を救う為に少数を犠牲にすることを是とするが故に、彼にとってこの悲劇は己の生き方を否定されたに等しいものだった。
自分が奪ってきた命はなんだったのか。自分の生き方はなんだったのか。
そして、
彼が救ってきた命を、止めてきた流血の全てを無に帰す人類史に残る惨劇を、
――
ようやくプロローグまで帰ってきた……
次回、プロローグに戻ります。