やめて!!冬木市の復興予算はもうゼロよ!!   作:後藤陸将

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多分、最後の自衛隊のターンです。


皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ、各員一層奮励努力セヨ

 自分に付きまとっていた『使役されし大怪獣(カプセル・モンスターズ)』を圧倒的な力で焼き殺したゴジラは、次なる標的として沖合いから絶え間ない砲撃を浴びせてきた護衛艦群を選択した。

 先ほどの白濁から一転、充血して真っ赤に染まったゴジラの眼が海に浮かぶ灰色の船に向けられ、背びれが激しく発光する。

「ヤツがこっちをむいている!!」

 崎田は背びれを光らせるゴジラを見てうろたえる。だが、立花はまったく動じることなく瞬時に対応する。

「各艦、チャフを散布しろ!!」

「チャ、チャフですか!?」

「急げ!!時間がない!!」

 チャフは、電波を反射する性質のある金属箔を散布することによって、敵のミサイルなどのレーダーによる探知を妨害する装置である。電波ホーミング誘導のミサイルなどに対しては効果を発揮するが、目視でこちらを捕捉する巨大生物には殆ど役に立たない装備だ。

 それを散布しろという立花の意図が理解できずに崎田は思わず聞き返したが、立花の一喝を受けて反射的に命令を復唱した。

「りょ、了解!!チャフ用意!!」

 ゴジラの口から紅蓮の炎が吐き出される直前に、護衛艦隊の各艦はチャフを散布した。12隻の護衛艦から一斉に放たれた大量の金属箔は、東の山から姿を見せた朝日に照らされて光を乱反射する。

 金属箔に反射された朝日は、艦隊を光の靄で包む。ゴジラの視界からも、艦隊の姿はほんの一瞬の間だけ光の靄によって隠された。

 そして、その一瞬が艦隊の運命を分けた。熱線の照準を定めていたゴジラは、光の靄によって艦隊の位置を精確に把握することができないままに熱線を放った。結果、ゴジラの熱線は最初の狙いから僅かにそれることとなり、艦隊を丸ごと薙ぎ払うことはできなかった。

 しかし、ギリギリで軌道を逸らすことに成功したとはいえ、尋常ではない熱量と威力を伴った紅蓮の奔流が秘めた凄まじい破壊力は多少狙いが逸れただけで凌げるものではなかった。

 副縦陣を組んだ艦隊を平行に薙いだ熱線は第62護衛隊に直撃し、艦橋を一瞬で消滅させる。さらに、紅蓮の奔流は一瞬で海水を蒸発させ、水蒸気爆発を引き起こす。

 

 CICのモニターに映る強烈な閃光が走ったのとほぼそれは同時だった。鼓膜を破らんばかりの大音響と、船そのものが巨人の手で吹き飛ばされたかのごとき衝撃によって立花は一瞬意識が遠のく。しかし、彼の意識は数十秒ほどで隣の崎田艦長の大声によって覚醒させられた。

「損害を報告しろ!!」

「右舷機関砲付近、被弾!!」

「機関室より浸水!!」

「艦橋に爆風が直撃!!航海長が死亡!!」

 次々とCICに寄せられる凶報。だが、凶報はこれだけではなかった。

「こ、こんごう!!轟沈!!……あ、あまつかぜ、しまかぜも!!」

 その時、くらまの船体に轟音が叩きつけられた。巨大な船体がまるで痙攣しているかのように振るえ、乗組員たちを上下左右に振り回した。

 意識が覚醒した立花は、ふらつく身体に喝を入れて立ち上がり、モニターに視線を移す。そして、彼は絶句した。水蒸気爆発によって発生した霧によって不鮮明な視界に、いくつもの赤い炎が揺らいでいたのである。

 松明のように煌々と燃えている艦は、全部で3隻あった。

 まず、その内の一隻であるこんごうは、第二次世界大戦で活躍した高雄型重巡洋艦にも似た山脈を思わせるヴォリュームのある艦橋をもったイージス艦だ。アメリカ海軍以外で初めてイージスシステムを搭載し、大日本帝国海軍で活躍した超弩級戦艦の名を継ぐ護衛艦は、海上自衛隊の誇りでもあった。

 そのこんごうが、沈みつつある。特徴的な形をした艦橋から前甲板にかけては猛獣に喰いちぎられたかのようにゴッソリと削り取られていた。削り取られた箇所からはオレンジ色の火柱が奔騰している。

 被弾箇所から見て、ゴジラの熱線は金剛の前部ⅤLSに搭載されていたスタンダードミサイルやASROC、そしてオットー・メララ54口径127mm単装速射砲の弾薬を直撃したことは間違いない。

 艦の前部から立ち昇っていた火柱は、弾薬庫誘爆が引き起こしたもので、くらまの船体を振るわせるほどの大音響は、艦に搭載された半分の火器に搭載された火薬の誘爆によるものだ。

 その時、原型を保っていたこんごうの後部甲板が破裂したかのように立花には見えた。後部VLSが設置されていたあたりから炎が火山の噴火のように噴出し、朝日を浴びて青さを取り戻しつつあった日本海を炎の色に染める。 

 おそらく、前部VLSや主砲弾の誘爆によって発生した爆風と爆炎は、こんごうの艦内を暴れ周り、数百人の乗組員を飲み込みながら艦後部に達したのだろう。そして、艦内を暴れまわった爆発は艦後部のVLSを覆う装甲に達し、これを破って今度は内部に格納されていたミサイルを飲み込んだ。

 前部と後部で起こった大爆発によって。こんごうの船体は三分割されていた。艦の前部は渦を発生させながら既に海中に没し、今しがた爆発した艦の後部は跡形もない。艦橋の残骸と思しき横たわった建造物だけが海面に姿をとどめている有様だ。

 数秒後、くらまの船体を再度強烈な爆発音が震わせた。立花はそれが目の前で海面に姿を消しつつあるこんごうの断末魔の叫びであるとすぐに理解した。音は光よりも遅いため、くらまに届くまでにタイムラグが存在したのだ。

 さらに、その隣では護衛艦あまつかぜだったものが見える。海面に見えるのは紅蓮の炎に包まれた護衛艦だったものだけで、船体のほぼ全てが水面下にある。僅かに残った残骸は、焼け落ちた平屋を思わせるものだった。

 

 しまかぜも悲惨な末路を辿っていた。艦首が熱線の直撃を受けたせいだろう。艦首から前部甲板にかけて熱線で吹き飛ばされ、その衝撃で転覆して艦底を顕にしている。浸水も深刻な状況に達しているらしく、艦尾を持ち上げて水面下にあるはずの舵やスクリューまでもが曝け出されていた。また、艦内では火災も発生しているらしく、しまかぜの周囲は沸騰しているかのように濛々と水蒸気が立ち昇っている。

 ほかの各艦も多かれ少なかれ損傷を負っているらしく、空には幾条もの黒煙が立ち昇っていた。

『こちら、あまぎり!!ヘリコプター格納庫全壊!!戦闘航行には支障なし!!』

『こちら、はまゆき!!艦首に損傷あり、速度が出せません!!』

 立花は、たった1発の熱線で護衛艦隊の戦力が半分以上削がれたと判定できるほどの被害が出たことに驚くが、まだゴジラの攻撃は終わってはいなかった。

「ゴ、ゴジラの背に発光を視認!!熱線、第2射来ます!!」

 モニター操作員が声を裏返しながら叫んだ。

「総員、衝撃に備えよ!!」

 崎田が大声を張り上げたのと、轟音と衝撃が立花を襲ったタイミングはほぼ同時だった。

 ヘヴィー級のボクサーのアッパーを喰らったかのごとき衝撃によって、鍛えられた立花の身体が宙に浮きかける。衝撃に備えていたこともあって今度は意識を失いかけることはなかった。

 しかし、意識がはっきりしていたことで、立花は衝撃的な光景を見せ付けられることとなった。

 立花の目に飛び込んできたのは、みねゆきの破局だった。

 灼熱の炎のような色をした光の帯は、渦を巻きながらみねゆきを断った。竜骨を焼き切られ、さらに弾薬の誘爆によって艦を引き裂くように火柱が奔騰する。大音響と閃光が収まったときには、かつてのみねゆきの姿はない。焼けた鉄の残骸と水蒸気だけが、そこにみねゆきがいたことを示すものとなっていた。

 悲劇は続く。続いて標的となったのは、はまゆきだった。熱線ははまゆきの艦橋に直撃し、砂山のように一瞬で吹き飛ばした。さらに、熱線は船体そのものを圧倒的な熱量で焼き尽くす。熱線が止んだころには、まるで溶鉱炉で溶かされている最中の鉄くずの塊を思わせる赤熱し、水蒸気を放つ残骸が残るだけであった。

 護衛艦一隻の乗員は、およそ250名から300名程度だ。はまゆき、みねゆき、こんごう、あまつかぜ、しまかぜの5隻で、少なくとも1250人の乗組員がいたことになる。そして、この5隻は轟沈した。生存者は殆どいないと見ていいだろう。小破した各艦の被害を合わせれば、現時点で最低1300人が命を落としていると考えられる。

 くらまの船体に轟沈したみねゆきのものと思われる破片が火の粉を纏いながら降り注ぎ、カンカンと甲高い音を奏でる。立花にはその音が、みねゆきの乗組員たちが助けを求めて船体を必死で叩いているように思えてならなかった。

 立花は掌に爪が食い込んで血が滲むぐらい強く拳を握った。ゴジラに部下を奪われた怒りと、失われた命に対する悲しみ――そして、防人の志を全うすることのできない悔しさが、立花の全身を支配していた。

 日々鍛錬を重ね、どこの海に出しても恥じないほどの力量を養ってきた自慢の部下達が死んでいく。この国を、守るべき国民の生命を脅かすものに蹂躙されて死んでいく。炎に焼かれ、爆風に裂かれ、熱線によって一瞬に消滅させられて死んでいく。

 

 ――無念だっただろうに。

 ――悔しかっただろうに。

 ――苦しかっただろうに。

 

 立花も、海上自衛隊で人生の大半を過ごした船乗りだ。同じ船乗りとして、自衛官として、犠牲になった彼らに対して思うところは少なくない。

「海将……艦隊の戦力は、壊滅しました」

 報告する宮下の声はどこか沈んでおり、怯えも見て取れる。立花が無言でCICを見渡すと、被害報告の喧騒の中で悲愴感が蔓延していた。日々訓練を重ねた強靭な意志を持つ海の防人達でさえ、あの怪物に恐怖し、心が折れかけていたのである。

 ここでの撤退は、敵前逃亡には当たらない。既に艦隊は戦力を失っており、ゴジラに対抗できる武器は6隻の護衛艦が擁する単装速射砲6門だけなのだから。ここで撤退をすることが常道だ。

 ここで退けば我が身は助かるだろう。しかし、それは同時に今も尚冬木で戦い続けている陸上部隊を見捨てることを意味する。友軍を見捨てて逃げた卑怯者になることは彼にとって容認しがたいことである。

 また、無念の内に撤退することはそもそも戦略的な意味がない。ゴジラがウルトラセブンとモスラを打倒し、陸上部隊を蹴散らしてさらに内陸に向かおうとしたときに、攻撃を加えることで進路を誘導できるかもしれない。だが、その場合でも、ゴジラの反撃でこちらは一撃で轟沈だ。しかも、ゴジラの表皮にダメージを与えうる兵器はこちらにはない。

 ならば、ここで自分たちにできる最善の一手は何か――立花はもう腹をくくっていた。

「各艦に通信を繋いでくれ」

 立花の命令に従い、通信を管制しているクルーが艦隊の各館との通信を繋ぐ。

「……我々の戦力は当初の4割を下回っていることは分かっている。どのみち我々の持ちうる兵器ではゴジラを打倒することは不可能だと判断する」

 マイクを手にした立花は淡々と事実を告げた。

「だが!!ゴジラを打倒しうる兵器を持たない我々が、ゴジラを討ち果たすチャンスが今そこにある――いや、今しかチャンスはないんだ。何故かつて東京を襲撃したモスラと、あのウルトラセブンがゴジラと戦ってくれているのかは分からない。ただ、いくつか確実に言えることがある。彼らは我々を守り、戦ってくれる味方で、彼らはゴジラを倒すだけの力がある。そして、我々には彼らを援護するに足る力があるということだ」

 静まり返るCIC。さらに、立花は続ける。

「撤退はしない。艦隊はウルトラセブンとモスラを引き続き援護する。我々はこれより死地に向かう――けれども、国民を守ることが我々の仕事だ。やらなければならない」

 立花がCICを見渡す。先ほどの消沈した空気から、火種が燻る熱が篭る空気へと変わっている。彼らの心には、防人の誇りと使命を守らんとする気勢があった。

 ――許せ、由里。

「これより、護衛艦隊は湾内に突入し、至近距離からの艦砲射撃を開始する!!――旗旒用意、Z、揚げ!」

 立花は心の中で娘に詫び、死地に向かわんとする艦隊を鼓舞するかのように声を張り上げた。

 

 朝日と黒煙に彩られた日本海にZの旗が揚がる。90年ほど前に当時の聯合艦隊旗艦三笠に翻ったそれと同様に、アルファベットのZを意味する信号旗がくらまのマストに翻る。艨艟たちの身体を焼く炎に照らされたZ旗は、彼らの運命を暗示するかのように赤く染められているように見えた。

 

 

 

 

<備考>現在の海上自衛隊の損害

 

撃沈 こんごう あまつかぜ しまかぜ みねゆき はまゆき

 

大破 あまぎり(後部甲板壊滅)

 

中破 くらま

 

小破 さわぎり やまぎり

 

   やまゆき まつゆき さわかぜ 

 




立花准将をもっと出したかった
海上部隊の出番をもっとあげたかった
轟沈描写を書いてみたかった

という欲望から書き上げた閑話に近い1話です。WOWSで轟沈させられまくっているせいですかねぇ?こんなもの書きたいと思ってしまったのは。

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