「この報告は確かか?……分かった」
指揮所に詰めていた志村武雄陸上幕僚長は、前線の偵察部隊との通信に使っていた通信機を置くと黒木に声をかけた。
「黒木くん」
「何でしょう?」
黒木は戦域図から目を離し、志村の方に向き直る。
「第13偵察隊からの報告だ。ウルトラセブン並びにモスラの行動は、ゴジラの深山町侵攻を阻止しようとしていると考えられるとのことだ」
「深山町には新都地区から逃げてきた民間人を含めて、まだ多くの人間が残されている……それを知って、モスラとウルトラセブンはゴジラの攻撃の矛先が深山町に向かないように戦っているということですか?」
冬木にウルトラセブンが現れたという報告は最初司令部を混乱させたが、司令部も実際に偵察部隊が持ち帰った写真を見たら偵察部隊の報告に納得せざるを得なかった。間違いなくウルトラセブンが写っているのだから、現実を否定してもしかたがない。便宜上、彼らは冬木の巨人を正式に「ウルトラセブン」と呼称していた。
「第13偵察隊は、確かにそう断言していた」
「そうですか……」
黒木はその報告を聞いて僅かに眉を顰めた。もしも、モスラとウルトラセブンが味方なのであれば、彼らを援護してゴジラを殲滅することが最良なのではないか――そんな考えが過ぎったからだ。
しかし、黒木はすぐに脳裏に浮かんだその考えを振り払う。怪獣を共倒れさせるのであればともかく、怪獣との共闘となれば話は別だ。怪獣たちがこちらの味方だと断言していいものか。
第13偵察隊は電波障害の発生からすぐに派遣された部隊であり、陸上自衛隊の中で最初に冬木の現状を把握した部隊でもある。これまでの戦いの推移を見続けてきた彼らの報告には、ある程度の信頼を寄せてもいいだろう。
しかし、第13偵察隊の情報だけを根拠に怪獣との共闘を決断するわけにはいかない。指揮官たるものが、自分に都合のいい情報一つを前提に作戦を立てることは許されないからだ。無論、冬木にいる巨人がかのウルトラセブンに酷似しているからといって、彼らを味方だとすることは根拠のない妄言でしかない。黒木は複数の情報源からの裏づけが得られない限りモスラとウルトラセブンが味方だと断定するつもりはなかった。
子供の声援を受けて立ち上がったセブンだが、やはりゴジラは桁外れに強くタフな怪獣だった。
セブンはゴジラの一挙手一投足に全神経を集中し、ゴジラの攻撃を回避してカウンターを当てることでどうにか体内放射を避けながら反撃に出ることに成功していた。ダメージを受けたモスラもどうにか回復し、ゴジラの背後か鎧・翼カッターを決めて体勢を崩させたり、ゴジラの注意を引くために遠距離から鎧・クロスヒートレーザーを放って援護する。
しかし、何度攻撃を叩き込んでもゴジラは殆どダメージを負わない。ダメージを負ったとしても、一分もすれば痣も傷も回復してしまうのだから性質が悪い。それでも、セブンとモスラは攻撃の手を決して緩めることはなかった。
モスラの刃のようにするどい翼がゴジラの背びれと激突し、火花を散らす。衝突の衝撃でゴジラは前のめりになり、体勢を崩したゴジラの肩をセブンが掴む。そして、セブンはそのまま後ろ向きに倒れ、その勢いに合わせて右脚の裏をゴジラの腹に当てて思い切り跳ね飛ばす。
見事と言いたくなるほど綺麗な巴投げが決まり、ゴジラは背中から瓦礫の山に叩き込まれた。30000tの巨体が勢いよく地面に激突した衝撃で、冬木市は瞬間的に震度7に匹敵する巨大な縦揺れに襲われる。
幸いと言うのもどうかと思うが、既に冬木市の大きな建物のほとんどはこれまでのキングギドラやスペースゴジラの大暴れで倒壊していたため、この衝撃による建築物や人々の被害は僅少だった。精々、足元が悪い場所でゆれに襲われたことでこけて怪我した人がでたくらいである。
セブンは即座に立ち上がり、ゴジラの逆襲に備える。仰向けに倒れるゴジラに馬乗りになったとしても、口から熱線の直撃をくらったり至近距離からの体内放射で跳ね飛ばされることは目に見えているため、敢えて追撃をしなかったのである。
代わりに数十体にまで数を減らしたメガニューラたちが倒れ伏すゴジラの身体に群がり、足の爪の生え際や瞼など、とにかく針が突き刺せる場所を探そうとする。
必死で攻撃手段を模索するメガニューラたちは本能からこの敵は絶対に排除しなければならないという危機感を感じていた。それこそ、かつて一万を超えていた同属が数を数十体にまで減らした今でも尚攻撃に固執するほどには。元々マスターが放任だったということもあるが、これにはメガニューラの本能も大きく絡んでいる。
メガニューラの絶滅の原因は、同時代に生息していたEMPなどの力を持った放射性物質を餌とする巨大陸生体――古生物学者たちが未確認巨大陸生生命体と名付けた怪獣との生存圏争いに敗れたことだ。
メガニューラが聖杯戦争に参戦した目的は、もう一度この地球上に自分たちの種族を繁栄させることだ。この生物が生きていれば、自分たちが願いを叶えたとてかつてのように駆逐されてしまう。
自分たちの種族の繁栄の障害となる敵の排除は、彼らにとっては本能にまで刻み付けられた最優先事項だったのである。無謀なまでの戦力差であっても撤退という攻撃的な本能を無視した選択肢を与えられるのは最上位存在である
これを好機と判断したアサシンの号令で全てのメガニューラがゴジラに群がって針を突き刺せる場所を必死で探す。しかし、この攻撃的な本能に縛られているが故の行動がメガニューラたちの命取りとなる。
倒れ伏すゴジラの背中が青白く輝き、直後にゴジラの身体から凄まじいエネルギーが奔騰した。35000tもあるウルトラセブンの巨体でさえ吹き飛ばした上でしばし立ち上がれなくするほどのダメージを与えた体内放射が炸裂したのである。
数を僅か数十体にまで減らしていたメガニューラはこの一撃で一瞬にして灰も残さず蒸発した。聖杯戦争5体目の脱落者は、アサシン――メガニューラだった。
そして、体内放射によって巻き上げられた砂埃を掻き分けるようにゴジラはゆっくりと立ち上がる。しかし、キングギドラの翼をもすれ違い様に切断する鎧・翼カッターを受けたはずのゴジラの背びれには一切傷が見られない。セブン渾身の巴投げによる勢いを加算されてた体重30000t分の落下の衝撃も、ゴジラを一時的に行動不能にすることすらできなかったようだ。
身体は無傷のはず。だが、ゴジラは怪我を堪えているかのように非常にゆっくりと立ち上がる。その様子に、ひょっとするとダメージが見えない部分で蓄積しているのではないか、それとも魔力切れでも起こしたのではないか――セブンは一瞬楽観的な予測をするが、すぐに脳裏を過ぎったその予測を振り払った。
この怪獣に限っては、そんな楽観的な予測など絶対にありえない。むしろ、もっとおそろしいことが起こる前兆なのかもしれない。これまでの戦いからセブンはそのことを十分に理解していた。
――そして、セブンの予測は的中した。立ち上がったゴジラの目を見たセブンは、その「威」に一瞬であるが気圧される。それは、窮鼠が見せる今際の際に燃え上がる命の炎でも、信念の下に戦わんとする戦士の勇気の光でもない。
ゴジラの目の中に燃え上がる炎の正体は、ただの単純な怒り。ゴジラは信念も本能もないただ純粋な感情の迸りをもって歴戦の戦士たるセブンを震え上がらせたのである。
ゴジラは怒り狂っていた。必ず目の前の赤い巨人を討ち果たさんと決意していた。
今ゴジラの顔に浮かんでいる怒りはこれまでの怒り……ただ全てに対して場当たり的に当り散らしていたような怒りとは違う。そもそも、これまでのゴジラの凶相を怒りや憎悪といった感情の発露、と取ることが間違っているのだ。
もともと狂化される前も理性は生前も今も持ち合わせておらず、喜怒哀楽の怒以外のほとんどの感情は欠落しているといっても過言ではないため、常に怒っていたことは間違いない。ただ、これまでのゴジラの表情は金剛力士の吽形像のように内に秘める本当の怒りを堪えている表情だった。つまり、人間やセブンにはこの怪獣の抱えている底知れない負の念が発露しているが故の表情に見えた凶相は、堪えていても尚隠し切れない怒りや憎悪の欠片――例えるのならば活火山の噴火の前に発生する微かな振動に過ぎなかったのである。
しかし今、ゴジラの心の底に湧き上がったマグマのような怒りは心には到底収まりきらず、身体の中を通じて頭に達して大噴火したような状態だった。今のゴジラは文字通り怒り心頭に発していたのである。
ゴジラの咆哮が大気を振るわせる。その咆哮は、コントラバスのE弦のような重低音を思わせるが、人の奏でる楽器と違い、怪獣王の咆哮は人の鼓膜どころではなく魂を揺さぶる「圧」を持っていた。
ゴジラの逞しい足が一歩進む度、30000tの巨体を支えきれないアスファルトの舗装は粉砕されて地面にはゴジラの足型が大地に刻み付けられる。その歩みはゆっくりとしたものであったが、そのゆったりとした歩調が逆に見るものにゴジラの圧倒的な存在感をより大きく感じさせていた。
ゴジラの背びれに稲光が奔る。背びれの発光から僅か1.2秒で口内から溢れた光の渦――
セブンも、その気になれば
セブンはこれまでゴジラを誘い出して戦場を出来る限り新都の中心部に限定しようとしていた。新都はスペースゴジラの突然の出現によって今回の聖杯戦争の開幕の火蓋が切られた地だ。当然、最初に住民が退避を始めた場所であり、結晶に支配されていた中心部には既に生存者はほとんど残っていない。
また、未遠川を挟んだ反対側、深山町は住宅街だったことや最初に新都から逃げた人が溢れかえったこともあって未だに少なくない市民が取り残されていた。キングギドラの大暴れもあって道路や建物が多数破壊されて火の手が上がったことも非難活動の妨げになっている。
もしも、セブンがあのまま
しかし、深山町を守った代償は小さくなかった、掠っただけとはいえ、
セブンの危機を察したモスラが、倒れ伏すセブンに迫るゴジラを引き離すために攻撃をしかける。ゴジラの頭部に鎧・鎧・クロスヒートレーザーが連続して叩き込まれるが、ゴジラはそれをものともせずにセブンに向けて歩みを進める。
こちらに少しでも注意を向けさせようと、モスラは直接攻撃に打って出る。加速してゴジラに迫ったモスラは翼でゴジラを切りつけるとそのまま最大速度で離脱した。さらに、モスラは旋回して再度攻撃するタイミングを見計らう。
流石にマッハ10近い速度で鋼よりも遥かに硬質な翼で切りつけられれば、ダメージはなくとも衝撃は大きい。モスラを厄介な邪魔者と認識したゴジラは
しかし、ゴジラはモスラには
これにモスラは慌てる。ガイガン、メガニューラに次いでもしもここでセブンを失えば、もはや自分に勝機はないことはモスラも確信していた。慌ててゴジラの体勢を崩して熱線の軌道を変えるべく、体当たりを試みる。
急降下で加速しながらゴジラに迫るモスラ。しかし、銀に輝く刃の如く鋭い翼をゴジラに叩き込もうとしたその瞬間ゴジラが振り返った。
振り向きながら
無理な失速によって姿勢を崩した上で翅の欠損、さらに
一方のゴジラは、大した傷もなく健在。モスラもセブンも
冬木で暴れるゴジラの映像を冷静に見つめる黒木。スペースゴジラの消滅後は通信も回復していたこともあり、偵察隊のカメラが捉えた映像も直接司令部が見ることができた。自分の目で直接映像を見ていても、黒木はウルトラセブンとモスラがゴジラの侵攻を阻止しようとしているように思えてならなかった。
しかし、まだ味方と断定する根拠としては弱いと黒木は思う。黒木も本心では彼らに味方したいところがないわけではないのだが、自分の指揮官としての信条がそれを許さない。せめて、ウルトラセブンかモスラが人間に味方していることを示す決定的な行動を取ってくれれば話は別なのだが、生憎それらしい行動は今のところ確認されていない。
――歯がゆい。
黒木はそう思わずにはいられなかった。自分たちに味方してボロボロになってまで戦ってくれているかもしれない存在を見捨て、彼らが敵を消耗させることを望んでいるのだから。ウルトラセブンらを援護しないことが現状では間違ったことだとは思わないが、それでも、味方したいと思うところがないわけではない。
内心では、黒木も彼らを援護できる根拠となる情報があげられることを期待せずにはいられなかった。
「黒木君、少しいいかね?」
「何でしょう?」
航空自衛隊の三雲勝将空将が黒木に声をかけたのは、黒木が新しい情報を切望していたその時だった。声をかけた三雲の隣にはボロボロのフライトスーツを身に纏ったパイロットらしき男性が立っている。何故司令部にパイロットがいるのか、黒木の訝しげな視線が三雲の傍らの男に向けられた。黒木の視線に気づいた三雲が男を紹介する。
「紹介しよう。彼は航空自衛隊第8航空団第304飛行隊に所属する仰木一等空尉だ。冬木市上空でロストした築地基地所属のF-15Jのパイロットが彼だ。冬木市上空で墜落した後、自力で未遠川沿いに南下して陸自の部隊に拾われたらしい」
「仰木一等空尉であります。黒木特佐に報告したいことがあります」
仰木は黒木に自分が経験した一部始終を語る。
「自分の機体は冬木市上空を飛行中、強力な電磁パルスと思われる電磁波を受けて機能を停止しました。コントロール不能になった自分の機体は多くの人が浮かんでいる未遠川にむけて落下しました」
強力な電波障害が冬木市で発生していた事実は司令部も把握している。しかし、F-15Jの墜落の原因がそれだとはこれまで確証が持てなかった。黒木は静かに話を続けるように促す。
「市街地に墜落する危機一髪の瞬間でした。自分の機体はすさまじい衝撃に襲われ、自分も急制動によるGを受けました。最初は水面に激突したのかと思いましたが、Gで薄れゆく意識の中で私ははっきりと見て、何故自分が生きているかを理解しました。ウルトラセブンが、自分の機体を受け止めていたのです」
仰木は自分の体験を話している内に感情が抑えられなくなったのだろう。その口調にも次第に熱が入る。
「自分が意識を取り戻したときには、自分の機体は未遠川の河口に原型をとどめたまま横たわっていました!!きっと、ウルトラセブンが自分を降ろしてくれたに違いありません!!ウルトラセブンは……我々人類の味方です!!」
黒木は迷う。これで、ウルトラセブンを味方とする二つ目の情報が手に入った。主観ではあるが、セブンの行動は、我々人類を守ろうとしていることはほぼ間違いないと言ってもいいだろう。
仰木一等空尉の証言と偵察部隊の証言のどちらも、信憑性は低くはない。低くはないのだが、怪獣との共闘をする決断をするにはやはりまだ迷いが棄てきれない。
すると、迷う黒木に一人の男が歩み寄ってきた。陸上自衛隊西部方面総監の麻生孝昭陸将だ。
「黒木特佐」
黒木に話しかける麻生の顔は強い決意が見て取れるほどに思いつめていた表情を浮かべていた。
「私は、戦場の映像と仰木一等空尉の話を聞いて確信した。ウルトラセブンとモスラは我々を護るために戦ってくれている」
麻生は、司令部に詰めている陸・海・空の指揮官たちにも視線を向けながら話を続ける。
「我々を護るために戦ってくれている
麻生の一声にシン――と司令室が静まりかえった。しかし、その静寂は一分にも満たないうちに破られた。他ならぬ、黒木の声によって。
「全部隊に通信を繋いでくれ」
オペレーターによって、黒木の手元のマイクが全部隊へと繋がる。
「全部隊に告げる……攻撃開始!!持てる全火力でゴジラを攻撃、ウルトラセブンとモスラにゴジラを近づけさせるな!!」
歴史上人類が始めて、怪獣との共闘を選択した瞬間だった。
次回、本当の自衛隊のターンです。