やめて!!冬木市の復興予算はもうゼロよ!!   作:後藤陸将

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今回も繋ぎです。次回当たりに陸自と海自のターンがやりたいとは思ってますが


日本泣き顔百景

 西日本の現状はどのように言い繕ったところで、混沌という他なかった。

 数時間前に、政府の発表と合わせて冬木市とその周辺は避難命令地域に指定され、付近の住民は警察や行政の誘導に従って避難を開始していた。夜中に避難が始まったこともあってか、着の身着のままで家を飛び出したと思しき風貌の人がそこかしこに見受けられる。

 ゴジラの侵攻や冬木市の怪獣の渡海の可能性、怪獣撃滅を目的とした自衛隊艦船の移動のために日本海側の海の交通はほぼ禁止されている。最も多くの人を効率よく運べる海運という手段が封じられたことは、市民の避難の大きな足かせとなっていた。

 空の便にも影響は出ている。冬木を中心とした本州西部上空は自衛隊機の飛行や怪獣による攻撃を想定して民間機の飛行禁止命令が出されていた。空の便で県外に脱出することは不可能な状態だ。

 結果、人々に残された冬木周辺から脱出する手段は陸路しかなかった。京都以西の日本海側のほぼ全ての道路と鉄道は冬木とその近隣の市町村から避難した人々で溢れかえっていた。 鉄道各社は非番の職員まで総動員して全力で避難民の移送用特別列車を運行していたが、数百万単位の避難民はとても捌ききれない状態だった。どの駅にも、どの車両にも人が溢れ、鮨詰めとなった車両で子供や女性が圧死したりホームに溢れかえった人に押され、線路に人が落ちる事例までもあった。

 自衛隊の車両移動に伴って西日本の主要幹線道もほぼ全面的に通行止めとなり、通行が許された一部の道路に避難民の車両が殺到、空前絶後の大渋滞となっていた。一向に進まない車両の列にしびれをきらしたドライバーらが車両を放棄して徒歩で避難したことで、より一層車両の通行が阻害されるという悪循環となっていた。

 これだけでも厄介なのに、ゴジラが若狭湾で原子力発電所を襲った影響で北陸地方の一部も放射能汚染のために避難命令が出されて多くの人々が南へと下っていた。関西地方は北と西から同時に避難民が押し寄せ、行政と警察でも手に負えない状態となっていた。

 行政は避難民の移送計画や、避難民を収容する施設、食糧等の生活必需品の供給計画を策定するも、想定を超えた数の人員の流入、自衛隊の移動に伴う規制、電力不足などの要因が重なったために既に行政機能はパンクしていた。本州の滋賀以西に限って言えば、行政の統括機能は半身不随といった状態であり、個々の部署が最低限の機能を発揮しているにすぎなかった。

 さらに、混乱の坩堝にある近畿、中国地方だけではなく、事態は既に全国に波及している。日本の行政を統括する東京でも現地で起きている事態が中々把握できず、これから何をやればいいのかも分からない霞ヶ関の官僚たちが右往左往する。

 西日本を中心に各地の国道、高速道路で交通規制が敷かれ、東名高速、名神高速、北陸自動車道並びに山陽自動車道、山陰自動車道は自衛隊車両の通行のために全面通行止めとなっていた。これが国内の流通にも少なからざる影響を与え、翌日以降の日本経済全体に悪影響を及ぼすことは当然に予想されることだった。

 避難命令地域に住む親類縁者や友人の安否を不安視して全国からの電話が集中したために電話回線が混乱し、これは行政活動にも大きな支障となった。

 関西地区の電力不足を受けて全国の電力会社が電力を融通したことで各地の電力供給も不安定だ。既に一部地域では苦渋の選択として予告なしの一時停電措置などが取られているが、それでも関西地区の最低限の電力を賄うことしかできなかった。各地で街灯が消え、街が突然闇に包まれてパニックになる事例が相次いだ。

 

 

 

 避難民たちが先の見えない長蛇の列を成す冬木市から続くとある国道。そこには、車道を埋め尽くすほどの数の避難民の姿があった。

 杖をつきながら歩く老人もいれば、母親に抱きかかえられた幼子や怪我人を背負う男の姿もある。老若男女問わず彼らはただ黙々と歩く。水分の補給も休憩所もない道を、ただ逃げるために。

 その列の中で、不意に一人の老婆が立ち止まった。

「どうしたんだ、マーサ」

 老婆――マーサ・マッケンジーの夫、グレン・マッケンジーが心配そうに問いかける。

「ごめんなさい、グレン。足が痛くて」

 冬木は海外からの移住者も多く住まう街であったこともあって、その列の中にはマッケンジー夫妻のような日本人離れをした容姿の者も少なからず混ざっていた。マッケンジー夫妻も、カナダから冬木に移り住んで20年になる。

「歩けるかい?」

 夫の問いかけにマーサは首を横に振る。着の身着のままで逃げて、水分も休息も取らずにひたすら歩くこと既に数時間。元々身体がそれほど強くないマーサの足はこの外気の寒さもあって限界に達していたようだ。 困ったことになったとグレンは思うが、だからといって40年以上共に歩いてきた伴侶をこのままにしておくという選択肢はない。

「すみません、妻が足をやってしまったので肩をかして……」

「うるせぇ!!通行の邪魔だクソじじい!!」

 隣を歩く若者にグレンは声をかけるが、若者はグレンを突き飛ばして先に向かってしまった。グレンは諦めずに道行く人たちに声をかけるも、ある若者は先ほどのように怒鳴り散らし、ある若者は我関せずとばかりにグレンの言葉を無視して先を進む。

 周囲の人々も自分には関わりの無いことだと言わんばかりに地面に蹲るマーサを敢えて視界に入れないようにして通り過ぎていく。

 誰もが疲れ果てていた。この当てもない逃避行にストレスを溜め込んだ人々は、他人を思いやるどころかこの周囲を埋め尽くす人の波そのものに対して苛立ちを覚えるようになっていた。

 こんな時は、誰もが我が身が可愛いのか。この国の人々には他人を思いやり、助け合う精神はもう無いのか――グレンが絶望しかけたその時だった。

「ちょっと、お婆さん大丈夫!?」

 地面に力なく座るマーサの元に茶髪の少女が駆け寄った。グレンも見覚えがある、穂群原学園の制服を着ている。

「ほら、荷物はアタシが持つから。お~い、誰かこのお婆さんを背負って!!」

「へい!!お嬢!!」

 少女の呼びかけで一人の屈強な男がマーサの前でしゃがみこんだ。

「乗ってください」

「でも、そこまでしてもらったら……それに、私だけこんな時に」

「いいからいいから!!遠慮なんてしない!!」

 マーサは遠慮するが、少女は強引にマーサを男の背に預ける。少女のモノを言わせぬ気炎というか、「ガオー」という効果音がつきそうな気迫にマーサは反対することもできず、男にすみませんと一言かけてから背中に乗った。

 普通なら初対面の少女の物を言わせぬ少々強引な気風に多少なりとも不快感や困惑を感じたりするかもしれないが、何故かマッケンジー夫妻は少女にそのような感情をほとんど抱かなかった。

 これも少女の持つ人徳というか、どこか憎めなくて親しみやすい雰囲気の賜物と言えるだろう。尤も、本人は自分にそのような素養があることについて全く自覚していないことは間違いないだろうが。

「困った時はお互い様。情けは人のためならずってね!!アタシがやりたいから、やりたいようにしただけ!!」

 日常を奪われ、いつ終わるかも分からない長い道をひたすら彼らは歩き続けた。服を貫く冬の夜の寒気に身を刺され、心は怪獣への恐怖と当てのない道への諦観で沈んでいた。しかし、誰もが絶望の海に沈んでいく中で、この少女だけはまるで煌々と輝く朝日のように明るく暖かいようにグレンは感じた。

「ありがとう……そうだ、貴女の名前は?」

 名前を尋ねられた少女は、底抜けの明るい笑顔で応えた。

 

「私は大河。穂群原学園二年生、藤村大河です!!」

 

 

 

 

 

「こいつが、手動指令照準線一致誘導方式(MCLOS)を載っけたF-4EJ改、か……」

 厚木でテスト中だった手動指令照準線一致誘導方式(MCLOS)対応のF-4EJ改の前で、神田と栗原の二人は白い息を吐きながら佇んでいた。百里の夜は冷えるため、彼らはジャンパーのポケットに手をつっこんでいる。

「……栗よ」

「どうした神田」

 ミサイルの装着作業を横目に、神田は哀しげな表情を浮かべる。

「俺はね、これまで実戦でミサイルもバルカン砲も一発たりとも撃ったことがないことが自慢だった」

 実戦経験がないということで、他国の軍人に侮られることもある。護るべき自国民からも税金を無駄遣いする穀つぶし扱いを受けたことだってある。だが、それは神田にとっては恥じることでも、怒ることでもない。

「パイロットを引退するまで一度も実戦を経験しないで、俺たちが年がら年中やってきた訓練が全部無駄になってほしかった。F-4EJ改(ファントム)が人の血で汚れた戦闘機としてではなく、ただのバルカン砲のついた飛行機として一生を終えられれば最高だってずっと思っていた」

 神田は格納庫(ハンガー)の天井を仰ぎながら呟いた。

「抜かずの剣こそ平和の誇り……だったんだがなぁ。ついに剣を抜く時がきちまったよ」

「…………」

 神田が抱いた哀愁にも似た感情は、栗原にも理解できるものがあった。故に、栗原も何も言うことができずただ神田と共に格納庫(ハンガー)の武骨な鉄骨に支えられた味気ない天井を仰ぐことしかできなかった。

 二人が口を噤み、格納庫(ハンガー)に響くものは慌しく出撃前の最終点検を進める整備士たちの声だけとなる。しかし、そんな中で二人に声をかける男がいた。

「おい、お前ら。そんな暗い顔して、いつものアホみたいな気楽さはどこにいった?」

「今井の父っつあん」

 彼らに声をかけてきたのは、普段から彼らの愛機を整備している整備3班の今井班長だ。ミサイルと電気系統、コンピューターの整備は厚木から同行してきたメカニックマンたちが担当しているが、エンジンなどそれ以外の部分はほぼ全てこの基地の整備3班が担当している。

 彼らが普段乗っている680号機に少しでもこの機体のコンディションを近づけることで、二人に普段と遜色ない実力を発揮してもらうために彼らが整備に充てられたのである。

「エンジンは680号機のやつととっかえたし、あの機体の操縦性は出来る限り680号機に近づけてある。後は、後部座席のミサイル遠隔操縦用スティック取り付けとコンピューターの整備だけだ。その辺りは厚木のやつらの担当だから、ワシの担当箇所はもうない」

「さっすが父っつあん。仕事が早い」

「当たり前だ。何年F-4の整備をやってきたと思ってる!緊急発進(スクランブル)だろうが、訓練飛行だろうが関係ない。お前らが常に全力を発揮できる環境を整えるのがワシの役目だ!」

 定年まで後一年の今日までずっと整備一筋だった男の自信に満ちた言葉が、神田の心に安堵を与える。

「父っつあんの太鼓判があれば、大船に乗った安心感があるな」

 しかし、顔を僅かに綻ばせた神田に対してその直後に今井の方が神妙な表情を浮かべた。

「子供の時のことだ」

 今井は後部座席に技術者達が取り付いているF-4EJ改に視線を移しながら、誰に聞かせるというわけでもなく言葉を続けた。突拍子もない話に栗原は訝しげな表情を浮かべる。

「1954年のあの日、わしは東京にいた。大きな黒い影がゆっくりと歩いて、その影が一歩足を進めるごとに建物も道も壊れ、街が焼けていった」

 1954年に東京を襲った災悪を知らない自衛官はいない。神田も栗原も、突然の今井の独白に静かに耳を傾けていた。

「馴染みの店も、友達の家も、わしの家も、わしの周りの全てが燃えていた。わしは、炎の中を逃げ回った。あの黒い影も、燃えていく街も人も、忘れられん。怖くて怖くて、今でも夢に見る」

 今井の目には技術者たちが群がるF-4EJ改ではなく、あの日の炎が映っていた。そして、言葉を切った今井は神田たちに振り返る。

「今度は、絶対に守ろうや。お前達とこいつなら、それができるはずだから」

 それは、どこか寂しげで、それでいて決意が籠められた言葉だった。

 

 

 

 今井と言葉を二人が交わしてからおよそ1時間後、二人の姿はF-4EJ改のコックピットにあった。あれから基地司令の太田や副司令の矢瀬、その他の基地スタッフたちとも少し会話を交わした。無鉄砲な無頼漢の二人でも、彼らが『今生の別れ』に備えていることぐらいは理解できる。二人は時間の許す限り心の通った仲間達との歓談を愉しんでいた。

 そして、今井たち整備班から、そして技本の技術スタッフ、基地の隊員たちからそれぞれの想いを託され、今神田と栗原の乗るF-4EJ改は滑走路へと向かう。

「エンジンコンタクト、補助動力装置(APU)作動」

 いつもと同じように、誘導員の指示に従って神田は機体を始動させる。

「バーナーON……フラップ15°、機首角10°」

 F-4EJ改に搭載されたJ79-IHI-17Aが唸り、その爆音を轟かす。機体後部からは橙の光が漏れ始めた。

「V1!!……VR!!」

「V2!!……Take Off!!」

 闇夜に僅かな光の尾を引きながら、カドミウム弾を抱えて神田と栗原を乗せたF-4EJ改は飛び立つ。そして、百里の総出の見送りを受けて飛び立った希望の翼は機首を西に向けた。

「栗よぉ」

「何だね神ちゃん」

 轟々とした音を発するエンジンのすぐ前に座る神田は、後部座席に座る相棒に声をかけた。

「抜かずの剣を抜くからには、どんな任務であろうと結果を出さんといけないな。これまでの抜かずの剣を誇るなら尚更だ」

「今更言われるまでもないことだ。それに、お前さんに川遊びをしていた少年の話をしただろ?」

「台風の中で小笠原のA島に血液届けたときの話か」

 神田は思い出す。初めて栗原とコンビを組んで挑んだ任務。見通しがほぼきかない暴風雨の中で滑走路の無い小笠原の島に向かい、失速ギリギリの速度で飛びながら40mの誤差の範囲内に後部座席の脱出装置を使ってナビゲーターを送り出すという無茶苦茶なものだった。

 思えば、不可能を可能にすると息巻いていて一番尖がっていたころのことだ。風防をテープで覆い、計器コントロールのみで別の基地の滑走路に誘導するチャレンジはあの頃から始めたものだが、当時の自己ベストが誤差70mなのに対し、現在の自己ベストは20m。

 機体側の進歩もあるが、自分たちも着実に進歩しているという自負を神田は持っていた。

「俺の考えは今でも変わらない。俺にしかできないんなら、俺がやるさ。例え万に一つの可能性でもな」

 栗原の決意を聞いた神田は酸素マスクに隠された口角を吊り上げる。

 腕が上がろうが、自分たちの性格はあのころと何も変わっちゃいないんだろう。結局のところ、自分たちのバカさ加減はあの頃とちっとも変わらず、自分たちはそちらの面では殆ど成長していないらしい。

 

 二人が出会い、共に飛ぶようになってからもう何年になるだろうか。

 栗原がナビゲートしてくれるのであれば、神田は迷うことなく地獄へのフライトまでも任されよう。それだけの信頼が二人の間には生まれていた。




今回はZEROよりマッケンジー夫妻に登場してもらいました。避難民役でちょうどいい感じだったんで。
後はステイナイトよりタイガー。マッケンジー夫妻が初期原稿だと路肩に蹴りだされて動けなくなってとちょっとかわいそうだったのでマイルドにするために出ていただきました。二話連続原作メインキャラが全くでないのもどうかということもありまして。

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