やめて!!冬木市の復興予算はもうゼロよ!!   作:後藤陸将

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みんなのトラウマ

 大地を揺るがし、空を切り裂き、海に轟く大咆哮が冬木を襲う。その咆哮を浴びた人は恐怖に屈して立ち上がれなくなり、昆虫も鳥も関係なく地に伏せる。そして、並み居る生物達が恐怖に足が竦み動けなくなっている冬木の地に、その咆哮の主はまるで王の凱旋の如く堂々とした態度で足を踏み入れた。

 有史以来初めて人間の前に姿を現したことが公式に記録された怪獣にして、空襲による焼け野原から復興したばかりの首都東京を再び灰燼に帰した大怪獣。たった一つ、偉大なる天才科学者がその命と共に葬り去った悪魔の兵器を除き、人類がいかなる兵器を、毒を、策を以ってしても一矢報いることすらできなかった生ける災厄。

 それが何者なのか、どこから来たのかについては、古生物学の権威である故山根恭平博士の唱えた「200万年前のジュラ紀に生息し、現代では海底の洞窟に潜んでいた太古の生物が、ビキニ環礁で米国が行った水爆実験の影響で安住の地を追われ、出現した」という説が定説となっているが、未だにはっきりとしたことは何一つとしてわかってはいない。

 ある人はそれを神の使いと呼ぶ。驕り昂ぶり、星と生態系を食いつぶしながら栄華を求め続け、神の火である原子力に手を出した人類に対する罰を与える存在だと。

 ある人はそれを人の業と呼ぶ。度重なる水爆実験の業、幾多の命を張りぼての大義の元に奪い、奪われ続けた人間の戦争の業。それが人に痛みを与えるべく具現化した存在だと。

 全ての日本人の魂に戦後半世紀近く経った今でもなお覆いかぶさっている核兵器の恐怖の権化、怪獣王ゴジラがおよそ40年ぶりに帰ってきた。

 

 

 ゴジラが放った自らの存在を知らしめるが如き大咆哮が響き渡る冬木の地では、現在ゴジラ以外に4体のサーヴァントが現界している。どのサーヴァントも、ゴジラが発するプレッシャーに敏感に反応していた。

 イギリス生まれ、イギリス育ちのヘッポコ魔術師ウェイバーとて、ゴジラのことは知っている。一説によると、神代の竜種、いや、ひょっとするとタイプ・マーキュリーすら上回るかもしれない地球最強生物候補の筆頭、それがゴジラなのだ。

「ゴ、ゴゴ……ゴジラァ!?どこのどいつだよ、こんなバケモンを召喚した大馬鹿は!!聖杯戦争どころじゃないぞ!!」

 そして、ゴジラの姿を目の当たりにしたウェイバーは腰を抜かしてしまい、足をガクガク震わせながらどこのどいつとも知らないゴジラを召喚した大馬鹿者を罵った。尤も、過去に東京に上陸して大きな被害をもたらしたことがあると知っててモスラをサーヴァントとして召喚しようと試みたつい一週間前のウェイバーもこの罵りの対象である大馬鹿者の謗りを免れない考えなしのはずなのだが。

「なんていうバケモノだい……これが、愚かな人間共が偶然に生み出した怪獣だっていうのかい?こいつはヤバすぎる」

「ええ。間違いなくキングギドラよりも強いわ……しかも、物凄い恐ろしいものを内包している」

 いつも強気なベルベラが顔面を蒼白にし、モルは思わず弱気な言葉を口にしてしまう。それほどまでに、目の前の怪獣から感じられる圧迫感と覇気は圧倒的であった。

 キングギドラのように並外れた思考能力や人間を餌として取り込む宝具を持っているわけでもなく、スペースゴジラのように陣地内では無敵に近いアドバンテージを得られる宝具やスキルを持っているわけでもない。

 にも関わらず、ゴジラはキングギドラよりも、スペースゴジラよりも確実に強いということがエリアス三姉妹には分かる。単純に、力も生命力も強い。それだけの理由であのバケモノは異常なほどに恐ろしい存在なのである。

 加えて、彼女達はゴジラの中で渦巻く怨嗟に喘ぐ魂の嵐を感じ取っていた。およそ数百万人分――サーヴァント一騎の数倍、下手すると十数倍の容量にも及ぶ魂の容量はあるだろう。

 現代の文明を遥かに凌ぐほどに科学が発達していた古代文明ですら、モスラやバトラ、真祖をも生み出したこの星の意志ですらこれほど恐ろしい力を持った怪獣をつくることはできなかった。

 それを偶然とはいえ人類が作り出した事実に、エリアス三姉妹は内心で恐れを感じずにはいられなかった。

「……モスラは、勝てるか?」

 震える声でウェイバーがエリアス三姉妹に問いかけるも、誰も応えない。否、答えを――鎧モスラでも勝機が見えないという事実を認められないが故に応えられなかった。4人しかいない荒れ果てた山の中腹を沈黙が支配する。しかし、そこに心に勇気を与えてくれる強く優しい声がかけられた。

「大丈夫だったか!!」

「ルーラー!!」

 スペースゴジラとの消耗したからか、どこか足取りは重いが、確かにルーラーは、諸星弾はそこにいた。あの赤い巨人の姿ではなく、どこにでもいそうな人間の姿をしているのは、これ以上の体力の消耗を避けるためであろうか。

 ウェイバーも、新都を覆う結晶体が消滅したことで、スペースゴジラがルーラーによって葬られたことは分かっていた。しかし、その後は姿を消していたため、ひょっとしたら相打ちになったのではないかという不安がずっとウェイバーを蝕んでいたのである。

「ルーラー……今までどこにいたんだよぉ。僕は一人であのバケモノと戦わないといけないのかと不安で不安で……」

「甘ったれるな!!私とて、いつまで戦えるかは分からんのだ。私がもしもゴジラに敗れた時には、お前がゴジラを倒すんだ」

「む、無茶苦茶だぁ!僕なんか自分の力量も分からずにこんなふざけた戦争に参加した身の程知らずの凡俗の魔術師だぞ!!僕一人にゴジラを倒せっていうのか!?」

 冬木に来てからおよそ一週間しか経っていない。しかし、家系の歴史にばかり凝る古い魔術師を追い抜き、新たな魔導の時代を築き上げる魔術師だと自負していた一週間前のウェイバーはもうどこにもいない。

 ライダーとしてエリアス三姉妹を召喚し、ウルトラマンレオ顔負けの命がけの特訓を経験し、幾多の大量絶滅を引き起こした宇宙超怪獣キングギドラを討ち果たしたウェイバーに、一週間前まで持っていた根拠の無い驕りも自尊心も存在しない。

 己が魔術師としても、一人のマスターとしても矮小で無能であることを自覚し、生涯それと正面から向かい合い傷つきながらも歩き続けることをウェイバーは覚悟していた。

 ウェイバーが弾の言葉に首を縦に振らなかったのは、地球を護る責任に怖気づいたからではない。己を知るが故に、身分不相応だと知るが故に、首を縦にふれなかったのだ。しかし、弾はそれを知りつつも敢えてウェイバーを叱咤する。

「力の有無でお前にゴジラを倒せと言っているのではない。人間の世界では人間のやり方でやらなければならないのだ。たとえ力が足りなくとも、最後まで自分たちの星を自分たちで守るという意思を持つことができる男だからお前に任せるんだ」

 ウェイバーを叱咤する弾だが、彼も内心ではとても悔しかった。ウルトラマンレオの時と同じだ。自分にもっと力があれば、彼らにこれほどの苦しみを負わせる事も無かったのにと思わずにはいられない。

「……私はルーラーの特権として7騎のサーヴァントに通じる令呪を一画ずつ有している。これからの戦いで必要になるかもしれないから、お前に一画を託そう」

 弾の右腕に刻まれた令呪が発光し、同時にウェイバーの右手も呼応するように発光する。光が収まると弾の腕の聖痣は一画分消失し、ウェイバーの右手には消失したはずの令呪が一画蘇っていた。

 蘇った一画分の令呪を見たウェイバーは、しばしそれをじっと見つめて、何かに気がついたかのようにハッと顔を上げた。

「なぁ、ルーラー!!あのサーヴァントの分の令呪も一画分あるんだよな。だったらその一画でゴジラを自害させられないのか!?」

 希望を見出して光が灯った瞳をウェイバーは弾に向ける。しかし、弾は静かに頭を振った。

「無論、それは既に試している。だが、駄目だった。おそらく、私の令呪の存在を知っているあのバーサーカーのマスターが予め令呪を行使して相殺したのだろう」

 ウェイバーと弾は知る由もないことだが、ルーラーが令呪をサーヴァントの自害に行使する可能性を老獪な間桐臓硯は見抜いていた。ルーラーの召喚を街に放った使い魔によって察知した臓硯は、召喚直後に雁夜に令呪を使わせていたのである。

 一方、弾の答えに、ウェイバーは落胆の表情を隠せないでいた。しかし、弾は落胆するウェイバーの前に右腕をかざし、そこに刻まれた5画の令呪を見せ付けた。

「ウェイバー、落胆するには早い。私にはまだアサシンとセイバーの分の令呪がある。私はこれを餌にセイバーとアサシンのマスターと交渉を行うつもりだ。彼らとて、ゴジラを倒さない限り聖杯が完成しないことは理解しているだろうし、令呪は褒賞としても脅しにもなるから、交渉の余地はあるだろう。これから向かうぞ!!」

 弾はそう言うと懐から紅い眼鏡――光解き放ちし真紅の眼鏡(ウルトラアイ)を取り出した。

「デュワッ!!」

 光解き放ちし真紅の眼鏡(ウルトラアイ)を顔の前にかざした弾は光に包まれる。光に目が眩んで思わず視線を逸らしたウェイバーが視線を戻すと、そこには紅いボディーに銀のプロテクターの姿に変わった弾、いやウルトラセブンの姿があった。しかし、その大きさは先ほどは40mクラスだったのに対し170cmほどしかない。そして、セブンはエリアス三姉妹をリュックに乗せたウェイバーを抱きかかえる。

「ちょっ、ちょっと待ってルーラー!!まさか、お前このまま……」

 この後にどうなるかを想像したウェイバーは顔面を蒼白にしてもがくが、サーヴァントの力で抱えられて逃れられるはずがない。

「無理無理無理!!待ってくれ、ジェットコースターどころじゃないぞ、これ!!」

「デュワッ!!」

「ウァァ~!?」

 ウェイバーの絶叫の残響を残しながら、そのままセブンはセイバーたちのマスターを探しに闇夜の中をウェイバーを気遣いながら時速200kmで飛び去った。

 

 

 

「冬木市に、ゴジラが上陸しました!!」

「自衛隊が既に冬木市周辺に配備を進めています」

「綺礼氏を発見!!現在、衛宮切嗣と膠着状態の模様!!」

 耳元の慌しさに意識を取り戻した時臣は、薄くモヤのかかった頭で天井や壁を見た。どうやらここは遠坂邸ではなく、冬木教会の一室らしい。璃正神父の指示を受けて、聖堂教会のスタッフらしき人々が慌しく動いている。

「ここは……私は、一体…………」

 周囲の状況を理解できず、時臣は身体を持ち上げて改めて周りを見渡そうとする。すると、時臣が意識を取り戻したことに気がついた璃正が気づき、安堵の表情を浮かべた。

「時臣君、気がついたようだな」

「璃正さん……ここは一体、どうして、私は冬木教会に?」

「アーチャーの召喚の直後から君との連絡が取れなくなった。さらに、アーチャーとサーヴァントと思しきモスラの激突の余波で遠坂邸は半壊した。アーチャーが脱落した後になっても君とどうやっても連絡が取れないので、万が一のことがあると考えた私は、スタッフを遠坂邸に向かわせた。そこで、瓦礫に埋もれている君を発見して教会で保護したというわけだ。既にサーヴァントが脱落している君を保護することは当然のことだからな」

 実は、ダウンしたモスラにトドメを刺すためにキングギドラが放った宙跳ね回る引力光線(グラビディック・フォース・レイ)は、ウェイバーが令呪を用いてモスラを空間転移させたために、外れてしまった。

 さらに背後に転移したモスラを無理に迎撃しようと首を捻った結果、宙跳ね回る引力光線(グラビディック・フォース・レイ)の流れ弾が遠坂邸に着弾。屋敷は半壊していたのであった。結局、キングギドラは護る戦いがとても苦手だったということだろう。

 状況を徐々に飲み込んできた時臣に対し、今度は璃正が険しい顔を浮かべながら問いかけた。

「私からも、時臣君に聞きたいことがある。アーチャーの召喚から時臣君はどうしていたのかね?連絡も取れず、さらにアーチャーは宝具で子供達を養分にしていた。時臣君の口からこの行動の真意を私は聞かねばならない」

 璃正も時臣が聖杯を得るに相応しい人格の持ち主だと信じていた。しかし、ここまでアーチャーを好き勝手に暴れさせ挙句子供達を大量に犠牲にする所業をみせられてはその信頼が揺らぐことも仕方が無いことだろう。故に、璃正は時臣の真意を問いたださねばならなかった。

 時臣は、記憶の糸を手繰り、自分の最後の記憶を頭の奥底から掘り出そうとする。確か、最後の記憶では自分は遠坂邸にいたはずだ。そこで1億3000万年前に宇宙から襲来した怪獣の皮膚の化石を触媒に、英霊召喚の儀式を行った。3つの頭を持つ金色の龍をアーチャーのクラスで召喚することに成功し、この戦いは自分の勝利だと確信したはずだった。

 そして、時臣は思い出す。召喚したアーチャーが、自分に向けて暗示をかけたこと。それ以降は自分の意志の一切を剥奪され、一画の令呪と先祖伝来のルビーまで使ってせっせと魔力をアーチャーに貢いでいたということ。さらに、アーチャーは深山町に住む子供たちの魂を宝具によって自身の魔力源として吸収していたということを。

「まさか……私は……そんなはずでは、どうしてこうも裏目に……」

 全ての記憶を思い出した時臣は、己の所業と情けなさに穴があったら入りたい心境だった。召喚したサーヴァントに自我を奪われ、家宝を含めた全ての宝石の魔力を奪われ、一般人から大量の魂喰いをして挙句そのサーヴァントが敗北など、何れも遠坂の名を地に落す信じがたい失態だ。

 余裕を持って優雅たれという家訓を常に実践してきた時臣にとっては、耐え難い屈辱でもあった。しかし、それでも説明しないわけにはいかない。時臣は己に対する憤りを胸に、璃正にことの経緯をポツリ、ポツリと話した。

 時臣の独白を聞いた璃正も複雑な表情を浮かべる。彼の所業は聖杯を得るに相応しいもののそれではないし、既にサーヴァントを彼は失っている。しかし、先代の遠坂家当主との友誼もあるし、何よりこうなった以上は聖杯を相応しくないものにくれてやるわけにはますますいかなくなった。

「……罪を打ち明けられ、懺悔を聞くことは神父の役割の一つでもある。しかし、時臣君。すまないが、今は懺悔を聞く時間は取れないのだ」

 そして、今度は璃正が語った。セカンドオーナーである遠坂時臣には、現在の冬木市の混沌とした状況を知る義務があるからだ。

「現在、時臣君のアーチャー、新都を結晶体で覆っていたキャスター、そして若狭に向かったランサーの三体の脱落を霊器盤で確認している。現在生存しているのは、セイバー、ライダー、アサシン、バーサーカー、そして、イレギュラーな8体目のサーヴァントだ」

「8体目のサーヴァント?」

 訝しげな表情を浮かべる時臣。これまでの聖杯戦争の原則は、7体のサーヴァントのはずだ。またアインツベルンがイカサマでもしたのだろうかと勘ぐる時臣に対し、璃正は頭が痛いとでも言わんばかりに疲れた声で説明する。

「……何でも、その8体目のサーヴァントはウルトラセブン、とかいう特撮番組のヒーローだそうだ」

 説明を聞いた時臣も唖然とする。ウルトラセブンといえば、時臣も幼少期に父が冬木の名家としての見得のために買ったカラーテレビに齧りついてみていたものだ。少年のころならば目を輝かせて見に行きたいと思ったのだろうが、生憎今の彼は妻子を持つ立派な大人であり、今は聖杯戦争中だ。この状況下では幼いころ憧れた架空のヒーローの出現など、頭痛の種以外の何物でもない。

「他のサーヴァントも面倒な面子が揃っている。綺礼のメガニューラはともかくとして、時臣君のアーチャーを下したモスラ、メガギラスと互角の戦いをするサイボーグ怪獣」

 璃正の説明を聞き、なるほど、厄介な面子が揃っているという言葉の意味が理解できた。怪獣の圧倒的な力で他のサーヴァントを圧倒するつもりが、皆が皆怪獣を召喚したために怪獣大戦争、いや、怪獣総進撃のような様相を呈している。

 しかし、璃正が説明した怪獣は、セブンを含めても4体だ。残りの1体は何なのか時臣は疑問を抱いた。

「璃正さん、後1体サーヴァントが残っているはずです。そのサーヴァントは一体……」

 時臣の問を聞いた璃正の顔が曇る。そして璃正は少し躊躇しながらも重い口を開いた。

「残る1体のサーヴァントは、バーサーカーだ。そして、その真名はかの悪名高い怪獣王、ゴジラだそうだ」

 時臣は血の気が引く感覚と、頭を揺さぶる強烈な眩暈に襲われた。




みんな、ゴジラにビビッてます。まぁ、しょうがないね。

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