ある所に国がありました。茶色い大平原のど真ん中に国を構えており、やけに盛り上がっていました。
天気は快晴。太陽が踊るように照り出しています。
その国の住民は出し物や催し物、屋台を繰り出しては、お祭り騒ぎのどんちゃん騒ぎです。とても楽しそうに生活しています。
そこに一人の旅人が訪れました。
「ここが教えてくれたとこだな」
「そうですね。商人が言っていたように
旅人以外にも女の“声”がしますが、旅人は気にせず歩いています。
旅人はひとまず寝床を確保するために散策しました。一つ一つの家が屋台として並び、脇には小さなテントが張られています。そこが店主の家だと想像に難くありません。なので、宿はすぐに見つかりました。屋台よりも唯一大きい建物が国の中心にあり、すぐ目に付いたためです。
受付に問い合わせたところ、ぎりぎり一部屋空いており、滑り込みでチェックインできました。ただし、予約の関係で一泊二日しか取れないとのことです。
荷物をベッドに放り込み、最低限の用意で出掛けます。
「いやー、幸先がいいな。日頃の行いのおかげかな」
「人助けはしてますし、悪くはないと思いますよ」
ちらっと目移りしたのは、地べたに水槽が置いてある屋台でした。
旅人はそこに寄って話を聞きます。四十代後半の店主でした。
「これってどんなの?」
「ああ、これは“バスすくい”さ。見てみな」
水槽には小さくとも三十センチになる黒い魚が優雅に泳いでいます。しかしその一匹しかいませんでした。
「あいつをそいつですくって、こいつに入れればお持ち帰りさ」
紙で貼られたラケットと銀色のタライを旅人に渡します。
「な、なんかスケールがでかいな……」
「昔は金魚すくいをやってたんだが、スリルがほしくなってなっ! 誰も成功したことがないんだぜ? やってみるかい?」
「どうします?」
ぽそっと女の声が聞きますが、
「いや、いいや」
二つ返事でした。
「この魚を持って旅はできないからね。食用にしても長持ちしないし。すぐ捨てるようなら他の人に譲るかな」
「ああ……たしかに……」
なぜか店主が唸って、しかもメモしていました。
旅人は他の所を巡っていきます。女の声と仲良しそうにおしゃべりしながら。
話題に事欠くことはありませんでした。先ほどの屋台のように、珍しいものばかりだったからです。射的は実銃に人形ですし、お面屋はえらくリアルなものばかりですし、りんご飴はお汁たっぷりで提供されていますし。原物がねじ曲がって伝わってきたかのように、売り出されていました。
旅人と女の声は特に気にすることなく一日を終えて、宿で休みました。
翌朝、旅人は起床とともに出立することにしました。チェックアウトを済ませ、宿を出ます。白けてきましたが、日の出前だったので、住民たちは就寝中です。
起こさないように、そっと歩いていきます。屋台とテントが並ぶ中、脇道から少年がやって来て、すれ違っていきました。
旅人は思わず追いかけました。
「ねぇ君。ちょっといいかな?」
「?」
ボロボロの服装の少年は荒んだ瞳で旅人をじっと見ます。
「こんな朝早くから何か準備するの?」
「……」
その質問は答えづらいようです。
旅人はいいやいいや、と訂正しました。
「きっとお店の支度だよな。引き止めて悪かったよ」
「おまえ、ここの人じゃない?」
「……?」
一瞬、意味が分かりませんでした。十分に
「あぁ、一応旅人だけど……」
「おねがい、たすけて……」
「? どういうこと?」
空が白けます。太陽の温かい輝きが溢れ始めます。
「おれ、まだし、」
「ここにいたのか」
ねじり鉢巻きをした男に見つかりました。見るからに身体を鍛えていて、圧迫感のあるおじさんです。
「悪いな旅人さん。こいつはコソドロなんだ」
「こそ泥?」
少年のポケットをまさぐると、指一本分サイズの骨付き肉が出てきました。汚れないように袋とじされています。
「この国はさ、楽しんでもらえるように各個人で考えて売り物を出すわけさ。だが中にはこういう盗人がいるんだ。汗水垂らして作ったものを盗むやつがさ」
「そうなのか」
「祭りの国だからな。出来ればこういうことがなくなればいいんだが、なかなかいかねえさ」
「そっか。でも一応事情を聞きたいな。何か訳が、」
「いやあ、せっかく楽しんでもらった旅人さんに、そこまで世話かけられねえさ。あ、そうそう! 東の方に珍しいのがあるんだ。でけえ花火師がいてな。今夜打ち上げるそうなんだけど、もう一日どうだい?」
旅人の目がキラキラ光ります。目がない状態です。
「花火っ? まだ見たことないんだよな。どうしようかなぁ……」
「ダメです」
女の声がピシャリと断りました。
「あー……ごめん。ちょっと無理みたい」
「それは残念だ。椿の花をモチーフにしてるらしいが、散り具合が綺麗なんだぜ」
「ねぇ、やっぱもう一日、」
「ダメです」
思わずため息をつきました。
「やっぱダメか。ごめん、もう出発するよ」
「おお、邪魔して悪かった。じゃ、旅も頑張ってな。いつでも楽しんでもらえるように待ってるからさ」
おじさんは少年を連れてどこかに行きました。少年の目は既に動きを見せず、ただ地面を見ているだけでした。
ある所に国がありました。茶色い大平原のど真ん中に国を構えています。
天気は晴。夜空に浮かぶ月に、薄く雲が敷かれていました。
その国の住民は出し物や催し物、屋台を繰り出しては、お祭り騒ぎのどんちゃん騒ぎです。もう夜なのに、まだまだ大盛り上がりです。
そこに一人の旅人が訪れました。
「やっと着いたね。おなかへった……」
旅人の肩に一匹の小動物がいました。旅人の首筋にしがみついて、ゆさゆさ揺れています。
旅人は人々が集まっている東側へ向かいました。そこは広場で、住民や観光客などでごった返しています。
途中で買ったたこ焼きなどを頬張りながら、広場の隅っこに座り込みます。
「何があるんだろうね」
小動物に笑いかけます。
突如、高らかに笛の音が鳴り響きました。その方向には流れ星がゆっくりと夜空へ昇っていきます。そして、
「わっ」
どでかい破裂音と一緒に赤い光が弾けて、花の模様を描きます。模様は一瞬で虚空へ消えました。花火の残骸がパラパラと舞っていくのが薄っすらと見えます。
「おー!」
旅人は一気に興奮して、眺めました。
次々に色々な花の模様が打ち上げられます。中にはマークのようなものもありました。
「旅人さんだね?」
三角頭巾をした二十代前半の女が話し掛けてきました。
旅人は頷くと、すぐに尋ねました。
「あれってなになにっ?」
「あれが本場の花火だね。火薬を打ち上げて、色んな絵を作り出すんだ」
「元は火薬なの? 色鮮やかなのに」
「火薬の成分ごとに色が変わるんだ。それを上手く組み合わせて絵にするのが、花火師の腕の見せ所だよ。今回は最高の出来栄えだね! 散り具合も素敵だ」
旅人は約一時間の間、花火をずっと見ていました。最後の締めは花火の乱れ打ちで、花が滝のように流れ落ちていました。離れた場所にもかかわらず。辺りに火薬特有の臭いと焦げ臭さが立ち込めています。
人々は盛大な拍手と共に、それぞれ立ち去っていきます。旅人も見知らぬ花火師に拍手を送りました。高揚感がひんやりと冷めていくのが妙に心地良いです。
先ほどの女が旅人の肩を軽く叩きました。
「!」
「どうだった?」
「……」
何とも言えない表情で、女を見ます。
「上手く言えないなぁ。すごく楽しかったよ」
「これから打ち上げがあるんだけど、一緒にどう? 旅人さんの話はいい
「うーん……悪いけどやめとく。もう遅いし、眠くなってきちゃった」
「あんまりにも楽しいから、移住する人もたくさんいるくらいだしな!」
「ごめんなさい。……じゃあ、お休みなさい」
「おつかれー!」
女は颯爽とどこかへ行ってしまいました。
安堵のため息をつきます。
「残念だけど早く出よっか。ハマったら楽しくって“外に”戻れなそう」
旅人はせっかく寄った国を出ていきました。滞在時間は数時間という短さです。
途中で見つけた大樹で野宿することにします。
しかし、先客がいました。黄土色の体色に、四足で猛々しい顔の周りにたてがみがあります。ライオンです。夜ですが、のんびりと休んでいるようです。
旅人は全く恐れることもなく、ライオンの横に座りました。肩にいた小動物は既にどこかに潜んでいます。
「こんばんは」
地鳴りのような声で返事(?)をします。よく見ると、口の周りが、
「誰か食べたの?」
別の色で汚れていました。
「ここらへんは私の国に似てるね。でももうちょっと凶暴な子が多いかなぁ」
ライオンの体にもたれて、もふもふしています。
「そう言えば、こんな格好をした人を見なかった? ……!」
何かに反応して、すぐに立ち上がりました。そして、じぃっとライオンを見ます。
「……」
ライオンは旅人を見ていました。表情からは何も読み取ることはできません。
「そっか! じゃあ、こんな所で休んでられないね」
頭をもふもふと撫でてから、歩き出しました。
「ありがと! でも、あの国に近づいちゃダメだよっ。一生帰ってこれなくなるから!」
ライオンは旅人を見送りました。
隣には小さい血溜まりが広がっていました。その元は大きく抉れ、中身を曝け出しています。